「さあ?」
同期でもある一人の若い騎士の問いかけに、サージェン・ランフォードは、小さく首を傾けてみせていた。
士官学校の体技室。昼下がりとも夕刻ともつかないこの時間であれば、普段なら閑散としているはずの場所に、今はどういう経緯でこの騒ぎを知ったのか、多くの見物人が集まってきていた。と言っても、観衆の大部分はいくつかある大きな入口から顔を覗かせているだけで、正確な意味でこの部屋にいる、というのは数人に過ぎない。
今し方、サージェン・ランフォードに声をかけた騎士――ツァイト・スターシアは、この部屋にいる人間を再確認するように周囲を見回した。まずは自分。そしてすぐ横にいる剣士、サージェン・ランフォード。腕を組み、体技室の壁に寄りかかって静かに前方を見詰めている。彼の視線の先には、一人の女――いや、少女がいた。ライラ・アクティ。聖騎士団長コルネリアス・ローウェス・エバーラシーの姪で、つい先日、十五歳にして聖騎士団に配属された噂の天才だ。もっとも、噂の、と他人事のように言ってみたところで、両親同士が知己であるため彼女とツァイトは古くからの知り合いであったのだが。一部では、やれ七光りだの何だのと陰口を叩かれているらしいが、それをまともに信じている者など、少なくとも聖騎士団の中にはそうそういないだろう。士官学校の首席が聖騎士団に配属されるのは慣例のようなものである――実際、ツァイト自身、去年度そのような立場で入隊した――のだから、騎士課程を最年少、首席で卒業した彼女が最年少で入団することに、最初から不審な点はないのだ。ただ単に、意味のないやっかみに過ぎない。それをあの少女がそう判断して、軽く受け流せるかどうかは、ツァイトには分からなかったが。
ともあれ、再確認と言ったところでこの部屋にいたのはそれだけであった。視線を元の位置、つまりは心持ち普段の目線の高さよりは上の位置にある、サージェンの顔に戻す。
「で、何でこんなことになっちゃったんだ?」
「……少しからかいすぎたかな」
再度の問いに、サージェン・ランフォードは、珍しくも微かな笑みを口許に浮かべた。
ぱんっ!
平手で打たれた頬は、音ほどには痛みはなかった。つまりは、聖騎士とは言え女性の腕力では、まあ、このくらいだろうと思える程度だった。顔を少女の方へと戻すと、打ち終えた形で手を上げたまま、彼女は荒く息をついていた。
「無礼な!」
居丈高な少女の声に、彼女が貴族の出であることをサージェン・ランフォードは思い出していた。頭一つ分も大きな男を睨みつける瞳に宿るのは決して虚勢ではない。何者にも屈しないという気位の高さが感じられた。もっとも、若者特有の無鉄砲さにもそれは似ているのだが。
一つ叫んだだけでは収まらなかったらしい。ともすれば年齢以上に幼げに見える顔に明確な怒りを残した少女は、片手の手袋を取り、それをサージェンに対し投げつけた。いくら、貴族のしきたりに疎いサージェンでも、これだけメジャーな表現であればそれが何を意味するのかは知っていた。
「サージェン・ランフォード。貴方に決闘を申し込む!」
かくして、彼は今、こんな所にいるのだ。説明すれば、その程度のことだったので、最初に問われた時にツァイトにはそう言ったはずだったのだが、何故かこの男は納得できなかったらしい。しばらくしきりに首を傾げていたが、ようやく何か一区切りついたらしく、独り言の後に、ああ、と彼が嘆くのが見えた。
「何かこう、色々解せないことはあるけど……ああ、まあ、彼女のことはちっちゃい時から知ってるんだけどな、どうもこう、昔っから訳分かんないことしでかすんだよ。簡単に言っちゃえばはねっかえりなんだけど。分かってたはずなのに……分かんないっていうのはどういう事なんだろうな?」
「俺に聞かれても……そもそもそれ程悩むことではないだろう」
サージェンが言うと、ツァイトは不審そうに眉をひそめてきた。が、すぐにその表情を解く。
「まあお前はな、騎士とは違うから実感ないかも知れないけど。騎士にとって決闘なんて言ったら、己の命と名誉を賭けた一世一代の勝負だぜ? 普通の神経ならそう滅多なことじゃ仕掛けないよ。それにほら、騎士団員同士の決闘が禁止されていることくらいは知ってるだろ?」
「別に命まで取る気はないが」
「当たり前だよ。そんなことしてみろ、即刻クビだよクビ。相手が貴族令嬢じゃなくてもな」
「何の騒ぎだ!?」
唐突に飛び込んできた声に、ツァイトが明らかに肩をびくりと震わせて入口の方へ顔を向けたのを、サージェンは見下ろしていた。遅れて、彼も顔をその方へ向けると、丁度人込みをかき分けるようにして老騎士がこちらへ向かってくる所だった。
「あっちゃー、よりによってなぁんであの爺さんがいるんだよ、こんな所に」
体技室に入ってきた騎士は、小声で呻くツァイトと、サージェン、そしてほんの少しだけばつの悪そうな表情をしているライラを順に、威厳のある仕草で眺めた。
「エバーラシー騎士団長」
誰も――外野すら一言も声を出す事が出来ず押し黙る中、サージェンが一番最初に彼の名を呼ぶと、コルネリアス・ローウェス・エバーラシーは姪であるライラに向けていた視線を、彼の方へと向けた。
「ランフォード。どういうことだ、これは。決闘が行われるとの話を聞いたが」
武に長けた聖騎士団の面々を圧倒する、老いてもなお鋭さを失わない瞳に、敬意を示して真っ直ぐに見詰めかえす。
「決闘? 私とライラ・アクティがですか?」
「そのようだな。名までは聞いておらなんだが」
苦々しく呻く老雄の後ろで、ライラ・アクティが親に叱られた子供のような顔をしているのが見えた。彼女がそれ以前からずっと、おそらく知らず知らずのうちに出しているのであろう、分かり易すぎる年相応の表情を好ましく思って、思わず彼は苦笑を洩らした。それを隠す為に、彼は小さく咳払いをする。
「私は彼女に、国王陛下の仰せの通りに修練を積ませようと思っての行動を取っております」
咳払いでも追い払えなかった口許の緩む微妙な感触を、仕方がないので手で隠しながら、サージェンは言った。
「方法は私に一任するとのこと。何か問題があるのでしょうか」
「ランフォード」
穏やかな反逆に、コルネリアスも強くは言えずやはりやんわりとした叱責をする。
「訓練ならば一向に構わぬが……」
「じゃあ訓練です。これは決闘じゃなくて訓練。これで文句はないでしょう」
さっさと言い放つと、彼は、非戦闘時でも腰に下げている剣の柄に手をかけた。まさか、居合い抜きで斬られると思ったわけでもないだろうが、困ったように眉を寄せ、コルネリアスが一歩下がる。下がってから、しまったというような表情を彼は浮かべたが、これ以上サージェンに何を言うこともなく、しぶしぶとそのままの位置に彼は留まっていた。
視線を、コルネリアスから、少し離れたところにいるライラの方へと向けると、彼女は表情に花を咲かせていた。純粋に、自分の願いがかなったことを喜ぶ素直な少女にサージェンも顔をほころばせたが、彼に見られていたことに気付くや否や、ライラは表情を必要以上に険しくした。
「では望み通りに。いいかな、ライラ・アクティ」
声をかけると、ライラは自分の剣を一旦頭の上まで高く掲げ、鍔を額の位置にまで下ろした。それが、騎士の礼であることはサージェンも知っていた。決闘の礼儀なのだろう。それに従い、サージェンも普段はやらない騎士式の礼をする。
二人は同時に剣を下ろした。その瞬間、先程立会役をライラに依頼されていたツァイトが告げてくる――
「始め!」
体躯に釣り合った細身の剣を、彼女は両手で握り締め、物怖じせずにサージェンを睨み付けて来ていた。タイミングを掴むためか、すぐには仕掛けてこなかったが、鋭い瞳は今年学校を卒業した新米騎士とは到底思えない風格と力強さを備えていた。
「かかってこい」
誇り高き女騎士に対し、あえてサージェンは、横柄に言い放った。彼女の性格から、この程度でも軽い挑発にはなるかと淡い期待を持って呟いた言葉だったのだが、少女の表情に、乗せられたような色は浮かばなかった。さすがに、首席というのは伊達ではないらしい。首席の座は、学問と武芸の成績を総合して決定されるらしいが、今年のライラ・アクティはそのどちらも、次点の者に大差をつけて勝っていたという話をサージェンは聞いていた。無論、熟練した剣士である彼をしても構えを一目見ただけでその実力が分かる訳ではないが、印象だけならその噂に違わぬ――いや、噂以上の実力が期待されそうではあった。
数回、ゆっくりと呼吸するだけの時間を置いて。
サージェンは剣の切っ先を、僅かに動かした。それと殆ど同時に――正確に言えばほんの一瞬にも満たない時間だけ、ライラの方が後になったのだが――彼女も足を踏み出していた。剣を構え、素早い挙動でサージェンの方へと接近してくる。彼女が動いたのは、サージェンの動きにつられたわけではなかった。むしろ逆で、彼女が仕掛けようとする一瞬前の呼吸の変化に、サージェンが反応したのだった。
おそらくは、騎士課程で叩き込まれたものであろう――いや、もしかしたらもっと幼少の頃より身につけていたのかもしれない、模範演技のように正確なレムルス剣術の軌跡を描き、銀光がサージェンに降りかかる。それを、彼は自分の剣でがっちりと受け止めていた。
「くうっ……」
小さく、ライラが呻く。自分の腕力が、予想以上に劣っていることを自覚した声だろう。両手で扱われるライラの剣を、サージェンは片手で受け止めていた。これは別に彼女の力を軽視しているわけではなく、彼の癖にすぎない。もっとも、ライラもそれは知っているようだった。彼の持つ長大な剣は本来ならば、片手で扱えるような代物ではないのだが、彼の膂力をもってすればどうという事はなかった。故に、彼がそれを片手で扱うことは軍内では有名になっている。そして、元々が両手用の剣だけに、サージェンはそれを本来の使い方で扱う場合もあった。そうなった場合、彼女が力で彼の一撃を防ぐ手だてはない。一瞬にしてそこまで彼女は考えを及ばせたように見えた。
きんっ!
一回、軽く剣を打ち付けてから、彼女は数歩後退した。彼女の正確な判断に頷いてやりそうになるのを、サージェンは努力して自制した。そして、彼女は即座に再度踏み込んでくる。彼女の剣による連撃を、逐一、サージェンは受け止めた。
腕は、確かといえば確かだろう。もっとも、騎士の国レムルスの精鋭集団である聖騎士団においては下というクラスであるが。しかしこの年齢でこれだけの力量を持ち、力量だけではどうにもならない勇敢さも持ちあわせる彼女は、実に興味深かった。コルネリアスに教官としての任務を命じられたとき、彼は内心、性に合わないことだと思っていた。だが――まあ、性に合うか合わないかはまだ分からないが、少なくとも面白そうだとは思えてきた。まだ荒さの残る彼女の剣術を磨き上げ、その後にまた対戦してみたい。彼はそう思った。そして、その間中しばらく、この強情で素直で飽きの来ない少女の相手が出来ると思うと――
ひゅん、と鼻先を掠める剣の先を、サージェンは半歩、後退して避けた。そこに、横薙ぎの一撃が来る。これは多少避けにくい。
避けることも受けることも止め、彼は、剣を持つ手を翻し、柄で少女の額を軽く打ち据えた。
「わかってると思うけど」
医務室の、固いベッドの上で目を覚ました少女は、自分の額の上に乗っていた塗れタオルを指でつまみ上げながら、その小言を聞いていた。
「コルネリアスの爺さんがサージェンを無理にでも止めなかったのは、君とサージェンとでは天と地下数百メートルほどの実力差があるって分かってたからだ。つまりは君に傷ひとつなく事態を収拾してくれるって事が分かってたってわけだ。いいな?」
傷ひとつなく、という部分を澱みなくツァイトが言うのを、ライラは自分の額のこぶに触れながら聞いていた。まあ、これは自業自得なので、あの教官に文句を言う気持ちにもなれなかったが。
「今回の件でお咎めは特になし。サージェンの下で頑張って鍛練に励むように、ってよ。……それが一番の罰かもな、君には」
ライラは、答えなかった。一番の罰、というツァイトの言葉は間違ってはいないが、彼の認識はおそらく間違っている。彼女は、最初ほど彼に教えを受けることが嫌ではなくなってきていた。屈辱も、もう感じない。彼の、それこそ自分より空の高さプラス数百メートル高い所にある実力の一端を見てしまったからだろう。優れた者に教えを受けることはとても価値のある事だ。ただ……
こんこん。
静かな室内で唐突に響いたノックの音に、心臓を飛び跳ねさせたライラは慌ててベッドの中に潜り込んだ。ぎゅっと目を閉じると、ツァイトが面白そうに喉を鳴らしたのが聞こえてきた。
「はい」
「俺だが」
「おう、開いてるぞ」
やはり、やって来たのはサージェンだった。ドアを開けた音の後に、こつこつと、規則的な足音が続く。それはベッドのすぐ傍で止まった。
「まだ目を覚まさんのか?」
「ああ」
答えるツァイトの声が多少震えていたが、あまり深い事に頓着しないらしい若い教官は、それに気付いた様子もなかった。何やら、ベッドサイドのテーブルにだろう、がさり、と物を置く。
「それは?」
「彼女が使っていた剣。私物だろう? 戻って拾ってきた」
「それは分かるよ」
ライラには見えないが、ツァイトが説明を求めたのは剣に対してではないようだった。見当がつかないが、他にも何か持ってきたらしい。がさり、という音は剣を置く音ではない。
「そっちの花だよ。花束」
「うん? ああ、見舞いには花だろう?」
声の後に、再度がさり、という音。話題を向けられ、サージェンがもう一度花束を持ち上げたのか。微かな甘い芳香が、ふわりとライラの鼻に触れた。
「彼女に似合いそうな花を見つけてな。まあ、俺は花には詳しくないから、これくらいしか分からなかったという訳でもあるんだが」
「お前、花言葉とか、知らないんだろうなぁ……」
何か、呆気に取られたような口調で呟くツァイトに、「ん?」とサージェンが呟く。しかしライラも心の中で首を傾げていた。子供の頃から見知ったツァイトが、花言葉に詳しいなどという話はついぞ聞いたことはないのだが。
「ま、いいや。こいつは放っておいても大丈夫みたいだし、軽く何か食おうぜ」
「ああ」
サージェンはあっさりと同意した。二人の足音が離れて行く。と、そのうちの一方が、踵を返して再び彼女の方へと近づいてきた。
「済まないことをしたな」
囁きは、サージェン・ランフォードの声だった。そっと、少女の髪を大きな手が優しく撫でる。
「明日から、楽しみにしている。……ライラ」
声の主が、去っていく。耳の奥に足音と囁きの余韻だけを残して。
ぱたん、と静かにドアが閉じられるのと同時に、彼女はシーツを跳ね飛ばした。彼がノックしたときから続いている激しい動悸が、今も心臓に十分以上の働きをさせていた。彼は――もしかして、彼女が本当は目を覚ましているということに気付いてたのではないのだろうか。だとしたら相当意地悪だ。服の胸の辺りをわしづかみにして、ライラは再びベッドに突っ伏した。とにかく、すぐにこの早鐘のような鼓動を平静に戻さねばならない。
「どうしよう……明日から」
彼に教わるのは悪くない。でも、彼の前には出られない。騎士ではない教官、サージェン・ランフォードへの偏見を外してみれば、後に残るのは自分のしでかしたことのとんでもない間抜けさだけだった。
でも彼は楽しみにしていると言ってくれて……
ふと、ライラは視線をベッドサイドに動かした。一抱えもある大きな花束が、小さなテーブルから零れ落ちそうになっている。それは――大輪の、赤い薔薇の花束だった。
「…………!?」
彼女は、その花束を掴んで、勢いよく胸に抱き寄せた。誰かが見ているとしたら、感激のあまりの奇抜な行動かと思ったかも知れないが、彼女にしてみればとにかく誰かに見つかる前に、隠さなくちゃ――そんな思いが転じての行動だった。それ以前の、あれだけ長身で目立つサージェン・ランフォードがこんな花束を抱えて兵舎を歩いていれば嫌でも皆の目に触れるであろうという問題には、慌てていた彼女は気付くことが出来なかったのだ。
多分彼は分かっていない。赤い薔薇の示す意味なんて。それでも。
「ど、どうしよう……明日から、どうやって顔を合わせればいいの……?」
彼が似合うと言ってくれた、誇り高く咲く花を胸に抱いて、少女、ライラ・アクティは、頭から離れない異性の声や表情に胸を高鳴らせるという、生まれて初めての経験をしていた――
「サージェーンっ!!」
背後から徐々に大きくなってくる、愛しい女性の声に彼はうっとりと耳を傾けていた。彼女、ライラ・アクティが彼と出会って以来八年の間――ああもう八年にもなるのかなどとしみじみ思いつつ――彼の名を叫ばない日など殆どなかった。だから、次にどのような衝撃が待ち受けているかなどということが、サージェンに分からない道理はなかった。
声を後ろに聞きながら、サージェンはひょいと身を屈めた。その上を――
すれ違いざまに、伸ばした腕を相手の首に引っかけてぶち飛ばすというどこかの格闘技の攻撃体勢を取ったまま、ライラが彼の上を行き過ぎる。彼女が通過したのを待って、彼は身を起こした。
「今日はどうした、ライラ」
「サージェン!!」
彼女はまるで、悲劇のヒロインのような痛切な表情で、瞳を潤ませてくる。何となく遠い記憶を探ってみると、出会った頃と印象が違うような気もしなくもないのだが、まあどうでもいいだろう。彼女が可愛らしいと思うこの気持ちは、出会った頃から少しも変りはしない。いや、逆に彼女を知るごとに際限なく大きくなって来ているくらいなのだから。
「酷いのよ酷いのよウィル君ったら! せっかく私、サージェンに食べてもらおうと思ってクッキーを作ってたら、つまみ食いしたのよ! いきなり!」
「クッキーだろう? 別に一つや二つ、つまみ食いされてもいいんじゃないか?」
解放軍の軍師である青年の身の安全のため庇ってやると、ライラは震えるように、小さく頷いてきた。
「ええ、それは構わないのよ。沢山作ってたから」
「ならどうした? まさか全部食ったというわけでもないんだろう?」
サージェンの問いに、ライラが返した答えは同じ頷きだった。さすがに訳が分からない。
「だったら何をそんなに」
眉を寄せるサージェンに、彼女はぱっと顔を上げた。彼女の少女のような頬を、大きな瞳からとうとう零れ落ちた涙が伝って行く。
「チョコクッキーを一つつまみ食いして、彼……吐いたのよ!! ぺって!!」
「嘘!? あれチョコクッキーじゃないって絶対! ただ焦げて黒くなっただけですよ!?」
思わず――なのか、廊下の端から顔をひょこりと出して叫んでくる青年に、ライラは叫びながら指を突きつけた。
「違うもん! チョコだもん! 間違えて醤油なんて混ぜてないもん!」
「うわ更に凄い事言ってるし!?」
律義に突っ込んでから、脱兎のごとく走り出した魔術士の青年の追跡を、ライラは再開する。
「あっちから回り込んで、サージェン! 貴方が参入したと分かったら、ソフィアちゃんに応援を要請するしか手がないはずだから、それを全力で封じるのよ!!」
「はいはい」
苦笑して、彼はライラに指示された先へと走り出していた。
- FIN -