CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 12 #87

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 二振りの剣を逆手に握り、ソフィアは飛び出した。それに一歩後らせて、魔力槍を構えたブランが続く。
 ブランが床を蹴ったのと同時に魔術を編み始めたウィルは、ソフィアがまだ暗黒魔導士の元に剣の先を掠らせる事も出来ない位置にいるうちに術を完成させた。呪文を唱えなかったのだ。
「光よ疾れ!」
 短く叫んで、腕の先から幾筋もの光条を迸らせる。純白のエネルギーはそれぞれ僅かずつずれた弓なりの軌跡を描き、横合いから標的に襲い掛かる――が。
「この程度の代物」
 視線を正面から動かさないまま、暗黒魔導士は魔力を集約させた腕だけを無造作に振るい、力を放つ。
 標的に正視すらされることなく、ウィルの魔術は全て撃ち落とされた。
「躱すまでもありません」
「はぁっ!」
 余裕の笑みすら浮かべたまま囁く暗黒魔導士に、ソフィアの剣が振りかかる。恐らくは、ウィルの魔術よりこちらを主に警戒していたのだろう、いつのまにか手に持っていた長剣で二つの刃を受け止めていた。
 甲高い音を立て、二合、三合と剣が交錯する。
 と、攻め込む形だったソフィアが不意に身体の重心を後方に移動し、僅かに二人の間が開く。
 何か不利を被ったかのような彼女の動きに、思わずウィルは声を上げそうになったが、その寸前で、彼はソフィアの、いや、二人の意図を察し、何とか声を堪えた。
 ソフィアと場所を入れ替えるように、槍を構えたブランが暗黒魔導士に迫り、躊躇を感じさせない動きで鋭い穂先を突き出した。
 さすがに魔力槍の一撃を安易に受ける気にはなれなかったか、大きく跳び退る暗黒魔導士に向けて、ウィルは魔術を解き放った。紅蓮の津波がウィルの周囲に湧き起こり、肉食獣が獲物に飛びつくようなスピードで、黒衣の男に灼熱の爪を伸ばす。
 普段使わないような、無意味に派手な術を使ったのには理由がある。ソフィアの意図をウィルが汲んだのと同様、彼女もまた理解してくれるだろう。
「邪魔です」
 暗黒魔導士にのしかかった炎は、その呟きひとつであっさりと切り裂かれ――
 その瞬間、暗黒魔導士は、自分が切り裂いた炎の間から飛び込んできた少女に驚愕を見せた。魔術は目くらましだったのだ。単純極まりない戦術だが、まさかこれだけの大技をただの目くらましに使うとは思ってもいなかったのだろう。強力な魔術士同士の戦闘では、扱う術の高度さ故に精神力の消耗が尋常ではない。このオーバーペースでは確実に、敵を倒す前に自分が限界になる。
 が、それでいいのだ。一対一の戦いではない。自分が倒れたとしても、ソフィアやカイルタークがいる。余力を残す必要はない――
「それは甘い考えですよ」
 空気を切り裂くように聞こえてきた声には、憐憫の情が表われていた。はっとして、思わず魔術への集中を途切れさせてしまった事を、ウィルは後悔した。だが、暗黒魔導士はその隙を突いて攻撃してこようとはしなかった。ソフィアがまとわりついていて、出来なかったというだけかもしれないが。
「今の状態で、丁度私一人と互角なのですよ、陛下? 中でも主要な戦力である貴方を欠いたら最後、総崩れになります」
「その頃にはカイルが治療を終わらせてる」
 思わず反論したウィルに向かって暗黒魔導士は皮肉げに口元を歪める。
「大神官には攻撃魔術は使えませんよ。近距離にこれだけ人がいる状況で、暴走させる危険は、彼には犯せない」
 的確な指摘を受けて、ウィルは舌を打った。ちょっとした術ならともかく、この男の魔術防御を打ち破るクラスの術は、カイルタークには連打出来ない。ウィルは暗く翳った感情を表情に出さないように注意したが――さほどの意味はなさなかっただろう。隠そうとしても、無駄だった。この男には何だって見通している。そう、昔から。
 指を、戦闘中は必ず腰に吊るしている剣へと滑らせて、それが空を切った時に初めてウィルは、自分のその無意識のうちの動作に気がついた。剣を掴んでどうするつもりだったのか。あいつに剣術で勝てたためしが今迄にあったか? いや、剣術だけではない。魔術だって……
「ウィル」
 凛とした声。
 ウィルの中で渦巻いていたもやが、霧散していく。暗黒魔導士と切り結びながら、ソフィアはすぐ隣の人間に話しかけるような口調で喋っていた。少女の背中に流れる亜麻色の長い髪が、彼女の動きに合わせてさらさらと揺らめく。
「覚悟してたんじゃなかったの?」
 視線は対戦者へ向けたままで、彼女は聞いてきた。どこか冷たい、突き放したような声は、彼女らしくないという感想を一番にもたらしたが、反面、どこかで聞いた事があるようにも思えた。
「してた……と思ってた」
 意識したわけではなかったが、自分の呟いた声に混じる自嘲の色に、ウィルは気づいていた。口の端を釣り上げて――多分その顔は、人が見れば泣き顔に見えたかもしれないと自覚しつつ――ウィルは息を吐いた。
「……いや。大丈夫だ。やれる」
「いいよ」
 短くそう言って、ソフィアは少々暗黒魔導士との距離を取った。敵は、すかさず魔術で追撃をかけようとしたが、ソフィアの一睨みでそれを断念したらしかった。そんなことを生身の人間ができるわけはないが、そのまま魔術を跳ね返してきそうな凄みがあった。少なくとも、間違いなく躱され、無駄になると踏んだのは正解だろう。
 息をもつかせない攻防に、一呼吸の間が開いた。
「ねえ、暗黒魔導士さん」
 剣を持つ手を下ろさないまま、ソフィアが暗黒魔導士に向けてにっこりとした笑みを送る。
「あたしと勝負しない? 一対一の勝負。魔術無しでさ」
 突然の提案に、暗黒魔導士は動揺とまでは言わないまでも、明らかな疑念を心に宿したようだった。にこにことした彼女流のポーカーフェイスを探るように眺めて、やがて暗黒魔導士は唇の端を上げた。
「構いませんよ」
「ウィルも大神官さんもブランもオッケー? 手、出さないでね」
 とんとん、と、靴の爪先を地面に打ち付けてから、軽く腱を伸ばす。先程の手合わせとここまでを含めて、準備運動であるようだった。
「それじゃ、いくよぉ」
 呑気そうにも聞こえる声を残して――
 ソフィアの姿が掻き消えた。

 無論、姿が消えたなどというのは錯覚に過ぎなかったのだろう。ほんの瞬きするような短い時間、気を逸らした隙に、彼女が走り出していたからそう思えた、というだけのはずである。が、ウィルは一瞬本気で彼女が空間転移なり何なりの術を使ったのではないかと疑った。それだけ、彼女の挙動は迅速で、また、静謐だった。
 流水のような、優雅なほどに洗練された動作で、ソフィアが剣を滑らせる。それを受ける暗黒魔導士の表情はいつもの通りフードに覆われよくは見えないが、引き締められた口元が、彼女に対する警戒感を如実に語っていた。多分自分で彼女と同じことをやっても、あれほどまで警戒されることはないだろう、とウィルは思う。
 彼女の戦闘術は我流であると、以前彼女本人が言っていた。特に訓練などを行ったわけではなくて、仕事をこなしているうちになんとなく身につけたものだということらしい。トレジャーハンターになるために村を出たというのは三、四年前だという話だから、彼女が武器を初めて手にしてからもその程度しか経っていないということになる。戦闘術を学んだ年数だけなら、ウィルの三分の一程度だ。改めて確認してみればそんな彼女が、あの暗黒魔導士と互角の勝負をしている。
 暗黒魔導士――リュート・サードニクス。
 自分の剣術と魔術の師。自分の兄。腹心の部下で、教師で、親代わりでもあった男。
 意識の下に無理矢理押し込んであった不必要な記憶が、綿が水を吸うようにじわりと染み込んでくる。それは、元々あった位置に戻ってくるだけだったのだから、思い出すのは泣けるほど簡単だった。
 あまりにも今更な記憶。
(どうしたんだよ、俺)
 情けない。リュート・サードニクスを倒すこと。それを前提として、ここまでやって来たんじゃないか。さっき、カイルタークに問われて、覚悟を口にしたばかりじゃないか。ブランにその意志を確認したのは、自分じゃないか。
 口にするのと実際に行うのは天と地ほども違う。それは分かっている。それを理解した上で、自分は出来ると思っていた。兄と戦うことが。
(戦う……)
 そう、戦う。あいつの望んでいる通り、戦って……
(殺す)
 じっとりと、手が汗ばんでいた。殺す。その言葉を反芻しただけで。
 この感触には覚えがあった。ずっとずっと昔。少年だった頃に初陣を経験したときだ。死の恐怖はなかった。自分は幾重にも護られる立場であったし、万が一その防御を突破されたとしても――彼には力があった。彼は自分の力を過小評価はしていなかった。この力は、何十何百もの命を葬り去れる力だ。それが恐ろしかった。ひどく汚れたものを、手にしているように感じた。その結果、確か、あの時は一度も魔術の力を振るえなかった。今思うと二、三度は、自分が力を振るう必要性のある場面があったはずだった。だけれども、使えなかった。
 それが普通ですよ? と、あの時、あいつは言った……
「……駄目だ、俺がやらなきゃ……」
 かぶりを振ってウィルは唸った。胃液が逆流してくるような最悪の気分だった。この吐き気を押え込むには、戦うしかない。もうぼろぼろに近かったが、これ以上致命的に決心を鈍らせるわけにはいかなかった。
 小さく、ぶつぶつと呟くように呪文を唱え始めるウィルを、すぐ側まで下がってきていたブランが驚いた目で見上げる。
「ウィル! 今は彼女が戦っているのよ!」
 知ったことではない。ソフィアは怒るだろうが、これは彼女一人に任せるべき戦いではない。兄の――全てを賭して叶えようとしている望みを、叶えてやらなくてはならない。これは弟としての責任だ。
 編み上げる。自分の力を。リュートから教えてもらった方法で。リュートを殺すために。
「ウィル」
 唐突に、力を集めていた腕を掴まれねじり上げられた。予期せず襲ってきた激痛に、集中が途切れる。
「カイル!」
 怒りをあらわにして、ウィルは自分の腕を掴み上げる男を強く睨んだ。
「邪魔をするな!」
「お前が先に邪魔をしようとしたのだろう、彼女の」
「そんな屁理屈を聞きたいんじゃないんだよ!」
 怒鳴って、手を払い除ける。その瞬間、唐突に響いた高い金属音にどきりとして顔を二人が戦っている方に向けたが、どちらの体勢も崩れてはおらず、どういう状況での音だったかのかも分からなかった。安堵の息を漏らす。
「どちらが無事だったのを、安堵した?」
 揶揄を含んでいる気配など微塵も見せない、説法を説くような神官の声音。だが、これは皮肉以外の何でもない。
「ソフィアに決まってるだろ」
「別に、両方だと言ったところで驚きはせん」
「いい加減に……っ!」
 ぎっ、と奥歯を噛んで、険しい表情を作る。――が、よくよく見るとカイルタークはウィルの方ではなく、どこか遠い眼差しで暗黒魔導士たちの姿を見ていたということに気がついて、彼は毒気を抜かれたように顎から力を緩めた。
 睨むではなく、戸惑いの視線で、カイルタークを見る。黙したままの大神官をしばし見つめている間に、ウィルは、カイルタークの後ろの、広間の壁に背を預けるようにして座っているディルトの姿を確認できる程度に落ち着いてきた。治療は完了しているようだが、まだ意識はないらしい。
 徐に、カイルタークが口を開く。
「安堵したのは私も同じだ。……おそらくそこの娘も」
 大神官に鼻先で指されると、ブランは、申し訳なさそうに小さくうつむいた。
「……私たちでは駄目なようだ。自分で思っている以上に、奴の存在は大きくて、剣を交えるには心を乱しすぎる。だから、ソフィアが自ら前に出たのだ」
 硬質な剣劇の音が続く。それはひどく冷たくて、耳に痛かった。

 暗黒魔導士の華奢な腕から繰り出される一撃には恐ろしいまでの重さがあり、ソフィアには両手の短剣を二つとも使わなければ防御しきることが出来なかった。かなりの業物のようで、短剣自体が折れる心配はなさそうだったが、その前に腕がやられそうだ。一つで防御できれば、反撃の糸口も見つかるのに、と、彼女は眉を寄せた。
 暗黒魔導士は強かった。腕力で敵わないのは仕方ないとしても、自分でもかなり速いと思う動きに逐一ついてこられてしまうのは、彼女には困ることだった。手数の多さと駆け引きの巧みさが最大の取り柄だったのだが、それがどちらも功を奏さない。いや、駆け引きに関してはこの男の方がうわてなくらいだろう。技が練られ、隙がない。ウィルにはまだ少し残っている雑さが、全くない。――と、ふとウィルを連想したことで気がついた。この暗黒魔導士の振るう剣は、彼の技にそっくりだった。当たり前なのだろうが。……魔術士だというのにこんなに使えるなんて、ウィルもそうだけれど、絶対にずるい。
「はあぁ……っ!」
 呼気に気合を乗せて、剣を振るう。普段、槍を使っているが、リーチの短い武器も苦手ではない。槍を使っていたのは得意不得意の問題より、あの槍の形状が可愛らしくて気に入っていたからだ。
 有りっ丈の力を込めた二連撃は、暗黒魔導士の剣での防御に弾かれた。ならどうだ、と、直後にもう一撃入れてみたが、こちらは十分にスピードを乗せることが出来なかったためか、見切られ、躱されてしまう。お返しとばかりに突いてきた暗黒魔導士の刃も躱してやったので、おあいこだが。バックステップで、一旦相手から距離を取る。
「互角、かあ……」
 声を出して、自分の息が弾んでいることに彼女は気づいた。十歩ほど離れた暗黒魔導士はどうかと思い、見たが、そういう様子はない。まいったなぁ、と頬を片方だけ膨らませると、暗黒魔導士が耳に心地いい声でくすくすと笑った。
「無意識みたいですけどね、気にし過ぎなんですよ、私の魔術を。だから、必要以上に大きな動きで私を避ける。貴方がたが約束を破らない限り、私は絶対に魔術を使いませんから、安心しなさい」
「まいったなぁ……」
 その言葉を今度は声に出して、呟く。
「思ったよりうわてだわ、これは……」

 黒大理石の床を、ソフィアの靴底が蹴る。
 ソフィアは逆手に握っていた刃を片方だけ順手に持ち替えた。今迄ある程度パターン化してしまっていた攻撃法に、変化をつけたい。……付け焼き刃に過ぎなかったが、やらないよりはましだろう。
 暗黒魔導士の懐深く入り込み、握った剣を突き出しながら、ソフィアは彼の顔を見上げた。目深に被ったフードが、彼の顔に暗い影を落としているが、この至近距離で見てさえその全貌を全て覆い隠すというものではない。ディルト王子の輝くような青色とはまた別物の、深い海の色の瞳。漆黒のフードの中で、金色の髪がさらりと揺れた。肩には届かないかという程度の長さの髪。それらは、子供の頃に見た彼の姿と変わっていない。その表情には、緊張と共に疲れの色が混じっていた。多分、この対戦での疲れではないのだろう。もっと、ずっと根本的な、何年も続いてきたような、疲労。
 それを見詰めたまま繰り出した剣は、刃の腹を手ではたかれ、その効力を失わされていた。が、ソフィアは余り気にせずに、彼の顔を見上げ続けていた。じっと顔を凝視したままおざなりな攻撃を続けていると、さすがにくすぐったさを感じたのか、暗黒魔導士の切れ長な目尻が下がった。
「何かついていますか? 私の顔に」
「目と鼻と口が少しずつ」
 即答。暗黒魔導士は、細筆ですっと描いたような眉を、苦笑の形に寄せた。
「確かに、ないと少し困ります」
「変わってないわ」
「減ったり増えたりしても困りますので」
「形と色」
 ソフィアとの、どこかピントのずれた会話にとうとう声を失ったわけではないだろうが、暗黒魔導士は少しの間沈黙した。眉の間の苦笑の気配は、まだ消していない。彼が二の句を次ぐ前に、ソフィアは付け足した。
「あたし、知ってるの。思い出したし、さっきも見たから」
「知っている、とは?」
「貴方のこと」
 剣を水平に薙ぎながら、ソフィアは言った。意識して小声で話しているわけではないが、大声で話す内容でもないので、目の前の男以外に聞き取れる音量では喋っていなかった。少し離れているウィルたちには、何か会話を交わしているのは分かるだろうが、聞こえてはいないはずである。
「貴方とウィルのこと。貴方がヴァレンディアで最後に受けた命令のこと。暗黒魔導士との戦いのこと。あたしを逃がしてくれたこと。ルドルフに魔術をかけられたこと。そして、もうウィルも気づいていると思うけど、貴方が望んでいることも」
 その言葉で、この青年が何か反応らしい反応を見せるということは、ソフィアは期待していなかった。整った顔立ちに、感情の読み取れない薄い笑みを浮かべた、その表情を変えてやることはやはり出来なかった。
「ウィルは優しいから。貴方の望み通り、自分の手で貴方を殺してあげたいと思ってる。大神官さんも、ブランも、早く終わらせてあげたいって思ってる。でもね」
 カイルタークに借りた短剣を、ソフィアは絶え間無く振るっていた。攻撃の意図というよりは、会話に間を作る意味しか成していない。
「でもね、無理だよね。お兄さんとか親友とか、尊敬している人とかを、その人が望んでいるのだとしても殺せるようになっちゃったりしたら、おしまいよね、やっぱり。出来ないって躊躇って……それでいいんだと思う。そうじゃなきゃ、あたし、ウィルのことなんか好きにならない」
 と、自分の失言に気づいたソフィアは、あー、と視線を天井へと向けた。
「いやまあ好きってのは決してなんて言うかふしだらな意味ではなくって。人間としてね。うん、人間として好きにならないって意味」
 決心して視線を降ろしたときに見た、暗黒魔導士の海色の瞳の中に映った自分の姿が、何だかわざとらしいまでに真剣な顔だったので、ソフィアは、機嫌悪そうに眉を寄せて、むう、と唸ることでその表情を打ち消した。暗黒魔導士の表情は穏やかなまま変わらなかったのを確認して、少しほっとする。
「だからですか?」
 ずっと、黙ってソフィアの話を聞いていた彼が、徐に口を開いた。
「だから、彼らに代わり、私と馴染みの少ないあなたが私を倒すと?」
「馴染み……少ないって訳じゃないんだけどね。ちっちゃいときよく遊んでもらった『陛下のお兄ちゃんのリュートさん』だもん」
 ぺろりと舌を出して、唇を舐める。
「ただ、あたしはそういう事が出来る人間だから」
 唐突に。
 今迄にない速度で煌いた、ソフィアの刃が、暗黒魔導士のローブの胸元を引っかけ、大きく切り裂いた。
 ソフィアの鋭い瞳と剣の輝きを、暗黒魔導士が冷静な眼差しで見詰める。
「誰にも護ってもらえなくても大丈夫なように強くなりたい。そう思ったからあたしは強くなった。辛いことをやらなきゃいけないから心を殺したい。そう思えば心を殺せる。……あたしが願うことはね、現実になるの」
「女神の力ですか」
 暗黒魔導士が口にした言葉を、ソフィアは一瞬、意外に思って目を丸くしたが、しばらく考えて、小さくうなずいた。
「そうなのかもね。神様の力にしては、随分中途半端なんだけど。自分のこと以外には効かないし。自分のことでも、ケーキが食べたい、とかそういう感じのお願いは叶えられないし。役に立たないよね」
 照れたように指で髪を梳いて、手を下ろすと、ソフィアは暗黒魔導士に微笑んでみせた。
 細い身体を包むのは、血で汚れた純白のドレス。白い手のひらに握るのは、ぎらつく殺意の刃。微笑みながら死を宣告する自分。何かいろいろと間違っているような気はしたが、ソフィアは気にしないことにした。


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