CRUSADE〜The end of "CRUSADE" Chapter 1 #01 |
第1章 聖戦の幕開け エル……フィーナ…… 「……誰それ?」 呟いたつもりもない呟きに、思ってもみない返答――と、果たしてそれがそう呼べるものだったかどうかは置いておくとして――を返され、思わず青年は目を開けた。窓越しに、朝の光が差し込んでくる。白く照らし出された、見慣れた自室。そして、ベットの上で目をしばたいている彼を見下ろす少女が一人。 「朝だよ、ウィル」 「うわっ!? ソ、ソフィアっ!?」 素っ頓狂な声を上げ、彼は――ウィルは、比喩でもなんでもなく、言葉通りに飛び起きた。咄嗟に、恐怖におののく子供のような仕草で、自分が今まで掛けていたシーツを両手で抱え込む。 「なっ……なっ……」 「……そんなに息詰まらせて驚くほどのことじゃないでしょうが」 呆れたように目を丸くする少女が、ほっそりとした指で自分の長い髪を襟足の辺りから指で梳く。何気ない仕草に遊ばれたその淡い色の髪はあたかも光を吸収、拡散する物質であるかのように、見事に窓から注ぐ白光に煌いた。 思わず見とれそうになるのをウィルは何とか堪え、吐く息を反論として声にする。 「驚くよ! 朝、目を覚ましたら自分の部屋に女の子がいるなんてさ。鍵だってちゃんと掛けといたのに」 「かかってたわね」 「かかってたわね、って……それより、一体何の用だよ」 「なかなかウィルが起きてこないから起こしに来たのよ。今日は朝イチでミーティングをするって昨日ディルト様が言ってたじゃない。もっとも、それじゃなくたって、軍師のあなたが一番最後まで眠ってるってゆーの自体問題あるんだけど」 「うっ……」 ちらり、と横目で睨まれて、思わず目をそらす。しかしこれ以上彼女は何かを言うつもりはないらしかった。なんとなく、背中に冷や汗のようなものが流れるのを感じながらウィルは口を開く。 「……ま、まあ、それはだな、人間、誰しも悪癖の一つもあるもんで……」 「…………」 「い、いや、そういう訳で悪いってのはわかってるんだけどね、でも俺ってちょっと低血圧で……」 「…………」 「朝って……ちょっと弱くって……」 「…………で?」 無情なほどの沈黙。終始穏やかな――しかしその裏にそこはかとない凄絶さを感じるソフィアの笑みの前に、とうとうウィルは白旗を振った。 「すみません。言い訳でした」 「分かればいいわ。んじゃ、はやいとこ支度して、広間に来てね」 存外あっさりと彼の降伏を受け入れて、ソフィアはひらひらと手を振りながら部屋を出ようとした。が、部屋の扉のところで一度、彼の方を振り返る。どうやら、彼女の後ろ姿を呆然と眺めていた視線に気がついたらしい。 「? ドアの鍵なら、壊してないよ」 「……いや、そうじゃなくて……何でもないよ」 「変なの」 微笑みを残し、彼女の姿は扉の向こうへと消える。軽い音を立て、しかし確実に扉が閉まったということを確認してからウィルはベッドに座り込んだまま、膝に肘をつき、俯いた。口許から零れるのは、疲れきった溜息と、苦笑――いや、微笑か。どちらにしろ彼自身意識したことではなかったし、また、そのどちらであったとしてもどれほどの違いがあるというものでもない。少なくとも、彼の中では。 と、不意に再び扉が開く。ほんの少し開けた扉の隙間から顔を覗かせてきたのは、これまた再びソフィアだった。 「ちなみにどうやって鍵開けたか、聞きたい?」 「別に」 きっぱりと言ってやったはずなのに、彼女は聞き入れた様子もなく、嬉々として手に持った針金を見せてくる。 「ウィルの部屋専用鍵開け針金その名もエスパシオ君。先っぽのこの辺りの曲がり具合が丁度ウィルの部屋の鍵穴にジャストミート」 「勝手にそーいうもんを作んな」 やはりかけらもこちらの言うことを聞いたそぶりを見せず、ソフィアは嬉しそうに去って行った。 大広間には既に、この城にいる人間のほとんどが集結しているようだった。これだけ多くの人々が集まっているにしては静かな、小波のようなざわめきが起きている。しかし、彼らの視線は、ただ一点、彼らの真っ正面に恭しく据えられている玉座と、その玉座に座する人間に釘付けになっていた。我らの偉大なる統治者、輝ける王子よ――人々の祈るような呟きが、ざわめきとなって広間を包んでいるのだった。 実際、光の王子と呼び慣らされ、人々に畏敬の眼差しを惜しませないその人物は、そう呼ばれるに相応しい姿をしていた。絵に描いたような金髪碧眼。精悍で、かつ端整な顔立ちは、誰にでも彼が由緒ある家柄の血を引く人間であると納得させることが出来るだろう。無論、その容姿だけで彼が今この立場にあるのではないというのは言うまでもないが。 (俺じゃ、ああはいかないもんだよな) 何となく陰鬱な気持ちで、ウィルは腕組みなどをしながらぼんやりとその様子を眺めていた。頭をぽりぽりと掻くと、起きてからろくに整えてもいない髪は、当然ではあるが、更に乱れてきた。もう何年くらい切っていないだろう。自分でも呆れるほど長く伸びたダークブラウンの髪を無造作に束ね直し、溜息を吐く。そうしてから、ようやく決心がついたように、前へと向かって歩き始めた。 「遅くなりました、ディルト様」 「おはよう、ウィル。今日も寝坊か?」 程なく、玉座の前へ到着し一礼したウィルに、光の王子ディルトは、その呼称とはおよそ釣り合わない気さくな口調で返してきた。からかうような笑みに、ウィルも、首の後ろを掻きながら、困ったような笑みを漏らす。 「ええ、まあ。……すみませんでした」 「気にすることはない。どうせまだ、配給係の兵が仕事を終えてないらしく、始められなかったのだ。……うむ、揃ったか?」 濃紺のマントを翻し、優雅な仕草で彼が立ち上がる。たったそれだけで広間を支配していたざわめきが、消えた。ウィルはいつもの立ち位置――玉座の向かって左側、一歩下がった所に収まった。 「アウザール帝国が諸国に侵略を開始してからはや六年の月日が過ぎ去った」 広大な空間に、透き通った声が響く。詩を吟ずるような、ひとことひとこと語り掛けるような、光の王子の言葉。 「帝国領土に程近いローレンシア王国を壊滅せしめた彼奴等は、それを手始めとし同盟国であった聖王国ヴァレンディア、そして我らが故郷レムルス王国を滅ぼした……」 誰もが知っている事実を淡々と述べているだけにもかかわらず、沈黙が人々の間に落ちる。その場にいる人々全てが――元々レムルス王家に仕えていた騎士達はもちろん、今は戦火に家を焼かれ、若しくは帝国の迫害から逃れてきた一般市民も多く、この城に居着いている――若者も、老婆も、手を固く握り締め、食い入るように彼らの王子の一挙手一投足を見守っている。 しかし、そんな落とした針の音さえ拾うことの出来るような雰囲気の中、唯ひとりウィルは、誰にも分からないようにあくびを噛み殺していた。こっそりと、玉座を挟んで反対側に彼と同じようにして立つソフィアに囁きかける。 「……ディルト様、この話を始めると長いんだよねぇ……」 「もう、静かにしてなさいっ」 予想の通りにお叱りの言葉を賜って、軽く肩を竦めて見せる。そんな後ろのやり取りなど気づいた風もなく、ディルトは朗々と言葉を続けていた。 「それから長きに渡り我々は抵抗する事すらままならず、屈辱の生活を強いられ続けてきている。しかしこれも今しばらくの辛抱だ。我々レムルス王国騎士団が中核をなす勇気ある者が集いし解放軍は、着実にその力を貯えてきている!」 熱の篭ったディルトの声に応えるように、歓声が沸き起こる。 「いかに帝国が強大といえども、団結した我々の力を持ってすればかなわぬ敵ではない! 我、レムルス王太子ディルトの名の下に勇気と正義の力を世界に示すのだ!」 割れんばかりの歓声。口々に彼らの祖国を、彼らの王子の名を称え、叫ぶ。ディルトが高らかに手を振り上げてそれに応じ―― 大地を抉るような轟音と、それに伴う振動が広間を揺るがしたのは、丁度その時だった。 「何事だ!?」 極度の緊張を纏った、しかし決して怯えや怖れの影は見えない王子の声に、たった今彼の前に駆けつけてきた兵の一人が返答する。 「申し上げます! 南のトゥルース城に駐留していた帝国の部隊が、この別城に攻撃を仕掛けて参りました!」 「何と!」 ディルト王子の驚愕の声を耳にしながら、ウィルは静かに報告の兵士の前へと進み出た。仕えるべき君主を差し置く形になるが、しのごの言ってはいられない。 「今の攻撃は何だ? 敵の部隊の規模は?」 上官の詰問に兵士は額に冷や汗を浮かべながらも、答える。 「お、おそらくは投石であるかと。しかしながら敵軍の規模の詳細は不明で……」 が、その声は目の前の男――自分の上司が目を針のように細め、頬をひくつかせるという表情をすると尻すぼみに小さくなっていった。 「投石? お前ら、あんな馬鹿でかい機材を転がして接近してくる敵に気づかなかったってのか?」 普段さほど低い声質ではないウィルが出す、唸るような声音に、鼓膜だけでなく身体すら震わされ、鎧に身を包んだ兵士が縮こまる。そんな青年をびし、と指差し、ウィルは容赦ない宣告を浴びせ掛けた。 「減俸三ヶ月」 「あうううう……」 ひざまずいて涙する兵士は放っておき、ウィルはディルトの方を振り返る。こちらが何か言う前に、彼は力強く頷いた。 「これも、機は熟したという神よりの御言葉に相違なかろう」 ディルトはすらり、と腰の剣を抜き放ち、目の前に掲げた。白銀が日を照り返し、鮮烈な輝きを放つ。 「全軍に伝令せよ。これから我らは帝国軍と戦闘を行う。それに勝利した後に、反帝国の旗を掲げ、帝国首都カーリアンに向け進軍を開始する!」 |