お父さんと娘の話


 全き闇の世界に、次第に光が浮かび上がってきます。
 分断されていた感覚が少しずつ形を作り始めるのを、私は微睡の中で感じていました。
 ちちち、と小鳥の愛らしく囀る声を耳にしながら、私は眠たい目を二、三度手の甲で擦り、瞼を開きました。途端、目の中に飛び込んできた光の眩さに、私は思わず眉間を皺くちゃにしました。
 ついこのまま上掛けを頭まで被って惰眠を貪り続けたい欲求に駆られますが、私はのそのそとベッドの上に身を起こしました。座ったままうんと伸びをすると、背骨が今初めて繋がったかのようにぱきぱきと鳴りました。余程ぐっすりと眠りこけてしまっていたのか、寝入った時の記憶すらも曖昧でしたが、背中を仰け反らせていると次第に頭がしゃっきりとしてきます。
 全身に血が巡り始めた心地よさを感じた私は、ふと明るい窓の外に目をやりました。窓の風景は、その八割方が木々の枝葉の緑色に覆われていますが、残りのニ割は青い空と白い雲が仲良く分けていました。綿菓子のような雲の合間から、燦々と太陽も顔を覗かせています。その長閑な光景を、私は少しの間清々しい気持ちで眺めていましたが、次の瞬間、はたとあることに気づきました。太陽の位置が、普段起床する時よりもずっと高い位置にあるのです。
「やだ、いけない、寝坊だわ! お父さん、起きて!」
 私は決して比喩とは言えない勢いでベッドから飛び降り、転がるように寝室から駆け出して行きました。
 ちょっと予定外に慌しくなってしまいそうですが、いつもの朝が始まります。

 農民の朝は早い物です。厳密に言うとうちは農家ではないのですが、自分達で食べる物は大体は自分達で賄う、そんな暮らしをしています。
 籠を持って鶏小屋に足を運び、卵を採ってくるのがまず最初に行う朝の日課でした。私は敷き藁の上に産み落とされたまだほのかに暖かい卵を集めていきました。産まれたばかりの卵は柔らかな色合いをしていて、まるで真珠のようです。
 鶏は卵の為に育てている物ですが、卵を産まなくなった物からお肉として食卓に上らせます。少し可哀想ですが、これも自然の営みと言う物です。今朝は、昨日締めて血抜きしておいた鶏が一羽ありましたので、それに香草を塗してローストしました。こんがりとキツネ色に焼き上がったお肉を一口大に切って皿に盛り、小さなパンと千切りにしたキャベツ、ボイルした卵を添え、山羊のミルクのスープを深皿によそいました。今日は、中々に豪勢な朝食です。
 ダイニングテーブルにスープ皿を置いた所でタイミング良く、お父さんが奥のドアから出てきました。そこはお父さんの仕事部屋です。
 お父さんは、魔法工学という学問の研究者です。お父さんの仕事部屋――研究室には、私は一度も入った事がないのですが、ドアの隙間から何やらとても雑然としている様子が見えて、私はいつも少し心配になります。何が心配かって、お父さんはとても、片づけとか掃除とかいう作業に対するセンスに欠けた人なので。片づけようかと尋ねた事はあるのですが、危険な物もあるので良いと断られるのです。私に出来るのは、お父さんが何かの拍子に研究資材の山に埋もれてしまったりしないように神様にお祈りすることだけです。
 お父さんは、今日もそんな鬱蒼とした森のような研究室から出てくると、いつもの席に着きました。
「やあ、今日のご飯も美味しそうだ」
 お父さんはテーブルの上を見渡して、顔を綻ばせました。
「いただきます」
 父子二人、食卓に揃って簡単な祈りを唱和しました。
 私は皮目の香ばしく焼けたお肉をフォークで刺して口に運びました。芳しい香草の香りとほんのりと振った塩が我ながら絶妙です。
「この鶏はとてもいい味だね」
 と、お父さんも褒めてくれました。私はお肉と一緒に幸せを噛み締める心持ちで、食事を続けました。
 国境に程近いこの近辺は、何年も前から続いている隣国との戦争の所為で、情勢がとても不安定な地域と言われています。山向こうでは実際に、戦闘が起こることもあるのだそうです。街まで降りれば慌しい気配もあるそうなのですが、しかしこの辺りは至って平穏な物でした。何せここは戦地に近いとは言え、山中の一軒家で近隣に集落もありません。
 四季折々の変化はあるものの、変わらない風景、変わらない生活。時が止まったようなこの場所が私は大好きでした。万が一、隣国の敵が攻めてくるような事があっても、山向こうの戦場から麓の街を守るようにして築かれた砦には、国の兵隊さん達が沢山詰めていると言いますから、きっと大丈夫です。私達家族の平和はいつまでも守られることでしょう。

 お父さんは殆どの時間を家の研究室で過ごしていますが、時折麓の街にも出掛けます。私には学問の事はさっぱり分かりませんが、お父さんが研究で使う精巧な歯車や、革で作られた丈夫そうなベルトや、堅い金属の棒は、食べ物などのように自給自足で用意するのは難しいだろうという想像はつきます。今日もまた、お父さんは街へ降りる事になっていました。私が寝坊しなければ、もうとっくに家を出ている頃合いだったのに、申し訳ない事をしてしまいました。
「今日は遅くなってしまうかもしれないが、気をつけるのだよ。こんな寂れた山とは言え、このご時世、どんな危険があるか分からない」
 戸口で振り返り、お父さんは噛んで含めるように私に言いました。これはお父さんが外出する時の、いつもの儀式みたいな物です。
「大丈夫よ。この家は街と砦の通り道にあるのだし」
 私達の住む家は、砦から街へと向かう山道を少し入った所にあります。休暇になると砦の兵隊さん達は、その山道を歩いて街へと降りているようです。悪い考えを持つような人だって、兵隊さんとばったり出くわすような場所でおいそれと悪事も働けないでしょう。
「それも十分に心配の種なのだよ」
 けれどお父さんは眉を寄せて溜息をつきました。
「兵卒なぞという物は、そこいらのごろつきと何ら変わらない。街で飲んだくれて砦へ帰る兵士達がもし迷い込んできても、決して相手をしてはならないよ」
「分かったわ」
 お父さんったら心配性なんだから、と笑いながらも、私は頷きました。

 お父さんを送り出した私は、洗濯をして、掃除をして、残り物で軽くお昼を食べました。その後少しだけお昼寝をして、畑の手入れと鶏と山羊の世話をし、夕食の準備を終える頃にはとっぷりと日も暮れていました。
 夜が更けて、月が天頂に登る頃合になっても、お父さんは帰って来ませんでした。しかしこれはままあることです。こういう時は先に寝ておく事にしていました。この辺りでは盗人が出た試しもありませんから、戸締りなどしなくとも大丈夫ではあるのですが、お父さんが心配するのできちんとすることにしています。ですので、帰って来た時には戸を叩いて起こして貰う約束になっていました。
 がんがん、がんがん。
 先程から断続的に鳴り響く乱暴なその音をベッドの中で聞いていた私は、最初、強い風が戸口を叩いているのだと勘違いしていました。
 がんがん、がんがん。
 音は一向に止む気配がありません。今日は始終お天気だったのに、嵐だなんて。お父さんは大丈夫かしら。
 そこに発想が至った所で、私はがばっと体を起こしました。窓の外を見ますが、そこには静寂に呑み込まれた森があり、漆黒に塗り潰された空には月が冴え冴えと輝いています。
 戸板を叩いているのは風ではなく、お父さんであったようです。
「ごめんなさい、ちょっと待っていて」
 私はいらえの声を上げて、寝巻の上に上着を羽織るとすぐさま玄関まで走り、テーブルの上のランプを付けてから、つっかえ棒を外して戸を開けました。
 その瞬間、むっと噎せる様なお酒の匂いが鼻を突きました。嗅ぎ慣れない匂いに顔を上げると、そこに立っていたのはお父さんではなく、お父さんよりももっと大きな体つきをした男の人でした。戸口を塞ぐように立つ男の向こうにもう一人、同じような威圧的な体格の姿が見えました。
「どなた?」
 私が尋ねると、男は私の問いとは噛み合わない答えを返してきました。
「若い女が住んでいるって噂は、本当だったのか」
 呂律の回っていない声でそんな事を言って、男は私が開けた戸口に手を差し込み、ぐいと開け放ちました。ぶわ、とお酒の匂いが充満した、気持ちの悪い夜風が家の中に入ってきます。私は思わずニ、三歩後ずさりました。男達はまるで闇の中から現れ出た悪鬼のように、にたにたと粘つくような気味の悪い笑みを浮かべていました。
「何ですか、あなた達は。私の家に入らないで」
 私は知らない人を見た犬のように男達に吠えたてましたが、私の威嚇など男達にとっては子犬のそれに等しいのでしょう。まるで恐れる風もなく、饐えた匂いを纏った大きな体を家の中に滑り込ませて来ました。私は更に後ずさりました。ダイニングテーブルに、お尻がごつんと当たりました。
「貧相な家だなあ。まるで犬小屋だ」
 男の一人がぐるりと見回して、私の家をそう評しました。私はこの二人は強盗なのだと思いました。
「ええ、うちは貧乏なの。何も取る物なんてないから、お願いだから帰って」
 震えながらそう懇願すると、男は唇をひん曲げて、不愉快の表情を作りました。
「なんだと。栄光ある王国兵の俺達を、盗人扱いするとは無礼な女だ」
 私は驚愕して目を剥きました。これが砦の兵隊さんだとは。それが嘘か真かを確かめる術は私にはありませんが、しかし私はお父さんの言葉を思い出しました。兵卒などごろつきと変わらない。
 私達を護ってくれるとばかり思っていた兵隊さんの、あまりにも想像と乖離した姿に、私は声も出ませんでした。
「俺らはお前達弱者の為に日々、悪しき隣国と戦っているんだ。お前らは、俺らを慰め、癒す義務がある」
 男は酔っ払った声で、台詞だけは私の想像通りの兵隊らしい言葉を吐きました。もう一人の男が、ひひひっと変な笑い声を上げました。要領を得ない二人の態度と、部屋の中に立ち込めるお酒の悪臭に、私は眩暈と吐き気を覚えました。
 やおら、男達が私の方に近づいてきました。
 ――殺されてしまう。私は咄嗟に逃げ出しました。テーブルを迂回して自分の寝室に駆け込もうとしましたが、その前に後ろから髪をむんずと掴まれてしまいました。
「あっ」
 頭皮に走った痛みに悲鳴を上げるのと同時に、私は床に引きずり倒されました。肩と背中に、また別の鈍い痛みが走ります。
 その私の上に、のそりと緩慢に蠢く男達がのしかかってきました。
 殺される――
 私はがたがたと震えました。心臓が、口から飛び出してしまいそうなぐらいばくばくと鳴っています。けれどもこの心臓もすぐさまこの男達に握り潰されて、鼓動を止めてしまうのでしょう。私は首を左右に振りました。男達に床に押さえつけられている私には、それくらいしか身動きを取ることができませんでした。
 このまま首を絞められてしまうのでしょうか。それとも剣で突き殺されてしまうのでしょうか。様々な恐ろしい想像が私の頭を駆け巡りましたが、私の身に降りかかったのは、そのどの想像とも違う事でした。男達は、私の寝巻を乱暴に剥ぎ取り始めたのです。
 一体どうしてそんな事をされるのか、私には全く分かりませんでした。私の粗末な寝巻など、お金に換えられる物ではない筈です。けれど男達が欲していたのはそれではなかったようで、破り取られた寝巻はごみのように放り出されました。
 男達は暗闇の中に目を爛々と光らせて、口から涎を垂らしながら裸になった私を見下ろしていました。まるで獣のようです。
 唐突に、私は下腹部に鋭い痛みを感じました。ああ、剣で突き殺される方だったのか、と私は思いました。その瞬間、私はもう何もかも諦めてしまいました。妄執のように執拗に、剣が繰り返し私のお腹を突きますが、私はもう身動き一つ出来ませんでした。
 暫くの間、私の体を飽くことなく刺し貫き続けた男は唐突に身を起こし、私の腕を掴んで乱暴に引き上げました。私の体は砂袋のように無抵抗で持ち上げられました。
 その時です。
 ――めぎゃっ。
 奇妙に柔らかくて、濡れた何かを引きちぎるような不思議な音が耳に届きました。
 持ち上げられていた私の体が、唐突に放り出されて床にぼとりと落ちました。その拍子に、私は強く頭を打ち、ぐるりと視界が回りました。
 私はぼんやりと、目玉だけを上にあげました。
 私の真上にある男の手には、棒状の何かが握られていました。それは白くて、ぷらぷらと力なく揺れていました。
 肩からちぎり取られた、私の腕でした。
 しかし、それは奇妙な様相を呈していました。肩口の辺り、刮げた肉の合間から、大小様々な歯車と、鞣した革で作られたベルトのような物と、血に滑る金属質の光沢が覗いているのでした。
「うっ、うわぁっ!?」
 男が悲鳴をあげ、私の腕を慌てて放り出しました。肉塊は弧を描いて床に落ち、めちょっ、と音を立てて床板に赤い花を咲かせました。その私の腕の切り口から、また一つ、血に塗れた歯車が転がり出てきました。
 男達は二人とも、床にへたり込んでいました。唐突で奇怪な出来事に驚くあまり、身動きもままならないようです。
 室内に、奇妙な静寂が訪れました。ランプの灯だけがゆらゆらと揺れ、その場にいる誰一人として動いてはいないのに、何かが闇の中を蠢いているかのように見せていました。
 と――
 突如響いた、ごっ、という強く烈しい一音に、静寂が破られました。
 目の前にあった男の眼球が、唐突に瞼を飛び出し眼窩からびろんと零れました。花が咲くように頭蓋ははぜ割れて、中からピンク色の肉が覗きました。
 男の体は糸を切られた操り人形の如く、ぐしゃりと床に崩れました。
 その男の後ろには、お父さんが立っていました。
 お父さんは斧を握っていました。柄の長い、とても大きな斧でした。薪割り用のそれとは用途が違う物のように――薪などよりもずっと堅くて大きな物を切断する為の道具のように見えました。
 私に痛ましい視線を送ったお父さんは、いつもは穏やかな眼に憎悪を漲らせて頭の爆ぜた男を見下ろし、次にいまだその場にへたり込んでいたもう一人の男を見定めました。そしてそちらに、斧を振り上げました。
 ごりゅっ。
「うぐああああああああ!?」
 濁声の絶叫が夜のしじまに響き渡りました。男が自分の脚を抱えてもんどりうっていました。男の両脚は、脛の辺りからぶつりと切断されて、そこから勢いよく血が流れ出ていました。
 お父さんは、のたうちまわる男に背を向け、既に脳漿をまき散らして事切れている最初の男に視線を戻しました。
 そして、
 ぐしっ、ぐしっ、ぐしっ、ぐしっ、
 男達が私にした事の報復のように、幾度も幾度も執拗に、男に斧を振り下ろし始めました。人間の形だった物が、びくんびくんと跳ねながら、徐々にぐずぐずの肉塊になっていきます。
 細切れになった肉片が飛んできて、ぺちゃ、と私の頬に張り付きました。
「ひっ、ひいっ」
 脚を切断された男は、涙と鼻水で汚れた顔を引き攣らせて、黙々と斧を振るい続けるお父さんの背中を見ていました。次は自分だ、と察したのでしょう。脚のない体を床にずりずりと擦りつけながら、男は這ってゆきました。
 男が必死の努力を続けている間に、お父さんは最初の男を骨や内臓ごと挽肉にし終えました。男は這うことに必死で、お父さんの視線が自分に向いた事に気がつきません。
 はひ、はひ、と荒い息をしながら家の戸口の方までどうにか辿り着き、発作的に、助かった、という吐息を漏らした男の背骨を、お父さんは無造作に振り下ろした斧で、ぱきりと断ち折りました。

 家には元通りの静けさが戻っていました。
 そこらにある肉片から、酒や血や糞便や吐瀉物の匂いが混じった悪臭が立ち上っていましたが、私はただぼんやりとしてお父さんを見上げていました。
「すまない。私が外出していたばかりに。怖かっただろう」
 お父さんは悔恨に涙ぐみながら、そう言いました。
 お父さんは、じっと私の下肢を見ているようでした。私の裸の下肢には、私が想像したような剣で突き差された穴は開いていませんでしたが、よく分からない粘性の液体と、血や臓物の欠片とで見るも無残に汚れていました。
「可哀想に。こんなに汚されてしまって。でも何も心配することはない。汚れた部分はすぐに交換してあげるから」
 お父さんはそう言い残して、一旦家の外に出ました。そしてすぐに外から何か大きな麻袋を抱えて戻ってきました。
「山向こうの戦場まで行けばいくらでも死体が落ちているけれど、私の可愛い娘の大切な体を汚らわしい兵士どもなどで作る訳にはいかないからね。調達は少しだけ大変だけれども、よい素材を用意してあるから大丈夫だよ」
 お父さんは優しく言いながら、袋の口を縛る紐をゆっくりと解きました。
「なに、大変と言ってもほんの少しだけのこと。このご時勢、街に出ればいくらでも孤児が溢れているからね。そこからお前の体としてなるたけ相応しい、一番可愛い女の子を捜してくるのはひと手間だけれど、お前の為ならどうということもない」
 言いながら、お父さんは麻袋に入っていた大きな塊を、大切そうに持ち上げます。
 この時何故か、とある光景が私の脳裏に浮かんできました。
 本や、紙束や、何かの溶液が入った入れ物が狭い部屋中に堆く積まれています。雑然とした部屋でしたが中央だけは広く空間が開けられていて、その空間の真ん中には大きな、足の高いベッドのような台がぽつんと置かれています。
 そこは、一度も入った事がない筈の、お父さんの研究室でした。
 台の上には肉塊が置かれています。骨と繊維の断面を晒し、内臓すらもが零れ落ちる、切ったままの肉です。そこから滴る血は台の淵をねっとりと伝い、糸のように床に垂れていました。床に注がれる粘着質な糸は、木目の上に血溜まりの池を作っていました。とめどなく零れる血が池を少しずつ大きくしていって、池は湖となり、海となり、表面張力に押さえ込まれた粘性の血の海が、海岸に打つ波のようにぬらぬらと広がって、板張りの床を朱に浸食していきます。
「あ゛あ゛ああ゛ぁああああ゛」
 口角に亀裂が入る程に開かれた私の口から、乾き、掠れ、潰れた声が漏れ始めました。とても人の物とは思えない、酷く醜い音です。先程の男の絶叫とてこれに比べれば銀の鈴が奏でる音色と聞こえることでしょう。
 しかし私には、自分の口から出ている筈のその音を止めることは出来ませんでした。私はただそういう玩具のように音を吐瀉し続けていました。
「さあ早速交換を始めよう。丁度今日、新鮮な部品を手に入れてきたばかりだ」
 お父さんは袋の中から取り出した、等身大の人形のような何かを私の横にそっと置き、私に温かな微笑を向けました。そうしてゆっくりとした動作で大きな斧を振りかぶります。
 重厚な刃先が、くしゃり、と私の胴に振り下ろされました。
「あ゛ぁああ゛ああ゛あぁぁあああ゛ぁあ゛あ゛ぁあぁ」
 両断された私のお腹から何かが零れ落ちました。それは私の臓物や腸管でしょうか。それとも腕にあった物と同じ、歯車やベルトでしょうか。私には分かりません。
 鈍色の刃先に血潮をこびりつかせる斧が、再度振り下ろされました。
 今度はがつりと固い何かに触れました。それは私の背骨でしょうか。それとも金属で出来た骨組みでしょうか。私には分かりません。
「ぁああ゛ぁあ゛あ゛ぁあ゛あああ゛あ゛あ゛ぁあぁあ゛ああ゛ぁぁあ゛ああ゛ぁ」
 私には何も分かりません。



 ――……
 全き闇の世界に、次第に光が浮かび上がってきます。
 分断されていた感覚が少しずつ形を作り始めるのを、私は微睡の中で感じていました。

【FIN】


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