- PREV - INDEX - NEXT -

術士と精霊の結論・3



 赤熱する召喚陣の中央に、魔力の颶風に髪を靡かせ、一つのほっそりとした人影が立っていた。
 炎の色の光に照らされるのは、銀色の、マキシのそれにそっくりな長い髪。真珠のような柔らかな透明感のある白い肌。首元から足首までを覆い、裾を床へと広げる深紅のドレスに身を包む、女の姿をした存在だった。その容貌は磨き上げられた銀器か、冷たく透明な硝子を感じさせる程に整い過ぎていて、外見年齢はさっぱり分からない。肌に皺などは一切ないが、若いようにも、中年以上の年齢のようにも見える。
 だが――これが何であるかだけは、無論私は知っている。
 その存在と睨み合うように視線を交わらせる事数秒。先に口を開いたのは、向こうの方だった。
「そなたがあれを召喚した魔術士か。名は何と申す」
 歳を経た大樹のような声。しわがれてはいないが年齢を感じさせるその声は抗い難い威厳に満たされていたが、私は負けじと胸を反らせ傲然と言い返した。
「召喚術を執り行ったのは私だ。お前から名乗れ、四属性精霊」
 年齢も、力も人より精霊の方が通常は上であるし、等しくこの世の生物である以上は本来は、人と精霊どちらが偉いということもない。だがしかし、召喚儀式の上で呼び出した以上は、こちらが主で相手が従、そういう契約である。最高精霊がどうした、分を弁えろ、と、あからさまに態度に示して告げると、精霊は愉快そうに切れ長の目を細め、素直に返答した。
「よかろう。我は四属性精霊ファビュラ」
 精霊が名乗ったその名は、この世界に住む人間であれば恐らく魔術士ならずとも聞き覚えがあるだろうもので、私は思わず呆気に取られて問い返していた。
「……女神教の最高神の名前と同じように聞こえるんだけど」
「人の子の解釈は我の与り知らぬ所。……宜しく頼もう、我が新しき主」
 成程、伝説級の存在だという事は感じていたが……このお祖母様とやら、想像以上にとんでもねェ大物であったようだ。
 しかし驚きはしたが、その事実に怯んだ訳ではない。揶揄するような声音で囁かれた精霊の言葉に、私は悪たれ坊主のようにふんと鼻を鳴らした。
「悪いけど、私はお前を従僕にする気は無い。私の使役精霊はマキシだからな」
 魔法陣の精霊が、やはり興味深そうに、整った口元を微かに上げる。
「ほう、たった今、自らの手であれを送還しておきながら、異な事を申す。では如何なる用にて我を召喚した?」
「うちのマキシを可愛がってくれた礼を一言しようと思ってね。……よくもまあ、ああもボコボコにしてくれたな。あんたあいつの婆ちゃんじゃねーのかよ」
 私が言い募ると、精霊は上流階級の上品ぶったババアのように優雅に手元に白い手を当てて、くすくすと笑った。
「あれしきで精霊たるものの存在が揺らぐことはない。あれは禁を犯した。……言って己の過ちに気付けぬ子供には躾をせねばならぬのは、そなたら人間の習いであろう?」
「ふん、躾と来たか。……人様んちの躾に口を出したかないが、マキシは私の精霊だ。私が召喚してる以上、指導する義務も責任もこっちにある。文句なら、私に言うのが筋だろう」
「御せなかった魔術士が何を言う」
「御せなかったんじゃない。少なくともこの件についてはね。御する必要がなかったんだ」
 私の答えを聞いた精霊の目元に、やおら、鋭利な気配が混じる。火の属性が強い筈の四属性精霊の気配が、ひんやりと鋭い冷気に満ちた。
「そなたには精霊に対する思いやりがないと見える。その刹那的な愛情もしくは温情が、近い将来、よりあ奴を、それこそ死に至らしめる程に苦しめることになる事をそなたは聞いたのではなかったのか。精霊なぞ、そなたから見れば所詮は道具かえ?」
 ふん。今更そんなイヤミをチクチク言われた所で痛くも痒くもないね。私は腕組みをして、斜に構えてババアを見やった。
「道具の方が大切に扱ってやれた所だ。道具だったらあんなしょうもない我儘は言わねーからな。……死ぬ程の苦しみね。そんなこたぁあんたや私がガタガタ言い聞かせてやるまでもなく、あいつ自身が一番よく分かってるんだろうよ。その上で、あいつがここにいたいと言ってるんだ。だったら一緒に苦しんでやる以外に出来る事なんざねーじゃねえか」
「出来ることならあろう。そなたが離れてやれば良いのじゃ。あれもさんざ小生意気な事を言うておったが、百年も頭を冷やせばそなたの事も忘れ、本来の精霊としての幸福を全う出来るようになろう。その間そなたは我を従僕とし、己が望む全てを手にすべく邁進するが良い。そなたは優秀な魔術士だ。我が力全てを惜しむことなく捧げ、そなたの望み、叶えて進ぜようぞ」
「生憎だけどお断りだ。私の望みは他人に叶えて貰える程安いもんじゃないんでね」
 精霊が再び瞼を細める。二人の間にばちばちと青い火花が散った、そんな錯覚を覚える。精霊にとっては思いは力であると言うから、或いは私の視線にも、この精霊はガンの飛ばし合いには留まらない何かを感じているかもしれない。
 ともあれ私の返答に、しばしの間笑みすら消して押し黙った精霊は、やがて徐に口を開いた。
「……あれは精霊世界の至宝。いずれ我が座を継ぎ我らが世界の柱となるべき存在。人間一人にその命を預け百年足らずであたら無くす訳には行かぬ」
 低く、重い、恫喝の気配すら感じる声。ほじくり出してやった相手の真意に、私はにやりと唇を曲げる。
「ふん、やっと本音が出たじゃないか。最初っからそう言やあいいものを。……あの子が大切なんです返してくださいお願いしますって、そう筋を通して頼み込んでくるんなら、私だって鬼じゃないんだ、しょうがないから返してやろうと……」
 文章の区切りの悪い所で、私は一旦息を吸う。私だって、他人の寿命を縮めさせるような真似はするべきではないとそりゃあ思う。それなりに情を感じているなら尚更だ。精霊世界の至宝、とまで言うのなら、マキシはこのババアにとっても余程大切な存在なのだろう。だが。
「……普通なら思うんだけどね。けど、あんたと同様こっちにも譲れないもんってのがあるんだわ。大切なんだったら最初から首輪でもつけて鎖で繋いで大事に飼っとけよ、勝手に人間の所になんか行かないように閉じ込めてさ。召喚術は条件さえ合えば精霊本人の意思ひとつで自由に通れる扉を開くだけであって、宝物を勝手に盗み出す手品じゃない」
 組んでいた腕が疲れて来たので解き、代わりに腰に当てて、私は胸を反らせて長身の精霊を見上げた。
「あいつがここにいたいと言っている。だから私はここにいさせたいと思う。これ以上なく単純な話じゃねーか」
 窓もなく、出入り口も閉ざされている筈の閉鎖空間に、風が渦巻いた。
 その出所は分かり難かったが、まあ、目の前の精霊の仕業である事は間違いない。ただ、攻撃の意図があった訳ではなく、単に心の波風がそのまま外界に干渉してしまったというだけであるようだったが。……魔力による物理干渉なんて芸当が無意識のまま出来るだなんて羨まし過ぎて禿げそうだ。
 嫉妬に燃える俗人の私とは対照的に、最高精霊は、女神の名に恥じない厳かさでゆっくりと瞼を閉じ、告げた。
「認めよう。あ奴を説得するより人間の方が与し易いと考えたのは、我が誤りであったことを。そなたは人間でありながら、精霊に勝るとも劣らぬほどに頑固であるのだな」
 お、敗北宣言キタコレ? と思う暇も有らばこそ。それを打ち消す台詞が続く。
「だが、もう遅い。そなたは既に我を召喚し終えた。精霊を送還することの困難さは、そなたも重々知る所であろうに。従僕にする気がないと言いながら、如何なる考えを持って我を召喚した? 三年の経過を耐え忍ぶ積もりか? 我に命じる機会が無ければ良いがの」
「そんなことは有り得ないって口ぶりだな」
「簡単なことじゃからのう……。例えば、そこな娘が深く傷を負う。そうなれば、我が癒しの魔術が即刻にでも必要となろう?」
「……ひっ」
 鋭利な視線を唐突に向けられて、これまで背後で一言も発することなく状況を見守っていた(そういやいたっけなごめん忘れてた)マイナが、初めて喉から音を漏らした。この奴らしくない怯えっぷりから察するに、完全にこの精霊の気配に呑まれていたようだ。……私の場合これを召喚した立場であるからまだ耐性っぽい物があるが、第三者は中てられても仕方のない魔力かも知れない。
 臨席したいと言ったのはこいつなので同情はしないが、私は一応マイナを背中に庇うように数歩位置を移動して、精霊を睨み返した。
「……とんでもない狸だな。とても実際には出来ないとは思えない、真に迫った脅しだよ」
「実際に出来ないと何故言いきれる? 召喚失敗による精霊の暴走事故等に挙げられるように、契約の完了していない精霊が人間に結果的に危害を加える事例は存在する」
「それは召喚術式の不備で精霊の心身に混乱を来たしての事故だろ。通常状態であれば精霊は主でなくとも人間を傷つける事に高い精神的負荷が掛かる。マキシや他の精霊たちの言から察するに、精霊にとって心理的約定の反故は、事に拠っちゃ自身の崩壊に繋がる程の強い反動を受けるものだと推測するがね」
 私の指摘に精霊は感心したように片眉を上げる。
「ふむ、成程。よく見ておるわ。その通り、精霊の心理的拘束は非常に強固なものだ。それはそなたが推定するように、人間に対する肉体的束縛以上の拘束力を有する。だが、温い。この件で我が天秤にかけるは精霊世界総体の延命、これと比して我が命などどこに惜しむ必要があろう」
「死すら厭わず戦えるってのは強みだな」
 ――精霊世界総体の延命とな? なんか思いの外でかい話が出て来たなあ。状況はよく分からんけど、精霊世界では何らかの危機が起きているようだ。後でその話はマキシに聞いておこう。あいつも知らぬ存ぜぬって訳じゃないだろうからな。
 そんな事を思うが、まあ、それはそれとして。
 相手が強硬手段に出ると言うなら、こっちもそろそろ切り札を見せてやる事にする。言うべき事はもう言ったし……頃合いだ。
「……七百年前だったか。あんたが前にこの世界に召喚されたってのは。その時の魔術記録を図書館の本棚ひっくり返して必死に調べたよ。以前の召喚者、こいつ、あんたの召喚に三回も失敗してくれてんのな。お陰であんたの召喚に必要な魔力の下限がかなり厳密に算出出来て助かった」
 唐突にそんな事を言い出した私に、精霊は端正な顔に怪訝な表情を乗せた。何百年も歳を重ねた老獪な女狐或いは女狸の意表を突いてやれた事に満足しつつも、私はぱちぱちと瞼をしばたいた。ちょっと今一瞬意識が飛んで行きそうだった。そろそろ、気力だけを燃やして突っ立って熱烈な言い合いをしてるのも体力的に限界だ。
 だが、それこそが頃合いという合図に他ならない。
「伊達や酔狂やましてや単にテンパってふらふらしてる訳じゃねーぞ。どのへんまで体力削れば魔術制御に障害が出るか、全部計算済みだ。丁度いい事に、小うるさいうちの精霊がぐうぐうお休みくださってたからな。お陰で誰にも邪魔されずにダイエットに励めた」
 頭を押さえて言う間にも体力がごりごりと、チーズおろしで削られて行くかのように擦り減っていく。
 ――漸く、目の前の精霊も、私の狙いに気付いたようだった。
 魔力と体力は密接な繋がりを持つ。体力というのは腕力とかの話ではなく、いわば生命力と言うべきエネルギーの事だ。病気や極度の疲労でへとへとにへたばれば、魔法制御能力も低下する。
 元来の才能で召喚出来る精霊も、術者が極限状態にあればその召喚状態が保てなくなる――私が前に、マキシの召喚解除の為に試してうっかり解除前にぶっ倒れてしまった、アレだ。
「てめーの世界に還りやがれ、クソババア!」
 私が叫んだ、まさにそのタイミングで。
 淡い光を保っていた魔法陣が、最後のともしびのように一瞬強く輝き、そしてすぐさまその光が吹き消える。
 刹那の明滅の後、魔法陣の中央に立っていた筈の美人なババアの姿はそこにはなく、幻が終わったかのように威圧的な魔力に満ちていた空間に平穏が戻っていた。

「あー気持ちわる。吐きそう。吐くもの無いけど」
 膝に手を当て前屈みになってそんな事を言う私に、漸く我に返ったらしいマイナが駆け寄って来た。
「お、おい、ミカエラ、お前、大丈夫か」
 慌てる友人を手で制し、その手を適当に振って背後だか横手だかを指し示す。
「マイナ、ちょいそこの道具箱取って」
「何する気……」
「マキシを再召喚する。あのババアとマキシは逆属性だが鏡写しって程に似てるから魔法陣は部分的な設定の逆転と限定的な上位置換で事足りるんだ、っていうか元々この魔法陣自体がマキシを召還した時のカスタマイズだし」
 ババアを送還した所で終わりな訳じゃない。元の状態に戻してこそ、計画は完結する。
 マイナは私の顔を凝視したまま顔色を変え、叫んだ。
「無茶だ、その体力で何を言ってるんだ!」
「駄目だ。時間なんて置いたらあのババアに対抗措置を取る暇を与えちまう。今やらないと意味が無い。大丈夫、あのババアとマキシは出力が違う。マキシの分ならギリ耐えられる」
「維持自体が計算上間に合っても、そんなコンディションじゃ召喚時点でしくじる! 呪文ぺらぺら唱えりゃいいってもんじゃねえんだぞ!?」
 んな事は百も承知だ。アカデミーの召喚術士に対して言うこっちゃねーだろが。
 ちっと舌打ちしながら、私はマイナを睨む。その視線は余程凄絶であったらしい。マイナが先程まで四属性精霊に向けていたような眼差しを私に向けてたじろいだ。
「この召喚術を私が失敗するなんてあり得ない」
 私はやや声を和らげつつも、きっぱりとそう言い放った。『失敗して』マキシを呼び出した私、が。
 ――最初にマキシを召還した時の魔法陣は、あの後散々見直したのだが、結局ミスは見つけられなかった。
 いや……ミスはあったと言うべきだろうか。この魔法陣は、かつて召喚したあの時に、マキシ本人が言った通りの代物だった。改めて見てみれば、これは私の目から見たって最初から完璧に、単に『水寄りなだけの四属性精霊召喚術式』だったのだ。一応、奴は魔力量の見積もりが甘かったのではとフォローを入れてくれていたが、仮に魔力測定値分の計算ミスが無かったとしたって、この術式じゃ当たり前のようにマキシを呼んでたと思う。
 これは絶対に、水属性を召喚しようとして書くような代物じゃない。今考えてみても、何で自分がこんなのを描いたかなんてさっぱり解らない。解らないけど、多分、

 必然だったんだ。

 マイナが手渡してくれた魔法道具の納められた箱を開け、目の前の魔法陣に手早く、最小限の修正を施す。泥沼の中に引き込まれそうな凄まじい眠気と戦いながら、手を動かす。
 マキシ。
 マキシ。
 私は、お前を。

 ……一心不乱に魔法陣を描き上げ、私はその場に立ち上がった。魔法陣を見下ろし、先程のように陣に対して腕を掲げ、呪文を――呼び掛けの言葉を、唱え始める。

 私は、お前を。
 愛していると言っていいかはまだ分からない。
 だが、生涯、一緒に過ごしていきたいんだ。

 魔法陣が、輝く――



 目を開いた私の視界に、銀色の波が漂っていた。
 俯いて私を抱き締めて、波のように柔らかくうねる、銀色の髪。
 私が瞼を開いたその微かな気配を察知してその綺麗な髪の持ち主が顔を上げる。乳白色の真珠のような滑らかな頬に涙の筋が光り、私の肌にその滴をぽたぽたと落としていた。
「涙、冷たいぞ、お前」
 その涙の滴は氷のように冷たくて、私は苦笑する。
「男の子が泣くんじゃありません」
「ミカエラ様……ミカエラ様ぁ……っ!」
 しかしこの傲岸不遜な精霊は、私の言う事などちっとも聞かずに美貌をくしゃくしゃに歪めて泣きじゃくる。
「あともうちょっとでも体力落ちたらお前強制送還だからな。必死で看病しろよ」
 私を再度きつく抱き締めた私の四属性精霊は、声もなくこくこくと頭を頷かせて、命令に答えた。



 その後、マキシと入れ替わるようにたっぷり一週間、私はベッドの上の住人と化した。
 くそぅ……たかだか過労と栄養失調如きでこんなにも長い事寝たきり生活を強いられるとは……そんな事をぼやいたら、医務室長に「過労舐めんな」と怒られグーで殴られた。ちょ、病人病人。
 この一週間、マキシは無論私の事を心配し続けてくれてはいたものの、比較的上機嫌な様子で甲斐甲斐しく世話に勤しんでくれた。下の世話は除く。……乙女として、流石にそこまで異性に曝け出せない。
 今もマキシはベッドサイドの椅子に座って、軽い鼻歌なんぞを歌いながら器用な手捌きで林檎を剥いている。白い皿に可愛らしいうさぎ林檎が並べられていき、八匹全てが整列した所でマキシはナイフを置いて手を拭い、フォークに刺した一匹目を差し出し「あーん」とかのたまった。
「……自分で食える」
 もうベッドから降りても殆ど問題のない体調にまで回復していて、明日には自室に戻る予定になっている。そんな私をどこまで病人扱いするんだこいつは。こっぱずかしい奴だなとフォークを奪おうとしたがマキシはさっと身を引き、しつこく「あーん」を敢行して来る。最終的には根負けして、私はそれを口で受け取った。
 しゃりしゃり。瑞々しい林檎をほっぺたの中一杯で頬張る私を見るマキシの目は本当に幸せそうで、文句を言う気も失せてくる。
 ――失わずに済んで――間に合って、よかった。
 そう安堵の吐息をついた時、不意にマキシが軽く迷うように視線を泳がせた。ん? なんだ? ちょっと珍しい仕草に首を傾げると、マキシは少々言いづらそうな顔をして、私に告げて来た。
「そういえば、過日の件なのですが……。一つだけ申し上げますと……精霊に時間は関係ありません」
「へ?」
 唐突な物言いに、私は目をぱちくりとして、精霊の顔を見上げる。
「人間世界と精霊世界で時の流れの速さそのものが違う訳ではないのですが、精霊世界に於いて精霊は脳や肉体の挙動に変換しないで済む分、思考、意思疎通、魔術構成……あらゆる処理速度が人間よりずっと高速なのです。お祖母様が何らかの妨害を仕掛けようと思えば、どれだけ迅速に処理をされようと人の身では絶対に召喚術が先んじることはなかった筈です」
「……まじで?」
「実際、お祖母様が送還されてから僕を再召喚して頂くまでのあの間で、泣くほど説教を頂戴しましたし」
 ババアを送還してからマキシを再召喚するまでのタイムラグは、せいぜい一分って所だったと思うが……その間に泣く程説教タイムを取れるって事は。
「対抗措置を取る気だったんなら余裕で取れてたって訳か」
 私の確認に、マキシは実に申し訳なさそうに頷く。
「戻られたお祖母様にまず言われたのは、どうせすぐに喚ばれるのだろうからみっともないなりをしているなと」
「……うへぇ」
 私は愕然として、ぱんっと額に手を当てた。めいいっぱい啖呵切った相手にこの子ども扱いか。これは恥ずかしい。
「それと、お祖母様が僕の再召喚を見逃したのは、貴女様がお祖母様に告げられた一言も一要素だったようですが」
「告げた? 私なんか言ったっけ」
「『精霊世界総体の延命とな? なんか思いの外でかい話が出て来たなあ。状況はよく分からんけど、精霊世界では何らかの危機が起きているようだ』という辺りの事ですね」
 つらつらと語られた台詞に何となく覚えがあって、なんだっけかと一瞬首を捻ってから――ぎょっと気付く。
「……告げた、っていうかそれ、興味本位で頭の中で思っただけなんだけど……」
「精霊の資質にもよる事ですが、他者の思考を読み取ることが出来るのは勿論のこと、指向性のある意思は特に、敢えて耳を塞がぬ限り、音声の如く聞こえてしまうんですよ」
 ふへぇ〜……
「精霊って怖いな。おちおち陰口も言えねえじゃん……私その点に関しては精霊じゃなくてよかったとつくづく思うわ……って、はっ!?」
 私はこの瞬間驚愕の事実に気付いてしまう。――相手に向けて思った事が何でも聞こえてしまうって言うなら、私が今迄こいつに対して結構考えて来た内心の罵詈雑言も大体こいつには聞こえてたって事か!?
 という声が聞こえたのかただ察したのか。ぎりぎりどっちとも取れるタイミングでマキシは答える。
「人間世界では耳を塞いでおりますので。……一応」
「今一瞬間があった! それに一応って言った!」
「気のせいで御座いましょう。ミカエラ様、林檎のおかわりはいかがですか。葡萄もありますよ」
「果物で騙されるかっ」
「メロンが宜しゅう御座いますか。濃厚で甘いマスクメロンですよ」
 うぐっ……それは学食でたまに出て来る瓜と大差ないメロンではなく庶民には滅多にお目に掛かる事すら叶わぬ縞々のメロンのことか……ッ!
「……ぐぬぬ……切ってくれ」
 高級メロンの誘惑に負けた私にマキシは微笑んで、新しい果物を取りに立った。

【FIN】

- PREV - INDEX - NEXT -