レムルス王国聖騎士団の事件簿〜ヴァレンディ特殊作戦(5)

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 作戦その(5)・秘策



「酷いものですね。植物だってちゃんと生きているのだというのに、それを踏みつけにしてゆくとは。全くもって人間性を疑います」
「いきなり襲われて殺されかけた主君には慰めの一つ寄越さず庭木を哀れんでる臣下の人間性も疑います」
 侵入者の着地のクッションに使われた花壇の低木を窓から見下ろして心からの悲哀を捧げる若き宮廷魔術士に、その主たる少年、聖王国ヴァレンディア王太子ウィルザードは年齢にそぐわない諦観が混じった声で己が見解を示した。幼い声の後に、ふうぅ、と続けられた、こちらもまた十やそこらという齢でそのような仕草を覚える機会が一体どこにあったのかと思わせる重い溜息は、しかしそれでいて実に馴染んだ仕草であるようで、つまるところこの二人の間においてこのようなやり取りが取り交わされることが日常茶飯事であるらしいことを窺わせた。
 襲撃から一夜明けた朝。軽い朝食を終えて今日の公務をこなす為の身支度を整えているウィルザード王子の居室には、部屋の主自身と宮廷魔術士にして腹心の従者である青年の二人しかいないようだった。着替えの世話をする女官の気配もないというのは、内密の話の為に人払いをしているのか、はたまたこの国の王族はそもそも着替えに人を使わないということなのか。
 ともあれ王子は気を許した者しか側にいない気安さが現れた、年齢通りの子供らしい口調で青年への反証を試みた。
「大体、人殺しを職業とする人なんかに人間性も何もあるわけがないじゃないか」
 唇を尖らせるような調子での指摘に、青年の方は心外な発言を聞いたとばかりに大仰に、おやおや、と返した。
「殺し屋さんだって止むに止まれぬ事情で仕方なくそんなお仕事をされているのかもしれないではないですか。人を個々の人格ではなく、職業などで一括りにして貶めることは感心しませんよ」
「個々の人格はいいんだ……? いやそれよりも何で殺し屋の肩を持つのさ」
「別に肩を持っている訳ではないですけどね。しかし人殺しを職業とする人などと言ったら、殿下の忠実なる騎士たちもがその範疇に入ってしまいますし」
「……そりゃそうだけど」
 それとこれとは違うだろうと言いたいながらも相手を論破する道筋を咄嗟には思いつかない、という感じの苦虫を噛み潰した声音で少年が答える。しかしこういう手合いの言い分をいちいち肯定していては相手を付け上がらせるだけであると気付いたか、幼い声がはっとしたように跳ね上がった。
「って、殺し屋の人間性とかはどうでもいいんだってば。問題なのはそういう人が襲ってきたっていう事実の方であって」
 現実に引き戻す――そして本来の主題であるはずの発言に、青年も一応はその路線での会話を進行させる道を選んだ。
「と、言われましてもねえ。とりあえず、王子のご覧になった姿形と残されていた足跡から、背の高い成人の男であろうことくらいは分かりましたがね」
「そんな五万といるような特徴を挙げられても」
「何か分かりやすい遺留品を残して行ってくれたわけでもありませんからね。戦ったのが私でしたら、攻撃の手法などからある程度までは敵の素性を判別する事も出来たのですが」
 ……マジですか。
 と、その『声を密かに聞いている』彼は、あわやつぶれた悲鳴を喉元から外に出しかけた。尤も、声を出した所で『こちらがわ』から『あちらがわ』へは声は聞こえやしないのだが。
 しかし先の発言はそれなりに彼を動揺させる内容だった。昨夜はこちらの正体に繋がる情報を漏らすまいと極力声を出すことも控えていたのだが、戦闘方法は流石に隠せない。
 聞こえてくる青年の声にはまだ続きがあった。
「ただ、ここまで兵士たちに全く気取られることなく侵入してこれたその手並みは尋常ではありません」
「相当な使い手だってことか」
「それもありますが、どちらかというと脅威と感じましたのは、作戦行動自体の精密さの方ですね。最小限の兵士を倒して、ではなく、兵士との衝突を全て回避しきってここまで到達しているという事は、こちらの想像の上を行く情報収集力をもって警備の穴を探し抜かれたということです。再確認をするまで正直私でもそのような穴があることに気付くことが出来ませんでした。申し訳御座いません。即刻警備体制を確認し直し、二度とこのような事がないように手配致しました」
「うん、その辺りは信頼してる」
 ばさり、と衣擦れの音をさせて少年が応じる。その声は確信に満ちていて、目の前にいる己の臣下を心から信頼していることを疑わせないものだった。あのようなことが起きた翌日なのにここまで平然としていられるのも、その信頼感の高さ故なのかもしれない。
「しかしながら、襲撃がこの一度で終了するとも思えません。お話をお聞きする限りでは王子の殺害が目的と言うよりは、拉致でしょうか、何か別の目的があったように感じられますが、何にせよ相手は全く目的を果たしておりませんからね。二度と王子に近づかせぬように全力を尽くしますが、一度はこちらを出し抜いた相手です。過度に気を抜かれることはありませんように」
「それは勿論分かってるよ」
「それと、この件については降臨祭中一切公式発表は行いませんので、王子も口外なさらぬようお願い致します」
 青年の口からそう指示された時、初めて少年は戸惑いの気配を見せた。
「どうして。国のメンツの為に客人の身を危険に晒すのか? お前がそういうことを言うとは思わなかった」
「まさか」
 臣下の青年は軽く鼻で笑って否定した。王族の発言をここまで真っ向から軽んじるような態度はレムルスの常識では全く考えられないことだが、これまでの様子から察するにこの二人の間においてはごく違和感のないやり取りなのだろう。
「この状況を継続させれば、かえって他の方々に危険は及ぶことは少ないと確信できるからです。いいですか、この降臨祭という厳戒態勢の中、他のお客様がたでなくあなたを狙って来ているんですよ。あなたをここで襲撃するのであるならば、何もこの時期でなくとも構わないというのに。いたずらに事を大きくすればもしかしたらなりふりを構わなくなって皆様に危険が及ぶかもしれませんが、今の様子であるならば」
「僕が危険になるだけで皆は安全、と」
「左様です」
 きっぱりと答えた臣下に、少年は再び、はぁ、と溜息をついた。
「そうであるなら確かにそれが最善かもしれないけどね。それは僕の護衛も兼ねたお前の立場で言う言葉かな、宮廷魔術士リュート?」
「だからこそあなた様の身を最も安全に護るため、日々鍛えて差し上げているじゃないですか。少なくとも大概の事態からならば己の身くらいは護れるだけの力を身につけさせて差し上げたと思っているのは私の見込み違いですかね、我が主?」
「はいはい、日々の愛情溢れるいぢめ、感謝しておりますよ」
 相手の言い分に棒読みな感謝の言葉を述べる王子が、唐突にその声音を真剣なものに変えた。
「言っとくけど、昨日の賊、腕の方もかなりのものだったよ」
 が、その訴えに青年の方はにべもない。
「そりゃあ、机上の計画だけが完璧ってだけでこのような真似をしてきたりはしないでしょうから、それなりの実力は持ち合わせているでしょうね」
「茶化さないでよ」
「別に茶化してなどいませんが」
 少年の真剣さと呼吸を合わせるように、青年は数秒沈黙し、落ち着いた声音で問いかけた。
「もう一度来られたら、対処出来そうにありませんか?」
「ん……」
 少し口ごもってから、少年は慎重に呟いた。これは、それまでの掛け合いとは違う、現実を冷静に見極めんとする分析者の声だった。
「難しいかもしれない」



 イヤ、それ、買いかぶりすぎです。
 昨夜、密かに王子の部屋に投げ込んできた、超小型の音声取得魔術装置――レムルス王国軍の装備にすら採用されていない最新式の魔術装置で、王妃の私物である。どこからそのような代物を調達して来たのかは例によって知れたものではないが、王妃の情報収集能力の秘密の一端を垣間見てしまった気がする――の受信機から耳を離し、ツァイトは大きくため息をついた。
 格闘戦ならばややこちらに分があるが、相手が魔術も使うということが分かった以上、そのアドバンテージはあってないようなものである。ただの魔術士とて制圧するには骨が折れるのに、接近戦もこなせる魔術士となると……一体どのように対応すればいいのだろうか。対魔術士の戦闘訓練は受けたが、そんな規格外の魔術士を相手とした場合の訓練などしたことがない。戦闘馬鹿のサージェンに言わせれば「聖騎士ならばこれまでに身に着けた訓練の成果を複合的に利用できるようになるべきだ」とのことだし、彼ならばその言葉通り、この困難な相手すらをも実際に封じてしまえるのだろうが……
(一体俺にどうしろと言うんだ、誰も彼も)
 昨夜の失敗で王妃の信用の失墜を買えるかもと一縷の望みを抱いていたのだが、寛大なる王妃はたった一度程度の失敗で臣下を咎めることはなかった。逆に、
「ツァイトさんの力量を以ってしても失敗したのは、指示を出したわたくしの読みの誤りの所為です。今度は、今用意できるありったけの装備をお貸ししますから頑張ってくださいね。期待しておりますわ」
 と優しく力強く励まされた上に見た事もないような高性能な魔術道具を惜しげもなく与えられ、逃げることは更に不可能になった。
(ほんっとに簡単に言ってくれるぜ……いつものことだけど)
 全然簡単でないことを実に簡単に言ってくれるのはいつものあの悪魔の所業だが、今回はそれに加え協力の仕方が尋常ではない。それだけ本気だということなのだがあの王妃の本気に付き合わざるを得ないこっちの身にもなって欲しいものである。
 それはそれで諦めるとして――だ。
 ……なんだか諦めてはいけない最後の一線を捨て去った気がするが置いておくことにして、やらねばならない任務そのものに意識を戻すことにする。この任務における障害は当の少年ばかりではない。
 たかだか十ばかりの子供である弟子でああだったのだ。その師であるあの青年となどとてもやりあう気にはなれない。……が、本当の危機がかの王子に訪れると判断すればあの青年は必ず、敵の前に立ちはだかるだろう。己が命すら投げ出して。リュートという青年のことを深く知っているわけではないが、なんとなく、そう思う。
 かの青年はさぞ強力な魔術士なのだろう。かつ恐らくは優秀な戦士。その技量の程はいかばかりか。弟子とどうにかやりあえる程度の技量のツァイトに勝ち筋など果たしてあるのだろうか……
 溜息をつきながら後ろを振り返る。部屋の中央に鎮座ましました古美術の風情を持つソファーセットにしなやかに腰掛けて、このヴァレンディ王宮内の客室の一時の主は優雅に朝食代わりのティータイムを楽しんでいた。その横にはディルトがちょこんと座り相伴している。
 視線に気付いたか、部屋の主――王妃ルシーダはツァイトに目を向け、百合の花のように楚々と微笑んだ。
「何か、有用な情報は得られましたか?」
 柔らかい口調の問いかけに、しかしツァイトは口を開けば漏れそうになる溜息を押し殺し、答えた。
「先方は昨夜の件を、公表するつもりはないそうです」
「そうですか。想定の通りです。これで心置きなく誰にも邪魔されず決戦に臨めますね」
「いえ決戦に望むつもりなんて毛頭ちっともこれっぽっちも僅かばかりとも砂粒ほどもありません」
「えー。」
「えーとか残念そうに言わないで下さい。……昨日みたいに戦闘を極力回避した作戦はないんですか?」
 とぼけて見えて用意周到な、というかとぼけた方向には用意周到な王妃のことである。どうせまた何か準備はあるのだろうという確信を持ちつつそう問うと、案の定ルシーダは懐からおもむろに、厚みのある封筒を取り出した。
「勿論、あなた方が頑張られている間わたくしも頑張って秘策を考えておりましたわ」
 天使と見紛うばかりの笑顔を持った悪魔は、自信たっぷりにそう言って、それをツァイトに手渡した。



『聖王国ヴァレンディア王太子ウィルザード殿下のサイン奪取大☆作☆戦
                         発案:ルシーダ・セリス・レムルス』

 封筒の中に入っていたのは丁寧に折り畳まれた十枚ほどの便箋の束だった。それを開いてまず目に入ってきた、くるんくるんと丸みを帯びた無駄な飾り文字で書かれた表題からいきなり脱力して、ツァイトは発作的にその紙束を微塵に破り割いて窓から撒き散らしたい衝動に駆られたが、彼は下腹に力を入れてその強い欲求をぐっと堪えた。仮に指先ほどの大きさの紙片一つであってもこの件についての証拠となるものを人の目に触れさせるわけにはいかない。その目的がヴァレンディア王太子のサインを貰うという果てしなく下らない所にあったとしても、最早露呈して言い訳が効く段階などレムルスとヴァレンディアの距離ほどの遥か遠くに過ぎてしまっているのだ。
 先程まで王妃が座っていたソファーに遠慮なくどっしりと腰を下ろし、ツァイトはまずは気持ちを落ち着ける為に茶を啜った。ちなみにルシーダはレムルス王と共に聖誕祭の催しに出席しており夜まで戻らない。ツァイトもそれに駆り出されるかと思いきや、今日は客室でディルト王子の子守、もとい護衛に専念せよとの命が上官から下されていた。勿論、その命令の出所は考えるまでもなく王妃であり、その真意は「ディルト様と一緒に次の作戦を検討していてくださいね♪」という所だというのは疑うべくもない。
 護衛対象たるディルト王子はツァイトの正面からテーブル越しに身を乗り出して真剣に同じ紙に目を落としている。昨夜は夜更かしをしたのだから一眠りしていたらどうか、と勧めたが興奮の為か眠気は催していないらしい。
 ともあれ、ツァイトは多大な心労を感じながら、表紙をめくりその内容――王妃の考案した秘策とやらを検分し始めた。

『秘策その一。
 エルフィーナ姫の誘拐。
 ローレンシア王国のエルフィーナ姫(八歳)はウィルザード殿下と大変な仲良しですので、この方を誘拐すれば殿下はどのような要求を呑んででもお助けすると思いますの。きっとサインも快く書いてくださる事請け合いですわ♪』
 本文の方は文字の装飾はなりを潜め、王妃本来の達筆な文字で記述されていた、が……
「子供を誘拐させんなああああああッ!!!」
 書面を一目見るなり絶叫を上げたツァイトに、ディルトがびくうっと身を引く。が、ツァイトはそれには構っている余裕はなかった。
「秘策ってこういう方面かよッ!? 昨日より尚ヤバさに拍車がかかってるじゃねーか! あの女は俺をどこまで犯罪者にしたいんだ……ったく」
 一声吐き出してから一応の落ち着きを取り戻して、そういえば実子であるディルトの前であの女呼ばわりは流石に拙かったかと頭の隅で思ったが、既に言ったものは仕方がないし感情的に訂正する気にもならない。この分じゃ残り数枚の紙面にもろくでもないことしか書いてないんだろうなと悟りつつ、ツァイトはぱらりと紙をめくった。

『秘策その二。
 ローレンシア王の誘拐。
 エルフィーナ姫の誘拐が心情的とか諸々の理由で困難な場合、その父君であらせられるローレンシア国王陛下の誘拐も宜しいかと思います。ローレンシア国王陛下はやや高齢で、武に長けてもいらっしゃらないので、ウィルザード様を相手にするよりも容易に拘束することが可能です。』
「老人も駄目だあああああッ!!!」
 先程と同等の叫び声を律儀に上げて、ツァイトは震える指先で更に紙をめくった。

『秘策その三。
 ヴァレンディア王の誘拐。
 ヴァレンディア王は往時は優秀な剣と魔術の使い手であらせられましたが、現在は重いご病気で、どうしても外せない公務の時以外は床に臥せっておられますの。おいたわしいことですわ……。でも誘拐するならこの辺りも狙い目?』
「病人は飛びぬけて駄目じゃああああああああ!! 誘拐から離れんかああああああッ!!」
 荒い呼吸に震える上に脱力しかけて力の入らない指先を操りやっとのことで紙をめくると、次のページには『秘策』の文字はなかった。その代わり……

『誘拐は駄目だなんてツァイトさんの我儘さん。一番王道な方法ですのに。』
「未来を読むなああああああああああああッ!!!!!」

『気を取り直して秘策その四。
 毒薬を盛る。
 殺したり障害を残したりしない程度の安全な毒薬を盛り動きを一時的に制限して制圧しますの。これならばどれほどの戦闘能力を持つ相手でも無問題♪ですわ。
 しかしながらこんなことが起こるとは露ほども思わずうっかり配下の毒薬師を国に残してきてしまったのです。ということでわたくしが調合してみました☆ 初めてですけどよく出来たと思うのです。ほら見て下さい、色合いとか素敵でしょう?』
 これは流石に、衝撃のあまりに紙束を落とした。その束の隙間から、ぽろり、と薄紙に包まれた粉薬が出てくる。包装の上からも分かるほどの鮮やかにしてひたすらえぐい赤い色をした粉末に、王妃の代わりに指を突きつけてツァイトは叫んだ。
「ツッコミ所が多過ぎるがとりあえず配下の毒薬師ってなんぢゃあああああああ!?」
 薬は包装を触っただけでもなんとなく手がかぶれそうだったので、読み終わった紙で幾重にも包んでしっかりと封筒に押し戻した。

『秘策その五。
 色仕掛け。
 ウィルザード様にお仕えする女官のうちのいずれかを篭絡し侵入の糸口とする策です、と書きつつこの作戦は大変に至難であろうことに思い至りました。ごめんなさい城下でのナンパ五十八連敗中のツァイトさんにこんな事を言ってしまって。忘れてください。』
「何で知っとるんじゃああああああああああ……」
 我知らず語尾が霞む。語尾と一緒になんだか視界も霞んできたような気がする。騎士としての矜持とかその辺を何もかも投げ出して今すぐ暴れ出してしまいたい心情に駆られたツァイトをかろうじて押しとどめたのは、正面のソファーに足を縮めて避難していたディルトが何も言わず差し出してくれた暖かいティーカップだった。
「……ありがとうございます」
 緩やかに立ち上る湯気と豊かな芳香が、ひどく目に沁みた。

 カップで暖めた指で紙をめくると、それが最後の一ページだった。
『秘策その六。
 正攻法。
 真正面から男らしくウィルザード様やリュート殿に勝負を挑みそれを打ち負かしてお願いを叶えるのです。結局これが一番ご面倒をお掛けする人数が少なくて済みますしなによりかっこいいと思いますの。』
「…………。」
 ここまでの雄叫びで全精力を使い尽くしてしまったかのように、ツァイトは力なく項垂れる事しか出来なかった。その様子をディルトの青いつぶらな瞳が心配そうに覗く。
 しかしやがてツァイトの背筋がぴくぴくと痙攣を始めた。規則的に肩と背を震わす騎士の異様な仕草を、ディルトは危険なものを見るかのように一歩下がって、しかし心配そうな眼差しは変えることなく見守った。更にしばしして、ツァイトの口から痙攣と同調して震える不気味な声が漏れ始める。それが笑声であることに気がついたディルトはツァイトに何か声をかけようと口を開いたが、幼い少年のまだ僅かな人生経験からはそこにかけるべき言葉を導き出すことが出来なかったようだった。
「ふっふっへっへっへっへっへっへっへ。選択肢を多数用意したと見せかけて結局一つですかそうですか。ていうかコレは秘策って言わないよな言いませんよね常識的に。いやあのクソアマに常識を問う方がどうかしているといわざるを得ませんねハハハ、こいつは一本取られたなァッ!!!」
 がばぁッ!と頭を上げ、ツァイトは柄の悪いごろつきのようにぼきぼきと指を鳴らした。
「オーケーオーケー了解です。この仕事失敗したら絶対一緒に死んでもらいますからね、へっへっへ。楽しみだなあぁ……」
 彼に不幸を届ける悪魔への酷く屈折した反撃方法を見つけたツァイトは、どす黒い歓喜を声にしてただただ笑い続けたのだった……


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