村人とぜいたくな悪い領主さま
むかしむかしある所に、小さな村と大きなお城がありました。大きなお城は代々村を治める領主さまが住んでいるもので、村と同じだけ古くからそこに建っておりました。
ある年のことです。村は大変な不作に見舞われて、たくさんの村人たちが飢えに苦しむことになってしまいました。食べるものはわずかな麦とわずかな野菜しかありません。
「ああ、お腹がすいた」
はらぺこの村人たちは集まって、これから来る冬をどう乗り切ろうかと相談しました。このままでは、子供や老人が、飢えて死んでしまうかもしれません。
誰かが、村のはずれの立派なお城に目を向けました。
「あんなに大きなお城に住んでいる領主さまなら、たくさんの食べ物を持っているに違いない」
「ぜいたくに、肉やチーズをたくさん使った暖かい食事を食べているに違いない」
「なんてうらやましい」
この頃、お腹がいっぱいになるほどの食事なんてめっきり食べていない村人たちは、考えるだけで喉が鳴りました。
「お願いして、分けてもらおうか」
「いやいや」
誰かの声に、別の誰かが首を振ります。
「そんなぜいたくをしているひどい領主さまが、食べ物を分けてなどくれるはずがない」
「おれたち村人なんかの気持ちを分かってくれるはずなんてない」
「そうだそうだ」
村人たちはもっともだと頷いてから、がっくりと肩を落としました。
「では、どうしたらいいんだろう」
その時、一人の若者が声を上げました。
「こういうのはどうだろう」
村人たちは一斉に若者の顔を見ました。
「近々、領主さまが村に見回りにおいでになるという。その時に、おれたちの半分で領主さまを捕まえ、もう半分でお城に押し入って食べ物を奪い取ってくるのはどうだろう」
「そいつはいい!」
村人たちも、その素晴らしい考えに膝を打ちました。
「ぜいたく者の悪い領主さまからなら、食べ物を取ったって罰はあたるまい」
「当然だとも、領主さまの悪行は神様だってお許しにならないものだ。罰が当たるのはあっちの方だ」
村人たちは相談してそれぞれの役割を決め、領主さまが村にやってくる日を待ちました。
そして、領主さまが村にやってくる日が来ました。
領主さまは数人の供を連れ、歓迎して待っている村人の輪の中に入っていきました。
しかし、それは村人たちの罠でした。領主さまを歓迎する振りをして囲んだ村人たちは、一斉に隠し持っていた農具や棒切れの武器を取り出しました。
まさか、自分の治める村の村人たちから襲われるとは夢にも思っていなかった領主さまは、驚く間もないほどにあっけなく捕まってしまいました。
その頃、残り半分の村人たちは、計画通りにお城に忍び込んでいました。
こちらの村人たちも農具や棒切れの武器を持ち、自分たちを捕らえようとする兵士があれば逆に打ち倒してしまうつもりでいましたが、ひっそりとしたお城の中には兵士どころか召使いらしき人影すら見当たりません。そしてそのお城は古く立派な建物でしたが、中はまるで牢獄のように冷たくがらんどうでした。
不思議に思いながらも村人たちはお城を歩き回ってやがて食料庫を探し出し、これで誰も飢えることはなくなると、喜び勇んでその中に駆け込みました。
しかしどうでしょう。お城の食料庫の中にあったのは、思ったような肉やチーズなどではなく、村にあるような麦や野菜すらもほとんどなく、からからに干した少しばかりの豆でした。
そう、領主さまがぜいたくをしているなんていうのは、村人たちの思い込みでしかなかったのでした。
領主さまはご先祖さまが残した立派なお城に住んではいましたが、それ以上のぜいたくなどせず、みんなに公平に食べ物が行き渡るようにと村人たちと同じくらいに少ない食事しか取られていなかったのです。
しかしその時、村ではもう既に領主さまは、お腹を空かし憎しみに囚われた村人たちに、ぜいたく者めと罵られながら打ち殺されていたのでした。
「……ねえママ、それって、人を殺してはいけませんってこと?」
子供に話すには随分と恐ろしい結末の物語に、それを聞かされた少年は少し怯えた表情で、母親の顔を見上げた。
「違うわよタクちゃん。人を殴る時はデマや思い込みに惑わされず、よく確認してから殴らなければとても後悔する事になってしまうということよ」
母親は少年を宥め、優しく諭すようにそう言ってから、ふっと遠い目をした。
「戸棚にしまっておいたシュークリームの傍にミケの足跡があったのを見て、ママ、ついついミケを叱ろうとしてしまったけど、よく考えたらミケは戸棚の引き戸なんて開けられないものね。タクちゃん」
「な、なあにママ」
「お口にクリームがついているわよ」
少年が、ぱっと手で口を隠すがそれは母親の笑顔を誘うだけだった。……目が全然笑ってないけども。
「この子はっ! どこでそういう悪知恵を覚えたのっ!」
若い母親は割と容赦なく、少年の頭に拳骨を落とした。
【FIN】
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