CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 11 #75

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 目に映った世界は、二つの意味で逆転していた。
 一つ目。そこは先程までいた場所とは打って変わった、光に満たされた世界だったということ。燦然とした太陽の輝く青い空が果てしなく続き、緑なす大地は何物にも遮られず、その地平線において空と接触している。いまだかつて目にしたことがないほどの広大な面積を、今のウィルの瞳は一挙に収めていた。視界の三百六十度全てに地平線。空も森も山も草原も海も、その全てが世界を巡るただ一つの直線に収束しているのだ。何と信じ難い光景だろう。自分など、この広大な球体の中に一粒落とされた小さな雫に過ぎないのだと実感しながら、ウィルは頭上を振り仰いだ。
 遥か遠くに見える鬱蒼とした森林が、ほんの少しずつではあるが徐々に近くなってきていた。
(ああ……本気で信じ難い)
 それが二つ目だった。足元に空、頭上に大地。つまりまっ逆さまな自分。しかしウィルは分かっていた。これは先程のような超常現象などでは決してない。地上数千メートルから自由落下してるのなら、特に何もしない限り頭が下になってもおかしくはないだろう。人間は頭の方が重いのだから当然だ。何て物理的理論に適った現象なんだ。下を――空の方を見ると、自分たちが落ちてきた黒い孔はもう見えなくなっていた。もう閉じてしまったのか、それとも離れ過ぎてしまったからなのかは分からない。
 軽く手を伸ばした程度の距離を置いて彼と同じようにまっ逆さまに落下しているソフィアが、こっちを見て一生懸命に何かを言っていた。ごうごうと耳元で風を切る音に邪魔されて、まったく声は聞き取れない。だが――
 楽しそうだ。
 物凄く楽しそうだ。
 涙を零しそうになっている自分の方が間違っているような気さえしてくる。
 ウィルはのろのろとソフィアに手を伸ばしてから、頭の中に描いていた魔術を実現させた。
 ぐんっ……と、何かに引っ張られると感じるほどの勢いで、落下速度が急減する。ゆったりと、ウィルは体勢を立て直した。ソフィアもそれに倣い、側転するようにくるりと綺麗に回転する。
「楽しかったねっ」
「そぉですか……それはよかったね……」
 力なく言うウィルに、むやみやたらに元気よく頷くソフィア。もはや口からは溜息も出ない。今度何か出したら魂が出ていってしまいそうだ。――もっとも、今の自分自体がその魂そのもののようなものなのだろうが。
 まだ地上からはかなりの距離があり、周囲は十分に、かつ落ち着いて見渡す事ができた。眼下には、白い帽子をかぶった山々とその裾野に森が広がっているのが見える。
(あれ?)
 ふとある事に気がついて、ウィルは、そこにあるべきものを目で探した。――程なくしてそれは見つかり、確信する。
 山すその森とその反対側の草原との丁度境の辺り。遥か上空から見下ろしていても分かるほどの彩りに満ちた町が見えた。その中央で、城の尖塔が誇らしげに空を見上げている。
(ああ、やっぱり……そうか。そうなんだ)
 気づいたとたん、ふわり、と絹のシーツに包まれるように、柔らかに視界が消失した。

 ポロ……ン……
 水音にも似た幽玄な調べ。脳裏に染み入ってくるこの音は竪琴だろうか。繊細で、儚げで、何人たりとも侵すことの赦されない神聖さを、その音色は抱いている。
(懐かしい……)
 胸を押しつぶしそうなほどの郷愁を、ウィルは堪えるように、目の前の少女を強く抱いた。

 色とりどりの花々が咲き乱れる地上の楽園に、幼い天使の泣き声が響く。

 気が付いたとき、彼らは地面から数十センチほど上の空間に直立していた。彼らの足元、青々とした芝生に落ちる影は、先程まで遠くに見下ろしていた城のものだった。建物は近すぎて、また大きすぎて、見上げても頂は見えない。芝生の庭に面した柱廊を吹き抜けてくる風に、木々が波音のようにざわめいている。
 ……ざあぁ……
 その風に、小さな子供の泣き声がどこからか乗って来ていた。
 声の発生源はすぐに知れた。柔らかな芝生に花びらのように桃色のスカートを広げてしゃがみ込み、一人の子供が泣きじゃくっている。見たところ四、五歳の、亜麻色の長い髪の少女。怪我などをしている様子はないが、彼女の声を聞きつけて駆けつけてくるものもいない。
 ……ざあぁ……
 やはり、風に紛れて聞こえてきた、柱廊の石畳を刻む靴の音に、ウィルは振り向く。と、廊下から驚いた瞳でこちらを――泣いている少女を見つめいている少年と目が合った。
『どうしたの? 君』
 だが、芝生に降りてきた少年は、ウィルとソフィアの存在など見えていないかのように、すっと彼らの目の前を横切って、少女の元へと向かっていた。
『こんなところに一人で。迷子?』
 彼女よりも少しだけ年かさの少年に優しく問い掛けられた少女は嗚咽しながら顔を上げる。大粒の宝石のような涙の溜まった少女の瞳が、目の前の、ダークブラウンの髪の少年を映す。
「あ……」
 声を漏らしたのはその少女ではなく、ソフィアだった。
「あたし、これ……」
『おとうさま、どこ?』
 目を見開いたソフィアの呟きを遮り、声を詰まらせながら少女が少年に尋ねる。尋ねられた彼は困ったように頭を掻いた。
『お父様……まいったな、どこの子だろう。お父様っぽいのは今日の会議にたくさん来てるしなぁ。お父様のお名前は言えるかい?』
 再び問う少年に、黙り込む少女。いよいよ少年は眉を寄せた。
『困ったね。どの道、会議が終わるまでどうにもしようはないけど……』
 呟きながらちらりと幼い姫君に視線をやる。再び、ぽろぽろと大きな瞳から涙がこぼれ始めていた。嵐の前兆を感じ、少年は息を飲む。
『あー! 泣いちゃ駄目! お願い、泣かないでっ!』
 慌てて懇願するが、少女にもそれは止められないらしく、愛らしい口元がゆるゆるとゆがんでゆく。
『ど、どうしよう、わーっ!』
 慌てながらも、少年が一つの魔術を作り上げようとしているのが、同じ魔術士であるウィルには分かった。――そうでなくとも、彼が何をするかは知ってはいたのだが。
 ぽんっ。
 気の抜けた音とともに、悲鳴が止まる。
『…………』
『…………』
 少女の涙も止まる。瞳は目の前に突如現れた、一抱えもある花束にくぎ付けになっていた。
『おはな……』
 涙をいっぱいに溜めたままぼんやりと呟いた、その次の瞬間には彼女の表情に、大輪の花が咲く。
『すごいすごーい! おはなだぁー!! うわぁー!』
 瞳を煌かせ、力いっぱい叫んで、少女は思い切り花束と少年に飛びついた。勢いに負けて彼は芝生に尻餅をつくが、少女はお構いなしだった。ばふっ! と、こんもりとした花束に顔を突っ込む。中々ダイナミックな姫君の行動にひとたび丸くした目を、少年は微笑ませた。
『もっといろいろ見せてあげようか?』
『うんっ!』
 大きく頷く少女の頭を少年がやんわりと撫でると、彼女は更に嬉しそうに笑う。
『ねえ、君の名前は? お姫様』
『エルフィーナ! あなたは?』
『僕は……』

 ……ポロ……ン……
 どこからか、先程聞いた竪琴の音が響いてくる。静かに、ウィルは目を閉じた。
「ねえねえ、あたし、さっきの知ってるよ」
 成長のため質は変わっても、純粋さだけは変わらない声。ウィルは言葉に出してそれに答えはしなかったが、声の主は嬉しそうに後を続けてきた。
「あれからね、一緒におやつのマフィン食べたんだ。知ってるよ。初めて会ったときだから」
 ゆっくりと、目を開く。

 少年は、部屋で本を読んでいた。
 と、唐突に廊下から大きな泣き声が聞こえてきた。――とても聞き慣れた声。
『どうしたの、エルフィーナ』
 肩を震わせて泣いている小さな姫君の姿を見つけて、少年はその名を呼びかけた。すると、少女は無言のまま、自分の腕の中にあったものを彼に見せる。それは、腕のちぎれた、古いうさぎのぬいぐるみだった。
「あ、あれねぇ」
 その光景を指差しながら、ソフィアが視線を傍らのウィルへと向ける。
「お気に入りだったの。すごく」
『……取れちゃったんだ』
 うさぎの右腕を受け取りながら、少年が、しゃくりあげる少女に向かって言う。そのまま、彼は彼女の手を引いて、どこかへ向かっていった。
「あの後ね、縫ってくれる人を探してたんだけど、見つからなくて、縫ってもらったの……あれ?」
「どうしたの?」
「ん……名前がね、出てこない。あの男の子に、縫ってもらったんだけど……」

 ポロン……
 運命を紡ぐかのように、竪琴の音が紡がれる。
 竪琴の音が響くたびにめくられる絵物語の中の少年と少女は、笑っている姿が多かったが、三ページに一ページほどは少女は涙を流していた。大抵はすぐに笑顔を取り戻していたが。

 穏やかな。限りなく穏やかな、音。

 漆黒の夜空に、雷光が走る。
 その日は豪雨といってよい雨だったが、城下に放たれた炎はその勢いにおいて遥かに勝っていた。
「知ってる……」
 小さく、ソフィアが呟く。
 城内の一室――いや、一室というには余りにも広い謁見の間に、一人の男がなだれ込んできた。息も絶え絶えに言う。お逃げください、と。倒れた男はそれきりもう二度と動かない。
 少年が何かを小さく呟いて、嘆息を漏らす。すぐ傍で、彼の衣の一端を握って立っていた少女が、心細げな目で彼を見上げた。
「『心配しなくていいよ、エルフィーナ』」
 呟いた、ソフィアの声と少年の声が、ぴったりと重なる。
 やがて、少年に指名され前に出てきた金の髪の青年に手を引かれ、少女は彼の元を離れていく。
『ねえ、陛下は? 陛下は行かないの?』
『僕は行けないんだ。まだ、ね』
『だったら私もいかない! 陛下と一緒にいる!』
 それは少女の我が侭だった。彼女は、大抵の我が侭ならこの少年は聞いてくれるということを知っていたから。だが、彼はこの時だけは受け入れてくれなかった。ただ黙って、少女を、抱き寄せる。
『大丈夫だよ。先に行ってて。すぐに迎えに行くから――』

 ……ポロ……ン……

 雨の降りしきる、森の中。
 金色の髪の青年は、護るべき姫君を背後に庇いながら、漆黒のローブを身に纏った老人を睨み据えていた。
 その姫君のもっと彼方には、燃え盛る炎に包まれた城――今まで青年が住まい、少女がいつも少年と微笑み合っていた、ヴァレンディア城を背にして。
『リュート・サードニクスか……ファビュラス教会の、ルーンナイト』
 しわがれた声に、青年は切れ長の瞳をきつく細める。
『その名を知るなら、私の力も知っているでしょう。引きなさい。貴方とて、無傷では済みませんよ、暗黒魔導士ラー』
『言葉をそっくりそのまま返そう、リュート・サードニクス。いくら腕が立つとて、若造に簡単にしてやられるほど暗黒魔導士の名は軽くはない』
 しばしの沈黙を挟み、青年は呪文という形で返答した。場違いなほど詩的でたおやかな旋律を、奏でる。
「……あれは……?」
 聞き覚えのない呪文に、ウィルは身を乗り出すようにして、現在の自分より歳若い兄の姿を見た。古代呪法でも大抵一度は耳にしていると思っていたが、聞き覚えがない。……いや、障壁の魔術に似ている。この呪文だと、それを応用した術だろうか。
 何事かを叫んだ青年の指先から、光が走る。
 その光は、放たれたと同時に青年の後ろにいた少女を包み込んだ。
 ふわり、と少女を包んだ透明の光球が浮かび上がる。
『おのれ!』
 初めて焦りのようなものを滲ませて、暗黒魔導士が、吐き捨てるとともに腕の先から光を放つ――が、光球の表面に何事もなかったかのようにそのエネルギーは弾かれる。
『無駄です。見た目は地味ですけど、これは私の切り札の一つ。生半可な術で破れる代物じゃありませんよ。私が少し願うだけで、このまま姫は他の異なる場所に転移します。王家の根絶程度を目的とするなら、それで十分でしょうが……』
『王女自身が狙いであると、知っていたというわけだな。抜かったわ』
『……それを知らないのなんて、ファビュラス教会くらいですよ』
 くすり、と青年は苦笑する。彼のすぐ傍らに浮遊している光の球を今どうにかするのは諦め、暗黒魔導士は視線を青年に戻した。
『まあよいわ。お主を屠ってから、ゆっくり解呪すればよい。上手く死ぬ前に転移させられても……死人が人探しは無理だろう』
『果たして出来ますかね。この術により彼女は記憶を失う上、転移先は私にも分からない。かなり骨が折れると思いますよ?』
『そうだな。何せ……教会最高の魔術士と詠われるお主の、ほぼ全ての魔力が込められておるのだからな、簡単には行くまいて』
 目の前の若者を賞賛する暗黒魔導士の台詞には、言葉面とは裏腹な優越感が混じっていた。青年の端正な顔が、表情を変えないまでも、明らかに凍り付く。
『持てる力を戦闘のためでなく、与えられた任務……王女を護ることに使うとはな。大した忠誠心だ、実に惜しい』
 たんっ、と地を蹴って暗黒魔導士から間合いを取った青年は、呪文を唱え始めた。それは、普段の彼ならば、呪文など唱えず行使する程度の術だという事をウィルは知っていた。
『無駄よ』
 言い放ってから、余裕の体で暗黒魔術士は呪文を唱え始める。
 ――明らかに、術を構成する速度が暗黒魔導士の方が速い。
「リュート!」
 ウィルは叫んでいた。これが……ただの過去を投影する蜃気楼に過ぎないということは、知ってはいたけれど。
 爆ぜる炎と稲妻。青年の紡いだ炎の渦が、暗黒魔導士のプラズマに掻き消されて行く。魔術を行使する彼の足が威力に押されてぬかるんだ地面を滑る。
『くっ……!』
『くははっ……やるではないか、ルーンナイト! 惜しい事よのう、万全の状態であれば、十分に私を上回っているぞ』
 哄笑と共に、暗黒魔導士の魔術は一段と強さを増し、完全に押し負けた形で、金の髪の青年は衝撃に吹き飛ばされていた。数メートル離れた木の幹に、かなり強く背を打ち付け、肺から息を搾り取られる。倒れこみそうになるのを何とか堪えた彼は、目を前方の敵へと向けた。ゆっくりと、老人の姿をした暗黒魔導士が近づいてくる。苦痛の皺を眉間に引き、だが海色の瞳には鋭い光を残したままで青年は小さく呪文を唱え始めた。その短い呪文に、瞬時暗黒魔導士は警戒をその身に走らせるが、それは彼を攻撃する呪文ではなかった。幼い少女を中に包んだ光球がその位置を、彼らから少し離れるように移動する。老人は僅かにそちらに意識を向けたのみで、すぐに油断のならない敵へと向き直る。
『観念せい……と言っても無駄のようだな』
『主命を途中で投げ出す訳には行きませんから』
 全くの軽口を叩く口調で、口元に不敵な笑みすら浮かべ言う青年を、老獪な黒衣の魔術士は面白そうに眺める。
『命が惜しければ、王女を置いて去れという取引を持ちかけようと思っていたのだが……』
『それは、当てが外れましたね』
 交わされた雑談は、青年に立ち上がる時間を与えるためのものだったらしい。木の幹から背を離した青年は、手についた泥水の汚れを今更ながらに気にしたのか、同じように泥に塗れた服で拭い取っていた。
『ああでも、命が惜しいということには違いありませんが。陛下がまたエルフィーナ様に出会えるその時まで、お護りできなかったら……それこそ命がないです。私』
 悪戯っぽく、青年が微笑む。戦場には不似合いな、年齢相応の明るい表情だった。
『これからエルフィーナ様と、陛下が悔しがる仲良し生活を送るんですから、さっさと倒れてください、暗黒魔導士』
 憎たらしいほどの冗談は、自分を鼓舞するためのものなのだろう。ドクン、とウィルの胸を熱い何かが打つ。おそらくこれは、目の前の兄が感じた緊張。
 彼は呪文を唱え始める。おそらくは最後の。
 ――遥かなる天空の彼方 いと高きところにおわす我らが母よ
 青年の魔力は最早尽きていた。それでも、彼が編み上げる力は、強大で、繊細で……美しかった。
 ――力なき幼子は伏して願う 偉大なる貴女よ永遠に 我らを愛し給えと
 これもまた、ウィルには聞き覚えのない呪文だった。いや、呪文と言うべきではないかもしれない。実質的には同じものだが、神官たちはこれを祈りと呼ぶ。
 彼はファビュラス教会に神官籍を置いてはいたが、多くの神官が好んで使用する、神に捧げる祈りを呪文の主体にした魔術体系を使う所を、少なくともウィルは目にしたことがなかった。彼に言わせると理由は、何だかむず痒い、別にこの呪文でなくても同じことを実現できるんですからいいじゃないですか、ということらしい。
 ――大いなる母よ 我らに祝福を与え給え 愛の涙を降らせ給え
 そんなことを言っていた彼が、あえて今――いや、この時、慣れない聖歌を奉じたのは、何故なのか。
 本人に、尋ねてみたい気がした。
 彼が作り上げようとしていた術は、その神聖な祈りとは裏腹に、かなりの威力を秘めた破壊の魔術であるようだった。肌を突き刺すほどの威圧感に、驚きの余り呆然としていた暗黒魔導士が、対抗するための呪を慌てて唱え始める。青年は、魔術を構成すると同時に少女にかけていた術にも干渉しているのか、光の球体が地上高くに舞い上がる。その中に閉じ込められた少女は、球体の壁を叩いて何かを叫んでいたが、外側には囁きほども漏れない。
 ずっと傍で、ウィルの服の腕の辺りを掴んでいたソフィアが、その光景を凝視したまま手に力を込める。
『……我が主に仇成す者よ、消えよ!』
 命じる声とともに青年は、両の手を向かい合わせ、肩幅ほど開いた形で突き出した。その手のひらの間に、丁度そこに収まるくらいの大きさの白い球体が生み出される。その球体に集約される力を感じ取った暗黒魔導士が目を剥いた。
 防御の魔術を具現化する暗黒魔導士に、解き放たれた光が襲いかかる。
 ざあぁぁ…………っ!!
 無数のつぶてを叩きつけられているかのような、激しい音が鼓膜を打つ。敵対するものを全て焼き尽くす閃光が、周囲に降り注ぐ雨を水蒸気と変化させる。光と霧に白濁した世界の中、目を細めて、ウィルはそこで起こることを見続けていた。
 青年の手の内の光が消える。魔力を解放し尽くし、彼はふらりと腕を下ろした。
 そのときだった。
 白い空気を切り裂いて、何かが飛来する。
 それには、青年も気がついたようだったが――
 避けるよりも先に、彼は、少女を包む魔術に、転移するようにと命令を与えていた。


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