女神の魔術士 Chapter1 #4

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「はうううう……」
 泣きそうな声を出しながら、ソフィアはダンスの練習着のままベッドに突っ伏してきた。スローワルツの名手でもあるらしい雇用主タリス・ブラウン直々の特訓が開始されてからまだ一日と半である。昨日の昼、契約を交わした直後から夜まで延々と練習し、今日は早朝から一日中踊り続けていたとなれば相当なものだが、割と何にでも興味を持って取り組む彼女が根を上げるには少し早いようにウィルには感じられた。心底ぐったりとした様子でベッドを占領するソフィアを起こすのも忍びなく、ウィルは座り心地の悪い丸椅子を壁際から引っ張り出してきて座った。
 ブラウン邸内のウィルにあてがわれた一室で、三人も人が集まれば手狭になる程度の使用人用の居室だが、一人部屋としては中々良い待遇であると言える。ソフィアも別の部屋をもらっているのだが、彼女のやりたいのは愚痴を言うことである。自分の部屋に帰っても仕方がない。
「どうしたんだよ。ソフィア、運動好きだろ?」
 戦時中は軍に所属し訓練を日課にしていた彼女だった。しかもそれは別に強制ではなく(実際、ウィルは一度も参加したことがない。但しそれは彼が文官的な役職についていたからでもあるが)、自主的に趣味で参加していたのである。当然ながら本物の戦場も数多く経験してきており、それこそ一日中刃を振るい続けるような激戦の中にあったこともある。ダンスも意外と運動量はあるが、彼女に耐えられない程とは思えない。
「運動は好きだけどっ!」
 伏せたまま、ソフィアはくぐもった声を上げた。
「動くの自体はいいのよ。思ったよりハードだったけど。でもほら、リズムに合わせてステップ踏まなきゃいけないじゃない?」
「まあ、ダンスだからね」
「それを気にしてたら足がおろそかになっちゃうしステップ気にしてたらリズムについていけないし! 何回ブラウンさんの足踏んじゃったか! あー恥ずかしい」
「……なるほど」
 羽毛の枕に顔を埋めるソフィアに納得して、ウィルは呟いた。練習中は結っていたのか、結び癖のついた髪を慰めるように撫でてやる。
「最初はそんなもんだよ。ソフィアのことだから、何だかんだ言いつつもうそろそろ形になってきてるんじゃないのか?」
「そりゃ最初よりは少しはましにはなったけどね。……でね、何よりも問題なのがね、あれよ。ダンスの休憩がてらにやるお作法とか教養のお勉強とか。あれがた、た、たん、た、た、たんのリズムとごっちゃになるの」
「どうやったら混同できるんだそんなもんと」
 お辞儀や社会情勢を語る口調が三拍子になってしまうとかそんな感じなのだろうか。不可解なはまり方をする少女である。一度に色々と教えられた所為で、頭で考えるよりも先に身体を動かすという彼女の行動原理がうまく働いていないんじゃないだろうかとウィルは思ったが、そんなことを告げたら彼女は「馬鹿だって言いたいの!?」とか言って更に拗ねるに決まっている。しばし言葉を捜して、ウィルは口を開いた。
「とりあえず基本的なステップ覚えてれば十分だから。相手が上手い人ならリードしてもらえる。会話や作法ってのも、女の人はそんな悩むことはないよ。適当ににこにこしながらパートナーにくっついて歩いてりゃ済むさ」
 こくん、と少し頼りなげに頷いて、ソフィアはふと、今気づいたように視線を上げた。
「そっか、ウィルってこういうパーティとか、知ってるんだ……」
「……そりゃあ」
 現在の生活レベルはさておいて、ウィルは、出自だけなら今回の依頼主のような成り上がりの商人とは――どころか、国内のどの貴族とも格が違うものを持っている。更に言えばそれはソフィアにも言えることなのだが。ただ、故あって二人とも幼い頃にその生活とは縁を切っているので、その当時、十二歳にして一族の当主であったウィルはともかく、庇護者もいた子供であったソフィアは社交界の流儀を知る必要はなかったに違いない。
 ソフィアはベッドから身を起こし、瞳に少々の期待を込めて尋ねて来た。
「ダンスも分かる?」
「昔は練習したけど……」
 歯切れの悪い言い方のウィルに、しかしソフィアはぱっと顔を輝かせる。
「ねえ、じゃあ教えてよ!」
「無理だよ。この腕でどうしろって言うんだよ」
「……あ」
 自分の左腕を指し示して告げたウィルの声に、ソフィアははっとしたように目を開いて、表情の割には少し間の抜けた息を口から漏らした。それを見てウィルもまずいと思ったが、遅かった。しゅんと、先程までよりもずっと深く消沈するソフィアに、ウィルは慌てて手を振って見せた。
「あー、別に責めてる訳じゃないって。ごめん、言い方が悪かった」
 しかし彼女はふるふると、首を横に振るだけである。ウィルは眉を寄せた。意味が分からなかったのではなく、分かるからだ。彼女は別にウィルの言い方で傷ついたわけではない。ウィル自身、腕の機能を失くした生活自体にはそろそろ慣れ初めて来ているのだが――それでも、以前出来たことが出来なくなっていると実感してしまうと、歯痒くもあるのは事実である。実際に自分がそれで不便を感じるわけではないソフィアの場合だと、ウィルには肉体的に来る苦痛が全て、精神的に来てしまうらしかった。
「全く。優し過ぎるのも困りものだね、本当に、君は」
 ベッドの端に座り直し、ウィルはソフィアの傍に近づいた。
「優しいなんて……そんないいものじゃないわよ、あたしのは……」
 反論をしかけた口を、唇で塞ぐ。
 そっと触れて、ソフィアの言葉を吸い取ってしまえたのを確認して、もう一度、今度はちゃんと口付ける。
 行為を受け入れる意思のある時の彼女は素直だった。普段は恥ずかしいと思う気持ちの方が強いようだが、雰囲気やその時の気分がそれに勝れば、積極的にではないにしろ、身体の支配権を預けてくれる。右腕で強くソフィアの肩を抱き寄せたウィルに応えて、彼女もウィルの背中に腕を回してきていた。
「……はぁ……っ」
 キスとキスの合間に呼吸を挟んだ瞬間、ソフィアの力がふっと抜けた。その一瞬に、細い身体にのしかかるようにしてベッドに組み伏せる。
「えっ、やだちょっと、ウィル!?」
「キスだけだから」
 危うい体勢に、途端に焦り出した少女の耳朶に唇を掠らせてその言葉を遮ると、囁きの内容よりも耳をくすぐる感触に反応して、彼女は身体を強張らせた。
 逃げ出す直前の猫のような彼女に、ウィルは両方の眉の距離を近くして、息を吐く。
「……そんなに嫌がらないでよ。傷つくな」
 彼女のこの態度は言ってしまえば単なる緊張で、本気で嫌がられているわけではない。それを知りながら、寂しげに聞こえるように努力して呟く。内心は笑いを押し殺すので必死なのだが、キスの熱に浮かされたソフィアは、いつもは持っているはずの洞察力を発揮できずに、慌てて何か言い繕おうと口を開いた。――そこに、舌を割り入れる。
「ん……っ……」
 ソフィアは条件反射のように顔を背けようとしながら、その一方で、ウィルの与える感触に応え、脳髄を刺激する甘い声を漏らす。無意識というのは怖い。彼女は今、自分がどれだけ男の欲望を掻き立てる表情をしているか、全く分かっていない。キスだけでこんなにも蠱惑的な反応を示す彼女を――
(仕事とはいえ、夜会に放り込むなんて……失敗したよなぁ……)
 ウィルの心配は、ソフィアの思っているものともブラウンの言っていたものともまた別のものだった。
 上流階級の社交場と言えば聞こえがいいが、その裏では様々な陰謀の渦巻くのがああいった席である。政治的なものや金銭的な陰謀なら行きずりの自分たちには関係ないので構わないのだが、当然の付属物のように、この渦の中には色恋の陰謀も含まれている。
 それなりに社会的身分のある者しかいないのだから安心だというのは勘違いである。余裕のある暮らしをしている者たちだからこそ、遊びにも熱を入れることが出来るものだ。その気がなくてもその気にさせてしまう駆け引きに長じた百戦錬磨の敵手に、そういった遊戯とは無縁なソフィアが対抗できるわけはない。恋人すら無意味に警戒するくせをして、どうとも思っていない相手に対しては彼女はその優秀な防御機構を発揮しないのだ。自分の魅力に信じられないほど無自覚なことがその証明である。自分が何も思っていなければ、相手も自分に特別な感情を抱いていないとでも思っているのだろう。基本的に子供なのである、考え方が。
「ったく、世話の焼ける子だな」
「な……に、いきなり……?」
 長いキスの直後で夢見心地だった所に、唐突にぼそりと暗い口調で言葉を投げかけられて、ソフィアは訳が分からず眉根を寄せた。
 それの答えを、ウィルは態度で示す事にした。ソフィアの、襟ぐりの広く開いたシャツをぐいと引き下げて、胸の谷間に当たる場所に唇を寄せる。ちなみに当たる場所、などという微妙な表現なのは、ソフィアのバストサイズでは谷間になんてならないからである。
「わっ!? こ、こら! 何するのよっ!」
 じたばたするソフィアを右手と左肩で何とか押さえつけ、赤い印を吸い付ける。
「もーっ! キスだけって言ったじゃない、嘘つき!」
「キスだろ、それは」
 ひとまず気を済ませて起き上がろうとするウィルの胸を、早くどけと言わんばかりにソフィアは下から殴りつけてきた。ようやくの事で上半身を起こしたソフィアの今し方キスマークをつけた部分に、服の上からウィルは指を突きつける。
「警戒しろよ」
「え?」
 大きな瞳をひとつまばたきさせて、ソフィアはウィルの静かなダークブラウンの瞳を見つめ返した。
「深夜のスラムほど危険なものでもないけど、それくらい注意しておいたっていい。近づく者は全部敵だと思え。……もっとも、何より俺が一番怪しいと踏んでるのはあのタリス・ブラウン本人なんだけどな」
「……ええと、それってあの『天使の頬に伝わる雫』の警備の……話?」
「なんでだよ」
 半眼でウィルが呟くと、ソフィアは困った顔をしてこめかみに指を当てた。
「なんでだよって、それが主目的なんだけど」
「いいんだよそんなのは。失って、取り返しのつくものとつかないものがこの世にはあるんだ」
「あれだけのブルーダイアは失ったらもう絶対取り返しつかないと思う……」
 何やらぽそぽそと彼女は呟いていたが、ウィルはそれを無視して告げた。
「とにかく。分かったね? 君はただでさえ危なっかしいんだからな」
「そ、そりゃ警戒はするけど……」
 こくこくと気圧されたように頷くソフィアを確認して、ウィルはベッドから立ち上がった。そのまま出て行ってしまおうとする部屋の主に、ソフィアは首を傾げる。
「どこ行くの? こんな時間に」
「外」
 不親切にそれだけ告げて、ウィルはドアノブに手をかけた。じゃああたしも戻る、と彼女は立ち上がりかけたがそれを待たず、ウィルは退室するとすぐ、扉を閉めてしまった。

 部屋に一人残されて――
 立ち上がりかけた格好のまましばらくソフィアは閉じられた扉をぽかんと見つめていた。やっぱり何か、怒らせてしまったのだろうか? ドアの閉まる音は軽かったが、彼の仕草には明らかな拒絶の意思が見て取れた。少し経ってから、扉の外の廊下を覗いてみたが、やはり彼は既にどこかに行ってしまっていたようだった。
 そのまま自分の部屋に戻っても良かったのだが何とはなしに元のベッドに戻り、先程のように仰向けに身体を投げ出した。スプリングの利いたベッドは突然降ってきた少女の重みを簡単に受け止めて、ぽよぽよと彼女の身体を二、三度跳ねさせる。
「うーん……」
 中央の廊下とは違って特に飾り気のない天井を睨み上げながら、唸り声を上げる。
「……警戒するって……何を?」
 やはり分かっていない彼女だった。



 館の外周に面した廊下を、ウィルは一人、歩いていた。何気なく、窓から下の庭を見下ろす。冬の空気に澄んだ月明かりに照らされる視界の範囲内には、見張りは誰も立ってはいなかった。無用心な。――そう思ったがここは戦地の城砦ではなく都市内部の高級住宅地で、ついでに屋敷の周りには高い塀が張り巡らされていて、門を通過しなければ簡単には進入できないようになっているのだから、実はそんなに無用心という程でもないのかもしれない。まあどうでもいいのだが。
 ソフィアはこの一週間はまるまる特訓に明け暮れるはめになるようだが、その間ウィルは、常傭されている警備兵らに混じって屋敷を警護することになっていた。昨日今日とでぶらぶらと内部を見回り、大まかな間取りは記憶していたので迷う心配はないが、時間も時間だし、不審者と間違われて面倒なことになるのも面白くないので、深呼吸は近間で済ますことにした。
 彼女に言った通り、あれ以上のことをするつもりは最初からなかったのだが、理性とは裏腹に身体の方はやはりというか何と言うか、その先を痛切に求めたがっていた。彼女の前からあんなふうに逃げ出してきたのは、それを悟られない為にである。今更彼女のそっけない態度に怒りはしないし(むしろ今日は破格の待遇だった)、多分まだ彼の言ったことを理解していないであろう彼女の鈍さに苛立ったわけでもない。苛立つとすればむしろ自分の身体の方にだ。……しかしこれだって、年若い男にしてみればごく正常にして健康的な反応である。本来であれば。
 ずりずりと背中を壁に這わせて、彼はその場に腰を落とした。
(なぁにやってるんだろうなぁ……俺)
 高ぶってしまった欲求をあの彼女が放散させてくれるはずもないし自分で物理的に処置するというのもなんとなく空しいし、運良く外から丸分かりになってしまう程には手遅れになっていなかったので夜風にでも吹かれて鎮めようと半ばやけになって出てきたはいいが冬の寒気は思ったより甘くなく、途方に暮れて廊下の壁に寄りかかって座り込んでいる。何やってるという言葉が内包するものを説明しようとすれば、簡単にそう纏める事が出来る。……だから何なんだ。それで気が晴れるわけではなかったが自嘲するように内心で呟いた。このどうにも解決の糸口が見つからないもやもやを一瞬でも晴らしてくれると言うのなら、友人のように喫煙の習慣を身につけていても良かった。だが今現在ウィルの胸ポケットには紙巻煙草の箱もマッチも入っておらず、ああ俺魔術士なんだからマッチは要らないだろ何言ってんだと、更にどうでもいい所で鬱に陥る。
 …………。
「何考えてたんだっけ」
 だんだんよく分からなくなってきて、だがそのおかげで懊悩の渦から脱却することに成功して、ウィルはのそりと立ち上がった。身体の方もいつの間にか平静を取り戻していたようだった。それでも、もしかしたらまだ部屋にいるかもしれないソフィアと鉢合わせになるのは避けたくて、しばらく当初の目的通り、ここで頭を冷やしていくことにした。
 やはり、寒い。
 部屋着のまま、上着も着ずに出てきてしまった事を後悔する気温だったが、仕方がない。
 瞼を落として息をつき、ゆっくりと目を開く。目の前には白い蒸気のわだかまりがたゆたっていた。
 自分の吐息越しに、視線を上げる。風に揺さぶられるように微かな明滅を続ける星々と、薄い雲を羽織る遠い月とをぼんやりと視野に入れながら、視野に入っていない自分のすぐ近くに、いつのまにか人の気配が現れていたことにウィルは気付いた。
 夜番の見回りか、ソフィアか。多分これしかないであろうと思い浮かべた二つは確認してみるとどちらも外れており、思いもよらなかった第三の選択肢がそこには立っていた。
「……どうかなさったんですか、ミスター・ブラウン? こんな夜更けに」
 暗がりに明るい金の髪を浮かび上がらせて、館の主が青い瞳をウィルに向けている。そのウィルの問いに、
「ここは私の家ですからね。どんな時間にどこを私が歩いていようと走っていようと、不思議ではないのではありませんか?」
 人を食ったような言い方をして、ブラウンは控えめに笑って見せた。服装自体にはさほど意外性はなく、防寒用のローブを羽織った寝巻き姿だった。まだ湯を浴びたばかりらしく、血色の良い首筋からほんのりと湯気が立ち上っている。
「あなたこそ、どうかしましたか? サードニクス君。……ああ、別に散歩するのは全く構わないのですけどね」
 思慮が足りず失礼な言い方をした、というような感じで、彼は急いで付け加えた。しかし――隙のない言葉遣いの所為だろうか。それは、計算してわざとそこに穿った隙のようにウィルには見えた。警戒は表面に現れないように留意して、しかし人の表情を読むのにそれなりに長けているらしいこの相手に、それがどれだけ有効か疑念を残しながら、ウィルは青年実業家に向き直った。当たり障りのない世間話を試みる。
「ソフィアはどうですか? かなり苦戦していると聞きましたが」
「いいえ、十分に上達していますよ。さすがに日頃から鍛えておられる方ですね。勘が良い。一通りのことはお教えしましたし、身体で覚えきってしまえば……そうですね、もう明日にでも、楽しんで踊れるようになりますよ」
 彼女の上達を心底喜んでいる口調で報告するブラウンに、ウィルは愛想笑いを浮かべながら腹の奥の内なる自分の頬が引きつるのを感じていた。この男の腕の中で笑みを浮かべて踊る彼女の姿を思い浮かべてしまったのだ。手を取り合い、絡み合うように身体を密着させて。それは相手の息遣いも感じる近さで……踊り続けて仄かに上気した彼女の顔を、この男は見るというのだろうか。口付けの直後のような薔薇色の頬をして、上目遣いに見上げる彼女の潤んだ瞳を見つめ返すというのだろうか。
 ブラウンは相変わらず、善人然とした笑みを浮かべたままである。素知らぬ風に、ウィルがそれまで向けていた窓の外に目をやって、「やあ、月が綺麗だ」などと呟く。その顔に、ウィルは漠然とした不安を覚えた。
 思い過ごしだ、とは思う。実際に、この男がソフィアに何かしらのモーションをかけたというわけではない。背も高く顔もまあまあよく、頭も悪くなさそうな金持ちで、この年齢で独身(そう、どうやら独身らしいのだ)と、いかにもなキーワードを持ち合わせる人間ではあるが、だからといっていちいちそんな人物全てにチェックを入れていたら身がもたない。ソフィアにはああは言ったが、あれは、彼女が人一倍ゆるいからである。
 窓から侵入した冷気が、耳元を撫でて廊下を駆けてゆく。
 それに気を逸らされることなく見つめ続けていたブラウンの唇が、小さく動いて言葉を形作った。
「サードニクス君、あなたも身体を冷やさないうちに戻られるといい。……熱は、もう下がっているでしょう?」
 こちらを振り向くことすらなく、他愛のないことを告げる声で発せられた台詞に、ウィルは、今度こそ本物の自分の表情筋を引きつらせた。窓枠に手をかけて外を眺めやる男は、ウィルの動揺に気付いていない振りをしながら、あからさまな追い打ちをかけてくる。
「彼女は素敵な女性ですね。……素晴らしいパートナーになってくれそうだ」
 何の迷いもない笑みを浮かべ、タリス・ブラウンは真正面から宣戦布告をしてきた。


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