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15


 前にも、こんな事があった。
 杖を握り締め、クォークの背中を視界の端で見守りつつ、ミナはそう内心で呟いた。
 もう一年近く前になる、この国にやってきたばかりの時に受けた新兵訓練での出来事を思い出す。深い森の中。突如現れ、襲い掛かってきた恐るべき召喚獣。ミナを背中に庇い、単身奮闘するクォークの姿。あの時も、ミナはただこうして戦いに手を出すことなく彼を見守るばかりだった。
 ただ、今はその時の状況とは似ているけど少し違う。今のミナは、あの時のようにクォークの戦いぶりをただ見ていればいいだけではなかった。目の前の敵に全力を注がねばならない彼に代わって周囲を警戒し、外部からの敵の襲来をいち早く察知して対応しなければならない。
 実際、今のミナはクォークと少将との戦闘に対して注意は払っているが、彼の方を見てはいなかった。出入口の横合に位置取り、クォークの戦闘を視界に入れながらも、命じられた通りに出入口を注視し、そこから現れるかもしれない敵に対して即座に大魔法を放てるよう精神力を研ぎ澄まし続けている。ミナが――ソーサラーが力を充実させている証の魔法陣は、力強い光を放ってミナの身体を取り巻くように展開されている。
 ――よく考えてみればあの時だって、それは本当はミナの役目であった筈なのだ。
 本当に今更な事だが、今ようやっとその事実に気付いてミナは歯噛みする。
 あの時のミナは、敵との戦闘を繰り広げるクォークを、詠唱の一つもする事なくただ見ているばかりだった。何者が潜んでいるとも知れない森の中で。……今なら分かる。それではいけなかったのだ。たまたまあの時は他の敵が闖入して来ることはなかったからよかったものの、横合いからの不意打ちがあっても全く不思議ではない場面だった。
 勿論、当時のクォークがその危険に気付いていなかった筈はないが、それについて彼がミナに何の指示も与えず、またただぼんやりと彼を眺めていた彼女を責めもしなかったのは、クォークにとってあの時のミナは仲間ではなく庇護者であったからに他ならない。仲間とは到底呼べない、足手まといのお荷物でしかなかったからに過ぎない。
 いや、今だって、クォークからしてみればミナなどお荷物以外の何物でもないに違いない。この一年、ミナとしてはしっかりとクォークの下で研鑽を積んできたつもりだし、それなりには腕を上げたという実感もあるが、それでも《ベルゼビュート》で求められる能力には遠く及ばないと自覚している。クォークが普段《ベルゼビュート》のメンバーに対してそうしているように、ごく自然に背中を預けられる実力にはまだまだ程遠い。
 けれど彼は今、ミナに背中を任せてくれた。
 同列に並びたいとずっと願って来た彼の横に、初めて立つ事を許してくれた。
 非常事態における緊急避難的な決断かも知れないけれど。僅かにでも彼に期待を掛けられているなら、それに答えたい。絶対に、裏切りたくはない。
 ――我知らず、杖を持つ手が酷く震えていた事に気付き、ミナはぎゅっと唇を噛み締めた。しかし、堪えようとすればする程肩には余計に力が入り、杖の先の振幅は大きくなるばかりである。期待に応えなければならないという重圧と、自分には荷が勝ち過ぎるのではという不安が、ミナの意思を超えて勝手に身体を震わせているのだ。……だめなのに。こんなことではだめなのに。彼の為にしっかりと警戒をしないといけないのに。そう自分を叱咤しても、腕や膝の震えを止めることは叶わず、ミナは自分の不甲斐なさに失望する。
 しっかりしてよ、私! 警戒のひとつも出来ないなんて!
 目を硬く瞑り、瞳に滲んできた涙をぎゅっと堪えながら自身を激しく叱責する。
 ――その瞬間。突如、頭の中に光が閃いて、ミナは思わず目を見開いた。
 光は、現実に起きた何かではなく、その名の通り、閃き、そのものだった。いつもは鈍いミナの頭に稀に降りて来る直感が、頭の中に全くの別物として存在していた要素を、前触れも理屈もなく突然に一本の線で繋いだのだった。
 警戒。
 あ、そうか、警戒。
 その、ある意味耳慣れた言葉は、喉に突き刺さっていた小骨がするりと抜けたような落ち着きをミナに与えた。
 考えてみれば戦場に於いて、『警戒』という任務ほど、ミナが多く経験してきたものはなかった。と同時に、ミナ以上に警戒の任務を務めて来た者も中々いない。メルファリアに於ける『警戒』とは、その殆どの場合が、ミナが最も得意とする召喚獣、ナイトを用いて行う敵状偵察の事を指すからだ。
 ナイトを召喚して敵の砦を警戒することにかけてだけは、ミナは《ベルゼビュート》の誰よりも上手くやれるという自信がある。ナイト召喚状態にある時と視線の高さと脚の速さにこそ違いはあれども、敵の挙動をつぶさに観察し、判断し、迎撃する。こなすべき仕事は殆ど変わりないのではないだろうか。
 今一度、杖を固く握り締める。
 出来る。きっと出来る。
 ソーサラーとしての経験も、召喚者としての経験も、どちらも等しく、長い時間をかけてミナ自身が積み重ねてきたものだ。ミナも尊敬する《ベルゼビュート》部隊長も言っていた。兵士の強さを決するのは単純な腕力でも、実践を伴わない理論でもないと。戦闘に対する習熟、修練こそが限界を超え得る力になるのだと。辛い戦場を乗り越えてきた経験が、クォークがミナの為に多大な労力を払って施してくれた訓練が、無駄ではなかったという証を今こそ立ててみせる。
 一度だけ、師匠でもある最愛の恋人の姿を目に映す。当のクォークから視線を返されることはなかったが、既に気持ちを立て直しきったミナは、震えの消えた手で杖を握り直し、再度の詠唱を開始した。



 急速に集中力を取り戻し、漲る戦意を魔法杖に乗せるミナを気配のみで認識して、クォークはごく軽く、安堵の吐息を吐いた。どうやら、思考の中で何らかのヒントに気付く事が出来たらしい。何に気付いたのかまではこの状況で察する事は難しいが、まるで召喚戦に臨んでいる時の彼女のような、無駄な怯えや力みのない気配を感じれば、望ましい気付きを得られたのだと分かる。――《ベルゼビュート》の面子と並べば無論見劣りはするものの、彼女はそれなりの戦場経験を積んだ一端の兵士だ。白兵戦においても、用いる武技が異なるだけで裏方を行っている時と大して違いはないのだと気付き、平静な心構えで臨めば、一定の働きは出来るだけの実力は既にもうついている。
 戦場に於いて兵士の優劣を決するのは、クォークはまさにその『気付き』であると考えている。どれだけ鍛えた所で所詮同じ人間である以上、上限に然程の差がある訳ではない身体能力よりも、寧ろ気持ちの方が重要になると思う。頑張れば何でも出来るといった類の精神論ではない。地道に長期間積み重ねた訓練と実戦経験。人によっては天与の才によって齎される勘。そこを源泉としてある時会得するささやかな『気付き』が、肉体的な鍛錬では超えられない人間の限界を超える唯一の鍵である――
 ――と、長らく信じていたのだが。
 溜息をつきたいような心持ちを堪え、目の前の現実に意識を戻す。
 今目の前で起きている現象は、たった今脳裏に書き連ねた経験則とは真っ向から相反する事象だった。
 クォークが繰り出した渾身の一撃を、いとも容易く防がれる。噛み合う刃から伝わる衝撃があまりにも重い。建築物を殴ったような、全く弾性のない硬質な手応え。
 それを成したのは、なよやかな女が軽やかに片手に捧げ持つ大斧。
 意志の力で無駄な力みを取り去り、経験によって最適な肉体の運用方法を会得しても。無論極限まで身体を鍛え抜いても。正直これは『あり得ない』――見るからにか細いその腕が、堅固な城壁にも匹敵する程の強度を獲得するなどという事は。
 目の前の女は、人間としての構造上絶対にある筈の限界を、明らかに超えていた。
 ――こういう俗に言う『チート』がアリなら、気付きもへったくれもないもんだ。
 ミナに向けた吐息とは毛色の違う溜息を噛み殺していると、交錯する刃の向こうから、不意に余裕の笑みを湛えた声を掛けられた。
「何か、疑問があるようね。発言を許しますよ?」
 対峙者の顔に視線を向ける。そこには声の印象と同じ――重量のある戦斧同士で鍔迫り合いを続けている最中であるとはとても思えない、力みのひとかけらもない柔らかな笑みを湛えた女の顔がある。
 その女の、上から目線の物言いが全く癪に障らないかと言えばそうではなかったが、さりとて我を忘れる程に腹立たしいと思う程でもなかったので、クォークは促されるままに口を開いた。
「前よりも、技が重い」
 そしてそのまま、たった一つ心当たりのあるその理由についても付け加える。
「薬を使っているのか」
 実を言えば、それは心当たりと呼べるものではなかった。あり得ない筈のこの結果を現実の物とする手段を、クォークは最初から知っていた。
 人の限界を超える要素。その為の研究。
 彼自身を。多くの哀れな子供たちを砥石にして磨き上げられてきた、悪魔の剣。
 まさしくこの結果を生み出す事こそがこの女の悲願のひとつであると、比喩でなく骨身に沁みる迄に理解している確信事項に、心当たりなどという表現を用いるのも今更な話だろう。
 吐き捨てるように言ったクォークに、少将は、教師が模範的な解答を口にした生徒に向けるような笑顔を浮かべた。
「御名答よ」
「……驚いたな。既に実用化出来る程の完成度に仕上がっていたとはね」
 ――だがしかし、今ひとつ腑に落ちない点もあった。研究途上であった間のそれは、使用者の肉体に尋常ではない負荷をかける劇薬であった筈だ。かつて、その薬を投与された被験体が全身の血管から血を吹き悶死する様も実際に目撃している。余りにも危険過ぎる代物であったが故に、同じ被験体と言えども貴重な部類のサンプルであったクォークへの投与は控えられていた程だ。
 あれからもうかなりの年月が経ってはいるが、それでも十年足らず。クォークの主観ではかなりであっても、研究者が費やす年月としてはそう長い期間とは言えないだろう。今回ここに収容されてからクォークに度々投与された薬物も、女の言うように本当にただの栄養剤だったとは思っていないが、劇的に身体能力に影響を与える薬ではなかったので、身体強化薬についてはまだまだ未完成なのだとばかり思っていたのだが。
 ――キィン!
 涼やかな音を立てて、少将の戦斧が人としてはあり得ぬ力でクォークの斧を弾き返す。クォークはその力に抗わず、後方に飛び退って距離を取った。
 間合いを開けてもクォークは攻撃の構えを解かなかったが、少将は一旦小休止を取るかのように、くるりと長柄を旋回させて刃を引くと、石突きで床を突いた。
 少し迷ってから、クォークもほんの僅か、重量のある刃先を下ろす。
 少将は、柔らかな笑みをその顔に浮かべていた。その顔はこれまでと然程変わる所のない表情のように見えたが、クォークはそこに言葉としては表現し難い些細な違和感を感じて内心で首を傾げる。
 少将は、幼子に話しかけるように語り始めた。
「……あなたも知っていたようだけど、最初にあなたを失った後、私は中央を離れ、辺境方面軍に転属する事になったわ。理由の半分は対立勢力からの圧力。もう半分はこちらの都合。事件のほとぼりを冷ます為に、長い時間が必要になった。やらなければならない仕事を進めることが出来ず、無為に時を過ごすのはとてももどかしかったけれど、私は焦る気持ちを抑えながら、再起の時に備えて自身の失敗について検証した」
 ゆっくりと、自らが述べたその時間に想いを馳せるかのように少将は瞼を閉じる。一見、無防備にすら見える姿だが、反面取り巻く気配は変わらず鋭く研ぎ澄まされていて、クォークの眼力を以ってしても仕掛ける機会を見出せない。
 瞼を下ろしたまま、少将は回想を続ける。
「私に欠けていたものはなんだったのか。冷静に考えて見れば、反省点は山のようにあったわ。あの頃の私は若かった。経験が足りなかった。忍耐も足りなかった。一刻も早い結果を望む余りに、拙速に事を運び過ぎていた。色々足りないものはあった。中でも特に足りなかったのは……覚悟」
 苦いものを噛むような声に、クォークは視線だけを向け続ける。
「あの時私にもう少し力があれば、あなたを手放す選択肢を取る必要はなかった。あの時もう少し覚悟があれば、その力を手に入れる事が出来ていた。……二度、同じ過ちを繰り返す事は、私はしないわ。決して」
「もう、遅い。もうあんたの負けは確定してる。これ以上は悪足掻きにしかならない」
 この旧ベインワット王城は怒涛の速度で《ベルゼビュート》が包囲を狭めており、少将らに逃げ道はない。この、人知を超えた力を手にした女が身一つでそうするなら、或いは逃げ果せることも可能かもしれないが、今再び、研究資料も何もかも持ち出す事叶わず、単身で逐電した所で最早再起の道はないだろう。反逆者として手配された以上、今度は国軍内にも彼女が舞い戻る余地はない。
「終わりだ。今度こそ」
 斧を構え直し、クォークは宣告する。しかしやはり少将の笑みは、僅かたりとも崩れる事はなかった。反論も、また投降する事もなく、女もまた再び武器を持ち上げて――二人は同時に床を蹴った。



 クォークと少将との激戦の二幕目が上がったその時。
 雷に打たれたかのように、ミナはびくんと身体を震わせ、顔を跳ね上げた。
 クォークを初めとする《ベルゼビュート》の上位陣は、視界の外にある敵の殺気や敵意を、目を向けずとも察する能力を持っている。実際の所それは、聴覚や触覚にごく微かに触れる感覚に経験からなる勘を相乗させるといった形の能力であるのだろうが、傍目には正直、超常現象にしか見えない。
 無論、ミナにはそんな超感覚は備わっていない。だから、『それ』にミナが気付いたのは、ただの偶然に過ぎないのだろう。
 だが、その時ミナは確かに『見た』気がした。
 扉の奥に、渦を巻くように蟠る悪意。
 普段のミナならば、もし気付いたとしても恐れおののき竦んでいただけかもしれないそれに、しかし今の彼女は肩と腕に力を漲らせ、臆することなく杖を向けた。
「クォーク、来るわっ!」
 今の彼に別方面に意識を向ける余裕はないという事は知ってはいたが、念の為一声張り上げて注意を喚起する。そして言葉の最後に吸った息を、続けて魔法の詠唱として吐き出し始める。
 その三秒後。ミナの睨み据える扉が、怒りすら込められた激しさで叩き開かれた。

 室内に踊り込んで来たのは五人ほどの集団だった。いずれも国軍の軍服に身を包んだ、ウォリアーと思しき大柄な体躯の兵士たち――と思ったが、その中に一人だけ、対照的な特徴の人物が混じっている事に気付く。屈強な兵士たちに守られるように囲まれて、小柄で小太りの老人が一人、中央に陣取っていたのだった。階級章まではこの一瞬ではミナの目では確認出来なかったが、年齢や立ち位置から察するに、恐らく国軍でもかなり地位のある人間だろうと推測出来る。
 老人は酷く立腹しているようだった。眦を釣り上げて室内を見回し、少将の姿を認めるや否や、その老人にとっては不審な侵入者である筈のクォークやミナを無視してがなり立てた。
「これは一体どういうことだ、ヴァディス! この研究が他に漏れることは決してないと、ここは安全だと貴様は言っておったではないかっ!」
 しかし、その怒声を向けられた少将もまた、それを無視した。無視というよりは、外野の声など届かない別世界にあったという方が正しいのかもしれない。
 ぎぃん……っ!
 重くも鋭い音がクォークと少将、二人の間から響いた。
 斧と斧での戦いにしては、クォークと少将は異常なまでに接近していた。肉薄していると言ってもいい。音と共に二振りの戦斧が雄牛同士が角を突き合わせるかの如く噛み合い、そしてまばたき一つの後にはやや距離を離して、花弁のような銀弧を空に描く。激しい剣戟の音を絶え間なく響かせ、互いに一歩も譲る事なく真正面から喰らい合う。二人の中間地点から波紋のように発生する空気の振動は、鼓膜のみならず肌をもびりびりと叩いて来る。
 まるで咲き乱れる薔薇の如き鮮烈で凄絶な戦いぶりに、ミナは敵前にありながらつい目を奪われてしまう。
 しかし老人は、そんな息すら止まるような光景にも、なんら感慨を覚えなかったようだった。
 老人はそれよりも、自分が全く相手にされなかった事に更に怒りを募らせた。顔を真っ赤にして奥歯をぎりりと噛む。そして再び何事かをがなり立てようと口を開きかける。
 ――が、それを遮るタイミングで。
 二人の戦いに視線を向けていたミナは、自身が対応すべき本来の敵の方に向き直ると、老人の横面めがけて有りっ丈の魔法力を放出した。
 ごうっ! と唸りを上げ、杖の先端を起点として発せられた紅蓮の炎が、集団を包み込むように大きく広がる。不意打ちのような攻撃だが、魔法の射程圏内に入ってきたのはあちらの方だ。文句は言わせない。
 完全に老人の虚を突いた、とミナが思った、しかしその次の瞬間。
 ここまで老人の周囲に静かに佇んでいるのみだった兵士たちが、突如、目を瞠る程の素早さで動いた。四人いた護衛のうち二人はミナに対し迎撃の体勢を取って左右に散開し、一人が老人を身体を盾にして庇う形で立ちはだかる。そして最後の一人――前列にいた盾持ちの兵士が、ミナの炎を恐れもせずに真っ向から突進して来る。
 全力で杖を振り抜いた体勢のまま、ミナは息を呑んだ。その迅速さもさることながら、行動の躊躇のなさは、ミナにかつてのある一戦を思い起こさせた。かつて――ミナがまだエルソードの兵士であった頃。敵同士として相見えた戦場でクォークもまた、ミナが全身全霊で撃ち放ったヘルファイアの炎の中に、自ら飛び込んできたのだった。肉を切らせて骨を絶つ、渾身の一撃をミナに叩きつける為に。懐かしくすらある情景が走馬灯のように脳内を掠め、ミナの回避行動を遅らせる。
 この時、少将と刃を交わすクォークが、そんな暇などあるはずがないのに、ミナの方に顔を向けたのが分かった。
 兵士の盾が、巨大な隕石のように頭上から迫り来る。避けられない。ミナは咄嗟に、杖を持つ腕を掲げ、防御態勢を取る。
 しかし降りかかってきたのはミナの細腕如きで防げるような生温い一撃ではなかった。杖ごとミナを叩き潰さんとばかりに、凶悪な鈍器が叩きつけられる。
 硬く重い衝撃が、腕での防御を易々と貫通し、頭蓋を揺らした。失神、とまでは行かないものの、瞬息、眼裏が真っ白になり意識が飛ぶ。
 しかし、攻撃はこれだけではない筈だった。これはいわば、次なる攻撃の起点として相手を無力化する為の打撃。続けざまに本命が来る。
 そう、兵士としての経験から察するのと同時に、ミナは、先程以上に自分の身体の自由が効かない事もまた理解していた。二度目は、防げない。
 白く霞んでいる筈の視界のどこかで、クォークが、全く彼らしくもない事に、目の前の敵を放り出してこちらへと身体を向けたのが見えた。
 だめ、目の前の敵から目を逸らしちゃ――
 ミナが思った、その時。

 ぱぁん。

 乾いた破裂音がひとつ、微かな残響を伴って虚空に鳴り渡った。

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