CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 1 #03

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「今回の作戦を説明する」
 王子と、軍師の待つ一室に召集された三人の若い騎士は、ウィルの声に緊張を増したのか、揃って肩に力を入れていた。ウィルとしては畏まる彼らに付き合って、手を腰の後ろに回し胸を張って大仰な態度を示してやってもよかったのだが、柄でないので止めておいた。いくら形だけを作ってみた所で、毎日同じ鍋から食事の争奪戦を繰り広げている同志に変わりはない。
 彼は適当に手を振って三人の顔を上げさせた。彼らが緊張するのも無理はないということは、分かっていた。この三人は、今年学校を出たばかりの新米士官たちだった。それぞれ優秀な成績を収めたという事らしいが、実際に戦場に立つことが今迄にあったわけではない。訓練がてらに近間に巡視に出るくらいならあったが、そこで本格的な戦闘を経験したという事も、確かなかったはずである。
 たいして年齢の変わらない部下たちの顔を見回しながら、ウィルは、一軍の軍師に相応しい物静かな声音で、作戦を告げた。
「出撃と同時に南下を開始、敵軍本拠地を制圧。以上」
「当たり前じゃない」
 間髪入れず、ソフィアが突っ込んでくる。
「作戦よ。作戦タイムよ。軍師殿。オッケー?」
「肩の力をほぐすためのちょっとしたジョークだろうが」
 反駁もそこそこに――なぜなら怖いから以外に他ならないが――ウィルは騎士へと向き直る。
「クリス・シュトラウス、エルンスト・ヴェルダー。歩兵隊を三、一に分けてして城の左右から、森の中を通過する経路で進軍。騎兵隊は更にその裏を通る形で森を迂回。ユーリン・スターシア。君の率いる重装歩兵隊は正面から敵軍に突撃する。但し、合図があるまで待つ事」
 それを聞いてソフィアが眉を寄せた。騎士たちも、さすがに新兵とは言え士官学校卒のエリートだけあって、その方法の危険さになんとなく気づいたらしく顔を見合わせたりぽかんと口を開けたりと、驚きだか呆れの表情を作っている。
「騎兵隊は、いいの?」
 ソフィアが慎重に聞いてくる。森を迂回させる――つまりは敵との戦闘を回避させるのでいいのかということである。兵力に余剰はないのだ。だが、ウィルは当然、と言うように頷く。
「それでいいんだ。伏兵を、森から平地に追いやるように仕向ける。その間に騎兵隊は裏に回りこむ。で、追い立てた部隊は囮部隊と一緒に、叩く。背後からは騎兵隊、前方からは重装歩兵、左右からは歩兵隊。気持ちよさそうだろ?」
「それが上手くはまれば気持ちいいだろうけど……」
 眉を寄せながらも、ソフィアは笑っていた。かなり怪しげな戦法ではあるが、戦いを直前にしてこの戦士の少女はうずうずしてきたらしい。未だ慎重派の意見を通すのは騎士たちだった。
「えーと、あの、隊長、いいですかぁ?」
 緊張した面持ちながら、それが地声の少し間延びした口調で、この騎士たちのうちただ一人の女性が挙手する。
「どうぞ、ユーリン」
「あのー、歩兵隊、三、一に分けたら」
「それぐらいで当たれば、騎兵隊が抜けても数で勝るだろ、三の方は。あ、ソフィア、三の方行けよ。元傭兵組はそっちに全部投入すること」
「ってそれ、一の方は捨てるって事ですかぁ!?」
 元々、彼女が言おうとしていた意見は、「三、一に分けたら一の方はどうなるんですか」というものだったのであろう。予想以上の強烈な返答をされ、彼女は目を真ん丸に見開いた。残り二人の騎士も、声を上げる。
「そんな! す、捨て石にするなんて酷くないですか!?」
「騎兵隊も含め皆で真っ正面から行けば、そんなことはしなくても!」
「あーうるさいうるさい。決定事項だ」
 ひらひらと手を振って、ウィルは騎士たちの意見を跳ね返した。まだ何か文句があったようだが、自信満々の表情でいる王子付きの軍師にそれ以上意見できるほど、彼らは経験を積んでいなかった。渋々と、口の中で何事か呟きながら声を引っ込める。
 と、ウィルの視界の範囲ぎりぎりの場所で、おずおずと上がる手を彼は見つけた。
「はい、ディルト様?」
「私は?」
「城でお留守番」
 完全無欠に邪魔物扱いされ、ふ……と、遠い視線で明後日の方を眺めている。ショックはショックなようだが、黙ってその言葉を受け入れているところを見ると、さすがにこう言われることくらいは想像が付いていたらしい。
 皆が一様に暗い表情を浮かべる中、ウィルは、肩を竦めるように揺らした。
「心配するなよ。こんな戦いで消耗させるつもりなんかないさ、俺だって」
 不敵な笑みを浮かべるウィルに、三人の騎士たちは、安堵とまではいかないまでも、何か策があるのだろうとほのかな期待を寄せる表情にはなっていた。彼らとウィルを気楽そうに眺めているソフィアは、元々、不安の欠片もなさそうな表情をしていたが。
「ウィルは、どうするの?」
 その彼女が、小首を傾げてウィルに問いかけてくる。彼女の、薄い茶色の瞳を楽しげに見詰め返しながら、ウィルは言った。
「俺は、一の方。……さて」
 君主の方を、彼は振り返った。
「ディルト様。大陸解放軍がその名を大陸全土に知らしめる記念すべき戦いです。号令を」
 肯いたディルトのその顔からは、先ほどまでの情けない表情は消え、普段の通り王者の精悍さだけを残していた。
「勇敢なる騎士達よ。帝国の軍とはいえ、我らが今から対するのは辺境の一隊に過ぎぬ。恐れるべき相手ではない。この戦いに勝利し、大陸開放の道標とするのだ!」

 光の王子の高らかな声が、聖戦の幕開けの号砲となった。


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