CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 2 #09

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「ご苦労だった、ウィル、ソフィア。そして、コルネリアス将軍以下我が騎士たちよ、無事で何よりだ」
 レムルス王国首都レムン。その中心部にあるレムルス王城前――
 そこへ僅か数時間の遅れで本隊と合流したウィルとソフィア、そしてコルネリアス隊の面々に、ディルトは労いの言葉をかけた。コルネリアスが、深々と首を垂れる。
「勿体無きお言葉です、ディルト王子。しかし、国王陛下より賜った部下達を失ってしまい、申し開きのしようもございません」
「気に病むな。あなたはよく頑張ってくれた。先の戦闘以降、ほとんど休息も取っていなかろう、しばし休むがいい」
「はっ……」
 再び一礼して、彼は自分の隊を引き連れて退去する。しかし、ウィルとソフィアはその場に残っていた。
「ウィル、ソフィア。君らも休んでいていいぞ」
「いや、いいぞって言われても……こんな所でですか?」
 言って、ソフィアはすぐ目の前と言って差し支えない位置にそびえる城を見あげた。
 豪奢にして強固な石造りの城である。ディルトにしてみれば、約六年ぶりに帰還した、自分の住まいということになる。巨大な城門は、固く閉ざされている。その前に、仮説のキャンプを張っているのだった。
「篭城……?」
 眉をひそめてウィルが言う。この状況なら、そうなのだろう。だが、圧倒的有利とは言わないにしろ、対等以上に戦えるだけの戦力を持ちながら、篭城などするだろうか。
 それに、いざとなればアウザール帝国本国より増援を送ってもらう事だって出来るはずなのに。
「……確かに不自然な部分はあるが、これと言って動きは見せていない」
「そうですか……」
 ふむ、と考え込む。敵の真意、この状況で篭城する事によるメリット――考えられるだけ考えて。
「それじゃ、二時間後に突撃しましょう」
「干さないの?」
 と、ソフィアが言ってくる。確かにこのまま、後しばらく敵を城の中に押し込んでおいて、弱ったところを叩く方が戦略的に正しいのだが、ウィルは首を横に振った。
「増援を待つ時間稼ぎの可能性がある」
「……なるほど」
 ディルトもソフィアも納得したように頷いた。
「ならば、正攻法だな。二時間後に、城門を爆破し、進入を開始する」
 ディルトは即座にそのように伝令を出した。



「どういうことなんだっ!」
 悲痛ともいえる叫び声をあげて、男は、アウザール本国から伝書鳩を使い送られてきた書状を、目の前の兵士に対して叩き付けた。
「カ、カリム将軍、お気を静めて……」
「これに落ち着いていられるか!」
 更に頭に血を上らせ、わがままな子供のように地団駄を踏み鳴らす。カリム将軍と呼ばれた男――将軍にしてはまだ若い、四十前半の中年だが、その彼が今の地位にいるのはひとえに家柄のお陰だ――は、絶叫した。
「援軍は送れない、だと……!? 皇帝陛下は、私に玉砕せよとおっしゃるのか!?」
「将軍、まだ我らの軍は、反乱軍と対等以上に戦える戦力を残しております! それに、『魔の山』付近に駐留する魔術士隊に連絡を取りつけてみました。援軍は、来ます!」
「対等以上だと!? 今迄ずっとそう考えられていたのに、この様は何だ!? それに、皇帝陛下の意志に逆らってまで、援軍が来るというのか!?」
「そ、それは……」
 口篭もる兵士を見て、カリムは苛立たしげに爪を噛んだ。
「くっ……皇帝……いや、あの青二才めが……! この私を……この私を……!」
 ――呻くのと同時に――
 ごうんっ!
 爆音が、城を揺るがした。
「申し上げます、反乱軍が、突入を開始いたしました!」
「くそおっ!! 全軍出ろっ! 何としても私を護れっ!!」
 あまりにも悲痛すぎて、逆に喜劇のような絶叫が、その広間にこだましていた。



「重装歩兵隊、このまま城中央廊下を前進、その他の歩兵は、敵を袋小路に追い込んで確実にしとめろ!」
 今は敵城ではあるが、古株の騎士団員からしてみれば勝手知ったる自分達の城である。かつては城内での戦闘を想定した訓練もこなしていたのだろう。言われるまでもないというように敵を追いつめてゆく。
「さすがだな、コルネリアス将軍の隊は」
 これほどまでに的確に指示が通るようになったのも、コルネリアス隊に所属していた騎士たちが、他の経験の浅い騎士たちの前に立ち、細かく指図を与えてくれるからである。当然だが、コルネリアスは本隊合流と同時に、ディルトの――実質的にはウィルの――配下となっている。
「当然だ。コルネリアス隊は、我がレムルス騎士団の第一隊であり、亡き父の専属騎士団でもあったのだから」
 胸を張ってディルトが言う。ついでに、前線に出ているかと思いきや何故かこんなところにいたソフィアがぼそりと、
「ていうか、それにかこつけてウィルの指示がとっても大雑把」
「うるさいなぁ、いいじゃないか。君こそ何でこんな後ろの方で怠けてんだよ」
「城内がどうなってるのかなんて分からないんだもの、あたし」
 気楽に言ってから――ソフィアは唐突に前線の方を見る。
「……とか言ってる場合じゃないかもね。あたし、やっぱり行くわ」
 そして、走り去っていくソフィアの姿をウィルとディルトが訳も分からず見送って数秒――何かが崩れるような轟音が城内に響いた。

 人込みをかき分けるように走ってきたソフィアが、最前線に出たときには、まだその場から白い埃だか煙だかが立っていた。それが起こる瞬間、見えたわけでも聞こえたわけでもないが、分かったのだ。
「魔術士……」
 廊下の突き当たり――おそらく謁見の間の扉の前に陣取る二人を見て、楽しげな口調でソフィアは言った。
「ちょっと、どうしよう、ソフィア、魔術士なんてっ……こんな所で魔術士となんて戦えないよっ」
 最前線で指揮を執っていたユーリンが手足をぱたぱたと振りながら――重い鎧を着てよく出来るなとソフィアは感心するが――慌てた声を出す。部隊全体も、彼女の動きに従い前進を止めていた。
 ユーリンの狼狽ももっともである。魔術士を、魔術を使わない人間が倒すのには、ひとつコツがある。接近戦を挑めばいいのだ。呪文を唱え、精神集中して魔術を紡ぎださねばならない上、強大な力の制御に全力を使わねばならないため、魔術士の攻撃の前後には隙が生じ易い。至近距離では一瞬といえどもその隙は致命的である。
 だが、接近を許されない場合――例えば今のように見通しのよい廊下で真っ正面から対峙している場合など――、普通の武器による攻撃よりはるかに攻撃の間合いが広く強力な魔術に、それを持たない人間が対抗する手段など、ないのだ。
「もっとみんなを下がらせて。あれは、紋章魔術士だわ。もっと広い範囲まで攻撃を仕掛けてくるよ」
 ユーリンに囁く。対峙する魔術士の足元には、蒼色で描き出された複雑な魔術紋章があるのが見える。
 こういう場面では、さすがにコルネリアス隊も対処法を思い付かないようだった。他の兵士たちとともに下がり、魔術士の方を困ったように見詰めている。
「ねえ、どうしよう……」
 ソフィアは、ユーリンの声には答えず、目算で距離を測っていた。
(約五十メートル……六秒ね)
 魔術士の攻撃のタイムラグを考えれば、二人のうちどちらかの元に走りつくまでに各一撃ずつ、そして、一人を倒している間にもう一方から一撃の計三回攻撃のチャンスを与える事になるが――
(いける!)
 そう確信し、ソフィアは走り出した。
 魔術士達は、攻撃の射程範囲内に入るな否や、魔術を放ってきた。そろそろ見飽きてきた感のある雷の魔術だが、二人が同時にソフィアのいる地点を狙ってくる。それも、故意に少々タイミングをずらして。
(連携ってものが、分かってるじゃない!)
 戦慄のような快感を覚えながら、ソフィアは左方向に跳んだ。向かって左側の魔術士を狙って、一直線に走る。魔術士は二人とも慌てて再び呪文を唱え始めた。ソフィアが左側の魔術士に肉薄した瞬間。
 右側の魔術が完成した。

 どすっ……
 重い音を立て、倒れたのは、今まさに魔術を放とうとしていた魔術士の方だった。ソフィアの投げた槍が腹に突き刺さり――と言っても石突きの方を投げたので、悶絶しただけだろうが――そのまま倒れ込む。思わず魔術の発動を中止した左側の魔術士にも、その隙にみぞおちに一発当て身を入れて、昏倒させていた。
「ふう♪」
 気絶した魔術士二人を足元にし、爽やかに汗を拭いながらふとソフィアは、どういう訳か、遠巻きに唖然とした視線で自分を見る仲間の姿に気づいた。
「えっ……? な、なに?」
 その視線の意味が分からず一瞬うろたえる。と――
「ソフィア、やるぅ!」
「すげえぞ姉ちゃん!」
「よくやった!」
 どっと歓声が沸き起こった。
「いやぁ、参っちゃうなー」
 わいわいとはやし立てられる声に、ソフィアはまんざらでもなく、照れながらも応える。愛想よく手を振り上げようとした刹那――
「そこまでだ!」
 勢いよく開けられた扉の内から発射された銀光が、ソフィアを射抜いていた。

 じわり……
 そう、音がしたわけではないが確かにそのように血のにじみ出てくる腕を押さえ、ソフィアはゆっくりと後ろを振り返った。
 矢の装填されたボウガンをこちらに向けて構える十数人を左右に配置し、扉の中から現れた中年を見やる。他の兵を従えて謁見の間から出てきたということは、この中年こそが帝国本国からレムルスに派遣された将軍か何かなのだろう。彼は血走った目でソフィアを見下ろしていた。何をそれほど焦っているのかソフィアには分かりかねたが――唾を飛ばすかのように叫んでくる。
「その体に風穴を開けたくなければ、抵抗しない事だ!」
 ソフィアは無表情のまま、その言葉に従った。彼女の首筋に剣を突き付け、ぎらぎらと視線を当たりに這わせながらその男は言う。
「分かっているな!? この女の命が惜しくば、無駄に抵抗はするな!」

「ソフィア!?」
 と、声を上げようとして、ウィルは何とか踏みとどまった。ソフィアが走り出してすぐに前線の方で何か――おそらく魔術によるものだろう――音がしたので心配になって追ってみれば、どういう訳か彼女は男にボウガンと剣を突きつけられている。どういう経緯かはよく分からなかったが、要求だけは理解できた。ソフィアを盾にこちらの動きを封じようというのだろう。
「正気か……? たった一人の兵士の命と皆の命を、天秤にかけられると思っているのか?」
 半ば呆れたようにたまたますぐそばにいたコルネリアスが呟くのを耳にして、ウィルはこっそり息を吐いた。
(俺も……そう言うべきなのかな)
 大陸解放軍軍師の立場としては、迷わずにそう言うべきなのだろうが。
 しかし彼にはそれを言いだす事ができなかった。しかし、このまま放っておいても事態は好転する事はないだろう。何かを思い付いたわけでもないが、とにかく何かを口に出そうと顔を上げた時。
 やはり彼と同じようにソフィアの後を追ってきたらしいディルトが、ウィルを手で制した。兵士の間を擦り抜けて、一番前に出る。
「婦女子を盾にするとは恥知らずな卑劣漢め……その手を放すのだ!」
 正面を睨み据え臆することなく言い放つディルトに、男は一瞬怯んだ様子を見せる。が、不敵な――と演出したいのだろうがどう見ても引きつっているようにしか見えない――笑みを浮かべ、ディルトを見やる。
「その容貌……貴様がレムルス王子ディルトだな? 何を甘い事を言っている。戦争というものが分かっていないようだな」
「そのような台詞は、卑怯な手段を使わず、正々堂々と戦える勇気を持ってから言うといい」
「なにをっ!」
 男は顔を紅潮させるが、ソフィアに危害を加えるような真似はしなかった。その男の性格――かなりの小心者だと、ウィルは読んでいた――から考えて、自ら最後の命綱を切るような真似はしないだろう。
「ま、まあいい……では王子よ、それだけの大層な物言いが出来るというのであれば、よもやこの女を見殺しにしたりはせんだろうな?」
 早口で問う男に、ディルトは答えなかった。ただ、無言でその足を前へ――その男、いや、ソフィアの方へ進める。
「どういうつもりだ、来るな、止まれ、止まらんと撃つぞ!」
 武装も何もしていない、一人の青年に対し、男は情けない叫び声をあげていた。無様に焦る男とは全く対称的な、優雅な仕草でディルトは自分の胸に手を当て、言い放つ。
「撃つがいい。彼女の代わりに、私の命をくれてやろうと言っているのだ」
「なっ……!」
 叫んだのは男だけではなかったようだ。解放軍側でもほとんど同じような声が上がる。驚きのあまりか、口を開けてディルトを眺めていた男だったが、はっと気が付いたように、横のボウガンの射手に顔を向ける。
「何をしている、う、撃てっ!」
 命じられて、ボウガンが一斉に、ソフィアからディルトに狙いを変える。
 瞬間。
 ふわり、と、羽毛のように軽々と――ソフィアに剣を突きつけていた男の体が宙に浮いた。
「え?」
 そんな呟きだけ空に残し、その体はソフィアの上を弧を描くように回転し、受け身すら取れず強烈に背中から落ちる。
 説明してみればただ単に、ソフィアは周りの注意が自分からディルトに向いた瞬間、男を投げただけにすぎないのだが、両翼の射手はそれを瞬間的に理解する事は出来なかったようだった。
 男を背負い投げした体勢から伸び上がり様のソフィアの裏拳が、丁度――というか運悪くというか――すぐ両脇にいた二人の顔面を強打し、同時に声もなく崩れ落ちるのを見て、残りの射手が、喉から悲鳴を絞り出す。倒れた二人が、耳と言わず鼻と言わず、顔中の穴という穴から赤黒い液体を垂れ流しているのに驚いたのだろう。それでも彼らのうち、なんとか怖じ気づかなかった数名のボウガンがソフィアの方に狙いを戻すが――
「阿呆かあぁぁ!」
 呪文――ではないが――と同時に解放軍側から飛来したきっかり人数分の白光に直撃され、ことごとく同じように崩れ落ちていた。
「……ナイス連携、ウィル!」
 腰に手を当て、あまつさえ親指を立てた手をこちらに示してくるソフィアを――
 先程よりも少々長い沈黙が続いた後、先程の数十倍の大歓声が包んでいた。


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