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12


 ごく、僅かずつではあるが。
 毎日、少しずつ、少しずつ、自分という形の上に薄い膜が重ね張られて行って、外界から受ける感覚が遠ざかっていくのが分かる。
 五感そのものは次第に鋭敏になっていくのに、それを司る意識の方は能動的な機能を徐々に失い、情報を受動的に処理する単なる器官になり変わっていくのが分かる。
 あの頃と同じように。
 全身が灰色に塗り潰されていく。
 ……こんな事を考えていられるのも一体いつまでだろうか。

 少将に連れて来られたこの閉ざされた場所に於ける日常は、あの頃と全く様変わりしていなかった。所在地こそ以前とは違ったものの、ロックシャンクを空気ごとそっくりそのまま切り取って、運んで来たかのように何も変わらない。
 幾度となく繰り返される、人や魔物、あらゆるモノとの戦闘試験。
 一切の説明もなく投じられる数々の薬品。
 魔術儀式とも、科学実験とも知れない不快な処置。今朝方はこめかみに電極のようなものを貼り付けられて、電流のような何かを流された。頭蓋の内部に羽虫の大群が注ぎ込まれる。低く重い無数の唸りに脳を掻き回され、恐ろしく不快な悪夢じみた幻覚を見たような気もする。酷い頭痛と嘔吐感に苛まれ、待機室に帰されても半日程は、ベッドから起き上がる事すら叶わずにいた。
 狭い室内の空気すらもが揺れない程に密やかに、クォークは微かな吐息を漏らす。
 無機質な、監視された小さな箱――四方を壁で囲まれた、鋼鉄の扉と硬いベッドが一つあるのみの牢獄を思わせる小部屋。実験が終わると被験体はこの待機室に収容され、次なる実験を待つことになっている。ここではベッドに横臥し安静にしていることが義務付けられていたが、今のクォークはベッドの端に腰を掛け、俯いた姿勢を取っていた。この姿勢は安静指示に逆らうとまでは言えないのか、天井付近に設置されたクリスタル越しにこちらを常時監視している筈の研究者から禁止命令が下される事はなかった。
 膝に肘をつき、立てた腕に顔を伏せて、再度、今度は意識して深く息を吐く。まばたきをし忘れていたことにふと気が付いて、意図してゆっくりと瞼を閉じる。人間としての仕草を、あたかも模倣するかのように辛うじてこなしている自分を思い知り酷い焦燥を覚えるが、その焦燥感を押し殺し、呼吸という作業を行う。
 まだ――まだ、焦りを感じる感情が残っているなら大丈夫だ。
 例えひとかけらであっても、自我が塗り残されているうちは、大丈夫。
 まだ大丈夫。まだ生きていける。たとえもうそれがあと僅かな、限られた時間であっても。
 もう二度と、彼女のいる柔らかな光の中に戻る事は叶わなくとも――

 かたん。
 不意に、小さな物音が耳に触れ、クォークは意識だけを上方に向けた。
 命令外の事柄に対する精神活動が鈍りつつある今、何故その些細な物音が気にかかったのかは分からない。ここは虚ろな静寂に満たされた場所だが、物音の一つも聞こえない程の完全な無音の世界という訳でもなかった。廊下の外を誰かが歩む音も聞こえれば、時折は、会話の声すら伝わってくることもある。今の音の発生源は壁の向こう……か、天井。あの少将が管理する施設に鼠が住み着いているとは思えないが、壁内に張り巡らされる配管が音を立てる事くらいは十分に考えられる。特に、注意を向ける必要性のない気配であった筈だ。
 そう結論づけたにも関わらず、無意識の思索は止まらない。頭上から降ってきた音に思いを馳せながら、以前にも似たような体験をしたような気がすると、クォークは漠然と考えた。彼の記憶力をもってしても即座には思い出せない程の遠い日の一瞬。天から降ってきた不思議な声。聞く筈のない声が聞こえて、行ける筈のない場所に行けた、そんな錯覚と区別のつかない曖昧な記憶。
 あれは確か……確かそう、『反乱』の日。ここではないここに似た場所を抜け出したその時の――

 何かに誘われたかのように、クォークは不意に顔を上げた。そこには飾り気のない天井が広がっているのみだと認識していたが、丁度頭上に当たる天井近くの壁に、然程大きくはない格子の嵌った窓がある事に気がつく。直接外部と通じている窓ではない。この深い穴倉の底に外気を送る為の通気口だ。
 その通気口の奥から、再度かたりと小さな音が聞こえて、クォークは我知らず目を瞠った。音と同時に、その孔を塞ぐ格子が揺れた気がしたからだ。
 最初は錯覚かとも思った。だが、そうではなかった。小さな振動は、見ていると、かたかたと断続的に続きつつ徐々に大きくなっていき――
 やがて孔の奥の暗がりから小さな白い手が伸びてきて、格子を掴んで枠ごと奥へと引きずり込んだ。

「よ、い、しょっと」

 声が、聞こえた。
 ここでは聞く筈のない、もう聞く筈もなかった声。
 ほんの数週間前まで毎日聞いていたにも関わらず、焦がれるほどの懐かしさすら感じる声。
 ただ言葉もなく見ているうちに、通気口の端に白い手が掛かり、そこを支点に力が込められる。そして、埃や蜘蛛の巣の絡みついた栗色の髪が、煤で汚れた愛くるしい顔が、華奢な肩の辺りまで勢いよく乗り出して来る。
 目を見開く。
 僅か二音節の名詞を紡ごうと唇を動かすが、声が出ない。
「た、助けてー。引っ張ってー」
 目の前に生えている少女は、救助を求めながらも自らもぞもぞ身体をくねらせて、自力で通気口から脱出しようと奮闘している。が。
「わ!?」
 そうこうしているうちに突如体勢を崩し、小柄な上体がずるりとずり落ちかける。少女はバランスを保とうと、やにわにじたばたし始める。奥で足を踏ん張っているのか、一応それ以上の落下は今は止まっているが、いつ決定的な落下が起こるか知れたものではない――そう認識した所で、漸くクォークは弾かれたようにベッドの上に飛び乗った。殆ど無意識のままに少女に両手を差し伸べる。
 それとほぼ同時に、彼女の身体が通気口から滑るように抜け落ちた。まだ酷く曖昧なままであるクォークの脳髄を、本能的な危機感が電撃のように駆け抜ける。が、高所から真っ逆さまに落ちようとしている当人には、直前までの恐慌はないようだった。下で待ち受ける彼の姿を認め、安心しきった笑顔を浮かべて、手を伸ばしている。
 その少女が。
 起きる事はないと思っていた奇跡が。
 ひとひらの羽の如くに、腕の中に舞い降りてくる。

 ――彼女と一緒に生きたい。
 彼女をあらゆる苦痛から護る盾となる為に。
 彼女を傷つける敵を斬り捨てる剣となる為に。
 全てをくれた彼女に、全てを以って報いる為に。
 いかなる物を投げ打ってでも。
 彼女と共に歩むという唯一の望みを棄ててでも。
 そう、決意して、手を離したのに。
 彼女は。
 ミナは。

「ああ……クォークだぁ……」
 心臓を、暖かい吐息がふんわりと包む。凍り付いていた魂を融かしていくその熱を、ほんの僅かでも逃がしてしまうのが惜しくて――そうしていないと、この夢が終わってしまうような気すらして、クォークはただひたすらに腕の中の小さな身体をかき抱いた。
「苦しいよ、クォーク。……大丈夫だよ、私はちゃんとここにいるよ」
 笑みを含んだ声で指摘されても、クォークには彼女の身体を放す事が出来なかった。凍える遭難者のように、細かく震えたまま離れようとないクォークの肩に、ミナは苦笑してきゅっと腕を回した。
 暖かい。暖かい、彼女の手。
 その、ミナの手のぬくもりに勇気を貰って、クォークは漸く少しだけ、腕の力を緩める事が出来た。
「ミナ……どうして……」
 渇ききった喉から出た声は酷く小さく、掠れてしまっていたが、ミナは聞き漏らしはしなかった。猫のようにつぶらな瞳をくるりと動かして、何かとても楽しいことを思いついたらしく、くすくすと笑う。
「どうしてだなんて不思議な事を聞くのね。クォークがここにいるから来たに決まってるじゃない」
 どこかで聞いたことがある言い回し。それは、かつて彼が彼女に言った言葉の焼き直しだった。その言葉は続く。

「どこにいたって、何度だって、私はあなたを助けに来るよ」

 クォークは、何も言えずにもう一度、強くミナを抱き締めた。華奢な身体に腕を回し、細く柔らかいミナの髪を幾度も撫でる。涙が出そうなくらいに愛おしい、甘い日なたの香りを吸い込んで、詰まらせていた喉を解し、息を吐く。
「……あれは、見境のない相手だ。目的の為には一切の手段を問わない。俺は、君を護りたかった……」
 過日の戦場――ミナに背を向けざるを得なかった濃霧の戦場を思い出す。あの霧の中には少将の手勢が数多く潜んでいた。流石に《ベルゼビュート》を壊滅させ得る程の戦力ではなかっただろうが、あそこで抵抗していたら、見せしめとして間違いなくミナは殺されていただろう。彼女は気付いていなかっただろうが、あの時、それだけの殺気が彼女の喉元にまで迫っていた。
 今更そこまで説明するつもりはなかったが、ミナは全て理解している様子で首肯した。
「うん、分かってるよ。クォークが、皆や私を護る為に黙ってあの人について行ったんだって事は。でも……私も何回も同じ間違いをしたから分かる。それじゃだめなんだって」
 ミナはクォークの胸からもぞもぞと顔を上げ、彼の瞳を柔らかく和んだ眼差しで見上げた。
「一人の力なんてほんのちっぽけなものだもの。自分だけが犠牲になろうと頑張ったって、出来ることはたかが知れてるわ。戦うなら皆で一緒に戦おう。その方が、きっとうまくいく」

 ――ああ、何で気付かなかったんだろう。ちゃんと、教えて貰っていたのに。

 ともすれば眦に浮かびかねない涙を堪えて顔を上向ける。現実にはまだ流れていない涙を拭うように、ミナの手がクォークの頬にそっと触れた。
「……ミナ」
 呼び掛けに応え、彼女は真っ直ぐな眼差しを彼へと向けた。一片の曇りもなく澄み切ったその瞳と目を合わせ、クォークは一言一言、確かめながらゆっくりと告げる。
「やっぱり俺には、誰かを幸せにすることなんて出来ないと思う。……他人を不幸にする方法しか身につけて来なかったから。大切だった筈の人までこの手に掛けて、自分一人だけ生き延びようとした最低な人間だから」
 一瞬だけ、クォークに触れるミナの手が、少しだけ悲しげに震えたのを感じた。けれど、彼女は続くクォークの言葉を辛抱強く待ち、そのまま耳を傾け続ける。
 ――有難う。大丈夫。もう、自分だけを護る鎧の中に閉じこもり続けるのは終わりにする。
「でも、もう諦めない。君が……いや、君と。幸せになれるように」
 囁き声で言い切ると、ミナは、花が綻ぶような柔らかな笑顔を零した。



 いつまでも見つめ合っていたいのは山々ではあったが、残念な事に今はそんな悠長なラブシーンを続けている場合ではなかった。微笑んだ直後、ミナは存外あっさりクォークから手を離し、「さて」と、ころっと雰囲気を切り替えてぱんと手を打ち合わせた。
「感動の再会も果たした所で。そろそろ逃げる算段に入らないとね」
「……ところでこの部屋は監視下に置かれている筈なんだけど」
 今更と言えば今更だが、クォークは天井の隅に埋め込まれたクリスタルを見上げた。この室内はあのクリスタルを通じ、遠視の魔法によって常に監視されている筈である。しかしどういう訳か、ミナが入室して以降ここに至るまで、未だ一切の反応がない。本来ならばもうとっくに、この部屋に武器を持った兵士が大挙して押し寄せていてもおかしくはないのだが。
 しかしミナは少し得意げな表情になってクォークを振り仰いだ。
「あ、それなら大丈夫。ジンさんが色々と特殊な道具を貸してくれたから」
「ジン?」
 以前、とある事件で関わった国軍の情報部員の名前である。しかし事件以降交流を続けていた訳でもなく、今その名が出て来るのはやや唐突に思えてクォークは首を傾げるが、ミナは特に疑問もなさそうに頷いて見せた。
「ジンさんっていうか、今回の救出作戦は、情報部そのものと協力体制を敷いているの。部隊長さんが色々情報部を脅してね」
 しかし当り前のような声で告げられたその事実は、クォークを十分に驚愕させるものだった。
「前のネタがあるって言ってもよく脅せたな。……っていうか、義勇兵部隊が師団に喧嘩売ること自体無謀なのに、そこに更に国軍の正規部隊をぶつけるとか……殆ど内乱じゃないか。一体どうしてそんな大事になってるんだ。誰か止めなかったのか、サイトとか」
「サイトさんなんか筆頭で私に協力してくれようとしたわ。最初は他の人が部隊長さんを止めてたんだけどね……」
 ――――



「情報の伝手だけ少し貸して下さい。後は、私がやります。私は《ベルゼビュート》とは関係ないから」
 決意を秘めた声でそう宣言したミナに、部隊長が、常に冷静沈着な彼女にしては珍しく、微かながらも揺れを含んだ瞳を返す。その直後。
 ペンを握って会議の卓についていたスカウト――サイトが、何の前触れもなく立ち上がった。会議には書記として出席する事は多いが、役職を持っていない彼が目立つ挙動を取ることは少ない。そんな彼が持っていたペンをやや乱暴に置き、唖然とする部隊員達の目の前で、肩口についていた部隊の徽章をむしり取るとそれもテーブルに叩き置いた。
「俺も手伝います。……これで問題ない筈っすよね?」
 外された徽章に、テーブルを囲む部隊員たちの視線が、呆気に取られた様子で集まる。と、続けて少し離れた場所からテーブルに、同じ徽章が弧を描いて飛んでくる。
「私もやーめたっと。ミナちゃんに付き合った方が面白そうだし?」
 かつんと一跳ねしてからころりと転がったそれは、アイラのものだった。部隊員の視線が後方に向けられる。蠱惑的な肉体を持つ氷ソーサラーは、その豊満な胸を誇示するように反らせ、恬然とした笑みを浮かべた。
 二人の部隊脱退の申告に、すぐさま何らかの反応を起こせる者は他にはいないようだった。普段は沈黙とは無縁な部隊員達が居揃う会議室に、水を打ったような静寂が落ちる。
 しばし誰も口を開かぬままの時が流れたが、やがてそれは、くっ、と小さな破裂音に似た音に破られた。皆の注意がテーブルの中央から上座の一席へと戻る。その席に座る部隊長は、腕を組み、やや俯きがちになったまま、肩を揺らしていた。酷く……楽しげな様子で。
「全く、これだから早漏は」
 頭を上げた部隊長の顔には、もう一切の揺れはなかった。波立たぬ水面のように静謐で、それでいて炎のように猛々しい笑みが浮かんでいた。
「恰好を付けたつもりだろうが、残念だったな。別に辞める必要などはない。――これより、《ベルゼビュート》は全力を以って捕虜奪還作戦を開始する」
「部隊長っ!」
 部隊長の宣言に、先程諫言した副隊長が再び声を上げるが、部隊長は口元に笑みを浮かべたまま、鋭利な輝きを放つ隻眼を向ける。
「あの男が命を張って護ったのは、部隊というただの入れ物か?……奴をあまり見くびるなよ」
 先刻は部隊長と対等にやり合っていた副隊長が、今度はその気迫に圧され、半歩後ずさる。部隊長は副隊長から視線を外し、代わりに全部隊員を見渡した。
「この《ベルゼビュート》を、国軍風情にケツをまくって逃げ出すような腰抜けに成り下がらせる方が余程先代に申し訳が立たんわ! あの男ならこの状況で一体どう言っているか考えてみろ、あの馬鹿ならば嬉々として言う筈だ、『面白ぇ、三倍返ししてやんぜ』とな! 文句があるなら来る必要はない、臆病者は今の内にヴィネルにでも高飛びしておくがいい!」
 金の鬣を持つ獣の頭領は、咆哮の如く高らかに、宣言する。
「たとえ手足を落とされようとも残るあぎとで敵を噛む、それが我ら《ベルゼビュート》だ!」



 ――――
「結局ね。最終的には、文句言ってた人も含めて誰も降りなかったの。すごいよね、《ベルゼ》って」
 部隊会議の顛末を耳にして、クォークはぽかんと阿呆面を晒してしまっていた自分に気付き、慌てて口元に手を当てて表情を隠した。何か背筋がむずむずするような困惑を感じる。これ以上なく《ベルゼビュート》らしいようで、これ以上なくらしくない。
 あの部隊が、たかだか自分一人を助ける為に、勝ち目の分からない戦いに挑むなんて――
「私だけじゃ何も出来なかった。ここまで来れたのは、皆が協力してくれたからだよ。皆、クォークの事が好きだから」
「……あの人は自分がコケにされたら黙っていられないだけだろ」
「そんなに照れなくてもいいのに」
 無表情を取り繕いきれない仏頂面を片手で覆い隠しつつ呟くと、ミナはさも楽しげにくすくすと笑った。背筋にこそばゆさを覚えて堪らず身じろぎをすると、その仕草は、更にミナの笑いを誘ったようだった。
 ミナはひとしきり笑ってから軽く咳払いをして笑みを収め、本題に向けて雰囲気を引き締め直した。
「ここから二人きりで一定の所まで逃げ切らなくちゃいけないんだけど……本当なら、サイトさんとかに任せた方が良かったんだろうけど、クォークの所に行く役だけはどうしても譲りたくなくて、お願いしてやらせて貰ったの。通気口を戻るのはクォークは無理。私でぎりぎりくらいだったから。だからこれ」
 言いながら、ミナは鞄をごそごそと漁り、容積増加の魔法が掛けられたそれから次々と品物を取り出した。
「クォークの部屋にあったものを適当に持ってきた。急いでたから、いつも使ってる奴じゃなくて悪いけど。魔法強化してあることだけは確認してきたけど、多分これあんまり使ってない装備よね? 持ち出しちゃまずい物だったりしたらごめんね」
「別にそういう物は無いけど……」
 ミナから渡された装備を見て、ああこれか、とクォークは苦笑した。純白の生地に黒と金で刺繍された騎士の正装のようなコート。かなり昔にカジノで入手したものの、箪笥の肥やしにしたまま殆ど着た試しのなかった装備だった。金属部分は見当たらないが、クリスタルによる防護魔法が付加されれば布のコートも全身鎧に匹敵する防御力を発揮するので、使用しなかったのは性能的な理由ではない。単に拵えが華美過ぎて戦場で着る気がしなかったのだ。
 一方武器の方は、長年使い込んだ片刃の両手斧だった。それと、戦闘用のクリスタルジェムに高級魔法薬が一式、加えて糧食まで。このまま最前線に赴いても何ら問題のない完全な戦争装備だ。
「あとはクォークの指示に従えって。クォークならこの場所の事は知ってるし、ケリはクォーク自身がつけるからって、部隊長さんが」
「そうか。……なら、いつまでも呆けている訳にも行かないな」
 支給されていた囚人服じみた室内着を手早く脱ぎ払い、渡されたシャツとスラックスを着込んで、丈夫な生地のコートを手早く羽織り、幅広のタイを締める。軍靴様の長靴を履いて手袋を嵌めた手に斧を取ると、指先にまで血が通ったような錯覚を覚えた。あたかも今迄外れていた四肢が繋がったかのように。武器を手に取って意識が冴えるのは人として少々宜しくない傾向であるような気もするが、仕方の無い事なのだろう。自分は、どこまでもウォリアーなのだ。
 長柄を握る右手に力を込める。全身を巡る精気を武器へと向けて一方向に流すイメージで精神を集中すると、形なき精神力が黒紫色の炎のようなエネルギーとなって鋼鉄の刃に宿る。
「よし、ミナ。戦闘開始だ」
 クォークの呼び掛けに、杖を取り出し構えたミナは力強く頷いた。

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