女神の魔術士 Chapter2 #1

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第2章 聖夜の恋のモノガタリ


 しゃんしゃんしゃん、と鈴が鳴る。
 年の瀬も迫った夜の街は吐く息が白く凍るほど寒いというのに、そこを歩く人々の顔は一様に明るく暖かそうだった。大通りを歩む人々は、その多くが輝いた瞳で飾りたてられた街路樹を見上げていた。枝々には色とりどりの鈴や、星や雪の結晶の形をしたオーナメントが吊り下げられ、その隙間を縫い合わせるようにして魔術で灯された小さな明かりが見え隠れしている。見る角度によって表情を変える輝きを仰ぎながら歩けば、あたかもまたたく星々の間を散歩しているかのようだった。コートを着ていても身を刺してくる気温ではあったが、国で有数の規模を誇る聖誕祭が実施されるこの街には毎年、近隣の街はもちろん、馬車で一週間もかかるような場所からわざわざ訪れる観光客も多いと聞く。
 そう――
「みんな、考えることは一緒なんだよなあ」
 ホテルのロビーにあるソファーで足をぶらつかせながら、ウィルは一人、呟いていた。一人、とは言ってもそのロビー自体には、通りと同様多くの人で賑わっていたのだったが。ホテルにとっては年に一度の書き入れ時の夜の宿泊客は、愛する人と二人きりで燃える一夜を過ごそうと目論む恋人たちも多かったが、その恋人たちの成れの果てと思しき家族連れも負けずと多く、ロビーはかなりのざわめきに満ちていた。
 そのざわめきをかき分けるようにして、小柄な人影がウィルの前に現れる。
「ダメだわ、ウィル。ここも満室」
 眉を寄せて唇を尖らし、心から残念そうな表情を作って、問い合わせの結果報告をするソフィアにウィルは苦笑した。
「そりゃあねえ。言っただろ。この時期のこの街は、どのホテルも半年前から予約が埋まってるんだって。予約なしじゃ、百件飛び込んだって無理だよ」
 旅を続ける二人が丁度この近辺を訪れたのは二日前。聖誕祭にはどこの街でも大なり小なり祭が催されるものだが、中でもこの街が有名であるということをどこかで小耳に挟んだらしいソフィアが急に行きたいと駄々をこね出したのだ。以前一度だけここの祭を見物したことのあったウィルはその規模を知っていたので、近くの街に宿を取り、昼間だけ遊びに来ようと提案したのだが、何とかなると言い張る彼女に結局押し切られる形でこうして今、実りがあるとは思えない今夜のねぐら探しに勤しんでいるというわけだった。
 確かに、この街で聖夜を過ごすということにはウィルも心を惹かれるものがある。夜通し灯されるイルミネーションを窓の外に眺めながら、明かりを消した部屋で恋人と二人、身を寄せ合って……外の空気の冷たさにかじかむ彼女の手をそっと握って口付けをして、寒さの所為にしてその細い身体を抱きしめて……
 悪くないと思う。むしろ大歓迎。
(って言っても彼女は二部屋探してるんだろうけどね……)
 こっそりと嘆息しながら、目の前の少女を見上げる。ウィルの内心など知らない彼女は、彼の非難じみた視線を、近隣の街に宿泊しようという忠告に従わなかったことを責めているのだろうと解釈したようで、ぷうと頬を膨らまして抗議してきた。
「悪かったわよ。でも今更しょうがないでしょ、もう来ちゃったんだもの。こんな所で野宿なんて絶対の絶対にやだからね」
「俺だって嫌だよ。この寒いのに。責任取って、君が身体で暖めてくれるって言うのなら話は別だけどね」
「冗談。何が悲しくてこの聖なる夜にそんな拷問を受けなきゃいけないのよ」
「拷問って……そこまで言う……?」
 頬を引きつらせながら呻く。しかしそんなウィルには構わずにソフィアは荷物を抱え上げ、ホテルのフロントに背を向けた。断られた以上、いくら居心地が良いとはいえいつまでもここでのんびりし続けている訳には行かない。聖夜の奇跡を願いつつ再度、というか再々々々々々々々度、夜の街へ出立――
「あの、お客さま」
 ――しようとした二人を、唐突に後ろから控えめな男の声が呼び止めた。思わず、二人は同時に振り向く。そこに立っていたのは、声からつく想像を裏切らない、ひょろりとした男だった。ホテルのボーイの制服を着ている。
 男は少し声を落として、唐突な呼びかけに不思議そうな顔をする二人に問いかけてきた。
「今晩のお部屋が、お決まりになっていないのでしょうか?」
「ええ、予約を忘れてしまって」
 忘れる以前に完全に思いつきの突発的行動じゃないか。男に対して答えるソフィアに声に出さずウィルが突っ込むと、今度はその心の声が聞こえたのかソフィアは横目で睨んできた。慌てて彼女から視線を逸らし、目の前の男を眺める。彼の、どこか陰気そうな顔は客商売には向かないように見えたが、これは顔の作りそのものの所為ではなくて、彼の心中が作り出す表情なのかもしれなかった。
 しかし、それにしてもその意味が分からない。探るように男の顔を見つめるウィルに、彼は一呼吸分の時間躊躇ってから、一言告げた。
「一部屋だけ、ダブルのお部屋がございますが」
「え?」
 反射的に、ソフィアが声を上げる。それはそうだろう。先程受付で聞いたのと、全く違う回答をされたのである。まさかホテルのフロントが客に嘘をつくとは普通思わない。
 彼女は当然の判断を下した。すなわち、いきなり沸いて出たボーイの格好をした男よりも、正真正銘のホテルマンであるフロントの方を信用したのだ。
「そんな話は聞かなかったけれど。何かの間違いなんじゃないかしら」
 落ち着いた口調で返すソフィアに、男は一瞬、目を伏せる。すぐに彼女の方に真っ直ぐな視線を戻してきたが、胡散臭いことには変わりなかった。困ったようにウィルを見上げたソフィアが、ふと、目の焦点をウィルよりも少し後方に合わせる。ウィルが振り返ってみると、先程までフロントの中にいた初老の男が静かに歩み寄ってきていた。
 初老の男は、ボーイの制服ではなく黒いタキシードを着ていた。非の打ち所がなく着こなされた正装と、しゃんと背筋を伸ばしてきびきびと歩く姿は実に洗練されており、その男が一介の従業員などではない事を物語っていた。おそらくはこのホテルの支配人であるのだろう。二人の前に立った初老の男はまず、ボーイに非難の視線を向けたが、青年の浮かべる沈痛な表情に根負けしたように息を吐いた。
「申し訳ございません、お客様。この者の言う通り、一室だけお部屋が空いてございます」
 初老の支配人の言葉に、ソフィアはきょとんとした眼差しを彼に向けた。部屋があるというのに寒空の下に追い出されそうになった彼女の瞳は、しかし特に怒りの感情などは浮かんでおらず、純粋に彼の言葉に疑問を持っているだけという様子だった。
「どうして?」
 どうして先程言わなかったのか。どうして今教えてくれるのか。どちらの問いとも取れる曖昧なソフィアの一言に、初老の支配人は深々と頭を下げた。
「少々、事情のある部屋なのでございます。この三年ほど、一組のお客様もお泊りになっておられない部屋なのです……正確に申し上げますれば、一組のお客様も、朝までおいでにならなかったお部屋、ということになりますが」
「何それ? どういうこと?」
 ソフィアの瞳に煌びやかな星が点る。あからさまにこの男の不可思議な発言に興味を持った態度を示す彼女に、ウィルは最早慣れ親しんだ感覚ですらある嫌な予感を覚えて、肺の中に息を吸い入れ、溜息をつく準備をした。
「もしかして、このパターンだと、あれ?」
 沈痛な表情を浮かべ、中々二の句を告げることが出来ない支配人に、ソフィアは彼とは対照的に非常に楽しそうに、促す。それを受けて観念したのか、肩を落として彼は頷いた。
「……多分それであると思います」
「出る……ってこと?」
「さようでございます」
 その瞬間のソフィアの顔は、思わぬ聖夜の贈り物に心からの感謝を捧げているようにすら見えて、ウィルは溜め込んだ息を、ここぞとばかりに盛大に吐き出した。

「ねー、ほら、何とかなったでしょー?」
 散々責め立てられた反撃とばかりに得意げに言ってくるソフィアに、ウィルはじろりとした視線を向ける。
「何とかなったって言うのか? 幽霊つきの部屋が取れたってのは、何とかなったうちに入るのか?」
「野宿よりはましじゃないの」
「そうなのかなぁ……」
 どうにも納得できなくて首を傾げ続けるウィルと、いつも以上に上機嫌のソフィアは、先程のボーイに問題の部屋まで案内された。二人の荷物は旅をするに当たって必要な生活必需品一式で、それなりに重量があるので、このひ弱そうなボーイが運んでいけるかどうかウィルは少し心配したが、曲がりなりにもこの道のプロである青年は予想に反して全く不安のない足取りで二人分の荷物を運びきった。
「こちらでございます」
 部屋は、五階建てというかなりの高層建築の最上階の端に位置する一室だった。青年は音を立てずドアを開き、二人の宿泊客を室内に促した。
「わー!」
 ソフィアが、歓声を上げる。
 窓の外には、眩いばかりの星が瞬いていた。天空の星ではなく、地表の――聖夜のイルミネーションである。大通りに面しているらしい部屋の窓からの眺めは、まさに絶景だった。聖夜の催しはこの通りだけでなく、かなり細い街路にまで及んでいるので、こうして高所から見下ろしてみると、光の網が広がっているように見える。
 その眺望には、ウィルも先程とは全く違う感嘆の吐息を吐き出さざるを得なかった。
 そこは、恐らく本来であればこのホテルでも最上級とランク付けされるべき部屋であるようだった。これだけの眺望を誇る部屋は、この街全体を捜しても、他にはないかもしれない。室内に目を戻してみれば、入室と同時に点灯された明かりも、油を燃して使うランプではなく高級品の魔力法石の照明である。間違っても、予約なしに当日申し込みに来た客が案内される部屋ではないはずだった。
 ドアから入った場所はソファーが二つとテーブルが一つあるリビングで、その奥にもう一続き部屋があることに気付いたソフィアは、その入り口をちらりと見た。ドアは閉ざされているが、その奥にある風景についてはさして難しく想像力を働かせることなく思い浮かべる事が出来る。
 寝室だろう――ダブルの。
 この部屋に入って初めてソフィアは少し、表情を曇らせた。
「これさえなければ満点だったんだけど。あーもったいない」
「もったいないの? ねえそれは勿体無い要素なの?」
「ま、そんな考えてもつまんないことは置いといて」
 ウィルの追及をいともあっさり切り捨てて、ソフィアは控えていたボーイに視線を向けた。
「折角だし、もう少し詳しい話を聞きたいんだけど、いいかしら?」
 うきうきと問いかける彼女に、彼は、重々しく頷いて見せた。
「始まりは三年前の丁度、今日……聖誕祭の日でした」
 青年は、ソフィアが期待する怪談の内容を、静かに語り始めた。

 ここからしばらく北へ進んだ山間にある村に、若い夫婦が暮らしていました。もちろん、そんなことは別に、珍しいことではありません。彼らも、あんなことさえなければ特別に人の口に上ったりすることなどない、本当にどこにでもいる極々平凡な夫婦でした。自分の畑で自分が食べるだけを作り、たまに余った作物をふもとの町まで売りに来る。そんな慎ましやかな生活を送ってきたとても仲の良い二人でした。
 そんな二人があるとき、初めて旅行に出る計画を立てました。何年も共に質素な生活を続けていた彼らには、ちょっとした旅行であれば行くことが出来るだけの貯えがあったのでした。どこへ行こうか考えた彼らは、少し先の街――ええ、この街です――で、毎年有名な聖誕祭の催しが行われていることを思い出し、是非一度、それを見物したいと考えました。その時の季節は夏でしたが、彼らはすぐさまホテルに、つまり、当ホテルのこの部屋に予約をお取りになりまして、聖誕祭の日を心待ちにしていたのでした。

 話下手そうな顔をしていた青年が、案外淀みなく語るのに、ソフィアは熱心に聞き入っていた。今のソフィアにとって、物語の語り手以外のことについては眼中にない様子だったが、ウィルは疲れていたので手前のソファーにどさりと腰を下ろした。男の話には、一応耳を傾けておくことにしたが。
「それで、その日から聖誕祭の日までの間に、そのどっちかが死んじゃって……ってわけ?」
 ソフィアが問い掛けると、男はいいえと首を振った。
「山岳地で暮らす若く健康な方々でしたので、その間、風邪の一つもひくことなく、ずっと健康でいたようでした」
「じゃ、村からここまで来る馬車が、事故に遭っちゃったとか……」
「近いです。馬車の事故ではありませんでしたが」
 二人と、その他の乗客を乗せて、聖誕祭当日、馬車は街までやってまいりました、と彼は話を再開した。

 半年前からの念願であった聖誕祭の会場にやってきて、二人はとても楽しそうにはしゃいでおられたと、当日の彼らを見た者は言っております。それもそうでしょう。彼らがいた村でも、ドアにリースを飾ってシチューを作る程度のお祝いはしていたでしょうが、逆に、そのような祭を当たり前のものと思っていたのであれば、この街の祭の盛大さには驚きを感じたことでしょう。かく言う私も昔、田舎から出てきて初めてこの祭を見たときには大変驚いたものでした。……あ、私の話は別にどうでもいいですね。
 ともあれお二人は揃って頭上のオーナメントを見上げながら、ターミナルから続く大通り、つまりはそこの、目の前の通りを歩いて来ていたのだそうです。
 ……そこで……悲劇は起こったのでした。

「たまたま通りがかった馬車にひかれた、とか?」
 どうしても答えを聞く前に解明したいのか、またしてもソフィアが口を挟んだ。けれどもボーイが返してきたリアクションも、先程までと全く同様のものだった。
「いいえ。祭の期間中は、開催場所は全て馬車の通行を禁止されますから、それはありません」
「ええと、だったらー……」
 しばし、人差し指を顎に当てるポーズで考えていたが、そろそろネタも尽きてきたのだろう。助けを求める視線をソフィアはウィルに投げかけてくる。が、
「クイズじゃないんだから」
 苦笑するウィルに、彼女は唇を尖らせた。
「だって、気になるじゃない」
「気になるなら黙って聞いてればいいだろ」
「もー、ウィルってば乙女心が分かんないんだからー」
「関係ないだろ乙女心は」
 ウィルの指摘に、むー、とむくれて見せて、けれどもすぐに、もっと興味深い問題に直面していたことを思い出してボーイに降参の視線を返した。
「で、何があったの?」
「ええ……。街路樹のイルミネーションを眺めながら歩いていたお二人は……」
「お二人は?」
 さすがにソフィアも笑いながらではなく、真剣な表情をして相槌を打つ。そしてそれ以上に沈痛な面持ちの青年は、ぐっと拳を握り締めて、告げた。
「丁度降り積もっていた雪に二人揃って滑って転んで後頭部を、ゴン、と」
「…………」
 さすがに――
 ソフィアも目を点にしているようだった。ボーイを凝視するソフィアは、ウィルからだと位置関係的に後頭部しか見えないので彼には想像でしか判断出来なかったが、彼女の身体が瞬間、ぴたっと固まったのが分かった。
「……やな死に方ねー……」
 数秒、硬直を続けてからソフィアが吐いた身も蓋もない一言に、ボーイは陰鬱な表情のまま、しかし素直に頷いていた。

「それじゃ、成仏出来ないよねえ」
 ボーイに少々多めのチップを渡して退出させてから、ソフィアは苦笑混じりに呟いた。ウィルの座っている二人掛けのソファーに、ぽすんと腰を下ろす。柔らかい材質のソファーは、ソフィアの軽い体重にも少しだけではあったが傾いだ。その勢いにかこつけて、ウィルは右腕を、彼女の肩を抱くように背もたれに置く。
「外で、死んじゃったのよね。なのに何で、この部屋に出るのかしら」
「さあねえ……泊まるのを楽しみにしてたのかもしれないね。これだけの部屋なんだから、相当な額をはたいたんだろうし」
「部屋のどこに出るのかしら。……まだ、見てないわよね?」
「んー。俺、基本的に幽霊とかってあんまり信じてないから」
 そう告げると、ソフィアは少し驚いたようだった。つぶらな瞳がいつも以上に丸くなっている。
「そうなの? 魔術士なのに?」
「魔術士を何だと思ってるんだよ」
「何か目に見えない変な力を使うオカルトチックな人たち。つまり幽霊とかと同類?」
「あのね」
 かなり真剣な表情で言ってのける少女を睨みやって、ウィルは息を吐く。
「魔術士ってのは古代から現代に至る全ての学問の権威だよ? オカルトとは対照的なの。いくら常人には不可解でも、魔術士の用いる術は全て魔力を介在して発動するもので、魔力というその存在は理論上からも証明出来る。目に見えなくても、空気の存在がオカルトだって言う人はいないだろ、それと一緒」
「ふうん?」
 言っていることが分かっているのかいないのか、小首を傾げてウィルの顔を覗き込むソフィアに、続ける。
「大抵の魔術士たちは幽霊とか精霊とかいった霊なるものの存在は否定してるし迷信だと思ってる。それはいまだかつて人為的な魔術及び魔力の介在しない超自然的現象ってのは観測された事はないし存在の可能性も立証もされてないから。俺もその意見には賛成だな」
「そんなもんなんだ」
「そんなもんなんだよ」
 理屈には一応は納得したらしいソフィアに、ウィルは頷いた。しかしソフィアはすぐに、少し身を乗り出して言った。
「でも、可能性を立証されてないからって可能性がない訳じゃないとは思わない? まだ誰も見つけたことがないだけかも知れないじゃない」
「トレジャーハンターらしい意見だね。まあ、そういう事もあるかもね」
「じゃあ何でいないって思うのよ」
「決まってるだろ」
 珍しくも、こんな簡単な理由に気付かないで愚かな質問をしてくるソフィアにやや驚きつつ、ウィルははっきりと答える。
「いたら怖いじゃないか」
「おーい……」
 彼女が何やら半眼になって声を上げてくるが、とりあえずウィルは気にしないでおくことにして、彼女の背中に回していた腕を落とし、小さな肩を抱き寄せた。彼女にしてみればあまり脈絡のある行動ではなかったのだろう。不思議そうに顔を上げてくるソフィアに、ウィルはにまりと笑いかける。
「怖いから、さ」
 囁き声を耳に届かせる為に、唇を寄せる。吐息の触感に身を竦ませて、僅かに身体を引こうとしたソフィアを、しかしウィルは手放さず、座る位置をもう少しだけ彼女の方に近づけた。腕や足が、密着する距離。
「一緒にいようよ」
「いるじゃない、一緒に」
 呆れたように、彼女が呟く。けれどその声のトーンが先程より少し高くなっていることに、ウィルは気付いていた。困ったように眉を寄せて彼の瞳を見上げ続けているソフィアに、ウィルは顔を近づけて軽く口付ける。
「もう、どこでもここでも何ですぐこういういやらしいことするのかなあ」
 唇が離れて一番にソフィアが呟いてきた文句に、ウィルは苦笑した。
「どこでもここでもって事はないだろ。ムード満点じゃないか、聖誕祭の夜に豪華なスイートルームで恋人と二人っきりって」
「シチュエーションとしては悪くはないけど……」
 ちょっとした悪戯心で、縦皺が刻み込まれている彼女の眉間に、そっとキスを落とす。思わぬ場所に唇の感触を受けて、目を見開いた彼女の正面に身体を移動して、ソファーと身体と腕とで作った籠の中に彼女を閉じ込める。
「わ、ちょっとやだウィルっ!」
 逃がさないという意志を見せ付けられてソフィアが本格的に動揺し始める。もっとも、閉じ込めたとは言っても動かす事の出来ない左腕の側はがら空きになっているので、彼女が本気で逃げようと思えばウィルにはそれを止める手だてはないのだが。ゆっくりと、唇を近づける。先程迄の触れるばかりのキスではなくて、彼女のより深い所に触れる為のキスをしようと。
「やぁ……」
 そんなあやふやな悲鳴を上げる唇に、まさに触れようとした瞬間に。
 ――ぱりん。
 どこか遠くの方で、何かが割れるような音がして、二人は思わず顔を離した。


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