CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 6 #33

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 傷つけたのは俺の方が先なんだから。
 俺に傷つく資格なんてない……

 フレドリック王国沖。気象条件がよければ肉眼でも大陸西部の沿岸を確認出来るぎりぎりの位置に、ウィルは船を停泊させた。
 双眼鏡を片手に、目を凝らす。何とかして探し当てたいのは、人目につきにくく、漂着した小船から武装した人間が上陸できる程度に地形の穏やかな場所だった。地図上ではこのあたりには街などはなく、また浜が続いているらしかったので、うってつけだろうと考えていた。実際に視界に映っている風景も、その想定を裏切る種のものではなかったが、慎重になりすぎてまずいという事はないだろう。
 だがいくら海岸線を嘗め回すように眺めたところで、特にここでなければならないと思わせるような点がどこかに都合よく見つかる訳もないだろうが。
「……よし」
 決心したように、ウィルは呟いた。後ろに控えていた伝令役の兵に尋ねる。
「サージェン隊の出撃準備は?」
「完了し、現在はそれぞれ自室内で待機中です」
「上陸作戦を開始する。甲板に集合するように声をかけてきてくれ」
「了解しました」
 返答し、すぐさま船室へと降りるドアを開く。しかし降りかけてすぐに、彼は何かに気付いたように上に引き返し、入口のすぐ傍で直立不動の敬礼の態勢を取る。こつこつ、と固い足音とともに現れたのは、王太子ディルトだった。
「ディルト様。只今から先発隊の大陸上陸を開始します」
「うむ」
 ウィルの報告に、ディルトは鷹揚に頷いた。
 彼と入れ違えるように伝令兵は船室へと降りてしまっている。甲板には、彼ら二人のみが取り残された訳だが、人気を確認するようにあたりを見回してから、ディルトはひそめた声で言った。
「ソフィアと……別れたって?」
 唐突なその台詞にウィルは思わず、ぶっ、と吹き出す。
「誰が言ったんですか。そんな事」
「大神官殿」
「あ、あいつはー……」
 呪いをかけるような声を吐き出して、ウィルは頭を掻いた。無表情に彼の方を見詰めてくるディルトの瞳に、実際に責めるような意味合いはないのだろうが、ウィルはたまらず目の前に広がる海原へ視線を転じた。
 船縁に肘を突いて髪を掻き上げたままの体勢でしばらくウィルは考え込むように押し黙ったが、やがて口を開いた。
「……別れるも何もないですよ」
 自嘲するような声音に、ディルトが怪訝な表情を向ける。
「初めから、何もありはしなかったんだ」
 付き合っているという自覚はもとよりなかった。結局彼女の気持ちすら聞かないままその関係が終わってしまったところで、別れたなどとどうして言える?
 初めから、何もなかった。ただそれだけのこと。
「来ましたね」
 振り返り、船室から上がってくる十数人の姿を認めてウィルは呟いた。
 その中に、当然ソフィアも混じっていたが、ウィルは、少なくとも表面上は全く気に留めず彼らの前に進み出る。
「これから諸君ら先発隊には出撃してもらう。上陸の手はずは以前に通達した通り。上陸地点の詳細については、ここから正面に見える浜だが、船頭に把握させるのでそれに従うように。……諸君らの健闘を祈る」
 兵士たち一人ひとりの顔を分け隔てなく見回しながらウィルは言った。それから、ディルトの方を振り向いて場を譲る。
「今回のフレドリック攻略は貴方がたの働きが鍵となっている。期待している」
 王子の言葉に兵士たちは敬礼で応えた。

 彼ら先発隊が、何班かに分かれて小船に乗船するその時は、さすがに多少のざわめきが生まれていた。先発隊以外にもそれを見送ろうと船室内から何人か出てきて、しばしの――もしかしたら永劫の――別れの儀式が行われる。
「サージェン、気をつけてね」
「ああ、ライラ、分かっている」
 そう言ってごく自然に口付けを交わす二人から、何故かソフィアが照れたように視線を背けて頬を掻く。
 それを見て、ウィルが小さく吹き出したのが、どうやら耳に入ったらしい。睨み付けてくるソフィアから、彼は慌てて視線を逸らした。
「いーけどね。どーせ子供だからー」
「悪かったよ」
 拗ねた口調のソフィアをあやすようにウィルが言うと、彼女は更に頬を膨らませたようだったが、彼は見ない振りをした。ぶつぶつと、ソフィアが呟く。
「過酷な戦地へと赴く友人に対し送る言葉が激励ではなく揶揄だなんて加虐趣味もいいところだわ」
「親愛なる我が友人の武運を願い、再度王都にてその顔を合わせんことを切に祈る」
「心がこもってないっ!」
 以前と――つまりはファビュラスにつくよりも前と――少しも変わらない調子でそう言い合うウィルとソフィアの姿を、ディルトは見詰めていたが、やがて目を背けた。と、彼と同じように二人の姿を見詰めていた人物に気がつく。
 カイルターク。
 大神官もディルトと同じようにしばらくして目を離した時に、彼の事に気付いて、小さく肩を竦めて見せた。

 ソフィアとカイルタークを含めた班の乗る船が、最終便だった。
 船縁から皆が乗り込んで小船ごと起重機で海面に下ろすようになっている。軽々と船縁につけられた小船に乗り込んだソフィアはくるりと甲板の方を振り返ってきた。ウィルに、にこっと微笑む。
「行ってくるね」
「ああ、無理するなよ」
 ソフィアは頷いて見せたが、彼女の事である。きっと戦場に出るとそんな言葉もどこへやらとなってしまうのだろう。分かってはいるがそんな彼女を性癖をどうにかしてやる事など出来るはずもなく、ただウィルは苦笑するしかなかった。
 出来るのは、彼女の無事を祈ることと――
「カイル」
 どう見ても旅には不向きそうな法衣を身につけたまま行く気らしいカイルタークに、ウィルは呟いた。
「……頼む」
「分かっている」
 見送りの人々が、船縁から離れるのを待ち、動き出した起重機は、やがて兵士たちの乗った小船をゆっくりと海面に着水させた。



 まるっきり、新天地に着いた気持ちでソフィアはその海岸を見まわした。
 フレドリック王国。竜王国と別称されるこの王国は、気候的な分類では亜熱帯に属される。だが、ソフィアが以前訪れた事のある内陸部では雨量も少なく、今彼女が立っているこの場所のように鬱蒼とした樹林は見られなかった。また、同じく鬱蒼とした森と言ってもレムルスとも違う。ここで茂っているのは、葉の大きい、見るからに成長の早そうな熱帯雨林特有の植物である。
「すごーい……」
 彼女が旅の好きな理由はまさにこれだった。今迄見たこともないような驚きと、何回も巡り合える。だが今は、
「ソフィア」
 低い、サージェンの声に現実に呼び戻されて、ソフィアは皆が集まっている方へ視線を転じた。慌ててそちらへ駆けて行く。最後の小船が浜に辿り着くまで、先発隊はそこに待機していた。
「ごめんなさい。……もう出るんですか?」
「ああ、行動は極力迅速にと指示されている。最短距離で王都へ進む」
 言葉少なにそう告げられて、ソフィアは素直に頷いた。そのまま一行は、大雑把に列を成して進軍を開始した。

 いくつか印と、メモが入った地図を見ながら先頭を歩くサージェンにはさすがに声をかけられず、ソフィアは周囲の顔触れを見回した。元々大陸解放軍はたいして人数の多い軍でもない上、ここにいるのは中でも特に目を引くような実力を持つ者揃いだったので、全員顔と名前は一致していたが、言葉を交わした事のあるのは、サージェンと大神官以外にはいなかった。なので、カイルタークの方と話そうと、彼女は彼の姿を探した。
 彼は隊列の最後尾を歩いていた。とはいえ、皆に遅れているというわけではなさそうである。例の丈の長い法衣を着ているとは思えない静かな足取りで、この足の踏みどころを考えなくては進めない熱帯雨林の中を歩んでいる。
「大神官様」
 呼ばれて上げられたその顔にも、疲労の色のかけらすら見られなかった。
「大丈夫ですか? こんな場所で強行軍する羽目になるなんてあたし、考えてなかったんですけど」
「私は問題無い。このような場所を歩き慣れているとは言わんが、体力ならウィルよりはある」
 カイルタークの答えにソフィアは、そうなんですか? と小さく相槌を打ち、視線を彼の足元へ向ける。慣れていないという割には、彼の法衣の裾には草や泥のしみは殆どついていない。よほど旅慣れた者でも、こうも奇麗に歩く事は出来ないと思うのだが。
 まあいいか、と思いながら、ソフィアは再び顔を上げた。
「最短距離って言ってましたけど、さすがに街道とかは使えないですよね?」
「いや、そうでもなかろう。裏街道なら、とウィルはいくつかルートを考えていたみたいだからな」
 その言葉通り、一行は森から抜け出した。と言っても森の中には変わりはなく、地面が平らになった場所へ出た、という意味であるが。
 明らかに人の手で整備された跡があり、轍もあるがそこにも雑草が生えている。明らかに、ここ一月以上は誰も通行してないようだった。なるほど、よほどの不運がない限り帝国軍に鉢合わせる事はないだろう。
「この街道はこの樹海の中を通り、内陸部まで続いている。樹海を出る頃には、別の大きな街道と合流するようだから、それ以降は使えないだろうが、それまでなら敵と出くわす心配もないはずだ」
「それじゃ戦いは、もう少し先って事になるんですね」
 あからさまに残念そうな口振りのソフィアに、カイルタークは念を押すように言う。
「私達は遊撃部隊だ。真っ正面からやりあおうなどと間違っても考えないように」
「分かってますよー」
 にっこりと笑って答えるソフィアを、カイルタークは何となくウィルの苦労を納得しながら見詰めていた。



 先発隊が船を離れた次の夜明けと共に。
 本隊は、進軍を開始した。先発隊との差は一日弱だが、人数が違うので例え先発隊が敵軍と遭遇したとしてもその差が埋まる事はないだろう。
 一日前に出たサージェン達と同様に小船から降り立った彼らは、すぐさま進み始めた。
 目指すはここより、何事もなければ十日ほど北上した地点にあるフレドリック王国首都。その道すがら、順次このフレドリック国内で密かに活動を続けていた多くの反帝国組織との合流を果たし、最終的に首都に入る直前で先発隊と合流する事になる。
 合流地点を一箇所に定めなかったのは、万が一その情報が漏れ、狙い撃ちされた場合全滅を免れるためだった。犠牲は最小限に食い止めなければならない。そして――
 犠牲を恐れるわけにはいかない。
(だからこそ……)
 ウィルは胸中で嘆息した。脳裏に浮かんだ少女の微笑みに。
(だからこそ、彼女を先発隊に入れたんだ。彼女と同行者の実力を考えれば、多分本隊より、あっちの方が安全だ)
 犠牲を恐れるわけにはいかない。けれど。
(彼女は、必ず護って見せる。どんな事があっても)
 たとえ、彼女がどう望んでも。俺を拒絶したとしても。


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