CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 8 #47

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 刹那、強い風が吹く。幾枚かの木の葉が満天の星空を横切った。
 そして不意に、ソフィアは泉の中に足を浸したまま、驚いたように顔を背後の森の方へと向けた。
 それと同時に――
 僅かに草を踏む音を立て、数人の人影が、木立の間から踊り出ていた。
「な……!?」
 思わず、声を上げる。月と星の光に照らし出され、浮かび上がったその人影は、皆一様に、黒く簡素な服を身に纏っていた。ご丁寧に、顔まで同じく黒い覆面で覆っている。
 典型的な暗殺者スタイルとでもいうべきか――そんな姿をした人間が、彼女を取り囲んでいたのだ。ソフィアは視線を周囲に巡らせた。人数を数える。――五人。他に森の中に別の気配が潜んでいる、という事はなさそうだった。
「何者よっ!」
 試しにソフィアはそう問いかけてはみたが、暗殺者たちは無言のままだった。
 ゆっくりと、暗殺者たちは泉の中のソフィアを中心とした輪を狭めてくる。間違いなく、彼女は狙われていた。
(何でこんなところにいきなり……)
 丁度正面の暗殺者を睨み付け、残りは気配だけで警戒しながら、ソフィアは内心呟いた。解放軍キャンプ地からは声を上げて届くというほど近いわけではないが、すぐ傍である事には変わりない。そんな場所で、暗殺者などに襲撃をかけられるようないわれはない。
 しかし、その理由自体も気にはなったが、今はどうこの場を対処するか考える方が先だった。
 敵は五人。それも、プロフェッショナルの暗殺者。このような場に現れてきてよもや姿だけのはったりということもないだろう。事実、気配を察する事ができず、接近を許してしまった。対して自分はたった一人だけ――戦場でなら、何回も多対一の戦いを経験した事はあったが、殺しを生業とする者相手に、それも丸腰でなどというのは初めてである。
 とはいえ、相手が攻撃態勢にある以上、文句を言っていても始まらない。ソフィアはいつ相手が動きを見せても対処できるように身体の重心を落とした。
 たん、と軽く地を蹴る音は、斜め後ろから聞こえた。
 視界の隅で一番初めに動き出した一人の暗殺者を捕らえる。その一瞬の後には、残りの暗殺者たちも走り出していた。
 泉の中に躊躇せず入り込み、ソフィアの方へ走り寄ってくる。ソフィアは泉の中心にあった大きな岩を背にしながら、身体をその男の方へ向けた。
 目の前で、腕を振りかぶる暗殺者。凄まじい勢いで振り下ろされるそれをソフィアは両腕で受け止めた。肘を突き抜けるような激しい痺れが走る。だが、それだけだった。見たところ、暗殺者たちは大柄な武器を携えているという様子はなかった。ナイフくらいなら、いくらでも隠し持つ事は出来るだろうが。
 敵の腕を振り払い様に、ソフィアは身体を敵の懐に入れた。身を翻すように、今だ痺れの残る肘を敵の腹に打ち込む。
「……っ!」
 肘は、かなり強烈に決まったが、敵は声すら上げず、また、倒れもしなかった。しかし、腹を片手で押さえながら、後ろに跳び退る。その一人が下がったところで、自分を取り囲む網に穴が出来るわけではないからだろうと、ソフィアは思った。視線を彼女に肉薄していた別の黒い影に向ける。
 暗殺者は、ソフィアの視界の隅の方から蹴りを繰り出してきていた。それを認識して、咄嗟に腕でブロックする――が。
 がっ!
 重い衝撃とともに、ソフィアの瞼の裏に火花が散った。ソフィアのか細い腕のブロックなどはものともせず、敵の足は彼女の肩に凄まじい衝撃を与えていた。その衝撃に耐えかね、よろめく。
(しまっ……)
 だが、体勢は立て直せない。殆ど捨て鉢に、ソフィアは倒れ込みながら別の暗殺者にタックルをかけた。
 ざばぁんっ!
 豪快な水音を立てて、ソフィアと、巻き込まれた一人の暗殺者は泉の中に倒れ込んだ。まさかいきなり矛先を向けられるとは思わなかったらしい暗殺者は丁度彼女の下敷きになっていた。それを踏みつけて、ソフィアは即座に起き上がる。そのまま、ソフィアは足元の水を蹴りあげた。水飛沫が舞い上がり、視界を埋め尽くす。子供だましのような目くらましだが、ソフィアは構わず、身体を反転させた。
 劣勢なのは彼女の方だった。二人に攻撃を入れたが、そのどちらもおそらくまだ動くに差し障りがあるほどのダメージは受けてはいないだろう。ソフィアも今のところは同じだが、このまま続けていたらおそらく、先に潰される。相手の力量は、思っていた以上に高いようだった。一対一でやりあっても、勝敗は分からないというレベルである。とてもではないが、この状況でどうにか出来るような相手ではない。
 だが――
 彼女が逃げを打つ事は、相手の予測の範疇だったらしい。彼女の進路を遮って、目の前に別の――だか一回倒した相手だかはもはや判別できないが――男が立ちふさがる。
 男が突き出してきた腕を、ソフィアは何とか半歩横に移動して躱した。水のまとわりつく足が重い。舌打ちしながらソフィアは暗殺者に蹴りつけた。が、あっさりと片腕でそれは防がれる。
「……くっ……」
 水で勢いが殺される分、ソフィアの蹴りには普段の威力がなかった。難なく払いのけられ、逆に彼女が体勢を崩す。そこへ暗殺者の手刀が襲ってきた。
 どんっ――と突き飛ばされて。ソフィアは自分の意識が一瞬消えかかった事におののいた。今の手刀が、身体のどの部分に当たったのかも判別できなくなっている。
(まずい……)
 奥歯を噛み締めながら、ソフィアは小さく頭を振った。何とか倒れるのだけは踏みとどまり、両足をふんばるように広く開く。余裕の成せる技なのか、ソフィアの上がりかけた息が整うのを待つように攻撃の手を休める暗殺者たちを睨み付けながら、彼女は必死にこの場を切り抜ける手段を模索していた。
 だが――再度頭を振りかけて、何とか思いとどまる。
(駄目だ、どの一角も切り崩せない。あたし一人じゃどうにもならない……どうしたら……)
「ソフィア!?」
 突如。
 夜気を切って響いた声に、ソフィアと暗殺者たち――その場にいた全員が視線を一点へと向けた。
「ウィルっ!」
 思わず、ソフィアは彼の名を呼んだ。木陰から飛び出して、驚いた表情で彼女を見詰めていたウィルの顔に、鋭さが宿る。同時に、暗殺者たちの間に緊張が走った。
 誰何の声すら上げず、即座にウィルは腕を前に突き出した。同時に、叫ぶ。
「ソフィア、避けろ!」
 身近な例えで言うなら、それは冬場にセーターを脱ぐときの音に近かった。が、その音を生み出した魔術の威力のほどは、髪を逆立てる静電気などと比べるべくもない。ウィルの手のひらの先から発せられた青白い光は、クモの巣のような網目を泉の水面に刻みながら、ソフィアをも含めた暗殺者たちに襲い掛かる。
 咄嗟にソフィアは、すぐ傍の岩の上に飛び乗った。水面に残された暗殺者たちは――
「…………ッ!」
 水面から伸びた光が足元に触れた瞬間。そのまま、水面を這うのと同じように身体に這い登ってきた光に、思わず声なき声を上げる。五人の全身が光に包まれ、瞬時その場を目も眩むほどの光量が埋め尽くす。そして――
 音と光が止んだその後には、暗殺者たちの姿はなかった。
「……殺しちゃった……の?」
 独り言のように呆然と呟いたソフィアの声に、ウィルは首を振る。
「違う。逃げたんだ。この術に人間を跡形もなく焼き尽くすほどの威力はない。……殺すに十分な威力は込めたけど……ね」
 柄にもなく残酷な事を囁くウィルに、ソフィアは思わずびくりと身を震わせた。が、ウィルは彼女のその反応に気付いていないように何気ない調子で続ける。
「大方、あの中に魔術士でもいたんだろう。届く間際には、殆ど無効化されているようにに見えた。あれじゃ、平手で思いっきり引っぱたかれた程度の痛みがせいぜいだ。火傷もしない」
 呟いてから、ウィルはソフィアの方に顔を向けた。きょとんとする少女ににっこりとした笑みを向ける。
 何? と彼女が問い返すよりも早く、ウィルは岩の上のソフィアに向かって真っ直ぐに、泉の中を歩いてきた。
「ウィル……?」
 目の前に立って、手を差し伸べてきたウィルに、ソフィアは疑問の声を上げる。と、彼はじれったそうに唇を尖らせた。
「来いって。いつまでもそんな所にいたら寒いだろ」
「えっ、いいよ。自分で岸まで……」
「いいから来いよ」
 何故か強い口調で言って手をひらひらさせてくるウィルに、ソフィアは折れて、その腕に向かって手を伸ばした。彼の暖かい腕は、ソフィアの華奢な身体を受け止めて、そっと抱き上げる。
「ほら、こんなに冷たくなってる」
 ソフィアの手を取って、ウィルは自分の唇で触れながら囁いた。びっくりしてソフィアは手を引っ込めようとしたが、彼は離してくれなかった。
「ちょっと、ウィル……」
「何だよ」
 苦笑気味に返されて、もじもじと俯くソフィアをウィルは抱えたまま、泉の水をゆっくりと蹴って歩き、岸に下ろした。足を水に浸したまま、ウィルは彼女を見上げた。通常の二人の身長差が丁度逆になったような位置関係にある彼女の頬に、ウィルが手のひらで優しく触れる。
「な、何……」
「ソフィア、ちょっと屈んで」
 ソフィアの言葉を遮って、ウィルが言う。言われた通りにその場に屈み込んだソフィアの唇に、彼は自分の唇を重ねてきた。唐突の事に驚いてソフィアは一瞬目を見開いたが、ゆっくりとその目を閉じて、ウィルの筋肉質ではないが確かに男の物である肩に手を置いた。
 唇を重ね合わせながら――ウィルの手がソフィアの頬を離れ、ソフィアの肩、腕に移動する。触れられて、ソフィアがびくっと反応した点で手を止め、ウィルは一旦彼女の唇を開放した。
「痛む? この辺り」
「うん、少し……」
 言いながら、ソフィアは自分でも暗殺者に蹴られたその部分を軽く触れてみたが、腫れていたりはしていなかった。骨には異常なさそうである。打ち身程度のものだろう。
「分かった。じゃ、この辺りは触らないようにするから……」
「……え?」
 その後に続く言葉がなんなのか、さっぱり分からずソフィアは声を上げたが、ウィルは説明する気はないらしかった。もう一度、形のよいソフィアの唇をなぞるように口付ける。
 そして――
 ソフィアが痛いと言ったのとは逆の方の肩を押して、彼女の身体を、柔らかい草の生えた地面の上に押し倒した。
「なっ……!? ちょっと、何考えてっ……」
 さすがにぎょっとして叫び声を上げるソフィアを無視して、ウィルはざばりと水から上がる。表情らしい表情を見せずに見下ろしてくる目にほんの少し怯えながら、ソフィアは自分を押さえつける手を押し返した。
「やだもうっ! もしかしてまた寝ぼけてるの?」
「そんな訳あるかよ。正気もいいとこだ」
 抵抗してくるソフィアの手を逆に掴み返して草の上に押し付けながら、横を向いた耳元に唇で触れる。
「きゃ……」
 悲鳴を上げかけたソフィアの口を、ウィルは手で塞いだ。
「騒ぐなって。別に取って食おうってんじゃないんだから」
「似たようなものじゃないっ」
 思わず叫び返して、ソフィアは自分の発言のあまりの恥ずかしさに赤面したが、ウィルにも多少羞恥心を沸き起こさせる事ができたらしい。ほのかに赤らんだ頬を指先で掻く。
「あー、まぁ、言うよな、俗に。女の子を食っちゃうって」
「ああっ。やっぱりそういうつもりなんだ! いやー! 強姦魔ー……もぐっ」
「強……って君なぁ、何でそういう風に言うかなー」
 再びソフィアの口を押さえつけながら、ウィルは嘆息した。掛け合いをやっているうちに次第に気が萎えてきたらしい。がっくりと肩を落として彼女の上から退いた。
「何だかなぁ。俺達って恋人とかじゃないわけ?」
 彼女のすぐ傍に座り直し、横目でソフィアの方を見ながら言ってくるウィルに、ソフィアは、うっと息を飲んだ。
「大体そんなもんだとは思うけど」
「何だよ大体そんなもんって」
 不服そうにウィルが言ってくるが、ソフィアはいやいやをするように頭を横に振る。
「でも、だからってこんな所でなんて……」
「こんな所じゃなきゃいいんだな?」
 きらりと目を輝かせたウィルの後頭部を、ソフィアの手刀がかなりいい感じにヒットする。悶絶寸前のウィルには全く気付かない様子で、ソフィアはその手を頬に当てた。
「第一、結婚前の恋人がしていいのはキスまでって法律で決まってるのよ! ウィルの変態! お嫁に行けなくなったらどう責任取ってくれるのよっ!」
「……なんかもう突っ込み所が多すぎて訳分からんけど順番に。そんな法律ないし別に俺は変態ではなく男として至極当然の本能しか持ち合わせてないし責任を取れと言われれば喜んで取る」
 後頭部を押さえながらだが、至って真面目な表情で言ってくるウィルに、ソフィアは言葉もなく彼の顔を見詰め返す事しか出来なかった。
 不意に、耳の辺りから髪を梳くように撫ぜられて、ソフィアはぎゅっと目を閉じた。ウィルが、ぷっと小さく吹き出すのが聞こえる。
「何もしやしないよ」
 苦笑混じりに囁かれて、ソフィアはおそるおそる目を開けた。しかし、目を開けても彼の表情を窺う事は出来なかった。彼はソフィアの方を向かず――下を向いたまま、手だけを伸ばして彼女の髪を撫でていた。
「ウィル?」
 不思議に思って、ソフィアは彼に問いかけた。だがウィルは小さく首を横に振ったのみだった。
「……泣いてるの?」
 ウィルは再び首を横に振った。顔も声も上げずに。
「やだ、ごめん、あたし……」
 別にウィルの事が嫌でそういう風に言ったんじゃない、と続けようとして。それを口の外に出す前に、ウィルの唇が微かに動く気配を察してソフィアは言葉を飲み込んだ。
「ソフィアが……いなくなっちゃうかと思った……」
「え?」
 思わず唇から疑問の声を滑り出させて、ソフィアは俯くウィルの頭をじっと見詰めた。言葉の意味は分からなかった。限りなく小さい声で洩らされるその言葉の意味は。それでも、その意味を怪訝に思うのよりも彼の様子の方が――腹の奥底に抱える苦しさを吐露する事も出来ず呻くように囁くウィルの様子の方が気になって、ソフィアは問い返す事もせず、彼の告げる言葉を聞き続けていた。
「俺、君の事護るって決めてたのに……君から目を離してしまって……君が襲われるなんて、考えていてもよかったのに全然考えてなくて……」
「何言ってるのよ!」
 自責の口調に変わり始めたウィルの声をここでようやく遮って、ソフィアは声を上げた。下を向いたままの彼の両肩を手で掴む。
「三つ四つの子供じゃないんだから、別にウィルがずっと見てる必要ないでしょ! それに、戦場でならともかく、こんな所で誰かが襲われるなんて考えてなくて当然じゃない。馬鹿な事言わないでよ」
「想定してなきゃいけなかったんだよ! 宣戦布告なんて真似……っ」
 喉を詰まらせて台詞を途切れさせる。ウィルは、ソフィアの髪に触れていない方の手のひらを、腕が震えるほど固く握り締めていた。彼が何を言いかけたのかはやはりソフィアには分からなかったが、じわり、と涙が喉に流れ込むような熱さを覚える。
 そっと、ソフィアはウィルの肩に腕を回した。母親が子供にそうするように、彼の額を胸に抱き留める。
「護ってくれたじゃない……それで十分だよ」
「エル……フィーナ……っ」
 囁くように呼ぶ声に、ソフィアは頷きを返した。エルフィーナとしての記憶は少しも蘇ってはいないが、自分がエルフィーナである事実は何故か心の底から納得できていた。だから、彼にそう呼ばれるのは全く違和感がなかった。むしろ、懐かしささえ感じて――
「……陛下」
 小さく呼ぶと、彼は今迄上げなかった顔をがばっと上げた。涙の筋はないが、驚いたように見上げてくる目が赤い。それを見て、ソフィアは思わず笑みを零した。
「どうしたのよ。びっくりした顔して」
「だ……だって、ソフィア、今……」
「?」
 酷く驚いた様子で言ってくるウィルにソフィアは首を傾げた。ただ、彼を呼んだだけなのに、何をそんなに驚いているんだろう。
「君、記憶……?」
「記憶? エルフィーナの? 相変わらず全然ないわよ。それがどうかしたの?」
「いや……」
 何か複雑な――何というか苦笑になりきれない苦笑といったような表情で、ウィルは呟いた。そうしてから、ふと気がついたように、慌てて目元に手をやる。ソフィアにくすくすと笑われて、諦めたように手を離したが。
「とにかくそういう事だよ。君の事は俺が護るんだ」
「何だ、よかった。あたしはてっきり、拒絶されたから拗ねちゃったのかと思った」
 あっけらかんと言うソフィアに、ウィルは微妙に含みのある視線を向ける。
「……本当に拗ねてたんだったら、さっきの続きを」
「させてあげた訳ないでしょうこの馬鹿♪」
 見た目にはどうという威力のなさそうな裏拳に側頭部をはたき倒され、ウィルの身体は静まり返っていた泉の水面に、大きな飛沫の花を咲かせた――



「ご苦労様、サージェン」
 呑気な声で呼ばれて、彼は、顔を覆っていた黒い覆面を外した。ふう、と息をつく。同じようにして、彼と同様に黒ずくめの格好をしていた男たちも、その覆面を外す。そのどの顔も、今サージェンにかけた呑気な声の持ち主――ライラのよく知った、解放軍の同志の顔だった。
「いくら五人がかりでも、彼女らとやりあうのは、昼食一回じゃ合わないな」
 ぼそり、と黒ずくめのうちの一人、普段は重装鎧を身を纏っているツァイトが呟いた。ソフィアに入れられた肘鉄の衝撃がまだ残っているのか、具合悪そうに腹をさすっている。
「ごめんごめん。デザートにシュークリームもつけるからぁ」
「ライラの手作りならいらないぞ」
 半眼でそう言ったツァイトに、ちょっとライラはむくれて見せる。そんなやり取りを眺めながら、サージェンは徐に呟いた。
「しかし、あれは本気で死ぬかと思った。間違いなく殺す気だったぞ、彼は。確かに昼食とライラの爆発後シュークリームでは合わないな」
「サージェンまで……」
 うー、と眉を寄せるライラから、サージェンは黒ずくめの一人に視線を転じる。
「……大神官殿がいてくれなかったらどうしていたつもりだったんだか」
「あははー♪」
 乾いた笑みを浮かべながら、ライラも大神官――カイルタークの方を見た。まさかこんな誘いに乗ってくれるとは思わなかったのだが、意外にも一番乗り気になってくれたのは彼だった。
 カイルタークはゆっくりと顔を泉の方角へ向けた。あの二人に気配を悟られないように少し離れてはいるが、木々の間から彼らの姿を覗く事が出来る。こちらは森の中なのであちらからは見える事はないだろう。どういういきさつか、泉のほとりで、いきなりウィルはソフィアを押し倒していた。
「あらあらっ。いやーん、あんな所で!? ウィル君ってば大胆〜!」
 同じようにそれを見ながら、心底嬉しそうな声をライラが上げる。その後どうやら諦めたらしく、ソフィアの上からウィルが退くのを見て、ライラは「ああ〜」と落胆の溜息を吐いた。
「これで十分なのだろう、アクティ女史。めでたく二人は元の仲を取り戻した」
「思った以上の収穫でしたわ。ありがとうございます、大神官様」
 祈るような形で両手を組み合わせて、ライラは声を上げた。

 星が空の端から端へと流れて行くのが、たまたま上を向いたライラの目に飛び込んできていた。
 こっそりと野営地に戻る道すがら、立ち止まって夜空を見上げたライラに、数歩先を歩いていたサージェンが気付いて振り返る。
「どうした、ライラ?」
「流れ星……」
 ぽつりと呟く彼女に、サージェンは怪訝な視線を向ける。それはどう聞いても、普段の彼女が発するような、浮かれた声音ではなかった。ぼんやりと、さらさらと音を立てそうな幾千もの煌きを見上げながら、彼女は唇に言葉を刻んだ。
 星々の集まりから一人、抜け出ていった流星に祈りをかけて。
「どうか……あなたは、離れないでいてあげて……」


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