CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 11 #82 |
抱き留めてくれたのは落葉が堆積した柔らかな地面であったため、落下の衝撃は思ったよりはずっと緩いものだったが、それでもこれだけの高さから人一人を支えながら落ちれば、肋骨の一本二本やられてもおかしくはなかった。ウィルがしばらく起き上がるのを躊躇したのは痛みの所為でもなんでもなく、その事実を確認する事への恐怖だった。つまりは、事実確認に伴う痛みへの恐怖という事で、結局同じようなものではあったのだが。 しかし彼の身体を緩衝材にして落下した少女には、努力の甲斐あって傷の一つもないようで、すぐさま飛び起きていた。 「ウィル!?」 ソフィアの声に現世に呼び戻されたような気持ちで、薄く開いたままだった瞼の奥の眼球を動かす。数秒前まで必死で自分から遠ざかろうとしていた少女が、今は他の何よりも傍にいて、自分だけを見てくれている。その事に感じた、冗談めいたくすぐったさを、口許に曖昧な笑みとして浮かべる。 「も、もしかして頭打ったの? 大丈夫?」 どうやら彼女は、ウィルのぼんやりとした様子を脳震盪でも起こしているのかと勘違いしてしまったらしい。助け起こそうとしていた形の手を引っ込めて立ち上がり、誰か呼んでくる、と言い残して、駆け出そうとした。が。 ばふっ! いきなり一歩目で、彼女は盛大に枯れ葉の中に突っ伏した。即座に、転んだ時と同じくらいの勢いで頭を上げて、足首を掴むウィルの手を睨み付ける。 「ちょっ……!」 「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。何ともない」 「…………っ」 言われて、一瞬何か抗弁しようと動いた彼女の唇が、しかし殆ど何も呟くことなく閉じられた。まだ少なからず、表情に不服げなものを残したまま、ウィルの横に座り直す。しばらく――と言っても一分足らずの時間でしかなかったが――そのまま、起き上がろうともそれ以上何か喋ろうともしないウィルを見詰めていたソフィアが、おずおずと口を開いた。 「やっぱり、どこか痛むんじゃないの?」 「いや、特に」 「だったら……あ」 何かに気付いたかのように一声呻くと同時にソフィアは、すっと、顔から血の気を引かせていた。 「難しい魔術、使えないって言ってた……それなのに、あんなことするから……!」 ソフィアを捕まえるために使った空間転移の術のことを言っているのだろう。彼女の台詞に、ウィルは思わず目を丸くしていた。言われるまですっかり忘れていたのだ。 「そんなこと忘れてたよ。無我夢中で」 気付いて、初めて冷や汗が吹き出してくる。あの瞬間、脅かすだけ脅かしてもし意識を落としていたりしたら彼女を支えてやることだって出来なかったはずだ。 「そーか、道理で重力中和がかかんなかったはずだ。組み終わってはいたんだけどな。さすがにこれだけの魔術の連発はきつかったか」 とはいえ終わってみればもう他人事同然である。気楽に呟くウィルを見るソフィアの目が厳しくなったことに、一応彼も気付いてはいたが、彼女が何も言ってこなかったので素知らぬ振りをした。 魔術の所為なのか、全力疾走したからなのかはわからないが、まだ心臓は大急ぎで血液を全身に送り出している最中だった。ウィルとしてはもう少し安静を続けたいところだったが、青白い顔のまま、いつもは幼げな瞳だけきつく釣り上がらせるソフィアを見て、彼は渋々と身体を起こすことを決意した。起き上がった瞬間、背中に鈍い痛みが走ったが、ただの打ち身だと思うことにしておく。 始終、彼のことを硬い表情で見続けていたソフィアに、ウィルはくすりと笑いかけた。 「どうって事ないよ。魔術なんて、案外、その時の気分次第で結果はどうとでもなるものなんだ。……まあさすがに、どんな事でも、って訳にはいかないけどね」 ウィルの言葉に、すぐに表情を和らげるということはソフィアはしなかったが、それでも、何回か呼吸するうちに、張り詰めるほどの硬さはなくなってきて、ややいからせ気味だった肩を落とした。 「……どうしてこんな馬鹿な事、するのよ……」 吐息のような声を、ソフィアが零れ落とす。ウィルは彼女の発した心外な問いに、目をしばたいた。 「君が逃げるからだろ。だから追いかけたんだ」 「追いかけて来ないでよ。逃げたのに」 「だから、逃げたから追いかけたんだって言ったじゃないか」 「……逃げなかったら追いかけなかったの?」 「まあ、逃げもしないものを追いかけるなんて、できないよな」 「…………」 言葉のパズルの中に陥りそうになったことを悟ったのか、ソフィアが口をつぐむ。少し不平そうな、拗ねたような、細い眉を寄せた顔の彼女に、ウィルは微笑ましさを感じた。 「謝りたかったんだ」 追いかけていた理由を、告げる。と、ソフィアが上目遣いに視線を上げた。 「謝る?」 問い返してきた声に、ウィルは肯いた。 つい数分前まで、冷静な思考を望めないほどに混沌としていた心中は、今は嘘のように落ち着いていた。すがすがしいとさえ言えるほどだった。多分、ブランに泣き言を聞いてもらって――そして、彼女の告白を聞いて、吹っ切れたのだ。 「やっぱり俺、ソフィアのこと、好きなんだ。君がルドルフを好きでも、俺は君のことが好きで、大好きで、しょうがないんだ」 「ウィ……」 「だから」 ソフィアが、ウィルの名を呟こうとしたが、彼はそれを聞かなかったことにして続けた。彼女の気持ちは自分のこの発言を遮るものなのだろう。だから、卑怯だけれど、彼女の言葉を聞く前に全部言っておきたかった。 「だから、いっそのこと、君の全てを奪ってしまおうかとも思った。そうすれば、こういう所だけは真面目な君は、俺から一生離れられなくなる……ってね。でも、それじゃ意味ないんだ。俺が一番欲しい、君の想いはそんなことをしたって手に入らない。それどころか、余計嫌われちゃうだけだよな。本当に、どうかしてた」 ソフィアは無言のままだった。彼女はじっと、彼の目を見詰めていたが、ウィルには彼女ほどまっすぐに、その目を見詰め返すことは出来なかった。視界の中心からは僅かに逸らして、表情がないわけではないのにその真意が掴めない、彼女流のポーカーフェイスを見る。 「でも、嫌われてもいいから側にいたいっていうのも、間違いじゃないんだ。どんな立場でもいいから、君の側にいたい。君がいない世界では俺は生きていけない」 言い切って、ウィルは肺に息を入れた。 ――ああ、そうなんだ。 ソフィアが姿を消したときも。少なくとも、彼女が本当に死んだと思っていた間は、呼吸をして心臓を動かしているだけで、生きてはいなかった。誰かがいなければ生きていけないだなんてことが本当にあるなんて、多分、何年か前の自分では信じられなかったはずだ。 「……だから、これからの分も先に謝っておきたい。これからも俺は、君に振り向いてもらうための努力は惜しまない。君は迷惑だろうけど、いつか、もう一度俺の方を向いてもらえるっていう可能性に賭けて、ずっと君を追いかける」 「こんな追いかけっこを毎日繰り広げようっての?」 「そーじゃなくて。いや、必要ならやるけどさ……」 茶化すような言葉を真剣な表情で言うソフィアに、ウィルは困惑しながらも苦笑した。それは実に、彼の愛する彼女らしい物言いだった。 「そんなに必要はないと思うけど。あたし、あんなおっかない形相で追いかけられたりしない限りあんまり逃げないし」 「だーかーら、追いかけるって言うのはもののたとえで」 「っていうかあたしもウィル好きだし」 「…………」 沈黙。そして硬直。 曖昧な笑顔のまま表情を固まらせているウィルを、小首を傾げる、見慣れたポーズでソフィアが見上げている。 「何で黙るの?」 「あー……ええと……友達として好き、ってオチ?」 「何でよ」 ソフィアの目が、わずかに険悪に細められる。 「自分から友達ライン踏み越えといて、都合悪くなると友達に逆戻りするわけ?」 「つ、都合悪くなんてないけどさ……! だ、だって」 「分かってるわよ」 「…………」 彼女のペースについていけずに、半ば呆然とするウィルを前にして、ソフィアは深々と嘆息してみせた。彼女は額の生え際から髪に指をすき入れて、無造作に頭を掻いた。細い左右の眉がその距離を縮め、眉間に深い縦皺を刻んでいるのが見える。 「あのね、あたし、怒ってるんだからね? 再会した瞬間はいきなり死にそうだし、って言うか死ぬし」 「いや、それは」 「うるさい。黙りなさい。それに、知ってみればなんだそうなんだ、って言う程度の過去をひたすら秘密にされてたわけだし。頭来るわよ。なめられてるようなものじゃない」 「そ、そんな程度って」 「黙ってろって言ってるでしょ。殴るわよ。……そうよ、全然人の話も聞いてくれないし! しょうもない勘違いしてるから言おう言おうと思ってたのに勝手に誤解してキレて反省して! 訳わかんない!」 「ごか……っつ!」 口を開いた瞬間、予告通りに殴られた。平手なんてかわいいものではない。こぶしで脳天を、ごん、だ。頭を両手で押さえつつ、ウィルは涙目になった瞳を彼女の方に向けた。ソフィアの手は固く握り締められ、白い手の甲に青い血管が浮かんでいる。 「第一あたしがルドルフを好きだなんていう理屈がどっから湧いてくるのよ? あたしからルドルフに何かやった? 答えてみなさいよ? ええ?」 その手を彼女は伸ばしてきて、ウィルの襟を鷲掴みにした。そして、目の焦点が合わないほどの近距離に顔を近づけて彼女は、愛らしい瞳を鋭く細めてウィルを睨み付けてきた。その体勢で更に目一杯がくがくと揺さぶってくるので、ウィルは肯いているようにだけは見えないように力を入れて、ぶんぶんと首を横に振らなければならなかった。 やがて、あまりにも強く締め上げすぎて、ウィルが気管から健康的でない呼吸音を漏らし始めたのに気がついたか、はたまた彼の顔色が紫色になってきたことに気がついたか――どちらも同じといえば同じだが――ソフィアは指の力をほんの少し緩めた。流石に殺人まで犯すつもりはないらしい。 「ほんっと信じられない! 誰の為にそのルドルフの手を振り払って追いかけてきたと思ってるのよ! ウィルが……!」 ぎっ、とソフィアが再び手に力を込めた。今度は首を締め上げるのではなく、胸元に爪を立てる。几帳面に切り揃えられた爪が、服越しに肌に食い込み、かすかな震えと共に突き刺すような痛みを与えてくる。 「ウィルがぼやぼやしてるから! ルドルフにキスなんてされちゃったじゃない! どうしてくれるのよ! ウィル以外の人と……キスなんてしたくなか……っ」 その叫びは、最後まで声になることはなかった。 ウィルはソフィアを引き寄せ、背後の太い木の幹に彼女の細い身体を縛めた。悲鳴にも似た声で非難してくる口を、自分の唇で塞ぐ。それでもなお、彼女は文句だか悪態だかをむーむーと叫んでいたが、やがて数分もすると、ようやく罵詈雑言のストックがなくなったのか静かになってくる。 頃合いを見計らって唇を放すと、その瞬間、二人の唇の隙間から小さな鳴咽が漏れた。 「やだって……言ったのに……」 長いキスの所為でソフィアの頬は薔薇色に染まり、まなじりに涙が浮かんでいた。瞬きをした瞬間、零れ落ちた雫をウィルはそっと、舌で拭い取る。 「大丈夫だよ。他の男とキスしたくらい、俺、気にしないから」 「……気にしてよ」 慰める為に言った言葉に反論され、ウィルは少し考えて、呟いた。 「じゃあ気にする。誰かが君にキスしたら、その百倍俺がキスしてやる。君の唇の穢れは全部、俺が拭い取るよ」 その瞬間、彼女が見せた表情は。 それはそれだけで彼の理性のたがを取り払うに十分なほど魅力的な表情だった。泣き出してしまうのではないかと思うほど率直な喜びを浮かべた少女の唇に、誘い込まれるようにくちづけを落とす。優しくついばむようなキスはいつしか、深く求め合うものになっていて、普段はそんな愛情の行為になかなか乗ってこない彼女も、今はそれを素直に受け入れていた。 「……ウィル……」 密やかな甘い息。意図したものではないのだろうが、ソフィアの甘く濡れた唇からから生まれ出でたそれに、ウィルは未だかつて彼女に感じたことのない艶めかしさを覚えた。それを意識してしまったら、もう彼には感情を押し止めることは出来なかった。輝くような彼女の細い髪に手櫛を入れて、ウィルは更に深く彼女の唇を貪った。 可愛らしい、いとおしい、愛している。 そんな言葉を総動員しても足りないくらい、彼女に対する気持ちは大きくて、そのあまりの果ての無さに目眩がした。彼女が与えてくる全ての感覚を、丹念に味わう。触れた部分の柔らかさ、温もり、吐息の熱、潤んだ瞳、声。そして―― 舌先に触れた涙の味。 身体を―― 電撃が貫く。 ――駄目だ。 それはウィルが自分自身に与えた警告だった。耐え切れなくなって、ウィルは彼女の唇を放した。 「ウィル?」 上気した顔に戸惑いの色の瞳を乗せて、不安げに呼びかけてくるソフィアを、ウィルは強く抱きしめた。彼女を安心させるためではない。彼女の顔を見ないようにするためだった。 「どうしたの?」 ウィルの様子がおかしいことに、ソフィアが気づかないはずはなかった。不意にソフィアはウィルの腕から逃れ、顔を覗き込んでくる。まずい、と彼は顔を背けようとしたが、ほんの一瞬、遅かった。 ウィルの、盛大に紅潮した顔をきょとんとした目で眺めて、彼女はぽつりと呟いた。 「ゆでだこ」 「そんな分かりやすいこと端的に言わないでも」 「どうしたの?」 首を無邪気に傾げ、同じ問いを繰り返す彼女から、ウィルは目をそらした。 (言えるわけないじゃないか) 内心で呟きつつ、ウィルは彼女の方を見ないまま、彼女の手に指を絡ませた。 「……そろそろ戻ろうか。皆が心配してる」 小さな手を、包み込むように握り締める。 「うん」 目を合わせないままだったが、彼女が満足げに頷く気配が、見て取れた。 枯れ枝の台座の上で炎がぱちぱちと歌い踊るのを、ウィルは目を細めて見つめていた。 彼らは、静かに一つの焚き火を囲んでいた。彼を含め二人を除いては皆仮眠を取っているので静かなのも当然だった。あまりにも静か過ぎる。薪が爆ぜる音と、いくつかの寝息が聞こえる以外には、全くの無音だった。獣の唸り声どころか、虫や鳥の鳴く声すらしない。厚い壁に囲まれた密室のような静寂に、少し憂鬱な気分になって、彼は空間にもう一つ音を混ぜる。小さな溜息。 別に眠れないわけではない。周囲を警戒しているのだ。野宿をするなら、誰かが起きて見張り役になるのは当然だろう。ましてや、こんな場所でならなおさら気を抜くわけにはいかない。 場所が場所であるし、何より元の世界に残してきた仲間達が気になったらしく、二人の問題が解決されたのを見ると、ディルトは早く帰還の魔術を行うことを望んだが、無理矢理仮眠を取らせた。おそらく、あちらに戻ればもう、全てに決着がつくまで休息を取ることはできなくなるだろう。だが時間がないことも事実なので、結局、疲弊しきっているであろうルージュを除いた六人で、二人ずつ、一時間交代で見張りをしながら休むことにした。 そっと視線を動かして、ウィルは、焚き火を挟んで向かいからやや左にずれた位置にいるもう一人の見張り役を見た。残念ながらソフィアではない。木に背をもたれかからせて、意識だけ鋭敏にしたまま身体を休めているのは、彼女よりもずっと大柄な男――サージェンだった。 無論ウィルはソフィアに一緒にやろうと持ちかけたのだが、「イヤ(きっぱり)」と軽く一蹴されたのだ。おまけに彼女はよりにもよってディルト王子と組みたがったので、ウィルは二重のショックを受けた。単に戦力的な問題での組み分けでしかないということは分かっていたし、今更邪推する気持ちもないのだが、気に入らないものは気に入らないのだ。何とはなしにその数十分前のやり取りを思い出しているところへ、サージェンが声を投げかけてきた。 「寝ていてもいいぞ。目の前でそんなに面白い顔をされていたら、気が散ってたまらん」 「面白い顔って」 「例えるならガキ大将が親に叱られてふてくされているような顔かな。子分たちはびっくりして逃げていくんだ」 「解説されても訳わかんないし」 更に眉間にしわを寄せて唸るウィルに、サージェンは小さくであるが笑い声を上げた。いかにも、大人が子供に向けるような落ち着いた笑みだった。十歳近く年上のその男から見れば、ウィルなどまだまだ子供なのであろう。 そういえば、彼、サージェン・ランフォードとは、今迄一対一で話したことはなかったという事をウィルは思い出した。サージェンがどちらかというと無口であるというのもあるし、彼の傍には大抵、彼の恋人のライラがいる。どうしても、喋り好きな彼女の方と会話をしてしまうのだ。 「いい事があったのではなかったのか?」 戻ってきたときはあんなに機嫌よさげだったじゃないか、と、サージェンは笑みを少し意地の悪いものに変えた。 「誤解は……解けたから。多分」 「……それだけなのか?」 サージェンが上げた意外そうな声に、ウィルは視線でその真意を尋ねる。 「俺はてっきり、あれだと思ったのだが」 「……あれ?」 「ほら、二人とも、妙にさっぱりとした表情ではあったが、顔を赤らめて目も合わせようとしないから」 「……から?」 「脱・童貞おめでとう」 ごッ!! ……という硬い音は、ウィルが後頭部を寄りかかっていた木の幹に激しく打ち付けた音だ、というのは言うまでもないだろう。後頭部を押さえながら、ウィルはサージェンを見上げて頬を引き攣らせる。 「ななななに言ってんですかっ!? ソフィアにそんなことしてませんよ!? しかもあんな所で!?」 「あまり大声を出すと皆が目を覚ましてしまうぞ?」 「大声出させてるのはサージェンさんでしょーが!」 それでも可能な限り、ひそめた叫びにして返す。折角冷えてきた頬に、また熱が戻ってくる。ちらりと、視線をソフィアの方へ向けると、彼女はこちらの会話など露知らずといった様子ですやすやと寝息を立てていた。狸寝入りではないだろう。彼女がこの手の会話を聞いてしまったら、何もリアクションなしではいられないはずだ。 「ふむ……まだ童貞か」 「……連呼しないで下さいよそんな言葉……」 「正直者だな。好感が持てるぞ」 泣き声に近いウィルの抗議に、サージェンは楽しそうにそんな事を言いつつ、頷いた。思わず頭を抱えながら、ウィルは、何かが一本の線で繋がっていくのを感じていた。 「サージェンさん」 「うん?」 「貴方、ライラさんにそっくりだ」 「ありがとう」 どう考えても誉め言葉ではない台詞に、サージェンはむしろ、誇らしげとも言えるような顔で、答える。 「恋人同士ってそんなものなのかなぁ」 ぼやくようなウィルの言葉に、 「伝わってしまうものさ。性格も心もね」 そう言ってサージェンは肩を竦めた。 (心……) だったら、あれも伝わってしまったんだろうか? 言えるわけないじゃないか、と口に出すのを躊躇った言葉を、ウィルは胸中で反芻する。 さすがに言えることじゃない。 今迄のように、君との絆を確かめるために、というのではなく―― 初めて君がいとおしくて可愛くてどうしようもなくて、抱きたくなった。 早い話が欲情しました、だなんて。 (ま、まさかねぇ。っていうかソフィアにそんなのバレたら殺されかねないし) 心の中で、乾いた笑い声を上げる。 そのとき唐突に―― ごろん、とソフィアが寝返りを打って、ウィルは心臓が口から飛び出すほど驚いた。 「う……ん……」 唇から、寝息に交えて声を漏らす。 「……いいよ、ウィル……ても……」 「…………!?」 「おー。何だか取りようによっては扇情的な寝言だな」 何やらいたく感心したように、でもどこかしら投げやりな口調で呟くサージェンの声を聞きながら―― (寝言だ寝言だ寝言だ寝言だ) 呪文のように、もしくは眠れない夜に羊の数を数えるように、ウィルはそんなことを延々と呟き続けていた…… |