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いじめに対する後始末




「あ、クォークぅ、今日はミナちゃん私の貸し切りだから。宜しくー」
「は?」
 翌日。パトロール隊より砦付近で敵の痕跡を確認したとの情報を得て、出撃の準備をしていたクォークに、ひょいと大部屋の入口から顔を覗かせたアイラはそう言い捨てて、すぐさま立ち去った。
「こらこらこら、ちょっと待て。どういう事だ」
 言うだけ言ってすたすたと廊下を歩いていくアイラの背に、慌てて部屋から出てきたらしきクォークが後ろから声を投げかけてくる。
「何よぉ。汗臭い脳筋はさっさと血生臭い戦場に行ってらっしゃいな」
 今回は単なる偵察任務であるので出撃するのはクォークの一分隊だけだ。他の兵は何かあれば即座に出撃出来る用意を整えて待機に当たる。と言っても基本的には砦駐留時は兵士は常に臨戦態勢を取る建前なので、つまりはいつも通りの過ごし方をしていればいいという事である。今日は午後から酒保が開かれる予定だったんだよなあと頭の中で行動予定を纏めつつ、アイラは後ろ手に手を振って仲間の出撃を見送ってやる。
「ミナに変な真似はするなよ!? おい、アイラ、聞いてるのか!?」
 心配性の親鳥がまだ何かやいのやいのと言っていたが、アイラは鼻歌を歌いながら自室へと戻って行った。

「えっ、えええっ、あのっ、アイラさんっ!? わ、私こんな装備着るの無理ですっ」
 アイラが自分の荷物から出したソーサラー装備を一目見て、即座に泡を食ってそれを突き返そうとしたミナの手を、アイラはにんまりとして押し返した。
「大丈夫。丈を詰めたりはしなくても大丈夫なデザインだし、胸だってちょっと絞れば着れるから」
「そそそそういう可能か不可能かって意味じゃなくってっ、こ、こんなお腹とか太腿とか丸見えなっ」
「たまには曝け出してみなよ? そういうの大事よ」
 何が大事なのか自分でもよく分からないが、テキトーに言っておく。余談だが、肌が露出しているデザインでも魔法強化された装備は不可視の防護幕で護られていて、戦闘装備としての防御力をきちんと備えているのだから魔法というのは不思議な物だ。……ソーサラーの台詞ではないような気がするが。
「何事も、入るならまずは形からって言うでしょ?」
「そ、そんな名言あったかなあ……?」
「ミナちゃんはもうちょっと恰好に気合を入れなきゃ駄ー目。モリガン装備とか、修行中の錬金術師みたいな地味ーな恰好してるから調子こいたガキどもにナメられるのよ、せめてリンダ着なさいリンダ。っていうか持ってなかったっけ?」
「ちょっと今修理中で……」
「そもそもね、軍部のオフィシャルショップなんかで買うから駄目なのよ、実用にしか向かなそうなもっさいデザインばっかな癖して最低限の魔法防御しかかけてないからすぐに修理が必要になるんだもんアレ。値段は張るけど長い目で見たら商業区の高級ショップで買った方が断然お得よ?」
「考えときます……」
 と、なんやかんや言ってるうちにささっと装備をミナに着せてしまい、ついでにちょいちょいとメイクも施してやってから、姿見に映った自分の姿を見て呆然としている少女を引っ張って外へと出た。

 通りすがりに少女を目にした兵士たちの間に、明らかにどよめきが走るのを聞いて、アイラは内心で会心の笑みを浮かべていた。
 このミナという少女、自分では謙遜してはいるが、素材は決して悪くはない。ふんわりと柔らかな栗色の髪に、表情豊かな大きな瞳。ふっくらとした頬の輪郭は彼女を年よりかなり幼く見せるが、血色のいい艶やかな唇は案外と大人の色香も帯びている。そのアンバランスさが見る者によっては結構堪らない。たまにアイラもこのままむぎゅーと抱きかかえて百合の花園に連れ込みたい衝動に駆られなくもない。
 普段は地味な服装と控え目な性格に隠されているそれらの魅力を、アイラも気に入っている勝負服とポイントを押さえたメイクで最大限に引き出してやれば、原石は簡単に至高の宝玉へと生まれ変わる。
「ミナさん、あれっ、や、今日は……これはまた随分とエ……可愛らしい恰好っすね」
「あ、サイトさん……あの、えーと、有難うございます……」
 すれ違いかけたサイトが思わずと言った様子で立ち止まり、少女をまじまじと凝視して言う声に、ミナは真っ赤になって俯いた。エロいっすねとか言いそうになったなこいつ、とアイラはサイトをじとりと睨む。……まあそういう系統の仕上げにしてある訳なのだが。
 全体的には薄暮の闇のような暗紫色で纏めたコーディネイトである。上衣は少ない布地で胸のみが覆われ、肩と腹部が大きく露出したデザインで、少女の肌理細やかな素肌を惜しげもなく日の目に晒している。脚衣は軽やかなフェザー状のスカートだが、戦闘中の足捌きを良くする為、覆われるのは背面のみという仕様になっている。前部は大胆に開き、水着に似た際どいボトムとニーソックスを留めるガーターベルトが男の目をくぎ付けにしてやまない。チカトリーチェ、と呼ばれる装備だ。
 ミナは風通しの良い下半身が気になって仕方ないらしく、恥じらいに満ちた仕草で、大きく開いたスカートを手で掴んで両側から寄せた。しかしそれは本人は全く気付いていないが、腕で胸を寄せて谷間を作る恰好になっている。ミナはあまり肉付きはよくないが、無理矢理作れば谷間の一つくらいは出来る。その様を、サイトは二秒程、まばたきもせずに凝視していたが、即座にあわあわと視線を逸らした。多分今こいつの頭に浮かんだのは、
『これ以上見たらクォークさんに殺される』
 その一言だ。でなければ『目を潰される』かもしれない。
 逸らされたサイトの視線とアイラの視線が合い、サイトが困惑したように眉を寄せた。
「何考えてるんすか」
 ……殺されますよ? という言外の問い。そう簡単に殺されてやる程怠惰に過ごしているつもりはないアイラは、ミナより二回り大きな胸を張る。いかな相手は『ネツのキラーマシーン』とはいえウォリアーとソーサラーのタイマンならソーサラーの方にやや分がある。
「何よ、ヴィヴィアン装備は流石に狙い過ぎかなーと思ってこの辺で妥協したんじゃない」
 巷間ミニスカポリスと俗称されるヴィヴィアン装備なんぞを着せた日には、あいつはうっかり鼻血で失血死しかねない。
「いや装備の問題……だけどそうじゃなくて」
「ミナちゃんにはちょっと自信をつける事が必要よ。女が自信をつけるには着飾るのが手っ取り早いわ」
「まあ物凄く間違ってるとは言いませんけど」
 ミナが下級兵たちに因縁をつけられている件については、もしかしたらこいつも知っているのかもしれない。職業柄、サイトは結構耳が早いのだ。しょうがないと言わんばかりに嘆息し、言い添えた。
「あんまりクォークさんがやきもきするような事はしないでやって下さいね。あの人いつかハゲますよ」
「ハゲろハゲろ」
 ひっでぇ、というサイトの呟きを耳にしながら、アイラはミナの手を引いて足を進めた。

 アイラが目的地としていたのは砦内の中庭だった。今日は、砦に大規模な隊商が訪れ酒保が開かれることになっていた。酒保とは戦地での兵士たちの士気高揚の為に時折開かれる、ちょっとした祭のようなものである。甘味や酒が提供されたり、書籍や娯楽用品を購入出来たりする、娯楽の少ない前線に於ける貴重な息抜きの場だ。こんな日に出撃とは、クォーク隊にはご愁傷様の一言である。
 朝早くには無骨な出撃部隊が整列していた中庭には、今は打って変わって大小の天幕が張られ、一転して華やかな様相となっていた。
「わあっ!」
 ミナは子供のようなはしゃぎ声を上げてたたっと走り出した。折角の色っぽい服装が台無しなあどけなさだが、まあ、これはこれでいいものかもしれない。……姉気分というよりは幼女を連れ回す変態親父の気分になりつつ、アイラはミナが駆けて行った先に続いた。
 ミナは早速、中庭の入口付近にあった露店を興味津々な様子で覗き込んでいた。可愛らしい小物やアクセサリを扱う店でいかにもミナが好みそうな品揃えをしている。ミナは余り着飾るという事をしないが、決して女の子らしいものに興味を示さない訳ではない。
「わあ、このお花の髪飾り、綺麗だなあ。ねえこれいいですよねアイラさん。でも八十かぁ……」
 前屈みになって商品を眺めるミナの胸元に店主の親父が鼻の下を伸ばして視線を向けている。クォークがいたら瞬殺確定だなぁ、などと思いつつ、アイラはクォークではないので静観する。
 物欲しげな上目遣いでミナがちらっと店主の顔を見る。客の顔ではなくその少し下を見ていた店主は少し慌てた様子でミナの視線に答えた。
「おっ、じゃあおまけして七十五にしといてやるよ」
「七十五……何かきりが悪いなあ。七十じゃだめかなあ?」
「んん〜、しょうがねえ、お嬢ちゃん可愛いから特別だ! きっかり七十でいいぜ、持ってけドロボー!」
「本当? わぁい、有難う! お兄さんかっこいい!」
 そのやり取りを見て、おや意外と遠慮しないなと少し考えてからアイラは気付く。ああ、そういやこの子は日常的に値切り上等の首都のマーケットで買い物している主婦だった。商人とのやり取りには慣れているんだ。
 ほくほくとした様子でミナは早速戦利品を髪に留め、どう?と聞いて来た。淡いピンクの造花はミナの愛らしい顔によく似合っている。
「可愛い可愛い。ミナちゃんもやっぱそういうのつけた方がいいって」
「えへへ、いつもなら買わないんだけど、今日はアイラさんに素敵なお洋服を貸して貰ったから、奮発しちゃった」
 にこっと笑うミナをアイラは思わずむぎゅっと抱き締めた。ヤダもう何この子可愛い。お姉さん、上司の女をイケナイ道に連れ込んじゃいそう。

 それから暫く二人で露店を冷やかしながら歩いていると、自分たちを観察するような視線が向けられている事にアイラは気付いた。ちらちらと窺うような視線は周囲の男たちが絶えず投げかけてきていたが、今感じているこれは明らかに話しかける機会を狙っている。そう勘づきつつも気付いた素振りは見せずにいると、品定めが完了したのか少し遠巻きに眺めていた気配が近づいてきた。
「やあ、お姉さんたち兵士さん?」
 二人の男が、アイラとミナを両脇から挟むように陣取って、道を行く二人に歩調を合わせて来る。アイラは横目をちらりと向けた。兵士のように体格の良い若い男らだが、見ない顔なので多分隊商の一行なのだろう。商人たちは今まさに仕事の真っ最中なので、そんな時にぶらついていられるという事は一行に雇われた護衛か。全身をざっと見て、適当に見当をつけてから顔の造作をチェックする。やや粗削りだが不細工ではない。向こうで別の三人程のグループが、同じように視線を送って来ている事にも気付いていたが、そちらよりは見目はいい。まあ合格としてやろう。
 こちらもまた品定めを済ませ、アイラは蟲惑的に見えるであろう笑みを浮かべた。
「そうよ。何か用?」
「用って程じゃないけどさ、お姉さんたちがあんまりにも綺麗なもんだから。軍人さんにもこんな人がいるんだなーってびっくりしちゃって」
「今休憩中? よかったらちょっとお茶しない?」
「んー、どうしよっかなぁー」
 迷う素振りを見せつつ、会話を続けている時点で既に乗る気は満々である。普段、首都を歩いていれば男に声をかけられる事は多々あるが、ミナや他の友人といる時にそんな誘いに乗る事はない。……のだが。
「いいわ。丁度そろそろ喉も乾いてた所だし」
 今迄すげなくナンパ男をあしらう姿しか見た事がなかったミナは、その対応に少し驚いたようにアイラを見上げた。そんな少女にアイラは目配せをする。
「折角だし奢ってもらいましょうよ」
「え、……いいのかなあ」
「いーじゃない、お茶くらい」
 言いながら、アイラとミナは男たちと連れ立って、一番大きな天幕の下に入っていく。飲食物を提供している屋台だ。毎日たいして変わり映えのしない砦の食事ばかりを食べている兵士たちにとって、簡単なものとはいえ物珍しい料理や酒は魅力的であるらしく、店は混雑していたが、四人は端の方に開いていたテーブルを運よく確保した。
「んじゃま、出会いを祝して、かんぱーい」
「かんぱーい♪」
 男たちの上げた調子のいい音頭にアイラも便乗してグラスを掲げた。店ではアルコールも振る舞われているが、各々が手に取ったのはお茶という言葉に違わず冷茶と果実水であった。
 男らは、焼き菓子をミナとアイラに進めながら、いかにも女との会話に慣れた流れるような調子で喋り出す。
「ほんっとお姉さんたち超美人だねー。俺達、普段はハンターをやってるんだけどさ、俺らの同業者の女なんてムッキムキのオトコ女ばっかだぜ。お姉さんたちみたいな人がいるんなら、俺も兵士になっときゃよかったなあ」
 ハンターとは専ら魔物狩りを生業としている者の事を指す。害獣を討伐する事によって報奨金を得たり、武器や薬品の原料となる特殊な魔物の牙や血などを採取して売る事で生計を立てる者たちだ。それゆえ商人たちとは関係が深く、時にはこのように、隊商の護衛を引き受けたりもするのである。このメルファリアでは比較的メジャーな職業であるのでアイラにはその説明は不要だったが、ミナは興味深げにふんふんと聞いていた。
「じゃあハンターも、私たちと同じように武技や魔法を使って戦うのね」
 男たちにとっては『お姉さんたち』を褒め称える部分が発言の趣旨であった筈だが、ミナはその部分を完全無欠にスルーして自らの知識欲を満たそうとする。その少し変わった視点は、しかし男たちの興味を別の意味で引いたようだった。やや苦笑しながらも、真面目に答えを返す。
「まあ、魔法はあんまり見る機会はないけどな。ハンターの殆どがウォリアーで、たまにトゥルーショットを使うスカウトがいるくらいか」
「ソーサラーのハンターっていないの?」
「皆無ではないとは思うけど、滅多にいないな。ソーサラーは狩りには向かないからな。俺もあんまりソーサラーに接する機会はないんで詳しくないが……魔物にはあんまり効果のない魔法ってのも多いそうだし、大魔法ってのは威力はあっても燃費は悪いし隙もでかいだろ。魔物に囲まれてる間に詠唱が切れでもしたら一巻の終わりだしな」
「へえぇ……。そう言えば新兵訓練の時も、ウォリアーの人たちの方が簡単そうに魔物を討伐してたわ」
 感心しきった顔をして相槌を打つミナに、男は色男ぶった笑顔に立ち戻り、愛想よく笑いかけた。
「っつーことで、お姉さんたちソーサラーなんだろ? ここはひとつ後学の為にもソーサラーと親睦を深めておきたいんだよな〜」
「うん、そうね。私もハンターの話、もっと聞いてみたい」
 男の意図には相変わらず全く気付く様子なく、純粋無垢な笑顔でにこっと笑って応じるミナを隣から眺めつつ、アイラはにやりとほくそ笑んだ。まあまあ計画通りに事は進んだようだ。
 尤も、計画などと御大層な事を言ってみても実質大した事を企んでいる訳ではない。自分の魅力に関して自覚の足りないミナに女としての自信をつけさせる為、たまには他所の男にちやほやされてみるのもいいんじゃないかと思ったという程度の話である。男の褒め言葉をナチュラルにスルーした瞬間は、その無意識による鉄壁のガードにちょっと驚嘆したが、そこからちゃんと路線を戻した今回の男たちの話術に期待してみる事にした。
 さてさて、上手くいくかなっと。
 勿論友人の為ではあるが、主たる行動理由は自分が楽しむ事である。アイラも自分は自分で男たちとの会話に興じつつ、趨勢を見守る事にした。

 ――そんな呑気な遊興を、遠く離れた席から敵意に満ちた目で見つめる視線がある事に、珍しくもアイラは気付いていなかった。

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