レムルス王国聖騎士団の事件簿〜黒い狐と金の猫(5) |
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(5)例え余人の理解を得られなくとも 黒髪の少女に連れられて森の中の小道を更に暫く進み行くと、やがて木立が途切れ、小さな館がライラとツァイトの目の前に姿を現した。それは、目にしたライラが思わず「え……?」と呟いてしまう程にささやかな規模の館であった。下級貴族の街屋敷とてもう少し立派であろうと思える程の小ぢんまりとした佇まいで、これではすぐ近くにある王城からでさえ木々に埋もれてしまって目視できないのも無理からぬと思える。一国の王妃たる人物の離宮にしては意外に過ぎる規模であったが、ただ、建物の造り自体は城と同じく堅牢で、また清掃も行き届いているらしいことは外見からでも見て取れた。手入れは森の木々までは中々行き届かないようではあったが、館の窓から見渡せるように作られている薔薇園は、やはりささやかではあったが見事に作られていたし、屋根や雨樋などの細々とした部分にも痛みは見られない。使用人たちの手で長きに渡り大切に手入れされて来ている証拠だろう。 やや面食らってぽかんとしている二人の聖騎士をよそに、黒髪の少女はためらいなく屋敷に近づき、正面の玄関の扉に手をかけた。軋みの一つも上げずに開かれた扉に手をかけたまま、黙って頭を下げる。 恭しく客人を迎え入れるメイドの仕草に、ツァイトとライラはどちらからともなく視線を合わせてから、揃って足を踏み出した。 落ち着いた雰囲気の内装で纏められたホールの中央にも、深く腰を折って二人を出迎えている使用人の姿があった。 「ようこそおいでくださいました」 穏やかな声音で言って顔を上げたのは、ふくよかで温厚そうな中年の女性であった。何の含みもなさそうな、人の良さを裏表なく現しているように見える笑顔を向けてくる。 「このお屋敷で女中頭をしております、ワトソンと申します。ええと、皆さんがたの言い方で言いますと……?」 「召使い七人衆最強最重量のラスボスです」 中年夫人が首を巡らすと、黒髪の少女が端的に答えた。それに対して女性は微笑みながら首を傾げる。 「最重量……?」 「って、ソラが言いました」 「まあまあ、あの子ったら」 ふくよかな身体を揺らして、女性はころころと笑声を上げた。レムルスでは余り聞かない異国風の名前は、この少女に似たあの黒髪の少年のことだろうか。確かに、見た所この夫人の体格は男性陣を超えて最重量……かもしれないが、それは決して女性に対して言ってはならない言葉である。朗らかな笑い声に、後でお仕置きしなくっちゃね、という雰囲気が如実に入っていたとしても、それは責められないことであろう。 「……その様な立場のワトソンで御座います。以降、お見知り置きを」 ともあれその件については今は置いておくらしく、再度こちらに向けて丁寧に一礼する女性に、ライラはしぱしぱと目をしばたいた。今の一幕で毒気を抜かれた気分だが、冷静に考えて、ここまで散々攻撃を仕掛けられていざ本拠地に乗り込んだ所で丁重な歓迎を受けても罠としか思えない。 ツァイトに視線を向けると、彼もこの意図について無言で思考を巡らせていたようだったが、やがて一歩進み出て口を開いた。 「私は、聖騎士ツァイト・スターシア。第二王妃ルシーダ様の使いとして、こちらを訪問されているディルト様をお迎えに上がった」 「承っております」 ツァイトの言葉に深々と頷いてワトソン夫人は返答した。ディルト王子がここにいることは、別の使用人も既に認めているので、今更隠し立てされるとは思っていなかったが、その明瞭な返答には少し面食らう。 しかし真に度肝を抜かれるのはその次の発言だった。 「つきましては、王妃様……第一王妃グロリア様からも、聖騎士様方に労いのお声をお掛けしたいというお言葉を頂戴しております。奥へご案内させて頂いても宜しいでしょうか?」 予想だにしない展開に、二人の聖騎士の目がぎょっと見開かれた。 (ちょ、ちょっとツァイト、罠じゃない? これ罠じゃない?) (う、うるせー、分かるわそんなもん) ツァイトの制服の脇腹をこっそりと引っ張ってライラが目で訴えると、ツァイトも彼女同様やや動揺しているらしく焦った気配が返ってきた。奥に案内された途端、今度こそ大挙した第一王妃直属の兵士か何かに包囲されて吊るし上げられるのではないかという恐怖もあるのだが、そんなことよりも何よりも―― 王妃。 その名称に、反射的に怖気づいてしまったのだ。例えいつもの王妃とは別人の事を指しているのだとしても――その呼称だけで薄ら寒さを覚える程に、この聖騎士たちはその名詞にトラウマ的な忌避感を植えつけられている。 横目で見合う二人の意見は一致した。 (せめて……) (サージェンがいないと……) この死地に向かうには、あの男の力が絶対に必要だ。 「その前に、我らの同僚の一人が、あなた方の一人に世話になっていると思うのだが、そちらを待たせて頂いても差し支えはないだろうか。王妃様には揃って拝謁させて頂きたい」 動揺を上手く押し殺して発せられたツァイトの声に、女中頭の女性は「え?」と眉を上げた。何のことだろう、と言わんばかりのきょとんとした表情を示されて、ライラは眉を寄せた。とぼけているのだろうか? しかし、ディルト王子の件についてすらはぐらかそうとはしなかったと言うのにサージェンについてだけとぼける必要とは一体……? ライラが不思議に思って首を傾げたその時。 背後から唐突に外気の寒風が吹き込んできて、極度の緊張に晒されていた二人は反射的に後ろを振り返った。ノックも無く玄関の扉を開けたらしい何者かに視線を凝らす―― が、ライラの湛えていた怯えにも近い警戒の眼差しが、それを目にしてぱっと喜色に変化する。 「サージェン!」 「ん?」 普段と変わらぬ何の気負いも無い声を上げ、たった今、扉を開けて屋敷に入ってきた男――サージェンがライラに視線を向けた。 「サージェン、無事だったのね。よかった」 「ああ。怪我もない」 「相手はどうしたんだ。始末したのか」 ライラに続けてツァイトが確認した物騒な問いに、今度はサージェンは首を横に振る。 「いや。あちらにも手傷は負わせていない筈だ。しばらく切り結んだ所で奴は、もう十分だと言って唐突に立ち去った。お前達に何かあったのかと思い慌てて走ってきて、ここに辿り着いたというわけだ」 慌てて、という割に息にも表情にも特別普段と変わった様子を見せない所にサージェンらしさを感じるが、とりあえず状況は理解出来た。サージェンと相対していたあの執事は、何らかの方法で二人が使用人たちを打ち破った事を知り、自分の役割が終わった事を悟ってサージェンの前から姿を消したということなのだろう。尤も、理解出来たのは状況だけで、それがどういう意味を表すのかということは未だによく分からないのだが、サージェンが傍にいてくれるとなれば心強さはこれまでの比ではない――というのはライラにもツァイトにも共通する認識である。 「お前とこうも長々と互角に渡り合える野郎がこの世にいるなんてな。世の中ってのは広いもんだ」 ツァイトが呆れた声で賞賛めいた事を言い、女中頭の方に振り返る事で内輪での会話を切り上げた。 「失礼、こちらの用件は済んだ。ご案内願おうか」 改めて女性にそう言うと、彼女はかしこまりましたと一礼した。 連れて行かれたのは、エントランスホールから続く階段で二階に登り、ほんの三部屋ほど先にあった部屋だった。しかしそれでも、もう既に屋敷の最も奥まった場所にまで辿り着いている。 女中頭が、折り目正しいノックの後に「お客さまをお連れ致しました」という至極簡素な声かけをすると、室内からはすぐにいらえがあった。 「入りやれ」 深みのある女性の声に許されて入室した部屋は、少し不思議な雰囲気に包まれていた。 入り口と奥の間は暖かなオレンジ色に染め上げられた繻子のカーテンで仕切られて直接窺うことは出来なかったが、視界に入る範囲でも十分にその部屋の異国情緒は感じられた。深い飴色に磨かれた、見たことのない拵えの棚や箪笥が置かれ、嗅いだことのない香の薫りで満ちている。ツァイトが一度、確認するようにサージェンを見上げたが、サージェンは特に何も言うことはなかった。どういうことかとライラは一瞬考えてしまったが、多分この不思議な香りが何らかの危険のあるものでないかを確認したのだろう。サージェンの知識を参考にしたわけだが、実質炭鉱のカナリア扱いである。 三人が、促されるままカーテンをくぐると、テーブルを挟んで向かい合う二人の姿があった。そのうちの一人、こちらに背を向ける席に座っていた少年が、身体ごとこちらを振り返って声を上げた。 「ライラ、ツァイト、サージェン! どうしたのだ、みんな揃って」 予期せぬ所でばったりと友人に会ったかのような明るい驚きの声に、三人は唖然とせざるを得なかった。 「どう……って」 騎士らしからぬ曖昧な声を上げるライラに状況を説明したのは、全く想定外なことに、テーブルを挟んで向かいに座る女性の方だった。 「ディルト、三人は、母の使いでそなたを迎えに来てくれたそうじゃ」 その声にはっと我に返った三人は即座にその場に膝をつき、最敬礼を取った。掛けられた声には無礼を咎める雰囲気は一切含まれていなかったが、礼を尽くさねばならぬ相手と反射として理解出来る程の圧倒的な気品を湛えていたのだ。 「大儀である。面を上げよ」 威厳ある声で許可を与えられ、片膝をついたまま、三人は王妃の姿を仰ぎ見た。 まず目を引いたのは、漆黒の、生まれてこの方切った事がないのではと思えるほどに長く伸びた髪だった。その髪は緩やかに、色鮮やかなドレスの上を流れている。ドレスはレムルスのものとは様式の異なる、ナイトガウンのような前合わせの衣を帯で留めるという作りのものだった。恐らくは、王妃の祖国である小国の民族衣装であるのだろう。そのまま、失礼にならぬようにと意識しながら、そっとかんばせに視線を向ける。透き通るような白い肌に、切れ長な瞳と赤く紅を引いた薄い唇が鋭く刻まれていた。第一王妃は、常に微笑を絶やさぬルシーダとは対照的な、毅然とした美貌の持ち主であった。 が、その厳格な表情が、不意に綻ぶ。 「道中、少なからぬ苦労があったことであろう。手間を取らせたが、儀式のようなものだ。許してたもれ」 「ぎ、儀式、で御座いますか」 要領を得ない表現に思わずといった風に声を上げたツァイトを、第一王妃は瞳に苦笑の光を乗せて見やった。 「うむ。……そろそろ到着する頃合か」 と―― 王妃の声を待っていたかのような絶妙なタイミングで、部屋の外の方から激しい足音が近づいてくる。かかかかかかかか、と、激しい剣戟の音のような――ライラにとってはどこかで聞いたことのある気もしないでもない足音が、あっという間に部屋の前まで迫り着て。 ばん! と扉が叩き開かれた。 「ディルト様!! ご無事でございますか!!」 「あ、母上」 そこに立っていたのは、こちらはレムルスの様式であるスカートの大きく膨らんだドレスを身に纏う女性――ルシーダであった。あの猛烈な足音が表す全力疾走は、とてもこのような重装備で可能な機動ではないような気がするのだが、今朝方の時点であれが確かにこのルシーダ王妃本人のものであるという事は確認済みである。今日も、いつもと変わらず服装にも髪にも息にも一切の乱れの見られない完璧な淑女然とした姿ではあったが、顔には河豚がぷっくりと膨れたような怒りの形相が張り付いている。 ルシーダはつかつかと遠慮なく室内に入ると、跪く聖騎士たちの前を通り過ぎ、第一王妃と自分の愛息子が着くテーブルの真横までやってきて、卓上にあった盆をさっと取り上げた。 「またディルト様にこのような危険なものを差し上げて! ディルト様が虫歯にでもなったらどうするのです!」 取り上げた盆の上にはどうやらクッキーが盛られているようだ。ルシーダはそれを豪快に鷲づかみにすると、もしゃっと一口に口へと運んだ。 「ほんな危ないものはわたくひが処分ひまふ!」 「菓子の一つ二つでそうも喚きたてるな! というかお前が食すな!」 「ディルト様! ここは危険に満ちていますわ! 早く帰りましょう!」 「あ、はい母上。それではグロリア様、失礼致します。今日のお菓子とお茶も、とても美味しかったです。ご馳走様でした。また参ります」 「うむ。またいつでも来やれ」 息子が礼儀正しく頭を下げ、退出の挨拶を終えるのを見届けて、第二王妃は少年王子の手を取ると、ずんずんずんと来た道を歩み去っていった。 ……。 …………。 嵐が去って。 異国情緒溢れる室内に、ただ所在のない沈黙の帳が落ちる。 「……さて」 騎士の礼を取った体勢で首だけを扉へと向けてぽかんとしていた三人に、その沈黙を破って声が掛けられた。 「ここまで来たついでじゃ。そなたら、年寄りの茶飲み話にしばし付き合え」 王妃がひとつ手を打つと、女中頭とメイドの少女が、予め用意していたと思しき椅子と茶をすぐさま運び込み、てきぱきと三人の席を拵えた。 「そなたらもあのルシーダめにからかわれたくちであろう。あの雌猫め、忘れた頃に年若い騎士をおちょくっては、こう……わざわざわらわに許可を取らず、あろう事か論外な難癖をつけて、騎士を館に送り込みよる」 王妃と同じテーブルに、三人の騎士は畏まって着いていた。若い三人の騎士たちの緊張をほぐそうという意図もあるのか、厳格そうな見目の王妃は意外な程にざっくばらんに話を続ける。 「いつだったか、余程真面目だったのだろう、あ奴めの言葉を真に受けた騎士が義憤に駆られてわらわに向こうて暴言を吐き、それでわらわの使用人たちも憤慨しての……。以降、かようなやり取りが儀式のように続いておるのじゃ。面倒をかけたと思うが、どうか大目に見てやって欲しい」 深々と頭を下げる貴人にライラはどうしていいか分からず、「ど、どうかお顔をお上げ下さいっ」と慌てに慌て、伝えた。 「では今回も、王妃様がディルト様を攫われたというのは……」 これも暴言に当たるかもしれないと戦々恐々としつつも、ツァイトが問いかけると、王妃はそれを咎めることなく重苦しく頷いた。 「無論あ奴めの大法螺じゃ。ディルトに後で尋ねてみるがよかろう。ディルトは宮殿を出る際、ちゃんと母親に、行き先を告げてきている筈じゃ。そういう躾はきちんとしておるようじゃからな。母親も行くなとは一言も言わずに送り出しているのじゃろう、親の言いつけを破って禁じられた場所に行くような様な子でもないからの」 言われてみればそれもそうだと納得してしまう。 「国王様に薬を盛ったとも……お聞きしたのですが……」 続いての問いには、王妃はぎくりとするのではなく、ただ心底訳が分からぬというような怪訝な表情をした。しばし黙考し、やがて心当たりに思い至ったらしくかっと目を見開いた。 「よもや王がお風邪を召された時のことを言ってるのではないであろうなこの法螺吹き雌猫が!? ああ、確かに薬を差し上げたわ! 風邪薬を!」 「…………。」 三人は、この第一王妃に深く同情した。 女中頭が淹れた茶に洗練された仕草で口をつけ、王妃は静かに語り始めた。 「もうかれこれ二十年も昔の話だがの。わらわは大病を患い、生涯子を成す事ができぬ身体となった」 淡々と語られるそれは思いがけず凄絶な内容で、三人、特に女性であるライラを絶句させた。が、王妃本人にとっては既に飲み下し、消化しきった事実であるのだろう。声には既に悔悟の念はなく、凪いだ海のようにどこまでも平静であった。 「それでも王は私を慮って、長く側室を取ることはなさらなかった。しかし、王にお世継ぎが出来ぬとなれば国の一大事。わらわの所為で王のお立場を悪くさせるなどという事は、わらわには王のご寵愛を失うよりも耐え難き事であった。わらわは重臣らと共に辛抱強く王を説得し、若く健康な妃を娶って頂いた。それがルシーダじゃ」 「なん、」 何でまたよりにもよってあの人、とかうっかり言いそうになって慌ててツァイトは口を噤んだ。が、ただその様子だけで言いたいことを察した様子で、王妃は頷いた。 「人選を間違ったのではなかろうかと思う事も度々あるが、わらわや重臣らが選出した候補の中から最終的にルシーダを選ばれたのは王ご自身であるし……肝心の世継ぎたるディルトは幸いにしてあのように王に似た聡明で思いやりのある子じゃ。これで正しかったのだと思うておる」 「さ、左様ですか」 確かにディルトは一国の跡継ぎとして将来を楽しみに出来る、賢く素直な王子だ。ルシーダ王妃本人も、性格は別として、対外的には王妃としての責務は十二分にこなせる有能な女性である。レムルス王国の繁栄という一点の為ならば、他はないほどの正解だったと言えるかもしれない。 「家臣である立場の側妃ではなく、正式な王族である王妃として……第二王妃という位を新たに設けすらしてルシーダを王に娶って頂いたのは、わらわが提示した条件であったが、だからと言ってあの小娘め、ここまで無遠慮な振る舞いをするとは思わなんだ。表面上はわらわを立てるそぶりを見せておる癖に、敬意というものを微塵も感じさせぬあの態度の小憎たらしい事と言ったら。……忘れ去られた身となる覚悟でいたものが……全く退屈せぬ」 第一王妃は扇で口元を隠し、さも愉快そうに笑った。あのルシーダ王妃に振り回されながらも笑顔を浮かべられるというだけで、このグロリア王妃の度量の深さが窺い知れるというものだ。三人の聖騎士は揃って感嘆を胸に第一王妃を見つめた。 「で、ではディルト様を憎んだりなどは」 ライラは衝撃の余りに半ば朦朧としたような心地で、ここに来るまでずっと懸念していた問いをうっかりと口にしてしまった。途端、隣のツァイトがぎょっとした顔をしたことで、ライラはその問いが余りにも不躾なものであった事に気付いて蒼白となったが、王妃は扇を口元に当て、さも面白い冗談を聞いたかのように笑った。 「ほほほ……ルシーダを妬ましく思ったことならば数え切れぬほどあるが、ディルトを恨めしく思ったことなどあるものか。あれほどに愛くるしい子を憎むなど、余程の旋毛曲りでなければ難しいことだろうて。母親の気持ち……ではないの、年齢で言えば祖母の気持ちと言うが相応か。子のないわらわにこのような暖かな気持ちをくれたディルトに感謝こそすれ、どうして憎みなどしよう」 噛み締めるような穏やかな声は、真実と信じるに足る響きがあった。そもそも、あれ程に使用人に慕われ、ディルトも懐く第一王妃が悪人などではない事など、火を見るよりも明らかだ。 「おや、今日は随分と賑やかではないか、グロリア」 不意に、部屋の入り口から再び、今度は男性の物である声が投げかけられて、テーブルを囲んでいた全員が声の方に注意を向けた。 「御上……!」 王妃がさっと椅子から立ち上がる。視線の先には、毛皮で縁取りされたマントと王冠という、玉座からそのまま降りてきたのかと思う程に完璧な正装を纏った白髪の紳士――このレムルスの国王陛下がゆったりと立っていた。その姿を目にして白い頬を薔薇色に染める王妃は、まるで純粋な恋心を胸に抱く少女のようであった。この国において最高の貴人の登場に、三人の騎士たちもまたすぐさま席を立ち、膝をつこうとしたが王は片手を翳してそれを制した。 「よい。私用だ。妃の無聊を慰めてくれて礼を言うぞ」 鷹揚な王の仕草に深々と頭を垂れて、その場を代表しツァイトが答えた。 「勿体なきお言葉。王妃陛下に置かれましては、身に余るご高配を賜り誠に感謝し奉ります。では、私どもはこれにて失礼仕ります」 それっぽい言葉を並べ立て、三人はそそくさと雲上人の列する席を後にした。 「ふー、ここまで立て続けに王族の方々とお目に掛かるのは初めての経験だったぜ」 取って食われるかと思った、と言わんばかりの声で息を吐くツァイトに、ライラも思わず頷いた。ルシーダとディルトには大分慣れたとはいえ……流石は国王と第一王妃はオーラが半端ではなかった。 「しかし……」 額に浮かんだ汗をしきりに擦る二人の後ろから、特段目に見える程の緊張はしていなかったサージェンが顎に手をやり呻くような声を漏らす。何がしかしなのか。明確ではなかった言葉の向く先を、同僚の二人は何となく察し、サージェンが目を向けている方角――第一王妃の森から見える王宮に視線を向けて、一緒になってげんなりした。 「あの人、ほんとどーにかなんねーかなー……」 |
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