余りに文芸的な話


「なあ親友、ちょっと僕の悩みを聞いてくれ」
「お前と親友の契りを交わした覚えはないけどどないしたん」
「今期の三題噺でさ、ああ、三題噺というのは、提示された三つのお題で小説を書くっていうちょっとした課題のようなものなんだけどさ、そのお題に『名人』『帽子』『江戸』っていうのが出たんだよ」
「へー。難しそうやな、江戸と帽子って辺りが特に」
「うん。瞬間的には江戸の情緒と明治のモダンさが渾然一体となった文明開化の時節を想起したんだけどどうにも纏まらなくて。一つ閃けば行けそうなんだけど、アイデアがいまいち浮かばないんだ」
「そういう時もあるわな」
「そこで、ここは発想を変えて、ものまね名人芸大会かなって」
「……あん?」
「ものまね名人芸大会のステージにさ、黒エナメルの鋲付きベストにホットパンツ、同色の帽子とサングラスの人物が現れるんだ」
「……レイザーラモンHG?」
「その人物は舞台中央に進み出るや、おもむろにサングラスと帽子のつばを掴み取り、高々と放り投げる。その下にあった顔は何とエドはるみ」
「…………エド。」
「そして彼女は荒ぶる鷹の如くに踊り狂い始める。あなたはフー! 私もフー! 今日の夕飯杏仁豆フー! フーフフッフフーフーフフッフフーフーフフッフフー……フォー!!」
「おう。ここ学食だから。な? 立ち上がって腕振り上げて腰突き出さんでええから。な?」
「……ってネタを思いついたんだけどさ。僕の文章力ではどうしても小説としてうまく仕上げられないんだ。僕って才能ないのかな」
「それ小説のネタやのうて一発芸やろ」
「それとも、この場面に於ける芸人エドはるみの心情を考えれば、姿かたちはレイザーラモンを真似たとしてもやはりグー!で攻めたいであろう筈なのに、僕は彼女にフーフー言わせてしまった。これを書き上げる事が出来ないのはお題に拘泥するあまりに彼女の気持ちをないがしろにしてしまった僕への芸術の神からの罰なのだろうか」
「いやお題にもあんまり拘泥してないやろそれ、ってんな御大層な」
「女性のリアリティに満ちた心の機微は小説において最も深く追求せねばならない最重要とも言えるテーマだというのにそこを失念するなんて僕はどうかしていた……ッ! 何と不甲斐ないことか……ッ!!」
「……なんていうか全般的にどうかしてるけどなお前」
「これからも一層の精進を重ねないと。ああ、文芸の道とは余りに険しいものだね……」
「…………せやな。」




【完】


- INDEX -