レムルス王国聖騎士団の事件簿〜黒い狐と金の猫(3)

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 (3)行く手には数々の壁が立ちはだかるも



 十秒後。三人の前に、猫の子のように首根っこを押さえられた女が引きずり出されていた。
 女を押さえているのはやはりサージェンで、先程、ツァイトの問いかけに対して沈黙の返答を受けるや否や迷いもなく小道の脇に茂る低木の生垣の中に分け入っていき、さしたる間を置かずに戻ってきたときには片手に女をぶら下げていたという次第である。茂みの向こうで行われた捕縛劇(?)の様子は目に見えなかったが耳にもさしたる物音すら届くことはなかった。ツァイトに気配を悟らせなかった程の女を一切の抵抗を許さず捕らえたということである。先程といい、やはり不可解なレベルに見事な手並みだった。まるで彼だけ時間や空間を一足飛びに飛び越えてしまっているかのような。サージェンって皆に秘密にしてるだけで実は魔術士か何かなんじゃないだろうか。いや魔術をもってしてもそんなことは確か出来なかったと思うけれども。
 それはさておき――
 ツァイトは、彼自身の内心と同様に呆然としているらしき女を、なるたけ威圧的に見えるよう腕組みをして見下ろした。
「で? ディルト様をお迎えに上がりたいんだが?」
 年の頃はややツァイトよりも上、二十代の前半程と見える若い女であった。地味だが清潔感のある、王宮の下働きの女がお仕着せで与えられる服装をしている。やはりこの女も第一王妃に直接仕える使用人なのであろう。付け加えて言えば今度の女の装備は桶と洗濯板なので、多分洗濯係か何かと推測される。そこでのびている庭師といい聖騎士に立ち向かってくる相手としては訳がわからないことこの上ないが、突っ込んだら負けだという気もしてきたので突っ込まない。
 女はしばし目をしばたくことで忘我の淵から戻ってきたらしく、わたわたとサージェンを振り返ってからツァイトに訴えかけるような視線を向けてきた。
「ね、ねえ、この兄さんなんかおかしくない?」
 サージェンの手並みについて言っているのだろう。内心では激しく同意するが、ツァイトは目を細め、せいぜい冷ややかに言ってやった。
「お前、聖騎士をなめてるだろう?」
 サージェンを聖騎士の標準だと思われても心の底から困るわけだが、聖騎士たる者、時にははったりというものも必要なのである。そのはったりが奏功したか、女は抵抗の気力をなくしたようにかくんと頭を落とした。観念したように、けれども酷く言いにくそうにぼそぼそと呟き始める。
「ディルト王太子殿下は確かに本日、王妃様の元に客人として招かれておいでだ。御用を終えられた暁には、丁重にお送りさせて頂く」
「ほー、人質が要らなくなったら返してくれると」
「人聞きの悪いことを言うな、客人だ!」
 きっと睨み付けてきた女にツァイトは肩を竦めて見せて二人の班員に確認するように目を向けた。
「と、本件に関する第一王妃の関与が証言されたことで、正式に令状を取って捜索することも一応はできそうな建前が出来たんだが、どうする?」
 ツァイトの言葉にライラは一瞬だけ考えて、逆に問い返してきた。
「班長の意見は?」
 真顔のライラに渋面を作って、しぶしぶとツァイトは言った。
「ルシーダ様の希望としては、このまま秘密裏に動いて欲しい所なんだろうな。俺たちでこんなにあっさりと口を割らせる事が可能なんなら、多分ルシーダ様に事を公にする気があれば、俺たちを動かすまでもなく十分な証拠を即座に集めて正式に捜査させることはできただろう」
「そのようね。ということで、班長、命令を」
 間髪入れずライラは頷き、にこりと笑った。日頃の言動からただの妄想小娘だと思い込みがちだがやはり聖騎士団最年少入隊は伊達じゃない。それなりには頭の回る小娘だ。
「方針は班長が決めることよ。王妃様の意向に気づかない振りをして班員と相談し、少しでも責任を分け合おうだなんてそうは行かないわ」
「こんにゃろう」
 目論見をずばりと言い当てられて、ツァイトは毒づいた。
 
 結局、庭師と洗濯係の二人はそのまま放置し、先へと進むことにした。女の方は特に縛り付けても昏倒させてもいないので、彼らの仲間に侵入者の情報を伝えられてしまう恐れは大いにあったが、どの道別に隠密で行動するつもりであったわけでもなく、寧ろ目的をきちんと上に伝えて貰った方がこちらとしても都合がよかった。何より昏倒した庭師の介抱が出来る人間がいてもらわなければ困る(そう想定していたわけではないが、女は報告よりも先に男をよいしょと担いで森の外、宮殿の方へと歩いていった。予想外に同僚思いである)。
 かくして三人は前進を再開したのだが、彼らはまたもやその足を、いくらもいかないうちに止めねばならなかった。
 先程女とやり取りをした地点が小道の緩やかなカーブによって視界から外れて間もないという程度の近さで、再び三人を待ち受ける者が現れたのだった。
「ええい。何の罰ゲームだこりゃあ……」
 ツァイトは第三の敵――小路の中央で折り目正しく腰を曲げ、こちらに深く頭を下げている銀髪に呻いた。それを合図としたように、すっと銀髪の頭が上がる。
 ダークスーツに身を包み、温和な表情をした男だった。年齢は庭師の男と同じくらいに見えるが、身なりも立ち姿も比較にならない程洗練されている。紳士、と称して差し支えのない雰囲気にツァイトは眉根を寄せた。
「庭師、洗濯係ときて次は執事とか、随分飛びすぎじゃねえのか?」
 執事とはつまる所使用人の長であり、主の側近とも言えるその立場には紳士としての振る舞いも要求される。業務に貴賎を問う気はないが職位としては明らかに前の二人と比べて上位過ぎると思えた。召使い七人衆だかという一団があるのならその七番目のボスに当たるのが執事ではないのだろうか。
 執事の男は品よく微笑んで、ツァイトの疑問に答えた。
「当初の予定では、他の者がご案内することになっておりましたのですが、そちらの、サージェン・ランフォード様のお力の程が、あまりにも想定以上でございました故、ランフォード様をしばらくの間ご接待せよとの主の仰せにて参上いたしました」
 ツァイトは先程寄せた眉を今度は持ち上げねばならなかった。当のサージェンの鉄面皮はぴくりとも動かなかったが、その横で、ライラもツァイトと似たような驚愕を顔に表している。隠してもいないこちらの素性が既に知られているということには特に驚きは感じなかったが、まさかこの城内に、彼をサージェン・ランフォードと――神速の剣士と知って挑みかかろう等と考える命知らずがいるとは思わなかった。接待などと表現しているが、つまりはそういうことなのだろう。
 思わず呆れた声を出さなかったのは、無言で前に進み出たサージェンに意識を遮られたからだった。
「下がっていろ」
「いや、挑発されたからって馬鹿正直に一人で相手する必要もないけど」
 戦いの場において相手の希望をいちいち酌んでやる必要もない、と、聖騎士でありながらやや騎士道からは外れた現実主義な考えを持つツァイトはサージェンを見やったが、神速の剣士の端正な横顔が、目の前の敵を見据えたまま、いや、と横に振られた。
「せざるを得んだろう。小手先の技が通用しそうな相手でもない」
「……え」
 思わず、中途半端に開いた口から音が漏れる。まじまじとサージェンを見たが、やはり冗談を言っているわけではなさそうだ。――考えてみれば、サージェンの現実主義思考はそもそもツァイトの比ではなかったのだ。挑発に乗ってやったわけではなく、その方がよいからそう言ったに決まっている。揺らぎのない声音で、サージェンが呟いてくる。
「班長。抜剣の許可を」
「何?」
「許可を」
 語調を変えずに繰り返されてツァイトは顔を歪めるが、しかし止む無く頷いた。
「あーくそ……。剣の使用を許可する」
 言い澱んだのはいちいち書類を作成しなければならない手間と、抜いた剣で人を負傷させそれが正当であると認められなかった場合、許可を出した班長の責任問題となることを考えたからだ。そしてこの場合、正当と認められるかどうかは限りなく微妙だろう。
 それでもサージェンに許可を与えたのは、彼の声に先程とは違う有無を言わせぬ響きが含まれていたからに他ならない。こと戦闘に関してサージェンの要請に従わないのは愚行だとツァイトは知っている。
 しゃ、と剣を抜き放った剣をサージェンは正眼に構えた。
 執事の男も温厚な笑みを浮かべたまま、背中に手を回し、隠し持っていたらしき武器を取り出した。男の獲物は一風変わった形状をしていた。指先から肘くらいまでの長さがある一対二本の棍棒であったが、通常なら握りに当たる部分から、棍に対して垂直に短い棒が突き出ている。その部分が持ち手であるらしく男はそこを掴み、棍棒を腕の外側に沿わせる形でひたりと構えた。一体、どのように扱い攻撃する武器なのだろうか。あのまま拳で殴りつけるのだろうか。……攻撃方法の想像はつきにくいが、少なくとも防戦には有効そうだ、とツァイトは思った。あの形で剣を受ければ腕を支えとして威力に圧されることなく刃を止めることが可能だろう。
 互いに武器を構えたまま刹那の間睨み合い――
 全くの同時に動いた。
 二つの影が真正面からぶつかり合い、何合か武器を撃ち交わして再び同時に離れる。それが、ツァイトの目にはどうにか見えた。――それだけしか見えなかった、と言い換えた方が適切かもしれない。接近中のやり取りの詳細については――気になっていた執事の男の武器の使い方さえ、正直全く追えなかった。傍らのライラも、ぽかんと口を開けたまま声もなく静止しているということは同程度かそれ以下の把握度だろう。少し安心する。
「ほう。……成る程」
 感嘆の吐息を漏らすサージェンに、穏やかに目を細める執事。この二人のみが状況を全て認識していた。ツァイトには何が成る程なのかすら全く分からない。この戦闘に於いてはツァイトとライラは全くの部外者だった。
 ――だが、それならそれなりにやるべきことはある。
 今はこちらに背を向ける形になっているサージェンの背に向けてツァイトが意識して視線を送ると、それを感じ取ったようにサージェンが僅かに頭を頷かせた。アイコンタクトですらない意思疎通を行ってから、ツァイトはライラには後ろ手で手振りを沿えて指示を伝えた。
(一旦道を逸れて先に進むぞ)
(ええっ? サージェンを置いていく気!?)
 と、ライラの目が丸くなる。いや折角こっそり伝えてるんだからそんな大げさに表情に出すなよと思ったが、多分これは相手方にしても想定通りの流れだろう。あの男は最初から、サージェンを抑える、と言っていた。
 サージェンが、僅かに剣の切っ先を下げ――
 半呼吸の後に再び走り出すのと同時に、ツァイトとライラは横合いの茂みの中に飛び込んだ。


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