レムルス王国聖騎士団の事件簿〜いんたーみっしょん・1

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 いんたーみっしょん・1



「おかえり、ルシーダ」
 丁度、城壁の一番頂上を乗り越えようと、柵にかけられた洗濯物のような格好をしてその上に乗っていた第二王妃ルシーダに、そんな、心の底から穏やかなねぎらいの声がかけられた。
 首を上げて王妃を見つめているのは、白髪で、長い髭を貯えた老紳士だった。白地に金刺繍のローブを纏い、肩から、毛皮で縁取りされた赤いマントを羽織っている。
 道でも歩いていれば――まさかそんなことはしないが――あ、王様だ! と、子供が指差して叫ぶような、そんな姿であった。
 その通り。彼こそがこのレムルス王国の現国王、ディラック・ニーズ・フォン・レムルスその人である。
「あら、王、わざわざ私などを出迎えて下さるなんて、光栄の極みですわ」
 そして、当然ながらこの王妃の夫であり、王太子ディルト・エル・レムルスの父に当たる人物であるのはいうまでもない。
 よじよじよじと、あたかも台所で見かける黒い害虫のように王妃は器用に壁を伝って、三メートルほどの垂直の道のりを地面まで下って来た。特に縄やその他の器具などは使っていないようだったが――器用なものだ、と、国王はいたく感心した。
「街に出ていたのかね」
 王の前に立ち、にこにことしている歳の離れた妃をやはり彼もにこにこと見返しながら尋ねた。彼女の格好は普段の、フリルとレースがたくさんあしらわれたドレスではなく、街の物売りの娘が着ているような簡素な麻のシャツとスカートだった。スカートの裾近くのつぎはぎは、本当に着古したためつけたものなのか、彼女の、「やはり労働者の服とはこれでしょう!」という感覚に基づいてつけられたものなのかは、彼には分からない。
 深く被っていた地味な渋染めのスカーフを取り、対照的に華やかな金の髪を白日の下に晒して、王妃は満足そうに頷いた。
「ええ、国民の生活を知り、苦楽を共にしてこそレムルス王国の王妃であると私は考えますの」
「それは大変立派な心がけだ。私もそのような妃を持てて、鼻が高いぞ」
「ありがたき幸せですわ」
「して、本日はどのような生活を体験しておったのかね?」
 興味深そうに尋ねてくる王に、王妃はそれを説明すべく、たった今彼女自身が乗り越えてきた壁にかかっていた、何やら太い綱を引きはじめた。
「よいしょオ! でございますわ♪」
 片足を、ばんっ、と壁に押し付けて踏ん張り、勇ましい掛け声を上げながらずるりずるりと引いてゆくと、壁の頂上からその先に繋がっていた物が現れた。
 どすん!
 そのままそれは、壁を乗り越え、その重量を訴えかけるような地響きを立てて二人の目の前に落ちてくる。
 それは大きな背負い籠だった。大量の野菜や果物が入れられている。落ちてきた拍子に巨大なかぼちゃがごろんと零れ出た。
「なんだね? これは」
「行商人セットでございますわ」
 大仕事をやってのけた王妃は息も切らすことなく、胸を張る。
「これを背負いまして、街の市場に行きますの。街の市場では、周辺の村からこのような農産物を抱えた行商人たちがたくさん来ておりまして、そこで皆、品物を並べて販売するのです。野菜だけではございませんのよ。家畜や布も売られておりますし、その場でスープや魚の焼いたものなどを作って売っている者もおりますの」
「ほう、それは賑やかで楽しそうだね」
「ええ、それはそれは楽しゅうございます。たまにトラブルなどにも巻き込まれたりもしますけれど、それもまた街の平和と活気の産物でございますし……」
「トラブルとは?」
「いいええ、たいしたことではありませんの。悲鳴を上げれば、すぐに騎士たちが飛んで参りますし、どうといった騒ぎにもなりませんでしたわ」
「それは安心した。騎士たちも頑張って職務に励んでいるようで、何よりだな」
「はい、流石は王の騎士たちでございますわ」
 にっこりとした王妃の言葉に、王はうんうんと頷く。
「我が騎士たちの働きぶりには私も感銘を覚える。此度のツァイト・スターシアとサージェン・ランフォード、それと、あの少女……」
「ライラ・アクティでございますか」
「そう、ライラ。彼女らの働きは素晴らしいものであった。ディルトも此度の一件で、また更に視野を広げて帰ってきたようであるしな」
 王は、王冠を頂いた白髪を幾度も頷かせて、自分の受けている感動を表現しようとした。
「王妃は民の事をよく考え、あのような若い良い騎士がたくさん育ち、王太子は立派になってゆき……おお、このレムルス王国の未来は安泰であるな!」
「ええ、ええ、まことにそうでございますわ!」
 ははははは、ほほほほほ、と、言葉通り、未来に微塵の影も抱かぬ笑い声を、国王と王妃はいつまでもいつまでも、上げ続けるのだった。

 レムルス王国に、幸あれ。


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