CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 7 #41

←BACK

NEXT→



 武器は、持っていなかった。職業剣士でもあるまいし、剣を寝室に持ち込んだりはしない。だがどういう事か、自分に殺気を叩き付けてくるこの影も、武器のようなものを持っている気配はなかった。暗いので、絶対に持っていないと断定できるわけではないが。
(……なら、魔術士……か?)
 影は、今し方ウィルが眠っていたベッドを踏み越え、一直線に彼へと向かって接近してきた。その突進のままの勢いで顔面へ向けて拳を突き出してくる。咄嗟に横に移動してそれを躱すと、影はそれを予期していたように第二撃――足刀を放ってきていた。
「くっ……」
 小さく呻いて、両腕で防御する。さすがにその二連撃には防御を突き破るような威力はなかったらしく、腕に弾かれた反動で影は少し間合いを広げていた。
 詰めようと思えば一瞬で詰められる間合いを置いて対峙しつつ、ウィルは奥歯を噛み締めた。
 ほんの数秒の手合わせだったが、今ので分かった事が二つある。
 ひとつ。相手は魔術士ではない。魔術士にしては動きがよすぎるし――というのはやや偏見も混じっているが――、魔術士だったら、まず呪文を唱え、それを発動直前の状態でため込みながら(僅かな時間なら可能なのだ)突撃し、足刀の代わりに放ってくればいい。無論対応策はあるが、腕で防御しきれる事はまずない。
 そしてもうひとつ。
(こいつ、プロだ……!)
 足を肩幅よりやや広く開いて身構えながら、ウィルは舌打ちした。『戦闘の』プロなのか、それとも『暗殺の』プロなのかは、彼には判断付かなかったが、能力的には間違いなく、そのどちらかのプロフェッショナルのものである。正直、これだけの相手とまともにやりあって無事に済む保証はない。
 とはいえ、周囲に助けを求めるなどという手段は却下である。
 助けを求める事に恥を感じるほどプライドは高くないが、どうせ助けを求めたところで殆どの人間は遠く離れた大広間で宴会中である。戦闘可能な人間が即座に集まっては来ないだろう。一人二人ならその辺りにいるかもしれないが、残念ながら数人程度軽くあしらってしまいそうな相手のように見えた。
 再び、影は床を蹴る。
 突き出された抜き手を横に避けたウィルを追うように、翻された手が手刀になって飛んでくる。今度は躱さずに、彼は片腕でブロックした。躱していればおそらく、次に飛んでくるのは肘かボディーブローか。どちらにしろ更に重い加撃がくる。
 一旦相手の攻撃の流れを止め、攻勢に出て行かなければ勝てる相手ではない。
 ウィルは一歩、相手の方に踏み込んだ。瞬時、死角に入った敵の足元に足払いをかける。相手の不意をつく事ができたらしく、僅かに相手の体勢が崩れたところへ打ち倒すように腕を振り下ろす――
 相手に与えた衝撃は、思っていたより少し軽かった。信じられないが相手はあの不安定な体勢でも、防御に成功していたようだった。更に、下手に殴られる勢いに抗おうとしなかった為に、受けたダメージはさほどないらしく、影は一度は転倒したもののすぐさま飛び起きていた。
 起き上がったと同時に相手は攻撃に入りたかったようだったが、そうしては来なかった。
 数メートル先で影に向けて突き出されたウィルの手のひらに押し戻されて。
 それが魔術士の攻撃態勢だと、知っていたらしかった。
「今更間抜けな問いだけど……何の用だ?」
 おそらく帝国軍からの暗殺者だろう。それは分からなくない。分からないのは、それがわざわざ敵地に踏み込んでまで自分を襲う理由だ。たまたま一人になっていたとはいえ、解放軍の軍師ごときに刺客を差し向けたりするものだろうか。
 もちろんそれは――自分の素性に帝国側が気付いていなければ、の話だが、気付いていたらいたで、その気になれば建物ごと敵を粉砕できると分かっている魔術士相手に暗殺者などを、それも単独で送る真似は普通はしないだろう。
(それに……あのくそ皇帝は、どういう訳か相当俺を憎んでるみたいだったし……)
 陰険なあの皇帝の事である。己の憎むべき相手が血反吐を吐き首を掻き切られるような面白いショーであれば、喜んで自分の目の前で行わせるに決まっている。それをみすみすこんな場所で見逃してしまおうとするとは考えられない。
 ――どちらにしろ、まず襲うなら抹殺の必要性も高く、その上比較的始末し易いディルト王子を狙ってもいいはずである。いやむしろ、先に他を暗殺してしまえば王子には余計厳重な警備が敷かれ、一層やりにくくなるに違いない。
 改めて考えてみれば、この襲撃はあまりにも不自然だった。
「……お前は誰だ?」
 問うウィルのその瞬間の構えに、隙があった訳ではない。
 だが、影は自分に向けられた手――魔術を怖れもせず走り出した。
 瞬時、ウィルに迷いが生じる。それが致命的だった。
 がっ!
 下腹を思い切り蹴りつけられ、思わず苦痛に顔をしかめる。歪み狭まった視野の隅に相手の拳が映ったが、これは避けられない。
 側頭部に拳を強烈に食らって、ふっと視界がゼロになる――
「こ……のっ……!」 
 無理矢理肺から吐き出すように漏らした声に、意図は特になかった。意図のあるなしどころか意識さえもがぼんやりとしている状態で――
 打たれた頭が酷く痛む。自分がどのようなダメージを受けたのかは、彼自身分からなかった。が、相手の現在位置は分かる。それで十分だった。
 屈んだままウィルが放った足払いを、しかし影は悠々と避ける。その反撃と、彼の頭を蹴倒そうと放たれた影の足を、ウィルは頭のすぐ傍で掴んで止める。
「……っ!?」
 初めて相手に生まれた動揺の気配。ウィルは力任せに、掴んだ足首――敵の身体を、壁に向かって投げつけた。
 案外軽かったその身体が、だんっ!――とかなりの勢いで壁に衝突するのと同時に、投げた瞬間影を追って走っていたウィルが、壁に押し付けるように片手で敵の片腕を封じる。もう片方の手で相手の襟ぐりを掴み上げようとして――
 指先に触れたのは、想像もしなかった柔らかい感触だった。
 理解しきれなくて、思わず――確かめるように手のひらでそっと触れる。敵の胸のあたり――その手の中に収まるほどの、柔らかく暖かいかたまり……
「――き――」
 掴んだ相手の口から漏れた息は。
「きゃあああぁぁぁぁっ!!」
 いつもは悲鳴という形ではないが、普段から聞きなれた甲高い叫びとなって、半ば呆然としたウィルの鼓膜をつんざいた。

「触るだけならまだしも、揉んだわねこの馬鹿ウィルっ!!」
「馬鹿はお前だソフィア! 何考えてんだこの暴走超特急!! 本気で死ぬかと思ったぞ!?」
「当たり前でしょ、殺す気でやったんだもの! それに命の一つ二つ何よ! そんなもんと女の子の胸と天秤に……」
「かけりゃ間違いなく命の方が重いわド阿呆っ!」
 獣油のランプを点けてみて、炎に照らし出されたのは間違いなく――ソフィアだった。
 かなり憤慨した様子で腕を組んで頬を膨らます少女と、しばし無謀な口論を続けていたが、そのうち怒る気力も萎えてきて、がっくりと膝をつく。
「あーもうやだ……何が悲しくてくそ疲れてる中たたき起こされた挙げ句この戦闘狂と取っ組み合いして殺されかけなきゃなんないんだ……」
 膝を抱えて顔を伏せながら呟いて、ふと思い出す。
「……なあさっき、なんかものすごく恐ろしいことさらっと言わなかった?」
「何?」
 きょとんと問い返すソフィアの顔に、ウィルは完全に血の気の引いた表情を向ける。
「殺すつもりでやったとか何とか……」
「言ったわよ。真剣にやらなくちゃ途中でバレると思ったし、何よりそうじゃなきゃ意味ないから」
「俺を殺さなきゃ?」
 ぞっとして呟くと、彼女は、まさかぁ、と笑った。
「……大神官様がね、聞きたければウィルを締め上げてでも吐かせろ、って」
 何を――
 聞き返しかけて、ウィルは言葉を飲み込んだ。彼女が聞きたがっていた事なんてひとつしかなかったという事に、遅れ馳せながら気付く。
 ――エルフィーナについて、か――
「分かったでしょ? 普通にやったんじゃ駄目なの。そうすれば多分勝てるけど、それじゃ吐いてくれないかもしれないし。それにね、あたしだと絶対に気付かせないようにして追い込んで……ギリギリの所に立たされた時のウィルの強さを屈服させて、聞きたかったの」
「訳分かんないな。大差ないだろ、普段と」
「大有りだよ。気付いてないわけ?」
 逆に驚いた調子で言うソフィアに、ウィルは眉根を寄せる。
「ウィルって、あたしと訓練してる時受けてばっかりでおざなりな攻撃しかしてこないじゃない。あれじゃどうやっても勝てないわよ」
「してないんじゃなくて、出来ないんだよ」
「出来たじゃない、さっきは」
 言われて、あ……、と呟きを漏らすウィルにソフィアは肩を竦めて見せる。
「まあ、気付いてないのはいいのよ。ウィルが意図的に手抜きしてるってわけじゃないのが分かってたから、あたしだってこんな回りくどいことしたんだし……でもまー、結局意味なかったわね。負けてたんじゃ」
 ふう、と諦めに似た溜息をつくソフィアを、ウィルは怪訝な目で見つめた。
「君の負けって事はないだろ。頭に一撃食らった時点で、君が本気で殺すつもりだったのなら死んでるよ、俺は」
「その前、魔術を撃てなかったのは、何か変だなって思ったからでしょ? そう思わせちゃった時点であたしの負けよ」
 ひらひらと手を振るソフィア。がその視線が一瞬、待てよ? と言った感じに宙をさまよう。
「あ。でもいいのよ負け認めてくれるなら。認めたんならちゃんと教えてくれるわよね? エルフィーナって人のこと」
「俺の勝ちー。わーい」
「うー。けちー」
 ぷうっと膨れたソフィアにウィルは苦笑する。と、唐突にソフィアは何かに気付いたように傍に寄ってきた。ウィルの髪――頭に手を触れる。
「ソフィア?」
「……たんこぶできてる」
 ついさっき、自分で殴り飛ばした部分を軽く撫でながら、彼女は小さく呟いた。
 側頭部に限らず頭部は言うまでもなく、強打すれば命の危険がある部分なので気になったのだろう。表情を曇らせる彼女を見て、ウィルはくすりと笑う。
「大丈夫だよ。一瞬脳震盪起こしたけどな。君こそ、背中はかなり打っただろ? 平気か?」
「あたしは全然平気だけど……」
 うなだれるソフィアの頭を優しく撫でつけて、ウィルは微笑んだ。
 本当なら、抱きしめてやりたい――けれど――
 ソフィアに気付かれないように、ほんの少しだけ唇を噛んで、彼はベッドの端に腰掛けた。
「ウィル」
「ん?」
「ごめん……ね」
 見上げると、眉を寄せてソフィアは真っ直ぐに彼を見詰めていた。今にも――泣き出しそうな顔で。
「いいよ。君が妙な事やらかすのは、今に始まった事じゃないし」
「それもだけど……全部含めて」
「全部?」
 問い返したが、ソフィアは何も答えなかった。一旦視線を足元に落として、再度、彼の瞳に戻す。
「どうしても、教えてくれないの?」
 再び話題を元に戻した彼女に、ウィルは困った視線を向けた。それを見て、急かすように続けてくる。
「大神官様、ウィルはあたしがそれを聞いたら、その事実にショックを受けて心を閉ざしてしまうとでも思っているんだろう、って言ってたの。どうして? あたし……前にウィルと会った事、あるの……?」
「何でそんな事を」
 思うんだよ――
 ウィルがそう口に出すより先に、ソフィアは小さく呟いた。
「あたし、記憶が……ないの……」


←BACK

NEXT→


→ INDEX