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在りし日の思い出


「拾ってきた。面倒を見てやれ」
 犬猫でも拾ってきたかのような部隊長の気楽な一言と共に、部隊員たちの輪の中に放り込まれてきたのは、まだ少年と言っていい年頃であるらしき男だった。
 背は高く筋肉もそれなりについていて、一見してウォリアーとして鍛えている身体と分かるが、それでいて骨格はどことなく細く、顔形にもまだまだ幼さを残している。恐らくは十四、五と言った所だろう。
「拾ってきたって……どうしたんですか」
「うむ、先の戦場でたまたま見かけたのだが、中々面白い戦い方をする小僧でな。野良のようだったから飼う事にした」
 野良というのは部隊無所属のフリーランスの義勇兵に対するごく一般的な呼称ではあるが、この場面で使われると更に犬猫扱いに拍車が掛かる。
「面白い戦い方って。曲芸でもしながら戦うんですかい?」
 丸っきりの冗談の口調で口を挟んだ部下の一人に、部隊長はやや悪戯めいた笑みを浮かべる。
「近いものがあるな。次の機会に見物してみるといい。死なないのが不思議になってくるぞ」
 強ち冗談でもなさそうに言う姿に、部下たちは揃って顔を見合わせた。
 そんな部隊員たちの困惑を他所に、部隊長は少年の肩を促すように軽くどやした。
「ほれ、小僧。挨拶」
「……クォーク。……職は、ウォリアー……」
 唇以外の顔面のパーツを一切動かさず、声変わりをまだ迎えていない少年の声が、消え入るような音量で言葉を紡ぎ…………、微妙な間が空く。
 これで終わりだろうか。収まりの悪さに部隊員たちがちらちらと目交ぜを始めた頃、部隊長が一発咳払いをし、それで再びスイッチが入ったように少年が付け加えた。
「……宜しく、お願いします」
 再び、部隊員たちは顔を見合わせる。
 極端に無口かつ無表情な少年のようだが、少年兵にありがちな小生意気にすれた雰囲気は感じない。この少年から感じるのは、そういう類の寡黙さではなく……憚ることなく言えば知恵遅れの子供じみた反応の悪さだった。部隊員たちは一様に不安気な表情を形作った。発達障害のある子供の面倒を見た事があるような慈善家などこの部隊にいる訳がない。
「……使いもんになんのかい、これ」
 腫れ物を扱うように恐々と指を差しての指摘に、部隊長はふんと鼻を鳴らした。
「ま、実力的には問題はなかろう。シグルドの糞バッシュの追撃に唯一入れたくらいだからな」
 その一言の説明で、大半の部隊員はやや怪訝そうな表情ながらもふぅんと納得した。片手剣に盾という重装備と大剣という攻撃特化の武器を併用して戦うシグルドは、どちらの武器を持っている時でも前へ前へと突っ込みすぎるきらいのある好戦的な中年だ。際どい場所にある好機を誰よりも先んじて見つけ、臆せずに拾いに行く眼力と胆力を併せ持つその男は、この《ベルゼビュート》の家芸たる電光石火の即攻の起点となるキーマンでもあるのだが、稀にどう見ても自殺志願者というアグレッシブにも程があるタイミングで突っ込む事もあるので万が一の時には率先して見捨てようと皆思っている。尤もそういう場合も後で弁明を聞けば一応理には適ってはいるのだが。
 あれと同種か。
 要するにそれは、あの中年と同じレベルの判断能力と運動能力、及び度胸という、この《ベルゼビュート》でも類稀な程の才能を持っているという証左だった。否、ある意味それ以上かもしれない。シグルドは部隊で動いているから、少々無茶をしてもフォローに入ってくれる仲間がいる。だが野良で、たった一人であのスタイルを貫き生き残るのは生半なことではない。
 命知らずなイカレた馬鹿か、はたまた単独で生還出来るだけの力量を持つ戦闘馬鹿か。
 いずれにしろ、《ベルゼビュート》は能力の高い馬鹿は歓迎する部隊だ。戦場で生きるなら、少々頭がおかしいくらいが丁度いい。
「誰か暇な奴、案内してやれ」
「はいはーい、私暇ー」
 端の方から率先して手を上げた女ソーサラーに、部隊長がこれ以上なく胡散臭そうな視線を向けた。
「……余計な事を教える必要はないぞ?」
「えー。そんなことしませんよー。せいぜい教えてあげるのは、その子に足りなそうな一般常識くらいですよぉー」
 そう言って、女はぺろりっ、と肉食獣が舌なめずりするかのように赤い舌で唇を舐める。そんな女に部隊長は盛大に嘆息するも、申し出に否とは言わず、少年の身柄を女に引き渡した。


***


「……で、とりあえず本部と寮を案内して、まーちょーど疲れたし、ここらで一発休憩を取ろうかーって事になったのねー、……」
 部隊本部の談話室。クォークの仕事終わりよりも少し早い時間に、手作りのお菓子持参で本部に立ち寄ったミナは、アイラ他、《ベルゼビュート》の女性部隊員たちと共にティーセットの並んだテーブルを囲み、彼女の語る昔話をほんの少しの後ろめたさを感じながらも聞いていた。クォークは自分の過去をあまり話したがらないのでミナにとっては非常に気になる話題なのだが、反面、彼が言いたくない事を他所で聞くという行為には、どうしても背徳感が付き纏ってしまう。アイラはあっけらかんとして、「こんなの親戚のオバチャンがあの子はいついつまで寝小便してたのヨーとか言うのと同じでしょー」と笑い飛ばしてしまうのだが。
 ともあれ今日の、クォークが《ベルゼビュート》に入隊した日の話もとても興味深かった。いつでも堂々と淀みなく喋る彼がかつてはそんなに口下手な少年だったなんて想像がつかない。膝の上に手を置いてちょっと前のめりになるくらい真剣に話を聞いていた、そんな時。
 突然、ばぁん!と何かを壊さんばかりの乱暴な音が背後から響き、ミナはびっくりして振り返った。見ると、大きく開け放たれた扉の向こうに、肩を怒らせながら立つクォークの姿があった。
「そ・こ・ま・で・だ」
 ぷるぷると握った拳を震わせて、何か物凄く強い忍耐を感じる唸りが響く。
「なんだよぉー、女の子のティータイムを邪魔すんなよ、空気の読めない男だなー」
「どっちが空気読めてないんだ? ミナに何言おうとしてんだ?」
 その声に篭った並々ならない怒りに気付いたミナは、彼の過去を探ろうとしていた浅ましい自分の行動を思い出し、腰を浮かせて身体ごと彼の方を向いた。
「ご、ごめんなさい、私、」
「別に君は」「別にミナちゃんは悪くないわよぉ」クォークとアイラの声が同時に異口同音に告げ始め、クォークの声を圧殺するようにアイラが少しだけ音量を上げて続けた。「ただちょっとこれ以上ミナちゃんに聞かれたらこいつ的に体裁の悪い話になるから泡食ってるだけで」
「分かってるなら言うな性悪女」
「終わった事じゃん。何をそんなに慌てるかなあ。あんなの情操教育じゃん、じょーそーきょーいく。感謝される理由はあっても責められる理由はねーぞコラ。折角手塩に掛けて育てた息子にグレられてお母さん悲しい」
「キャラ統一しろお前。どこのお母さんが息子に唾付けるんだ」
「息子に唾付けたら挿入も楽だろ。ああ? ヤんのか久々に?」
「品のない事言うな! 売るのは喧嘩だけにしろ! 春を売りつけて来るな、迷惑だ!」
「ああーン? ちょっと前まではホイホイついてきやがった癖によー」
 突如――
 クォークの長い足が鞭のようにしなり、ひゅお、という甲高い音を纏った鋭いハイキックの形でアイラに襲い掛かる。その攻撃を見越していたかのようにアイラは比較的余裕を持って腕を頭の横に立て、ばしぃっ!と防御する。ミナは思わずおおーと声を上げ、ぱちぱちと拍手した。ソーサラーの体術とは思えない。
「おーいて。ちったあ加減しろ馬鹿力」
「してるに決まってるだろうが」
 足を振り払いながらぼやくアイラにクォークは低く唸り返す。一合の攻防を経ても尚戦闘態勢を解かず間近でばちばちと火花を散らして威圧し合う二人を見つつ、ミナは同席している他の女性たちににこにことしながら話し掛けた。
「アイラさんとクォークってやっぱり仲良しね」
「…………せやな」

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