CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 3 #15

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 港町セイル。レムルス王国において最大の海の玄関。
 だからと言ってそれが理由ではないだろう。帝国軍が――というかその残党が、レムルス王国領土における最後の決戦の地にそこを選んだのは。
 正直、ただ単に、適当に逃げていたらそこら辺に追いつめられてしまったように思える。

 ぺち。
「痛っ」
 手のひらで叩かれた額を押さえて、ユーリンはそう呻いた。実際呻くほど痛かったわけではないだろうが、不意をつかれて驚いたのだろう。
「何するんですか、隊長」
「並みだったらぶつって言っただろ」
 半眼でウィルは言い放った。寝起きのまま整えていなかった髪を、取り合えず適当にひっつめ直して馬車の外へ飛び降りる。
 眼前は丁度丘になっており、一段低いところに、白い町並みが見えた。その向こう側には、とてつもなく広大な青い水面が広がっている。白と青の境目に――即ち港に、何隻か帆船が停泊している。船さえあれば、セイルの住民が解放軍に不親切なわけはないから、確かに、渡航は可能かもしれない。
 町並みをよく見るが、人が動いている姿が見られない。帝国軍に占拠され、住民は家の中へ閉じこもってしまっているのだろうか。或いは――
「詳しい市内の状況は?」
「それが、まだ……市内には、ライラ様がおられるはずなのですが、そちらの安否さえ」
「聖騎士団……コルネリアス隊の元メンバーだったんだろ? だったらさほど心配する必要はないさ」
 何の根拠も無しにきっぱりと言い切って、ウィルは振り返った。馬車から顔を出しているディルトに向かって――ただ、視線は何となく合わせないようにしながら――言う。
「市街戦が予想されます。少数精鋭の方針で踏み込みたいと思いますが、どうでしょうか」
「ああ、そうだな。人選は任せよう」
 軽く会釈して、すぐにウィルは部隊の方へ向き直っていた。
「そうだな、コルネリアス隊から借りるか……」
 軍内で精鋭と言ったらこの部隊を外すわけにはいかなかったが、さすがにこれだけでは人数が足りないだろう。元々多くはないメンバーの半数は、レムルス城に留まらせて来たのだ。
 他はどうしようかと考えながら視線を巡らすウィルの視界の隅に、ぴょこぴょこと何か白い手のようなものが映っているような気がするが、彼は気にしない事にした。
「こらー、ウィルー! 見えないふりするなー!」
 幻聴までもが聞こえてくるが、やはりウィルは気にしない――と思い込む事にしておく。
「ちょっとぉ! 無視はれっきとしたイジメだよ! 人間として恥ずかしくないの!? ねえ、少数精鋭でこのあたしを外して考えようなんておかしくない!?」
「う・る・さ・いっ!!」
 叫びながら魔術でもぶちかましてやりたい衝動に駆られながら、何とかウィルは叫ぶだけに自制して、彼女――ソフィアの方を睨んだ。
「どういう状況かも分からないんだから、集団戦闘に慣れてる人間を派遣して、死角を作らないように行動したほうがいいだろうが」
「ブー。分からないからこそ多様な戦闘形態に対応できる人間の方がいいと思いまーす。素人じゃあるまいしそんな適当な話術にひっかかりませんー」
 べー、と舌を出しながら言ってくるソフィアに、ウィルは悔しげに舌打ちした。やはり彼女には、特に戦闘においては適当な事を言ってごまかすという手段は使えないらしい。
「まったく……! 好きにしてろ!」
「はーい」
 機嫌よさげに手を上げて、ソフィアは返事した。深々と溜息を吐きたい気分だが、そんな事をやって気を萎えさせるのも馬鹿げている。何事もなかったような表情をして、ウィルはソフィアから視線を外した。
「後は、ユーリンと重装歩兵隊もセイルの突入にあたれ。騎兵隊はコルネリアス将軍の指揮下で街を包囲し、敵の逃亡を防いで欲しい」
 と、後半はコルネリアスに向かって呟く。ウィルの指示に、コルネリアスは頷いた。いくらウィルの事を個人的に嫌っているとはいえ、彼は、おおよそ的確といえる軍師の指示に意味もなく反発するような人間ではない。根っからの騎士であり、プロの軍人なのである。
 まだセイル市内には距離はあるが、ウィルは声をあげた。
「突入作戦を開始する!」



「うーん……どう考えても無理よね」
 どことなく呑気な仕草でこめかみに人差し指を当てながら、髪を三つ編みで結った、若い女が呟いた。独り言のようだったが、右隣にいた、厚い鎧を身につけた、これもまた若い男が呟きを返す。
「それは俺達三人で帝国兵の残党一個中隊を倒す事が無理と言っているのか? ライラ。それとも、俺らがここから生きて出る事さえもが無理だと言っているのか?」
 女――ライラは、こめかみに当てていた指を、そのままの形で今度は頬に当てながら、その男の方を見る。
「逃げる事くらいなら不可能ではないわ。分かっているでしょう、ツァイト。いくら三人とは言え、レムルス王国において最強クラスの騎士、重装歩兵、剣士が揃っているんだもの」
「まぁ、な」
 自画自賛のような彼女の言葉を、しかしツァイトと呼ばれた男は疑わずに肯定した。それはれっきとした事実だ。疑うべくもない。騎士の国レムルスで若くして重装歩兵隊長の任についていたツァイト・スターシア――彼自身だが――。女だてらに聖騎士団に、それも当時最年少で入団したライラ・アクティ。それと、元傭兵、神速の剣士もいる。
 ただ、本当に逃げるのであれば今は亡き国王から賜った、この重装歩兵の鎧はさすがに捨てていかなければならないだろう事が、彼には残念でならなかった。
「それに」
 ライラがぴっと指を――さっきからずっとその形にしたままのその指を、前に出してくる。その指は、目の前のツァイトではなく、その後ろの壁に寄りかかるようにして立つ、別の男を差していた。
「もしかしたら戦うことも無理じゃないかも。ね、サージェン」
「ああ……」
 壁から背を離しつつ、彼は、左手を、腰に佩帯した剣の柄に触れさせる。神速の剣士、サージェン・ランフォード。剣を振るう事を幼いころから生業としてきた彼の、いつもの癖であるが。
「音が聞こえるな。近づいてきている」
「音?」
 ツァイトが聞き返す。生まれつきなのか経験の成せる技なのか理由は分からないが、このサージェンという男は、並みならぬ鋭敏な感覚器官を有している。
 まさかライラに、いくら軍内公認の恋人同士だとはいえ、彼と同じような技能が備わっているわけでもないだろうが、見ると、彼女も自信たっぷりに頷いていた。
「多分、そろそろ来てくれる頃だと思っていたんだけれど、サージェンが感知しているなら間違いはないわね」
 言いながら、ライラは、彼らが今迄いたセイル市内の裏路地を、街の陸側の入口に向かって歩き出した。
「お迎えに上がりましょう、私達の属する大陸解放軍のみんなを」
 言って、彼女は二人に向かってウインクを送った。



 ゆったりとした足取りで、彼ら大陸解放軍のセイル突入部隊は、街へと近づいていた。進入行動を隠密にするつもりはない。無意味に派手に突撃するつもりというわけでもないが。
 街には、それを取り囲んで城壁のような壁が作られている。いくつかある出入り口では、普段は街に入ろうとする者への簡単な審問が行われていたが、今はさすがに監視官の姿もなく、門も閉められていた。とはいえ、城塞のような鉄門扉とは根本的に作りの違うものなので、突破するのはさほど難しい事ではない。
「城門破壊用ハンマー、アルバート君は用意してあったな。城門前到着次第、工作を始めるように」
「……アルバート……?」
 当然のような口調で指示を出すウィルに、ソフィアはまともに怪訝な顔をする。ウィルは横目で彼女の方を見た。
「君だろ、道具にそういう名前をつけちゃうのは。頼むから名札までつけるのは止めてくれないか? みんな便利がってそっちで呼ぶんだ」
「便利ならいいじゃない。ていうかウィル、アルバート君じゃないよ。ハンマーはアルビレオ君。間違えたら可哀相でしょ」
「どっちでもいいけど……」
 なるほど表情の意味はそれかと納得しながら、ウィルは扉を見やった。ハンマーと言っても数人がかりで扱う、太い丸太のような代物である。それが打ち付けられるたび、見た目にも分かるほど木製の門扉は激しく軋む。後数回も打ち付ければ開くだろう。
「これってさ、ウィルが魔術でばーんとやっちゃえば一発なんじゃないの?」
「だろうな」
 ソフィアの問にさらりとウィルが答えるのと同時に、扉は叩き割られてその口を開けた。
「一応病み上がりだからさ、安静にしようかと思って。どの道たいした手間でもないし」
「戦いに出てきて、安静も何もないと思うけど。……それじゃ、これで戦う気なんだ」
 ウィルが腰に下げた剣を指しながら、ソフィアは面白そうに言ってくる。
「ま、そういうこと。たまには運動しないとな」
「あはは、よっぽど筋肉痛がこたえたってわけね」
 朗らかに笑うソフィアに、ウィルは苦笑を返した。
「それじゃ、行こうよウィル。……あっ、一番乗りしたかったのに!」
 開け放たれた(というか破壊された)門を次々とくぐってゆく重装歩兵隊を見て、ソフィアは声を上げていた。間を置かず走り出す。数歩行ったところで、彼女はウィルの方をくるり、と振り返ってきた。
「ウィルも、早く早くー」
 大声で叫んでくるソフィアに、先に行け、と手を振って示してから、ウィルは後方に目をやった。
 振り向いてみたところで、街の別方面出口を押さえる部隊に同行しているディルトの姿など、確認出来るはずもないのだが――
(……って、何を気にしてるんだよ、俺)
 馬鹿馬鹿しい。今はそんな事を考えている時ではないはずだ。
 『私は彼女を――』
 ディルトのあの台詞の後にどんな言葉が続いたとしても、俺には関係ない。
 思考を閉じるように、瞼を一回降ろして、一旦真の暗闇にその身を預ける。そうしてからゆっくりと目を開いて行くと、頭の中で立ち込めていた暗雲が晴れ渡っていくのが実感できた。魔術士としては当然の技能であるコンセントレーション法。無論やり方は人それぞれだが、ウィルは長いこと――この方法を教わってからはずっと、これでやってきた。
(教わった? 誰に?)
 一旦晴れたと思った頭の中に唐突に別の暗雲がやってくるのを感じて、ウィルは思わず舌打ちしかけた。
(そんなの……リュートに決まってるじゃないか。俺が得た知識は、全部あいつから教えてもらったようなもんなんだから)
 思い出すまでもないことを――
 溜息と共に吐き出して、ウィルは、交戦が開始した前線を鋭い視線で見据えた。


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