女神の魔術士 Chapter1 #2

←BACK

NEXT→


「何者って……」
 ――あんたらは、一体何者なんだ?
 全ての謎を解く鍵になるであろう(と、質問者たる男、ジフは判断した)単刀直入な問いに対して、二人はほんの少し、顔を見合わせて悩むそぶりを見せた。
 若い男女の二人連れ。年恰好だけを見れば、近隣の街から行商に来た若夫婦と言ってもさほど不自然はないだろう。他に類を見ないほどの美少女とて日銭を稼がねば生活出来ないには違いないだろうし、その日銭を稼ぐ手段が地味な物売りであっても、王侯貴族も放っておかないかもしれない美貌の娘が平々凡々とした容姿の男と結ばれていようとも、それが犯罪に該当するわけではない。この世とは奥の深いもの。こういった珍事は決して、ありえないことではないのだ。
 それと同様に、ただの商人、しかも身体に不自由があるような青年が、傭兵歴十五年の男を軽々と投げ飛ばすこととて、ありえないことではないのかもしれない。が、こればかりは、ありえないことではないとしても、あってはならないことではあった。料理人が包丁捌きにおいて拳闘士に遅れを取ることが許されないのと同様に、あってはならない。
 もっとも――
 少なくとも、男の方がある種の特殊能力者であるという事は、もう既に告げられたようなものではあったのだが。ます、本当に商人だというオチだけはないだろう。
 そこまで分かっているのに何故改めてこのごろつき然としたいかつい体格の大男はそのような問いを投げかけたのか。それはつまるところ、あっさりと土を付けられてしまった彼――ジフとしては、明確な回答、すなわち「自分たちは只者ではないのだ」という台詞を彼らからはっきりと頂かなければ、理屈では理解できても感情を納得させる事は出来ない、ということなのであった。豪快な体格をしているわりに、割と細かい所に拘る男である。
 ともあれ開いていた席……正確に言えば先程の騒ぎでそこにいた客が避難してしまい、結果的に空席になってしまった二人の隣のテーブルに腰を下ろしたジフは、エールのジョッキにも手をつけずに真剣に二人の解答を待っていた。ちなみに彼が一緒に連れてきて、少女にどつき倒された飲み仲間は殴って叩き帰してある。あろうことか混雑した店内でナイフなどを抜いたのだ。警らの騎士隊などを呼ばれようものなら言い訳のしようもない。しかし幸運にもそういった事態には陥らず、ジフは目の前の興味深い謎に全力で臨むことが出来ていた。
 視線で何かしらの相談を行っていた青年と少女――ウィルとソフィアは、結論が纏まったのか、揃って顔をジフの方へと向けてきた。
「……旅人?」
「トレジャーハンター」
 言った言葉はバラバラであったが。
 ジフよりも、当の二人の方が互いの発言に疑問を持ったらしく、彼らは再度パートナーの方へと視線を向ける。
「旅人って、めちゃくちゃ漠然としてない? しかも何で疑問形なのよ」
 トレジャーハンターと発言したソフィアが口を尖らせると、旅人と答えたウィルは肩を竦めて見せた。揺れた肩は片方だけだった。どうやら彼の腕は、腕そのものだけでなく肩の上の方から動かないらしい。
「だって旅なんて始めたの、ほんの一週間ほど前からだしね。旅人って言い切るのも何だかなーと。……それよりトレジャーハンターって俺も込み? そっちのが気になるんだけど」
「これから何で食べてく気なのよ。お花屋さんとかやりたいとか言われても、それ系のつてはないわよ?」
「いや、花屋のつては特に要求してないが……」
 当人たちも自分たちの身分に確証が持てないでいるようだ。困り果てた表情のウィルに(困っているのは彼女の発言の方にだったのかもしれないが)、会話の方向性を定める手助けを、ジフは出してやった。
「旅を始めて浅いんですかい? じゃ、旦那らはこれまでは何をしてたんで?」
 先程とは打って変わって下手に出てきた相手に、青年は少し驚いたようだったが、ジフとしては自分より格が上の者に敬意を表するのは当然だろうと思っている。基本的には荒くれ者の集まりの傭兵稼業だが、こういった類のマナーは暗黙の了解として根付いているものだ。
 今度はさほど迷う質問ではなかったようで、ウィルはソフィアに目をやることなく、答えてきた。
「軍役に就いてたんだ。彼女もだけど」
「へぇ……!」
 思わず目を丸くして、ジフは感嘆の声を上げた。なるほど、これは満点の回答だ。軍人であるならば自分の敗北も、プライドを痛ませることなく納得できる。そして更に、ウィルの言葉を詳細に説明する事柄にも心当たりのあった彼は、身を乗り出していた。
「軍って、もしかしてあの大陸解放軍、ですかい?」
「そう」
 いともあっさりと頷いたウィルに、ジフは「ほうー!」と息をついた。
 この国、ヴァレンディアは――いや、この大陸の殆どの地域は、この一年程の間、激しい戦闘状態にあった。
 そもそもの始まりは大陸制覇の野望に燃えたアウザール帝国という隣国に、ヴァレンディアが攻め込まれた、六年だか七年だか前の話に溯る。かつては大陸一の大国と呼ばれたヴァレンディアはアウザールに破れ、それに調子付いたのか、帝国は次々と他の国々をもうち滅ぼしていった。そうして始まったのが、重い税と圧倒的な武力で圧政を敷く帝国支配であった。
 土地は踏み荒され奪い尽くされて農民も商人もほとほと困り、重税でとどめをさされる始末。配備された軍隊も支配下の民衆を護ってくれるというわけではなく、つまるところ未踏の山岳を踏破した冒険隊が山頂に立てる旗のような存在で、何の役にも立たない。……いや、何の役にも立たないだけならまだ良かった。あちこちでごろつき紛いの騒ぎを起こして散々迷惑がられていたというのは今更意識するまでもない事実である。もっとも、その辺りに関してはジフたち傭兵団もままやる事だったのだが、官憲が味方についている分、帝国兵は余計にたちが悪かった。派手に羽目を外しても、大抵の事ならば目を瞑ってもらえる。いや、大抵の事でなくても、例えば殺人などの大事ですら、場合によっては――つまり被害者が非支配地の人間であれば――もみ消される事もあったくらいだ。
 当然、誰もが憤慨したが、大抵の者に出来たのは、腹の内で呪いの言葉を吐く、ただそれだけだった。他にどうしようもなかった。が、そのどうしようもない事を実行に起こす者も意外と多く、各地では解放運動、平たく言えば叛乱が頻繁に勃発していた。それに加わった者の中には、ジフのかつての仕事仲間の名もいくつかあった。敗北が必至な戦いなどには目も向けないはずの傭兵たちも、さすがに腹に据え兼ねたらしい。
 案の定、帝国に比べれば蟻も同然のそれらの組織は、それこそ幼児が虫けらを足で踏みにじるかのようなあしらわれ方をされ続けたが、やがてそれらの組織を取り纏め、一つの大きな武力にせんと目論む組織が現われた。それが件の大陸解放軍である。
 ヴァレンディアとは地理的には大陸の反対端に位置する、しかし同じようにアウザール帝国に滅ぼされたレムルスという国の王子が旗を振るその一軍は、長年の雌伏の時を経て、一年ほど前にその本拠地レムルスで乱を起こした(というのは大分後になって聞いた話であったが)。帝国に恨み辛みを抱える民衆の絶大な支持を得、そしてレムルスの王子と同じように平民に身をやつして機を伺っていた(らしい)、このヴァレンディア国王の軍勢も加わって帝国軍との戦闘を繰り返し――ついに一月前、帝国首都を落とし、この大戦争に終止符を打ったのである。
 話は長くなってしまったが、すなわち大陸解放軍とは、庶民にとっては奇跡の英雄と言っても過言ではない存在であるのだ。
 もちろんこの青年がそれを騙っているという可能性も無いわけではないが、しかしジフは素直に感嘆した。彼は、はったりなどは言っていない。これは単なるジフの直感に過ぎないが、彼にとってはそれは非常に説得力のある判断だった。その根拠は……
(目だ)
 ジフは思う。先程、間近で見たウィルという男の目。二重のダークブラウンの双眸。鋭いという印象は与えないくせに酷く冷たく二言辞を許さない。確かに、あれは軍人の目だ。この辺りでうろついていた士気の低い兵士などとは違う――
 彼の垣間見せられた戦闘能力や、おそらくこれもはったりでは無いのであろう彼の正体よりも、その目が、格の違いを感じさせたのだ。
「で?」
 不意に、想像の中で彼を睨めつけていた瞳が現実に自分の方を向き、ジフは少し慌てた。今は特に、睨むという様子ではなかったが。
「あんたは? まだ俺達に何か用があるわけ?」
「ウィル、そういう言い方は無いでしょうが」
 つっけんどんな言い方をする青年を、少女がたしなめる。
「そういう事言うから友達出来ないのよ」
「あのね、俺に友達いないような言い方しないでくれる?」
 ジフにはどちらの言い分が正しいのだか分からない反論をソフィアにくれてから、再度首を傾げるようにしてウィルはこちらを見た。
 この青年が、本気でジフの退去を望んでいる様子ならば、彼はこれ以上猛獣の巣に踏み込むような真似をせず素直に立ち去っていただろう。が、実際の所は特に怒りは覚えられていないように感じられた。先程のは、ただ素直にどうという事のない疑問を口にしただけと思っても良いだろう。
 ジフは膝に手を置いて、頭を軽く下げた。
「俺はジフと言いやす。今はこの街の、今はまだ名前は明かせやせんが、とある名士に用心棒として仕えている者で。……腕に覚えのあるお二方に折り入ってお話したい事がありやす」
 先程の騒ぎの後で当然だが、周囲の客はこの会話に聞き入っている。今更声を落とした所でどうなるものでもなかったが、秘密の話であるということを前面に出す為にそれを行うと、少なくとも少女の方の興味は引けたようだった。
「ビジネス?」
 問いに頷いて見せると、ソフィアは可愛らしい顔に悪戯な子悪魔のような笑みを浮かべた。
「いいわ、部屋で聞きましょうか」
 ポケットから部屋の鍵を取り出してしゃらんと鳴らしてみせたソフィアを見ながら、横目でそのパートナーを窺うと、彼は、やや目を伏せて、億劫そうな溜息をついている所だった。

 案内されたのは、二階の一番奥の一室――この宿の中では最も高級な部屋だった。高級とは言っても、居間と寝室が別れているでもなく、多少広くてほんの少し調度に手がかけてあるという程度であるのだが。
 荷物だけ運び込ませてすぐ食事をしていた二人も、確認するように部屋を見回して、ソフィアが、うん、と頷いた。
「ま、こんなもんでしょ」
 言って、部屋の入り口寄りにある応接セットのソファーの一つに、小さな身体を放り出した。
「おお。ちゃんとふかふかー。うんうん、合格」
 気に入ったらしい。胸を仰け反らせ背もたれに体重を預ける姿は無防備で、少々ジフをどきりとさせた。上着を脱いだ下はシャツ一枚の薄着で、身体のラインがくっきりと分かってしまう。顔の造形と比べると、少女のプロポーションの方は少々難があるらしいことを、ジフは酒場の客の中で唯一知ることが出来た。すらりとした手足と腰のくびれは申し分ないが、尻と胸のボリュームが全く足りない。もっとも、まだまだ女としては完成しきっていない年齢であるから、後が楽しみとも言えそうだが……
 と、その時になってジフはようやく、自分の失敗に気付いていた。
 ひぅ、と、寒気をはらんだ横風が吹く――そんな感触を覚えた。
 実際には予め暖房が焚かれており、隙間風の入るような部屋でもないそこで感じた寒風の発生源は、室内、それもジフのすぐ背後であった。その正体は、刃物を首筋に押し付けられているような、痛いほどに鋭角な、視線だった。
「……座れば……?」
 ぽつりと、背後の青年――ウィルが、ジフに囁く。彼は振り向かない。振り向けない。促されるまま、こくこくと頷いてソフィアの対面に座した。それを確認してからようやくジフの背後を離れたウィルは、今度は彼の正面のソフィアの後ろに立つ。害意があるわけではないというのに、全身を針で刺すように威圧してくる少女の屈強なガーディアンから、堪らずジフは視線を部屋の奥へと逸らして、逃げた。
 その時になって初めて、気付いたのだが……
 この部屋の奥に設えてあったベッドはシングルで、一基だけだった。
(……本当に『そういう仲』じゃないのか……でもこのやたらな敵意ってのは……)
 という思考は表情に出ないように配慮したつもりで、概ねそれは成功していたとジフは思ったのだが、そうでもなかったのか、それとも敏感に嗅ぎ取ったのか、目の前の青年は声だけは穏やかに告げてくる。
「いらない詮索はしないでいいからね……?」
 突っ込んではいけない部分らしい。
「はひ……」
 とにかくがむしゃらに首を縦に振るしか、選択肢はなかった。

「改めて名乗りやす。俺は、ジフ・フライヤー。宝石商のタリス・ブラウン氏の護衛をやっておりやす」
 ジフの名乗りに頷いて、ソフィアは頷いて見せた。そういえば、先程からお互いの連れが名前を呼んでいたので分かったのだが、改めても何も、どちらも最初から名乗ってはいなかった。
「あたしはソフィア・アリエス。さっきも言ったけど、トレジャーハンター。で、そっちはウィル……サードニクス。相棒と言うか、助手と言うか、まあ、下僕」
 とのソフィアの発言に、ウィルは何か抗弁しようと唇を動かしかけたが、声にする前に諦めという悟りを開いたらしく、そのまま口を閉じた。
 ソフィアとウィル。二人の顔を真っ直ぐ見てから、ジフは切り出した。
「仕事の依頼……正確には、俺からミスター・ブラウンに推薦って形になるんですが、まぁ、姐さんたちなら問題はないでしょう。ミスターは、今、腕のいい護衛をたくさん探しているんです」
「それってちょっと畑が違うんだけど……」
「いや、トレジャーハンターと聞いてこそ、お声をかけたんです」
 ソフィアの言葉を制して、ジフは続けた。
「依頼内容はミスターの護衛、それと……ミスター所有の宝石、『天使の頬に伝わる雫』の警備」
 瞬間、ソフィアの淡い茶色をした大きな瞳が、猫の目のように輝いたのを、ジフは見逃さなかった。
「『天使の』……何だって?」
 そのソフィアの様子には、彼女の表情を視界に入れていないウィルも気付いたようで、ソファーの背もたれに肘を預ける格好で少女の顔に目を向けた。
「『天使の頬に伝わる雫』。ブルーダイヤよ。確か、三十二カラットだかあった。……貿易商のオルベウス商会の所有だったと思ってたけど」
「さすが」
 口笛を吹いて、ジフは少女の博識を賞賛した。この若さながら、トレジャーハンターという言葉に嘘偽りはないらしい。
「税金が払えなくなって、去年、とうとう処分したらしいんでさ。ほら、貿易って商売は、皇帝の下じゃあやりにくくってしょうがなかったって話で」
「なるほどね」
 帝国統治下、国境を超えた物資の流通には特に厳しい規制がかけられていた。叛乱の頻発していた状況を見れば、帝国としては当然の処置だっただろう。その貿易商の場合、収入源は途絶えても元々の資産が大きかった分、搾り取られる一方という悲惨な状況に陥った形になったのだ。
「……この宝石は、来週の品評会に出品するんです。まあ、品評会とは言ってもそんな高尚なもんでなく、金持ち同士の自慢パーティと言ったようなものみたいなんだそうですが。主催者側でも万全の警備を敷くという話なんですが、やはり物が物なので、ミスターは心配されておりやして」
「ま、当たり前だわね。……それはそれとして、やっぱりどの道、それってトレジャーハンターの仕事じゃないような気がするんだけど……」
 的確な指摘を入れて来たソフィアに、ジフは良くぞ聞いてくれましたとばかりに、ぴっと指を立てる。
「報酬が現物支給なんです。……もちろん例の石じゃないですが。ミスターが、相場からそれ以上の石をいくつか見繕って、そこから好きなものを一つ、という形で支払うそうです。現金での支払いを望むのならそれも可で……こっちの交渉はミスターとお願いしますが、どの道悪い額ではありやせんぜ」
「変わってるわね」
「まぁ、割と洒落っ気のあるお人なんで。いかがしやすか? もちろん、明日辺りミスターのお話を聞いてそれで考えてくだすってかまわねえんですが」
「うーん……どうしようか?」
 ソフィアは今度は後ろの青年を振り返って、問いかけた。と、
「好きにしていいよ。君の方がこういうのは分かるだろ」
 即座に回答を一任された彼女は、さほど悩んだ風でもなく、ジフにくるりと目を向けた。
「んじゃ、やるわ。明日でいいのね?」
「へえ。昼頃でいいですかい? それじゃあその頃迎えに上がりやす」



「……やるんだ」
 ごつい大男がそのなりで慇懃に礼をして部屋を退出した後。部屋のドアからソファーに戻る数歩の間にウィルはぽつりと呟いた。
「うん。面白そうだったし。もしかして実は嫌だった?」
「そんなことはないけど」
 やはり気に入っていたらしいソファーの座り心地を存分に堪能しようと仰け反るソフィアを、先程と同じ彼女の背後から、ウィルは覆い被さるようにして見下ろした。
「何? 怒ってるの?」
 無表情のウィルに、少し心配になったように、逆さまの彼女の顔が細い眉を寄せる。ウィルは小さく苦笑して見せた。
「怒ってなんてないよ。君の仕事振りを間近で見るのもやぶさかじゃないしね」
「ウィルもめでたくトレジャーハンターデビューだね」
「この仕事はトレジャーハンターじゃないんじゃないかなあ……ていうかイヤだ俺はこんな不安定な商売」
「イヤってそんなあなた、人の職業をきっぱりと」
 不服そうに、ソフィアが唇を突き出す。その唇に――ウィルはそのまま顔を近づけて、軽くキスをした。
 すぐに顔を離して見下ろした少女の瞳が、ただ驚いてきょとんとしていただけで特に怒ってはいなかったので、彼は再度、今度はもう少し強く、唇を押しつけた。
「……ん……っ」
 さらけ出された喉が震え、小さな声が漏れる。艶かしい音を生み出したその部分に指先でくすぐるようにウィルは触れ、唇を離してそのまま彼女の耳元に……
 ぱしーんッ!
 ……触れようとした矢先、景気よく鼻っ面に響いた軽快な音と痛みに、彼は顔をしかめた。
「っつー……」
 ひりひりとした痛さをこらえながら薄く目を開けると、目の前では、ソフィアの白い右手が、どこからいつの間に拾い上げたのか定かではないが、スリッパで、手首のスナップも鋭く素振りを繰り返していた。
「帰れ痴漢」
「……痴漢って」
 腑に落ちない気分でいっぱいになりながらも、ウィルはすごすごと彼女から身体を離す。つーんとばかりに窓の外に視線を背けるソフィアに恨みがましい視線を向けて、彼はぼそりとぼやいた。
「そんなだからあの男に誤解されるんだよ。普通とは逆の意味で」
 もっとも、一緒に寝る仲かというからかいにめいいっぱい否定したり、絶対に二人部屋を取ってくれなかったり、キスすら余程タイミングと雰囲気とその日の気分を見計らわないと許してくれないような彼女を、恋人だと他者に納得させる方が困難なことなのかもしれないが……
「そーいうのは結婚してから! っていっつもいっつも言ってるでしょうがこの変質スケベ!」
「俺の行動は十九歳男子としては全く正常だ! そっちのがよっぽどおかしいわ自覚なしのどうでもいい所ばっかり潔癖症!」
 一応、恋人同士だったりする二人だった。


←BACK

NEXT→


→ INDEX