レムルス王国聖騎士団の事件簿〜ホーンテッド・キャッスル(5)

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 (5)魔女の幻夢



「あら?」
 唐突に、自分が何故か荒野のど真ん中にいることに気がついたライラ・アクティは、ぱちり、とつぶらな瞳をしばたいてから、きょときょとと周囲を見回した。
「あら? あらら?」
 しかし周囲三百六十度、見回せど見回せど視界に映るのは一面に埃っぽく広がる平面のみ。ぽつぽつとそこらに立つ潅木や、遠くの方の霞がかった山々が閑散とした風景を飾るものの、それらは荒涼とした大地を更に寂しく荒ませるだけで、観覧者の心を和ませるオブジェにはなっていなかった。
「……あら?」
 くるりと一回転し終えて、最後に、真下に目を落とす。荒野を踏みしめる、黒いスリッパの爪先が見えた。視線、というか、見ようという意識をもう少し上に上げてみると、ふりふりフリルの真っ黒な寝間着に腕を通す身体が見えた。
 スリッパは部屋の室内履きとして用意されていたもので、寝間着は夕食の間に、恐らくあのメイドが準備していてくれていたのであろう、部屋に戻ってみたらベッドの上に準備がしてあったものだ。夕食会から退席した後、借りた湯でざっと身体を拭き、有り難くこの寝間着に着替えてベッドの中に潜り込んだのだ。ベッドは自分の実家にあったものと同じような柔らかい作りで、もう慣れたが聖騎士団宿舎の固い枕とベッドに常々辟易していたライラには久々の安らぎを与えてくれた。横になるとすぐに、快眠の前兆たる幸せな気だるさが訪れてきて――
 今に至る、といった所である。
 以上の記憶と、この突拍子の無さ諸々を検討、吟味した結果、前年度、王立士官学校において主席を獲得した頭脳明晰な少女は一つの結論に到達した。
「あ、夢か」
 何てことはない。これは、ただの夢なのであろう。そうかそうか。何の問題もない。
 …………。
「…………で?」
 夢にしては存外にリアルな、細かな砂の混じった風を頬に受けながら、ライラはぽつりと呟く。
 結論は出た。が、これから果たしてどうすればいいのか。乾いた風の舞う大地には、答えを返してくれそうな者は、周囲には誰も見当たらなかった。

 とりあえず、ライラは歩いてみる事に決めた。てくてく、というよりぺたぺたずるずると、スリッパと固い地面を擦り合わせながらとりあえず真っ正面の方角に向かって進んでみる。これは夢であるからして例え道(……は、ないが)に迷ったとしても問題はない。加えて、どれだけ歩いたとしても元の場所に戻る手間を考慮する必要もないのだから、ここで歩かねば損というものだ。
 と、ツァイト辺りであれば首を傾げてしまいそうな理屈を一人、何の疑問も持たずに転がして、ライラはずるぺたと進んだ。
「何でこんな場所なのかしら」
 ただただひたすら足を前に動かしながら、ふと思いついたように、ライラは声に出して独り言を呟いた。自分の夢の世界なのだから頭の中で考えても口に出して呟いたつもりになっても、結局の所は何ら差違はないのであろうが、一人歩きの退屈さも手伝って、彼女は風の中に次々と言葉を溶かして行く。
「大体、私の夢なんだったら私がもうちょっと知ってる場所とか、好きな場所とかが出てくればいいのに。都会派の私としては、どうせ歩くのなら街中がいいわ。レムン西南地区の四丁目でショッピングなんていいわね。そう言えばこないだ、新しいカフェがオープンしたって言ってたし。夢で見るならそこがよかったわ……って、行った事もないお店を夢で見るなんてこと、出来ないか。……あれ?」
 と、ふと思い当たった事象に、はてと首を傾げる。
「そんな事言ったら、私、こんな荒野だって知らないわ。……どうしてこんな場所が夢になんて出るのかしら」
 レムルスは、ミナーヴァ大陸における代表的な国家、『五大国』中において最も、国土面積に対する市街面積の割合が少ない国であると、以前学校で学んだ覚えがある。それは率直に言えば単純に未開の田舎であるからに違いないとライラは考えるのだが、学校の先生は確か、それだけ我が国の国土は広大で豊かな資源がうんたらかんたらといったような実にポジティブな説明をしていたように思う。それはさておき、確かにレムルス国内には誰の手も触れることのない野が広く存在するのだが、それらほぼ全ては、森林地帯を形成しているというのがこの国の国土の特徴であった。気候が温暖で雨も多く、大地の起伏の激しいレムルスにおいて、このような見渡す限りの荒野が広がっている地域など皆無である。従って、本国から今迄一度も出た事のないライラが、記憶の中にこのような風景を持っているはずはないのである。
「何かしら。……絵か何かで見たのだったかしら」
 多くの絵画――主に宗教画が描かれたのもその舞台となったのも聖地と呼ばれるファビュラスで、ファビュラスは広大な荒野が広がっている土地だと言うから、中にはこのような厳しい荒野を表現した作品もあったかもしれない。教会への礼拝時や御近所付き合いの中で見てきた数々の名画を思い浮かべながら、この情景に該当する作品があったかどうかを考える――が、しばらくそうしていても、全く心当たりは浮かんで来なかった。
「んん〜……」
 こめかみに人差し指を当てながら唸っていたライラは、ぱっと手を離して考察の終了の合図とした。
「ま、いいか」
 悩んだ割には安直に考え事を放棄して、彼女は呑気な散歩を再開するのだった。
 殺風景な荒野は陽光や風を遮蔽するものは何もなかったが、ライラは冬用の物とはいえ寝間着一枚という格好でありながらも、暑さも寒さも感じてはいなかった。夢なのだから当たり前なのだろう。しかし、歩けども歩けども遠くの景色が全くもって変化を催さないことは、遠くにあるからそのように見えるということなのか、あるいはこれが夢だからなのか判断することが出来なかった。ただひたすらに、変わらぬ風景が展開され続けるのみである。
 繊細な神経を持つ少女であれば、あまりの心細さに涙ぐんでしまう風景であるかもしれない。しかしながら、ここにいたのはまごうことなき少女ではあっても幸運ながら、若しくは残念ながら、そのような儚さに属する繊細さは持ち合わせてはいなかった。まなじりから零す涙の代わりにすぼめた唇から、ぶー、と音を立てて息を吐く。およそ貴族の姫君らしからぬ品のない仕草であるが、それも気にしない。……もしかしたら同僚約一名の前でならば、音を出す事くらいは自制していたかもしれないが。
「暇ー。暇暇ー。もう飽きたー。帰りたーい」
 駄々っ子のように腕を振り回しながら、聞く相手もいないのにごねてみる。ライラはどちらかと言えば辛抱強い方の部類に入ると彼女自身は自負しているのだが、そんな彼女をしてぼやきを洩らさせる程に現在の状況は不毛かつ退屈であった。歩くのを止めて暇を潰そうにも、今身につけているのは床についた時と全く同じ姿の為、何か娯楽になりそうな物も所持していない。そういえば、サージェンから先日借りた読みかけの恋愛小説を鞄の中に入れっぱなしにしていた。せめて枕元辺りにあれを置いておいたなら、何かの間違いでこの夢の世界の中にも持ち込む事が出来たかもしれなかったのに。――と、剣術の師でもあるサージェンを思い出した所で、ライラは、
(そう言えば、剣の一つも持っていないのね、今)
 という今更な事実に気がついた。
 サージェンはこの私用での旅行にも普段から愛用している大振りの剣を腰に提げて来ていたようだったが、彼女はいつもの剣は持ってきてはいなかった。ライラが常用している剣はサージェンの物と違って官給品の長剣であるが、元が男性の膂力に合わせて作られた物である為に、小柄な彼女にとっては携帯するには少しばかり重過ぎたのだ。しかしいくら近間への旅行で、更に大抵の相手であれば十人二十人でもまとめて平然と蹴散らせそうなサージェンが同行しているとはいえ、護身の手段の一つも持ち歩かないのは心細かったので、レイピアを一振り持ってきていた。そのレイピアは勿論魔女の館にも持ってきていたが、就寝時にはベッドサイドのテーブルに立てかけてきてしまっている。
 もしこれが夢でないとするならば、こんな街からも遠く離れた荒れ野を、武装の一つも持たぬまま一人で渡ろうなどとは自殺行為に等しい。主に人口密集地を守護する王国軍治安部隊の目の届かないこのような地帯は、嘆かわしい事であるが無法者たちの格好の狩猟場となるのだ。例えば今などは全く人の気配すら感じられないが、商人の馬車が通り掛かったとしたならば、
 がらごろがらごろ――
 背後、遥か遠くから徐々に近づいてくる音に耳を傾けながらライラは頷き、思考を続ける。――そう、あのように馬車などが一台程度で通り掛かったとしたら、それを追うように、取り囲むようにどこからか何台もの、強盗団の馬車が追いかけてきたりして……
 がらがらごろごろがらがらごろごろごろ――
 いつのまにやら多重奏を奏で始めていた車輪の音に、ライラはそうそう、と首を頷かせる。――そうそう、あんなふうにどこからともなく忍び寄ってきた馬車に気がついた時にはすっかり進路も退路も塞がれて、哀れ商人は野蛮な盗賊どもに、身包みも魂すらも引っ剥がされて……
「……って、えええ!?」
 叫び声を上げながら彼女が周囲にいくつか存在する岩陰に飛び込んだのは、全くの本能的行為であった。

 何の因果であろうか、背後から道なき道をかなりの速度で迫り来ていた馬車の一団――正確に言うと一台の幌馬車とそれを追い回していたらしき一団は、ライラの隠れた岩のほんの目と鼻の先で停車した。少々声を上げれば簡単に届いてしまうような距離である。息を潜めて、けれども事の成り行きは確認しておかなければとほんの少しだけ顔を影から覗かせる彼女の視線の先では、慌ただしい光景が展開され始めていた。
 馬車の一台が横腹で幌馬車の行く手を阻み、残りの三台が半円の弧を描いて並び、標的の後部を包囲している。それらの、標的を除いた馬車からわらわらと男たちが降りてきていた。――見た所、やはり荒野を根城とする強盗集団のようだ、とライラは思った。少なくともまともに組織された軍隊ではない。服装もみすぼらしく、統一されたものでもなく、何より行動が訓練されたもののようには見えない。聖騎士団でも、兵員輸送馬車を用いた出動演習が訓練項目に入っているのだが(もっとも騎士が馬車で移動するというのはよく考えるとおかしな話ではあるのだが)、あのように荷台から歓声を上げて飛び降りたりしたならば即刻再試験対象になるはずだ。
 各車から三、四人の男が降りてきて、その全員が統制の全く取れていないばらばらな動きで標的の一台に駆け寄る。一応は慣れがあるのかそれ自体は比較的に迅速であった。前から接近した男が、剣を抜き払う様が見えた。まずは御者を狙うつもりだろう。
「っ!!」
 息を飲んで、ライラはその場に立ち上がりかけたが即座に自制した。剣のひとつも持たぬ今、自分が出て行った所で何の役にも立たないという厳然とした事実と、人民を護る騎士として当然の責任感、矜持とに身体ごと板挟みにされる。しかし、両極からライラを押さえつけ身動きを止めさせたその力から、彼女は一瞬の硬直の後には脱却していた。だっ、と地を蹴って――実際にはぺたっという感じであったにしろ――ライラは横合いからその戦場を目指す。
 好都合な事に、目の前の獲物に夢中な男たちは少女の接近に気付く様子はない。まさかこの状況で第三者からの突撃を受けることなど考えてもいなかったのだろう。それは彼女にとって非常に幸運な事であったが、その幸運を噛み締める代わりに彼女はきつく歯噛みした。
 幌馬車と、敵との距離が近すぎる。――間に合わないかもしれない。腰を抜かしているのか、御者台で身動き一つ取ることをしないあの御者が、剣を振るい、男との立ち合いをほんの五秒でも持ちこたえることが出来るのであればあるいは、という所ではあるのだが、あの様子を見るとそれを願うのは難しいかもしれない。
 と、その時。目前に迫り御者台に手をかけた男を見てようやく、御者は立ち上がった。その右手に長大な抜き身の剣が握られている。抗戦の意志があったらしき事は分かったが、しかしそれはあまりにも遅すぎる反応であるように見えた。御者を狙う男は反対の手で大きなナイフを逆手に握り、今まさに、立ち上がったばかりの不安定な体勢の相手にそれを突き立てんと腕を振り上げている。
「危ないっ!!」
 思わずライラが叫んだ時には――
 ナイフの男の方が、馬車を掴む腕を切り落とされて、後ろ向きに転げ落ちていた。

 そこから開始された殺戮は、強盗団の馬車がライラの聴覚に引っ掛かってから包囲網を完成させるのよりも短時間で終了した。
 御者台から飛び降り様に御者は最初の者と同じように何の警戒もなく馬車に手をかけていた男を斬り倒し、返す刃でまた別の一人の胴を断っていた。後も万事その調子で、たった一人が十数人に向け最大威力を最短距離で叩き込むばかりの戦闘がしばしの間展開され続けていたが、結局、最初の一撃の時に思わず驚いて足を止めてしまっていたライラがそのショックから立ち直り、そこに加勢しにいこうと思い至るよりも先に事態は収拾を見せていたのだった。
 強盗集団は全滅していた。一人残らず地に伏せて、今迄ぶん取ってきたのであろう金品の返済とばかりに血潮を荒れ野に惜しみなく与えていた。降って湧いた惨事に男たちが呆気に取られていたという事もあったのだろうが、あまりにも見事な手際だった。ライラは人の身でこのような真似が出来そうな人物を、目の前の、砂避けの外套を深く被った御者の他には一人しか知らない。
 男――身長から男性と判断されるその御者は、フードの奥の視線をちらりとライラの方に向けたが、敵の一味ではないと判断したのだろう、すぐに興味を失った様子だった。特にライラに対して警戒の意志を見せることなく、彼は一滴として己の物は混じっていない鮮血の染む外套を無造作に脱ぎ捨てる。
 その奥に隠されていた若い男の顔を見て、ライラは仰天すると共に、どこかで納得もしていた。
「サージェン!?」
 呼ばれた彼は、素直にもライラの方に顔を向ける。それは確かに、彼女の師であるかの青年の顔だった。が――そこで彼女は見慣れたはずの顔に、小さな違和感を覚えた。その顔が、少々若すぎるような気がしたのだ。目の前にいるサージェンは、何故かライラ自身と同じくらいの年齢の少年のように見えた。どういうことか身長も、長身には変わりないが普段よりもやや低く感じられる。
 造形が整い過ぎて表情に乏しそうに見える所は変わらない顔貌に、どこか彼はきょとんとした物を乗せていたが、やがて彼女に背を向けて自分の馬車の方へと引き返し始めた。
「ちょ、ちょっと待ってっ!」
 ライラは叫んでその後を追い縋ったが、彼は彼女など知らぬように、彼女の声すら聞こえていないかのように、そのまま歩き去ろうとして行く。ゆったりとした歩みに見えてもその長さ故に異様に速い彼の足に駆け足で追いついて、ライラは筋肉のついた少年の腕に両手で組み付いた。
「ねえっ、サージェン、サージェンってば!」
「…………ん?」
 ――返ってきた何気ない返答に、ライラは逆に驚いて、思わず顔を持ち上げた。
 と、その返答の主、サージェンと思いの他間近で視線を合わせる格好になり、彼女は悲鳴すら上げかけて即座に飛びのいた。
「さっ、サージェン!?」
「……うん? ああ。……どうした?」
 怪訝そう、という程彼女の挙動自体には疑問を持った様子もなく聞き返してくるサージェンに、ライラはおたおたと手を振って告げる。
「ななななんでもないわなんでもないの、あと数センチできゃっ☆ってことになってたかもいやん私ってば何てはしたない事考えてるの恥ずかしいとか一瞬ちょっと思ったけどそれは気の所為なの、というわけで何でもないわ!」
「そうか。それならばいいのだが」
 ――いいんか。と、即座の突っ込みを入れてくれる同僚は、今はいない。……と、周囲を認識して、ライラはようやく、自分が今いる場所が荒野ではなくなっていた事に気がついた。
 そこは、暗がりが支配する広い廊下だった。闇の中、等間隔に一直線に点されている燭台の灯りが妙に怖い。見慣れたという程見てはいないが、見覚えのある雰囲気ではあった。魔女の城館の一隅である。
「あ、……れ?」
 目をぱちくりとしてライラは呟いた。もう一度目の前の青年を見てみれば、これは全くいつも通りの先輩の姿であった――黒い寝間着姿ではあったが。ようやくして先程のリアルな情景が夢であった事を思い出す。最初からそのように認識していたというのに、あまりにも実在感があり過ぎて途中からかなり真剣にあの世界に浸ってしまっていた。
 それにしても……と、彼女は思う。夢であったのはいいとして、何故それから覚めた自分は今、廊下にいるのだろうか? そして何故、夢と直結した都合良さでサージェンの腕を掴んでしまっていたのだろうか。至極当然な疑問を頭の中に浮かべながら、改めてサージェンに意識を向ける。
 彼は、何をしていたのか、前方、腰のやや下辺りの高さの空間を掴むように伸ばしていた腕を、自分でも不思議そうに眺めながら下ろした所だった。
「どうしたの?」
 問い掛けるライラに、彼も納得が行かない様子で少し首を傾げながら、
「いや。……夢……だったのか?」
 独白のように呟くのを聞きつけて、先を促す視線で見上げる。
「あの魔女に襲われて、気がついたら、どこかの城にいた」
「襲われてッ!?」
 ライラが悲痛なまでの叫びを上げる。そんな彼女に対し、まだ言葉の続きを持っていそうだったサージェンは発言を中断して、心配ない、と告げた。
「このようにきちんと生きている事だしな。問題はない」
「生きてるから問題無いって言うかベッドで寝込みを襲われて問題無いって、いやよそれってあんな年増女にサージェンが……って、あ、襲撃されたって事?」
「? そう言ったが」
 不思議そうな顔をするサージェンに向け、ライラは複雑な踊りのようにじたばたと手を振って思い違いをごまかした。
「あ、うん、そうよね、そうに決まってるわよね。で、そ、それで? どこかの城って?」
「……この城ではなく、もっと整えられた綺麗な城だった。何故か時間も昼間のようだった。俺は城の庭にいて、そこで遊んでいる子供たちの姿を眺めていた」
 ライラは特別理由もなく引っ掛かりにも満たない小さな感触を覚えたが、そのまま口を挟まず彼の言葉を聞いていた。まだここまででは断定するのは早い……と思う。
「貴族の子供だと思うんだが……確かどこかで見かけたような男の子供一人を、やはりどこかで見かけたような女の子供二人が、蛙とかイモリとかを両手に掲げ て追い回していてな。男の子供が鼻水垂らして大泣きしながら逃げ回るのがあまりにも哀れで、女の子供のうち、三つ編みをしていた方の襟首を、こう、掴まえ た所で」
 と、先程のように腕を前方斜め下に突き出してみせて、
「唐突に、その風景が消えてここにいたという訳だ。……ん」
 ふと呟いて、サージェンは目の前のライラの一点を凝視して言葉を止めた。――彼女の肩から前に垂れ下がる、緩く編んだ三つ編みを。その三つ編みを上に向 けて視線で辿り、確認するように、苦手な相手に向ける愛想笑いのような引き攣った微笑みを浮かべるライラの顔をまじまじと見つめる。
「ん……?」
 何かを脳裏に閃かせかけたサージェンの肩を、ライラは唐突に腕を伸ばして引っ掴み、がくがくと強く揺すった。
「サージェン!! 危険よ! これは陰謀よ!」
 燃え上がるような瞳で真っ直ぐに相手の目を見つめながら、鋭く告げる。
「魔女の陰謀よ! 何か、私たちは巨悪に巻き込まれようとしているわ! 気をつけて! 今は余計な事を考えず、警戒しなければ駄目! 油断を見せたら最後、魔女の謀略に一息に絡み取られるわ!」
「そうか。それは危険だな」
 彼らの班における頭脳労働担当者の忠告に、専ら肉体労働専門の青年は条件反射の如く、というかあまり何も考えた様子なく素直に従う姿勢を見せる。ライラは色々な感情を込めて深く頷いてから、ばっ、と身体を反転させ、廊下の奥を見やった。
「行くわよ、サージェン……! 正しきレムルス王国聖騎士団の剣にかけて、かの悪しき魔女を成敗しなくては……!」
 普段の高い声を精一杯低くし、雄々しく告げる勇敢なる少女に、サージェンはとりあえず反論すべき点が見当たらなかったから、という感じで頷いた。


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