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16


 眩んでいた視界に、徐々に色が戻ってくる。
 一秒でも早く正常な視覚を取り戻そうと眉間に皺を寄せていたミナは、待ち望んでいた感覚が戻って来るのと同時に、脳に届けられた眼前の光景に目を見開き、短く息を飲んだ。
「…………やっ!?」
 手を口に当て、一歩後ずさる。
 目の前では、数秒前まですぐそこに立っていた老人が、目を剥き口をぽかりと開いて、仰向けに倒れていた。――額に黒々とした深い穴を開けて。
 後頭部から滲み出す赤黒い液体が、見る間にその面積を広げていく様から目を逸らせずにいるミナを越え、クォークの声が聞こえて来た。
「……おい、そのチビデブ仲間だろ。階級章からすると大将だから、上司か。何いきなり撃ち殺してるんだ」
 それはミナへではなく少将に向けられた言葉であったようだった。直前まで現れていた焦燥は、ミナへの直接的な危険が回避された時点で引っ込んだらしく、今のクォークの声は平坦なものに戻っていた。しかしそれでも不愉快さは残っていたのか、彼にしては珍しいくらいに直接的な悪口になっている問いかけに、少将は――こちらに向けて持っていた、煙のたなびく小型の銃の銃口を下ろしつつ、同じ平坦さで返す。
「そうね。でもその人がいけないのよ。私の大切な人形で勝手に遊ぶような人なんて……しかもあなたと同じ『オリジナル』を持ち出して来るだなんて。酷いわ」
「『オリジナル』?」
 クォークが問いを重ねる。その時になって漸く老人の死体から目を離す事が出来たミナは、少将が指し示している、兵士たちの一団に目を向けた。直前までミナに致命の一撃を与えようとしていた兵士は、他の兵士たちと揃って、魔法の間合いよりも遠い位置に下がっている。確実にミナを仕留める事が出来たであろうその攻撃を中断したのは……護衛対象である老人が死んでしまった以上、攻撃を行う理由がなくなってしまったから――だろうか?
 そうだとしたらあまりにも機械的に過ぎる。ミナは困惑しつつも兵士たちを見ていたが、ふとある事に気付いて目を瞠り、しかしすぐに、自身の思いつきに更なる混乱を覚えて眉根を寄せた。
「……似てる……?」
 ぽつりとミナの唇から漏らされた呟きに、クォークと少将が揃ってミナの方を見る。クォークにはミナの困惑の理由が分からなかったようで、その瞳にやや不思議そうな色が乗っているが、少将はミナの言葉の主語を正しく察したようだった。
「そうそうミナさん。あの日の戦場であなたにつけていた監視はその子よ。一番右の子」
 少将の言葉に誘われ、ミナは微動だにせず控えている兵士たちのうち、一番右に視線を動かす。目の前に居並ぶ兵士たち全員に言えることだったが、その右端の男もまた、兵士然とした屈強な体格という以外には、不思議な程に特徴のない男だった。その表情――特に瞳は硝子玉のように無感情で、全く個の意思という物を感じさせない。
 まるで、戦場でのクォークのように……
「あの時あなた、その子をクーと見間違えて追いかけて来てしまったでしょう。あなたの索敵能力で彼を発見出来た事にも驚いたけど、彼を追って来てしまったのにはもっとびっくりしたわ。結果的には誘い出すような恰好になってしまったけど、本当にそんなつもりではなかったの。つくづく想定外の事をしてくれる子よね、あなたって」
 ――そうなのだ。背格好も似ていなくもないのだが、その表情――いや、あの濃霧の森でそこまでは見える筈もなかったから、身に纏う空気とも言うべき気配そのものかもしれない――それが、この兵士たちとクォークとは余りにも酷似しているようにミナには思えたのだった。それ故に、ミナはあの時本能的に、この兵士の姿をクォークと誤認してしまい、走り出してしまった。
 ミナは兵士を凝視したまま、ある種の戦慄を覚えて唾を飲み込む。しかしクォークには、やはり自分とその男がそれ程までに似ているという実感は持てないらしい。釈然としない顔をしている彼に少将は視線を向け、種明かしをするかのようににこりと笑った。
「クーは覚えがないかしら。珍しいわね、あなたが人の顔を忘れるなんて。あなたの『同期』よ?」
 その意味ありげな言い方に、漸く僅かにクォークの眉が動く。
「何年か前からね、集め直していたのよ。あの『反乱』の時に、あなたと同様に施設から逃げ出して、迷子になってしまっていた子……私の『オリジナル』の人形たちを。あなたを含めて全部で五人しか残っていなかったのだけど、どれも思い出の詰まった私の大切な宝物たち。苦労して取り戻した彼らに、私は今与えられる最高の愛情を、惜しみなく注いであげたわ。そして彼らは応えてくれた。私の望む通りの力を得ることによって。……かつての時点での最高傑作は間違いなくあなただったけれど、現状では、彼ら一体一体の戦闘能力は、あなたのそれを上回る筈よ、クー?」
 その言葉にミナは戦慄する。まるで悪気のない顔で、忌まわしき『実験』を『愛情』などと称する精神性にもだが、それよりも現実的に差し迫った危機がミナをおののかせた。
 ただでさえ、五対二と圧倒的に不利な形勢であるのに、それぞれがクォークを上回る程の兵士であるなんて……!
 クォークに視線を向けると、そのような絶望的な宣告を受けても尚、彼は感情の現れていない眼差しで少将を見ていた。それが戦闘中ゆえの無表情なのか、動揺の余りに色を失った状態なのかはミナの目にも分からない。
 そんなクォークに向けて、少将はふんわりと微笑みながら手を差し伸べる。
「これが本当に最後よ。私たちと共にいらっしゃい、クー。今は及ばなくともあなたなら、すぐに彼らを超える高みに昇る事が出来る。……ミナさんとそんなにも離れ難いのならそれでいいわ。彼女も一緒に連れて行ってあげても」
 穏やかな少将の声に被さるようにして、どこか遠くで、穏やかならぬ爆発音が響く。《ベルゼビュート》の面々と少将の手勢との交戦の気配だろうか。その音のみでは戦況がどちらに傾いているのかは分からない。
 ――沈黙のまま、数秒の時間が過ぎ――
 不意に、まばたき一つせずに少将を見ていたクォークの目が閉じられ、すぐに開かれる。
 その彼の瞳には、ごく僅かながら、今のこの状況を楽しむかのような、からかうような光が現れていた。
 まるで彼の上司たる、《ベルゼビュート》部隊長を模するかのように。
「毛嫌いしてたミナ周りを妥協してくるって事は、余裕を装いつつもやっぱり大分焦ってるって事だな。まあそれはそうか。どれだけ強かろうと最後の切り札がたかだか四人のウォリアーじゃな。今ここで俺とミナだけを打ち破るには十二分な戦力だろうが、《ベルゼビュート》の包囲網をくぐり抜けるには心もとないにも程がある。……こんな状況でまだ勧誘を諦めない不屈のメンタルは素直に凄いと思うけど、もっと空気読んだ方がいいと思うぞ。身一つで、行くあてすらないあんたの漕ぐ泥舟に乗るような馬鹿なんか、もうそこの四人しかいないだろうに」
 戯言めいた長広舌もまた、部隊長を彷彿とさせるものだった。少将の目が僅かに眇められたが、その表情の変化はすぐに微笑で上書きされた。
「そうでもないわよ。私の研究に興味を持ってくれている組織は色々とあるもの。例えば、エルソードの研究機関とかね」
「それがジョークじゃないとしたら物凄い節操のなさだな」
 クォークは軽く肩を竦めてから、刃先を下ろして休めていた戦斧をゆるりと構え直した。気負いのない構えから、柄を握る腕に力が籠められ、武器に仕込まれたクリスタルが彼の戦意に呼応して輝いて、彼の足元から彼自身を包み込むかのように黒紫色の炎が吹きあがる。
 その、明白な戦闘再開の意思を言葉通り見て、少将が苦笑を浮かべた。
「交渉決裂ね。本当に残念よ。……最愛の恋人を道連れにしてまで我を通そうとするなんて思わなかった。もっと優しい子になってしまったのかと思っていたわ」
 柔らかな笑顔と言葉で少将は恫喝する。――共に来ないのならば、愛するその娘もろとも殺すだけだ、と。
 斧の刃先を真っ直ぐに少将に付きつけながら、クォークは、――彼もまた、場違いな程に朗らかな笑みを浮かべた。

「まさか」

 正にその時だった。
 ヴン――……!
 と、突如、耳元に羽虫の大群が現れたかのような音が響き渡った。同時に、天井の照明のうちの幾つかがふっと立ち消え、室内が薄暗く翳る。突然の出来事に慌てて、ミナは辺りを見渡すが、クォークは特に迷うようなそぶりもなく少し顎を上げ、何かを見上げた。つられて、同じ方に目を向ける。
 しかし彼女が目的物を補足する前に、耳慣れた近しい知人の声が、少し割れたような音質で、いずこからか室内にこだました。
『……あー、あー、テステス。はい皆さんこんにちは、《ベルゼビュート》っす』
 その声が引き金となったように、ぱっと室内に光が戻った――が、光源は元の照明ではなく、この戦闘場を見下ろすように設えられた観戦室の窓ガラスだった。先程まで透明だったガラスは光り輝く白い壁となり、そこに、最初の声とはまた別の、しかしやはり見慣れた人物の胸像が大きく映し出された。
『ネツァワル王国軍義勇兵部隊、《ベルゼビュート》が部隊長、特務曹長ロゼである。反乱勢力の全戦闘員に告ぐ。その方らの首領、ネツァワル国軍大将アラン・バル・アルバドルは討たれた。並びに、この旧ネツァワル王城における防御機構、通信設備、及び召喚機能等、本拠点に関する全ての権限も我々が既に掌握している。これ以上の抵抗は全くの無意味である。直ちに武器を捨て投降せよ。繰り返す。無駄な抵抗をやめ直ちに投降せよ』

「だ、そうだ」
 目を見開いて画面を注視する少将を振り返り、クォークは飄々と告げた。
 発言中に含まれていた初耳だった人名にミナは一瞬疑問を覚えたが、先程殺害された将官の事だろうと察する。いつの間にその事実を伝えたのか、という続く疑問についてもすぐに思い至った。先程クォークが発していた、一見ただの悪口のようだった身体的特徴の列挙である。あれは、無意味に死者を冒涜していたわけではなかったのだ。以前、彼が全く同じ方法で敵前で通信を行っていたのを思い出す。部隊間通信を公然と繋いだまま会話する事で、乱暴ながらも端的に、状況を報告していたのだ。
 ――殆ど意思疎通の機会もなかったにも拘らず、何という見事な連携だろうか。改めてだけど、本当に《ベルゼビュート》って凄い……!
 そんな、ミナが感じたのにも似た感嘆を、少将もまた覚えたようだった。少将の口から嘆息じみた声が漏れる。
「あの防衛線を突破し、もう……。早かったわね。『オリジナル』以外の子たちはまだまだ改良の余地が大いにある出来栄えではあるけど、それでも想像を遥かに超えるわ。流石は《ベルゼビュート》と言わざるを得ないわね」
 と、こちらの音声を拾う機能があったのか、若しくは少将の反応を予想してのことか、それに対する返答であるかのように精妙に、画面上の部隊長が宣告する。
『年貢の納め時だ。レイチェル・クォ・ヴァディス。愚かにもまだ蜘蛛の糸に縋ろうと足掻いているならば、絶望の鋏でそれを断ち切ってやる。マップのジャミングを解除した。見るがいい』
 部隊長の顔が写っていた画面が、この王城を中心として周辺地形が描かれた、大きな地図に切り替わる。兵士たちにも支給されているマップ――リアルタイムで自軍や敵軍の戦力配置を映し出す魔法道具である。先程までは阻害の魔法が働いていたようで、マップには何も写っていなかったのだが、今は白い線で細かに描かれた地図上に、夜空に輝く星々のように数多の光がちりばめられている。
 その殆どが赤、攻撃軍――即ちこちらの軍勢を示す色だった。
 王城の山麓は、隙間がない程に赤い光点で埋め尽くされていた。対する青い光点は、城内に僅かに点在するのみである。そしてその殆どが、潜入した赤い光点の小集団に追い込まれている戦況が見て取れる。
 ――それにしても、
 と、ミナは思う。それにしても、この王城の包囲に当たる兵数――これは一体どういうことなのだろう。仮に、首都の繁華街でマップを開いたところでもこうはなるまいという程の密度と人数だ。いかな大部隊の《ベルゼビュート》とはいえ、全部隊員を動員してもここまでの軍勢にはならない筈だが……
 その疑問に対する答えは、やはり意思を読み取ったかのように、部隊長の口から齎された。
『あんまりにもお前らのやり口にムカついたもので、大人気なく誰彼構わず協力を募ったら、想像以上に方々から国軍嫌いどもが集ってくれてな。いやはや、嫌われ者は大変だな? 少将殿……くっくっく。あーっはっはっは!』
「自分らを棚に上げてよく言う」
 室内に響き渡る部隊長の呵呵大笑に対し、ぼそっとクォークが突っ込んだ。

「……言っておくが、俺たちを人質に取って逃げるなんて事は考えるだけ無駄だぞ。うちはそんなに甘い部隊じゃない」
 圧倒的な――それこそ尋常ではないと言っていい程の兵力差を映すモニターのマップを、立ち尽くしたまま凝視し続けている少将に、クォークが声を投げかける。
 さしもの少将もこの状況には絶望し、戦意を喪失したのだろうかとミナは思って見ていたが、クォークの声にゆっくりと振り返った彼女の顔つきは、子供の他愛ない悪戯を見つけてしまったような、少し困ったように眉を下げた微笑だった。
「しないわ、そんな事」
 言いながら、彼女は軍服のジャケットの内側に手を差し入れた。クォークが即座にミナの前に立ち位置を変える。彼女が内ポケットから取り出そうとしているそれが飛び道具――先程の国軍大将の殺害に用いた小型の銃であることを想定して、ミナと少将を繋ぐ射線を塞いだのだ。
 しかし、そこから少将が取り出したのは、一見したところは武器のようには見えないものだった。
 手のひらに収まるほどの大きさの、石のように見える球状の物体だった。
 漆黒ではなく濃い灰色の、艶の無い、何処か禍々しさを感じるその石を、少将は片手に持ち、おもむろに頭上に掲げる。
 行われたのは、ただそれだけの仕草ではあったが――
 その途端。沈黙していた四人の兵士たちが一斉に動き出した。
 攻撃かと身構えかけたミナであったが、次の瞬間困惑に見舞われる事になる。
 四人の兵士たちの行動は、ミナとクォークに総攻撃を仕掛けるのではなく、その逆だった。二人に目もくれず、部屋から飛び退るように撤収して行ったのだった。
「――!?」
 敵前逃亡? まさか。
「資料の回収にでも向かわせたか?」
 クォークの鎌掛けに、しかし少将は薄らとした笑みを浮かべるのみで、答えない。
 兵士たちが退出すると、少将は静かに腕を下した。その手の中に握られている石を見つめながらミナは思考を巡らす。暗く澱んだ、不純な色の塊。何かに似ている気がする。不吉な――穢れた――生臭い、血――?

 眼裏で、眩い光が炸裂する。
 この光は、そうだ、これは終焉の爆光。

 それは、ただの根拠のない直感でしかなかった。
 理由も、理屈も、何もない。経験則ですらない。ただ、そう思った。思い付きでしかなかった。
 けれど、ミナは自分の通信石の設定を可能な限り広域に、軍全体に聞こえるように設定すると、それに向かって大きく叫んだ。

「総員退避! すぐにこの城内から撤退してください! 程なく、この敵城は崩壊します!」

 その言葉に、クォークは表情の消えた顔で振り向き、
 少将は今度こそ、その目に隠しようのない驚愕を貼り付けて、ミナを見た。



 分かりやすい起動の合図も、音や震動などの前兆も、一切なかった。
 だから、それはあまりにも突拍子もない発想としか言えず、下級の一兵士のそんな奇抜な進言一つで、この大規模な作戦行動が終了するなどという事は通常はあり得ない筈だった。
 しかし――
 画面上に映るマップの赤い光点のうち城内にあったものは、広域マップ上でも一目で分かる程に、迅速な撤退を開始していた。

「……参考までに教えて貰いたいのだけど、あなたはどうしてそう思ったのかしら?」
 少将の声は優しくは聞こえたが、それまでよりもいくばくか、固い。
 その問いに、ミナは少し言葉に詰まる。それはミナにとっては確かな事ではあったのだが、自身の拙い語彙で表現するのは少し難しい。
「なんだか、一緒なように感じたから。その、石の気配が。キマイラと」
 辿々しくそう答えると、今度は少将が、考え込むように顔を伏せた。
「キマイラとは当然の事、召喚触媒であるキマイラブラッドとすら、見た目は似ても似つかない物のように思うけれど。でも、敢えて言えばそうね。確かにこのアイテムの製造には、キマイラブラッドにも使う魔獣の血を多量に使用するわ。それは事実だけれども。……でも、気配? 石の気配ですって?」
 俯いたまま呟く少将の声の末尾が、小さく震え、消え入るようにくぐもる。
 まさか、泣いているのだろうか? この女性が?
 ミナが不可解な視線を向けていると、一旦しぼみ込んだ少将の気配が、突如、弾けた。
 少将は顔を上げるや、先程の部隊長のような、高らかな哄笑を上げ始めた。
 終始貴婦人然としていたこの女性らしからぬ仕草にミナは呆気にとられてしまい、ついクォークの顔を伺い見る。彼は無表情のままだったが、多分、彼も相当に驚いている。
 少将は、涙を流すほどに大笑しながら、それに交えて切れ切れに言葉を発する。
「どこまで。ああ、あなたってひとはどこまで計算外なの。駄目だわ。そんな訳の分からない根拠でそんな事を言うあなたも。そんな訳の分からない言葉に従った部隊長さんも。無理だわ。もう、可笑しすぎて無理。信じられない。なんて出鱈目。なんて理不尽。知恵も、知識も、蓄積も、何一つ持ってない癖に、ただの思い付きだけでゴールに至る人の…………なんて不愉快なこと」
 声に、笑い過ぎて引き攣ったような気配を残しながら、少将は息を深く吸い、呼吸の調子を整える。
 涙が滲んだらしき眦を指で軽く拭って、彼女は告げた。
「正解よ、ミナさん。これはこの城に設置した自壊装置の起動鍵。非常時の最終手段として、全ての研究成果を焼却処分し隠滅する為の、爆破装置よ」
 次いで、クォークの方にも視線を向ける。
「さっき気にしていたわね、クー。あの子たちをどこへ向かわせたか。あの子たちは、王の間に向かわせたのよ。この王城の中心部。今はもう座する者なき玉座の前に。
 あの子たちはね、こう躾けてあるの。
 私が、全ての可能性が潰えたと判断し、作戦の終了を決断したその時は、迅速に、確実に、自身の存在全てを抹消するように、と。
 この王城に於いて、自壊装置を発動させた場合であれば、崩壊の中心となる王の間に速やかに集合し、処分を待て……とね。――私の大切な宝物は、もう二度と誰にも渡さないわ」
 彼女は笑う。優しく。柔らかく。
 幼子を見つめるように細めた瞳に、まごうことなき憎悪を宿して。
「クーを制御する為に生かして連れて行ってあげようかとも思ったけど。やっぱりこんな理解不能の危険因子、抱え込む羽目にならなくて正解だった。
 まさにあなたの存在は奇跡と言っていいものなのかもしれない。
 でも、奇跡なんて認めない。認めないわ。
 そんな迷信じみたものなんかに、私の長年の努力が。苦労が。願いが。踏みにじられていいはずがない!」

 どこか遠くで、海鳴りのような崩壊の音が、低く響いた。

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