CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 2 #10 |
「真剣な馬鹿か君は! この爆裂暴走馬鹿!!」 「ああっ!? 馬鹿って二回も言ったわねー!?」 何が気に入らなかったのか激しく絶叫してくるウィルに、ソフィアは即座に反論した。 「馬鹿とかいう人は自分が馬鹿なんだって習わなかったの? それを二回も言うって事はウィルは馬鹿馬鹿よ!?」 「やかましいわ! 大体ディルト様もディルト様ですよ! 相手があと三グラムくらい脳みその重い奴だったら、死んでましたよ!?」 怒りの矛先を唐突に向けられて、ディルトはしゅんと肩を落とした。先程の威勢は幻だったかのように、指先をいじりながら、ごにょごにょと呟く。 「だって、ソフィアが掴まっていて……どうにかしなきゃって思ったら、何だか体が先に動いて……」 「脊椎反射で行動しないでください!」 すっぱりとディルトの言い訳を切り捨て、ウィルはもう一度ソフィアの方へ向いた。包帯と彼女の腕を取って、少し声のトーンを落とす。 「どうして君はそうやって敵の姿を見ると嬉しげに飛び出していくんだよ? いや、あれだろ。君的には遊んでるようなものなんだろ? 犬が投げた木切れを追いかけてくような」 「大体分かってるんじゃない」 しれっと言ってくるソフィアに、ウィルは、彼女の腕に巻き付けた包帯をぎゅっと締めながら、鋭い視線を向ける。 「あ。ウィル、痛い」 「……分かってるけど、小言くらい言いたくもなるんだよ! 掠り傷でよかったけど、怪我なんてして。君は自分の立場が分かってるのか?」 「大陸解放軍兵士。ウィルの部・下♪」 即答されて、ウィルは言葉に詰まったのか、考え込むように口許を手で覆って、沈黙する。そんな彼を、ソフィアは下から覗き込んだ。 「どしたの?」 「いや……」 呟いて、ウィルはソフィアの包帯の端をはさみで切った。折り込んでおくだけでは、ソフィアの事だから、すぐに外れてしまうとでも考えたのだろう、きつめに縛っている。 回復の魔術を操るシスターに頼めばこの程度の傷は一瞬で治るが、ただでさえ忙しい彼女の手を煩わせるほどでもない怪我の場合は、普通に手当てしておく事が多かった。とはいえ、総隊長自らが手当てするなどということは、異例だったが。 (あれ、そう言えば何でわざわざウィルがやってくれてるんだろ) ソフィアはそんな事を思いつつも、特に口には出さなかった。 「とにかくな、わざわざ自分から危険に飛び込んで行こうなんて考えないでくれよ。君は女の子なんだから」 「戦場で男も女も関係ないよ」 軽く言い放つソフィアの瞳をウィルはちらりと見た。一瞬の事だったので、ソフィアにはその瞳からウィルの感情は読み取れなかったが。残りの包帯とはさみを箱の中に片付け、それを持って立ち上がる。無言で彼が去ろうとしたので、ソフィアは気になって、呼び止めた。 「ごめん、何か気に触った?」 「……いや?」 振り向いた彼の顔からは、先程まであらわにしていた怒りの表情すら、既に消えている。 ソフィアはよく分からないと言いたげに首を傾げていたが、横から見ていたディルトは複雑な表情で二人を見詰めていた。 かくしてレムルス王国は駐留していた帝国軍を撃退し、いち早くアウザールからの解放を宣言した。 レムルス解放の立役者である解放軍の騎士達は称えられ、王子ディルトの王都帰還を国民は熱狂的に迎え入れた。そしてこのまま、王子は国王位につき、戦災や、この六年間の悪政で多大なダメージを受けたレムルスを立て直してくれるものと、軍内も含め、誰もが疑ってすらいなかったのだが―― 「最短ルートは『魔の山』シュワヴィテ山越えだな」 何やら地図を広げながら言うディルトに、ウィルは眉根を寄せた。 「何のことです?」 「アウザール帝国首都に向けてだよ。このレムルスからアウザールに向かうには、山越えか海路しかないだろう。海路を取ろうにも、このレムルスには戦艦はないし、何より大回りになりすぎてしまう」 「何を言ってるんですか……?」 本気でディルトの言う事を分かりかねて、ウィルは再び問い返した。と、ディルトも同じような不理解の表情で答えてくる。 「だから、我々解放軍の進軍ルートだ。……もしやウィル、レムルスを取り返して終わりだと思っていたのではないだろうな?」 「いや、あなたはレムルスの王子なんだからそれで終わりでいいんじゃ……」 「いいわけなかろう」 ふん、と鼻息を荒くして、ディルトが言い切る。 「いいか、我々は『大陸解放軍』だ。レムルス奪還はひとつの節目なのだ。その真の目標はアウザール帝国を打ち倒し、この大陸を解放することにある。……と最初から言っていなかったか?」 「方便だとばっかり思ってました」 「……まあ、いいが、とにかく我々はだな……」 「この国はどうするんですか?」 半眼で呟くウィルに、ディルトはきょとんとした眼差しを向ける。 「このボロボロのレムルス放っておいて、戦争やりに行くなんて誰が許すんですか。コルネリアス将軍とかが聞いたら卒倒しますよ。大体俺、あの人いやなんですから。何か文句あるとディルト様にでなく俺に言ってくる。ディルト様がそう言って怒られるのは俺なんだから……」 「ああ、それなら問題はない」 ディルトはいたって気楽な調子である。 「まず、政治の件だが、宰相らに話はつけてある。コルネリアスのように代々王家に仕えてくれている有能な者たちだ、国の事は任せきっても大丈夫だろう。で、コルネリアスの方だが……」 と、急に何やら寂しげな表情を作る。 「もうとっくに卒倒したし」 「……言ったんですか」 頬の筋肉を引きつらせながら、ウィルが呻く。ディルトは窓枠に手をかけ、どこか遠くを見やりながら、 「いや、本気で倒れるとは思わなかった。反省はしているんだ、これでも」 「気のせいだと嬉しいんですが、何だかソフィアに似てきましたね、ディルト様……」 「そ、そうか?」 誉め言葉で言ったつもりは決してないのだが、ディルトは気分を害した風もなく――どういう訳か心なしか顔を赤らめているようだった。 (……何だ……? その反応は……?) いまいちよく分からないが、大した事ではないだろうとウィルは気にしない事にした。 「とにかく、今日明日に発つという話ではない。ここの所戦い詰めだったからな、しばらくはここでゆっくりと休息を取ろう」 にっこりと微笑んで、ディルトが言う。意志だけは無意味に強固な――この辺りもソフィアと似ていると思う所以であるが――この青年の説得は不可能だということを悟って、ウィルは大きく嘆息した。 |