9
さやさやと、髪を揺らす微風に気付いて私は目を開けた。
ぼんやりと紗のかかった寝起きの眼に、不規則な光の波が揺れる。左目を、ニ、三度目をしばたいて視力を回復させると、開け放した窓に掛けられた薄いレースのカーテンが風に揺れ、陽光を弄んでいるのが見えた。
執務に疲れてほんの少しだけ休息を取ろうとソファに寝そべったら、思いの外深く寝入ってしまったようだった。窓の外から差し込む陽光の思いがけない傾きに気が付いて、私はうっかり喉の奥で、げ、と呟いてしまう。……いかん、この下品さはまるで奴の所作だ。ぱしぱしと軽く頬を叩き、夢の余韻を寝ぼけ頭から追い出す。
随分と懐かしい夢を見たものだ。寝乱れた髪を手櫛で整え結い直しながら、私は執務机に戻る。天板の上に堆く積まれる、昼寝前と変わらぬ高さの書類の山にうんざりとした視線を投げてから、革張りの椅子に座り、気を引き締める為に、後頭部で結わえている眼帯の紐を一旦解き、きつく縛り直す。
目の奥に、疼くような痛みを覚える。あの時の傷が原因で視力を失う結果にはなったが、傷自体は完治している。しかしもう何も見る事のない眼は、未だ時折何かを訴えかけるような疼きを齎す事があった。
眼帯の上から手で包み込むように瞼を押さえていると、不意に執務室のドアがノックされる音が響いた。
「何だ」
「頼まれてた資料。王立図書館から届いたから持って来たんだけど」
名乗りもなくぞんざいに聞こえてきたのは部下のクォークの声だった。
「入れ」
促しに答えてドアが開けられる。分厚い装丁の書物を小脇に抱え、入って来る背の高い黒髪の男の後ろには、対照的に子供のように小柄な少女が胸に本を抱えて付き従っていた。雛を連れる親鳥よろしく小柄な少女を従えて、クォークは大股で書棚の方へと歩き、その前にあるテーブルに本を重ねて置いた。
――似ている。
少女からも本を受け取り、淡々とした無表情で作業するクォークの横顔を眺めつつ、私はそう思った。
成長に伴い体格こそ酷似してきたものの、顔貌も性格も全く違う筈なのに、この数年で徐々に、最近になってはとみにそう錯覚する事が多くなってきていた。あの男が生来の髪色である姿をまともには見たことがない私ですらそう思うのだから、黒髪で通していた頃を知る部隊員には尚更だろう。よく考えれば顔立ちも、あの男程規格外な美形ではないが、クォークもそれなりには整っている男であるので、系統的には同じと言えるかもしれない。
『ネツのキラーマシーン』という、かつてあの男に与えられた二つ名をそっくりそのまま受け継いでいるのは恐らく偶然ではあろうが、その時代を知る古参の兵からすればあの男の後継者という印象を拭い難い物とする。以前腐れ縁の敵国民に『身代わり君』などと称された事があるが――あれは、『部隊長の椅子を押し付ける為の身代わり』という意味と『あの男の身代わり』二つの意味を掛け合わせた表現に違いない――、そんな卑俗な揶揄を投げかけられるのも止むを得ない程に、面影が重なる。
暗示めいてすらいるのが、恋人の存在だった。傍らで、小さな花のように控えめに微笑む女の姿が。それを、慈しむような眼差しで見つめる男の姿が。話でしか聞いた事のないかの二人の在りし日の姿と何故か明瞭に重なるのだ。
全ての苦痛から遠ざけられた、クリスタルの女神のおわす国。その地に居る二人も、今はこうして穏やかに、幸せな顔をして暮らしているのだろう。……真剣に天国という世界の存在を信じている訳ではないが、きっとあの男は、愛する恋人の御許にこれで向かえると、自分の苦役はこれで終わるのだと、満足と共に死んでいったに違いない。未だにその死とうまく折り合いをつける事が出来ないでいるのは第三者にしか過ぎない私だけで。
――急に、何もかもが虚しくなって、私はぼんやりと呟いた。
「クォーク。部隊長にならんか?」
「は?」
唐突に何の冗談を、とでも言いたげな顔で振り返ったクォークだったが、私の隻眼を見て、訝しげに眉根を寄せた。
「何、急に。引退でもするの?」
「お前が継ぐのならば、それもやぶさかではないな」
私のやや投げやりに聞こえるかもしれない返答に、クォークは少し面食らったようだった。私の真意を見極める為かまじまじとこちらを見てから、ふんと一蹴するように鼻息を吐き出した。
「やだよ、部隊長なんて面倒臭い。大体俺だってもうしばらくしたら引退する予定なんだ。あと何年か必死に働いて十分な蓄えを作ったら、田舎に引っ込んでミナと静かに暮らすんだ。な?」
「えっ、えええっ!?」
急に同意を求められて隣の少女が心底動揺した声を上げた。それは明らかに彼女にとっては寝耳に水だったようで、はぐらかす為に言っているんだろうか、だったらそ知らぬ顔をして話を合わせておくのが一番いいけれど、という葛藤が声に出して叫んでいるに等しいレベルで駄々漏れになっている。最早駆け引きを考慮する必要性など皆無である己の態度に彼女自身は気付いていないようだったが、少女は結局、その思案を駆け引きには使わず、ごくりと唾を飲んで真剣な顔でクォークに訊ね返していた。
「……ほ、本当に?」
「勿論。嫌だった?」
真顔でクォークは即答し、ミナは脳震盪を起こしかねない程大きく首を横に振った。
「ううん。ううん。……嬉しい」
発射ボタン、かちっ。
脳内で私が呟いたそんな言葉に半秒遅れ、ずばしっと室内いっぱいに響いた激しい衝突音に、ミナが驚いて顔を上げた。横を向いたクォークの手が今の今迄持っていなかった筈の硬い表紙の分厚い本を掴んでいるのを見て、円らな瞳をぎょっと見開く。
「こんな馬鹿でかい本を本気で投げつけてくるなよ、ミナに当たったらどうするんだ」
弩砲を射出した直後のバリスタのような体勢を取っていた私に呆れ声で告げて、クォークはひょいと本を脇に置いた。ずしんとテーブルを揺らす凶器の重量感に気の小さいミナが再度、子猫のようにびくりとしてクォークの服の肘の辺りに縋りつく。ええい腹立たしい。いや別にその少女の事を好ましく思わん訳ではないが、簡潔に言えばリア充爆発しろ。
「前々からやめろと言ってるのにいつも一切人目を憚らずにちんちんかもかもと。嫌がらせか」
「あんたも男作れば? ヒスも少しは収まるかもよ」
二発目のヘビィショット、発射。ずばしっ。
「下らん事を言っている暇があるんなら、そこらの本を纏めて返却して来い」
私の命令に、クォークは実に大儀そうに溜息をついて見せた。
「全く人使いが荒いんだから。お使いには報酬が必要なんだぞ?」
ぼやきつつもクォークは重たい本を丁寧な扱いで重ね始める。文句を言いながらもいいつけは守る、そういうまめでお人好しな所が幹部だというのに下っ端のようにこき使われる一因だという事をこいつは分かっているのかいないのか。決して頭は悪くない男なのだがたまに馬鹿で実に使い易い。ミナの方は夫唱婦随とばかりに当然の如くクォークを手伝い、テーブルの上で乱雑に入り混じっている書類と書物をてきぱきと分別し整理し始める。本当にいい女房を持ったなこの野郎。爆発しろ。
法界悋気にささくれ立つ心を少しでも落ち着ける為、ふうぅぅ、と細く長く息を吐き出しながら私は革張りの椅子に身を預け――
ばきっと何かが壊れるような音に驚いて、ミナとクォークが揃って私のいる執務机の方を向……いたらしい。らしいというのはその時まさに私の視界は後方に倒れゆく私の身体と同期して天井を通過してゆく所だったので、二人の様子を視認する事が出来なかったからである。
何故かぽっきりと外れた椅子の背凭れと共に、私の身体はフェンサーの武技・タンブルもかくやというほど鮮やかに背後の床に吸い込まれていった。
……人生で一番無様だったのは疑いようもなくあの時の醜態だが、もしかしたら二番目に無様かも知れない様をよりにもよってクォークなぞに見られるとは。
「大丈夫か?」
明らかに吹き出すのを堪えている微妙なビブラートのかかったクォークの声に、姿勢を正すのよりもまず先に、手の届く範囲に武器となる何かがないかを探してしまったのはごく自然な反応と言えるだろう。クォークの後ろからおろおろと心配そうにこちらを覗き込む娘の、悪意のない痛ましい視線も居た堪れないものがあるが、真に憎むべき相手くらいは私とて弁えている。とりあえず吹いたらクォーク、吹かぬうちはこの私に恥をかかせたおんぼろの椅子めだ。
「このがらくた風情が……」
二人分の憐憫の視線を受けつつ毒づきながらのろのろと身を起こす。背凭れは完全に外れて床に落下し、その大きなクッションの上にずり落ちた恰好になるので別段怪我などはないが、一体何の嫌がらせだこれは。尻の下にある忌々しいそれを見下ろせば、革張りのクッションの一部が蓋が開くように外れ、中の空洞を覗かせている。
「……うん?」
蓋が開くようにって、いや普通椅子のクッションはそんな風に外れる作りにはなっていないだろうし中に空洞などもないだろう多分。一体どういうギミックだ。
……ギミック?
「あれ」
ふと視界の外から声がして、壊れた椅子から視線を離すと、ミナがその場にしゃがんで足元にある何かを拾い上げているのが目に入った。彼女が拾い上げたのは、小さな――手のひらに乗るほどに小さな、けれどもこの部屋にも、この部屋の私を含めた歴代の主の誰にも似つかわしくない、小洒落た赤いビロードの小箱だった。ミナはそれ以上何も言わず、箱をこちらへと差し出してくる。
私はそれを、差し出されるままにぼんやりと受け取って、無意識の仕草で蓋を開いた。
その中には、小さく折り畳まれた紙切れが一枚、入っていた。古ぼけて黄ばんだ紙を開くと、見慣れた――かつては見慣れていた癖の強い下手糞な文字が目に飛び込んできた。
『親愛なるロゼへ。
ふはははは。良くぞこのギミックを見破ったな。しかし嘆くがいい。このギミックは、椅子の使用者が一定以上の体重を超えると解放される仕組みとなっている。あ、嘘です。うそですごめんなさい読まずに破って捨てないで。ただとある体重の掛け方で外れる仕掛けになってるだけです。俺もたまーに外しかけて焦るんだこれ。何でこんな細工したんだろ。』
……燃やしていいだろうかこれ。
一行目を目にした瞬間の緊張すら孕んだ追懐の情が全部どこかに飛んでいった。死して尚これ程までの衝撃を生者に与えるとは只者ではなさ過ぎて今すぐ墓石に蹴りくれに行きたい。
両肩にずっしりと疲労感を感じながらも、私はその先を読み進めた。
『とりあえずこれを読んでいる以上、俺は既にこの世にはなく誰かが部隊長を継いでいる状況だと思う。次の部隊長は順当に行けばロゼだろうと思うのでこれをここに仕掛けるが、もし読んでいるのがシグルドあたりだったら今この瞬間に本書を破棄し脳内からも削除するように。削除してくださいまじお願いします。
……さて前置きが長くなったが、ちょっと遺言めいたものをここに書き残しておこうと思う。
いつどこで死ぬか分からねえような生き方をしながらも、これまでずっと、自分が死んだ後のことなんざ気にも留めた事はなかったんだが……どうせいちいち言い残さなくたって、特に何も変わらず皆適当にやって行くだけだろうとしか思ってなかったんだが、最近色々あって考え方が変わってきてな。こうして柄にもなく自ら進んでペンを取った次第だ。
と言ってもまあ、部隊の事については特に何も言う事はねえ。平時の諸処理は言うに及ばず、戦場でも、上官の指示なんかなくたって、それぞれが適切に判断して、十二分な働きをやってのけるのがお前らだ。《ベルゼビュート》の勇名をより一層天下に轟かせてくれると確信している。
俺の心残りはたった一つ、ロゼ、お前の事だ。
俺がどういう状況で死んだかなんぞ今の俺には分からんが、何であれ、お前は酷く悔いていると思う。そして、何度人の死なんか「ざまあwww」で済ませよと言っても理解しなかったお前の事だ、表面上は取り繕えても腹の中ではいつまでもずるずると引きずって悲しんでいると思う。ただでさえ打たれ弱いお前に、必要以上に思い入れを強くさせるような真似をしたくなかったんで、ずっと自重していたんだが、この所、どうしても我慢出来なくなってきて、色々と微妙な事を言っちまった。悪い。今までずっとお前の事、ただの戦友だとしか思ってねえ風を装っといてあの言い草はないよな。そりゃ、あれだけ態度がブレてたら、お前を混乱させるだけだった。お前は、今も俺が過去の女ただ一人を想い続けていると思ってるんだから尚更だ。全く軽率だった。
一番大事な事を言っていなかった不明をここに詫びる。そして改めてちゃんと言う。
俺は、ロゼ、お前の事が好きだ。
勿論お前が考えている通り、前の女の事はぶっちゃけ今も好きだし忘れられねえ。それは事実だ。この気持ちは死ぬその瞬間まで決して色褪せることなく続いていくものだと思う。でもそれと同じように、お前の事も好きなんだ。代わりとかそういうんでなく……なんつーのかな、自分のガキが生まれるとするだろ。可愛くてしょうがねえだろ。その後に二人目が出来りゃ、分け隔てなく両方可愛くなるだろ。それの恋人版っていうか? あれこれってもしやただの浮気性の言い訳なのか? よくわかんねえ。
まあとにかく好きなんだよ。前の女を失って、あいつの事が好きで好きでどうしようもない余りに、ただあいつの生きた証を立て続けねえと、俺が生き残ってしまった意味はそれしかねえんだと、ってある意味追い詰められてた俺をよ、本当の意味で再び笑えるようにしてくれたのはお前なんだ、ロゼ。
ガキ云々の話も今思うと色々すっ飛ばし過ぎてどうしようもない糞セクハラ発言にしかなってなかった事に気付いて馬鹿じゃね俺としか言いようがないんだが、あれはただ単に、お前と一緒に生きている証を立てたいって思っただけなんだ。
お前と付き合いたいって言ったのも告白のつもりだったんだがあれは酷かったな! 言われて気付いた! あの件はまじすんません! 女口説くのって難しいのな!
……そのうちお前の怒りがある程度解けた頃にもう一回、今度はもうちょっと誤解させんよーにこの気持ちを説明しようとは思っている。この手紙はそれが成功するまでの保険的なアレも兼ねるのだが、出来ればこの件に関しては、保険を使う事はないように祈りたい。
とりあえず、ちゃんとお前に告白するその時に渡す予定のお詫びの品を、今はここに置いておく。
手前勝手な言い草で悪いけど、お前と出会えて、本当によかったって思ってる。
お前と出会えて、お前の事を愛する事が出来て、よかった。
真実の思いを込めて』
かさり、と読み終えた手紙をどけて、手紙が入っていた小箱を見下ろす。箱の中に入っていたのは、紙片のみではなかった。陽光に明るく輝く、小さくも力強いきらめきが目に飛び込んでくる。
私は意識を茫漠とさせたまま、指先をそれへと伸ばす。
硬い感触が指先に触れた、その瞬間。どこの妖精の気まぐれか、開け放しにしてあった窓から強い風が吹き込んだ。
カーテンを舞い上がらせ、私の髪を躍らせ、一陣の風が吹く。
女神の息吹のように。
視界が――白く遠く霞んでゆく。黄ばんだ古紙の白さとは違う、灰色がかった無彩色の白。
その中に酷くぼやけて見づらい景色が映る。立ち枯れた木々、点在する巨岩。記憶と重ね合わせることで漸く把握出来る曖昧さの、荒涼とした風景の中に、私の記憶にはない何かが見える。
赤い血の色。透明な涙の色。顔の右半分から夥しく出血しながらも、それに構わず一心にこちらを見下ろし何かを叫ぶ、くしゃくしゃに歪んだ女の顔。
霞みゆく風景の中でその顔だけが何故か鮮明で。
――ずっと、ただ早く、あいつの所へ逝きたいと思っていた。けれど、簡単に死ぬことは許されない。そんな甘えは、彼女を護れなかった俺には許されない。死を全力で回避しながら戦って戦って戦い続けて、いつか不可避の刃に掛かって死ぬその時こそが唯一の救済だった。その為に生きていた。
ただそれだけの生だったのに。
ああ、くそ、今になって。初めて本当に死にたくねえって……もう少しだけ、お前と一緒にいたかったって……思うなんて。
けれど、でも、そんな事よりも。
今度は、護れた。
その事の方が、単純に嬉しく思えた。
顔に傷を負わせちまったのは計算外だが、大丈夫、お前はどんな傷を負ったって綺麗な女だ。生きているならよしとしよう。好きな女を二回も亡くすのは、流石の俺も勘弁だ。
……あいつもこんな気持ちだったんだろう。一片の曇りもなく純粋にそう想える。彼女が最後に伝えようとして、伝えられなかった言葉が分かる。
「泣くな、ロゼ、……笑っていろ」
最早痛みはなかった。ただ、圧倒的な凍えと眠気が俺を誘う。一言紡ぐ度に魂が削り取られているかのように感じたが、あいつが伝える事の出来なかった言葉を、今度は俺が、紡ぐ。
苦しむ必要なんて最初からなかった。そんなことはあいつは望んでいなかった。
ただ、笑っていて欲しい。あいつの望みはそれだけだった。
「笑え、ロゼ……、」
儚く、弱く、けれども強い、俺が最後に愛した女。
――暫くの間は泣くだろう。
でも、こいつは、こいつなら、きっといつか気づく――必ず。時間は掛かっても、俺のようなギリギリではなく、取り返しのつく段階で。
「……俺は、…………」
お前が笑ってさえいれば、俺はどこにいたって幸せになれる。
「部隊長さん」
耳元に暖かく響いた遠慮がちな呼びかけに、私ははっと意識を取り戻した。
顔を上げれば目の前に、私と同じく床にしゃがみ込んで、心配そうに視線を向けてくる少女の姿がある。
私は暫く時が止まったように少女の顔を見ていたが、その視線に答える言葉がどうしても思いつかず、結局何も言わずに手元に視線を戻した。薄いカーテン越しに差す不規則な陽に呼応して、白金色の台座に嵌った小さな石がきらきらと七色の光を返してくる。万物の根源たるクリスタルとは違う、魔力も何も含まない、ただ美しいだけの石だ。
小さな指輪を中央に映す、私の狭い視界が、虹色に歪んでゆく。
馬鹿だ。大馬鹿だ。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、やはり真性の馬鹿だった。あれだけ豪放磊落に振舞っておきながら、本性はどこまで肝っ玉の小さい男だったんだ。こういうものは、怒りが収まるまでなどと女々しくしまい込んでおかないで、すぐさま直接謝罪と共に渡しに来んか。だからこんなにも長い時間、渡しそびれたりするんだ。大馬鹿者。
アッシュブロンドの髪を輝かせて笑う懐かしい姿が。いつの日かまた出会い、交わすべき言葉を交わす為に私を待つその姿が、見えた気がした。
この手のひらにある虹の向こうに。
【 Fin 】