やまのぼり


 ひい。ふう。
 ……別に何かを数えてるわけじゃない。あたしは息を切らしてるんだ。
 …………我ながらちょっと古風な駄洒落だけど。
 あたしは長い長い階段を上りながら、小学生くらいの時に行った山寺を思い出してた。知ってる? 山寺。何だか忘れたけど昔の文学作品にも出てくる、結構有名なお寺なんだけどさ、山の上にあるもんだから、お参りするのに信じられない程なっがーい階段を上っていかなくちゃ行けないわけよ。何段あるって書いてあったかな。忘れた。とにかく、小学生の足じゃ途中でへたばってもおかしくないほどな事は確か。あたしもへたばってたんだっけ。……あ。やなこと思い出しちゃったなぁ……あのね、途中で玉こんにゃくとか売ってて、結構おいしいのよ。好きなのよ。それを知ってるお父さんがちょっと上で、串に刺さった玉こんにゃく振りながらニヤニヤしててさ。早く昇って来ないと食うぞって。むかー。あのお醤油の煮えるいい匂いはすぐそこなのに! お父さんはあ〜んと口に運んでいくわけよ! 本当に食うか、親父!?
 あの時は幼心に殺意を憶えたね、あたし。
 ともあれ……ちょうど、あれと同じ状況なのよ。今。
 いや、あれより格段にひどい。
 玉こんにゃくの露店はないし、大荷物背中にしょってるし、何よりあたしの格好制服よ。スカートよ。階段とはいえ山登り、この格好で普通しないわよ。
 ま、服装はしょうがないって、分かってはいるんだけどさぁ……
 とにかく戻るわけにはいかないから、頑張って登って登って登って。ようやく頂上に到着。ああ疲れたわ。
 ぺったりと平らな地面に、背中の、いろんな物がぎゅうぎゅうに詰まって不格好に膨らんでるリュックを下ろしてあたしはソフトボールのピッチャーよろしく肩をぐるぐると回した。ここで待ち合わせっていうふうに、下で聞いたんだけどなぁ?
 ちょっときょろきょろしてたら、今顔を向けてたのとは反対の方から、声がした。
「あ、いらっしゃいましたね。はいどうもこんにちは〜、お疲れ様です」
 むう。不必要に明るい。不必要に暗いよりかはマシだけど。
 目の前にいたのはおじさん……というべきかお兄さんというべきか、ちょっと迷う年齢の男の人だった。すらっとした体型だし顔もそこそこだけど、パスだわね。ってそんなことのために来たわけじゃないけど。
「すごい荷物ですねぇ」
 お兄さん(まあ、微妙な年齢な人はお兄さんと呼んであげることにするのが礼儀ってもんでしょ?)はあたしのリュックを見て感心するように言った。
「そんなに持ってくる人は、そうそういないですよ。でも大変だったでしょう」
 すごく大変だった。はっきりいってこの荷物を持たせてくれた皆をちょっと恨んだほどだった。あたしは思いっきり頷いた。お兄さんはあたしの仕草にちょっとウケたらしく、笑ってた。
「何が入ってるのか、一応見せてもらってもいいですか?」
 あたしは紐を引っ張って、上から開けた。中には――
 学校のノートが十冊くらい。
 手紙が百じゃきかないくらい。
 千羽鶴まで入ってますが、潰れてます。
 去年の夏に、お母さんに買ってもらって一回も着ないで終わった服。……ちなみにこれの方が制服より山登りには適してないので着替えなかった。
 その他はアクセサリーとか、ここしばらくずーっと読んでた、好きな本とか。
 改めて見てみると紙が多い。こりゃ重いって。
 まあ、もう終わった事なのでしょうがないなと苦笑しながら、お兄さんと一緒にそれをあたしは広げて見てた。お兄さんも、にこにこしながら付き合ってくれた。
「愛されているんですね」
 お兄さんが言った言葉がよく分かんなくて、あたしは目だけで聞き返した。
「ここに持って来れるのはね、あなたが愛した人とあなたを愛した人を繋いだ品物だけなんですよ」
 …………。
 では使用済みコン●ームなどをもって来る人も……
「いや、そーでなく」
 こほんとお兄さんは咳払いをした。大人のくせにこの程度で照れている。それとも女子高生の下ネタにはおっさんはついて来れないのだろうか。
「おっさん言わないで下さい」
 そーいや、心の中で呟いた声が聞こえてる。何でもありだなぁ。
 よくよく見たら持ってきたもの、殆どもらい物かもしれない。あの腕時計は高校入学祝いに買ってもらったものだ。あんたは時間にルーズだから、って、お母さんが時計の針を五分速めてくれたんだが、結局そこからマイナス五分して実時間で行動してたものでいまいちお母さんの狙い通りにはいかなかったようだった。
 あたしは、ノートを一冊手に取って、めくった。何ページか毎に字が変わってるそれは、あたしが入院してる間、皆がかわりばんこに取っていてくれたものだった。
 手紙も、友達が毎日のように病室に届けてくれたものだ。全部嘗め回すように読んだのだが、見覚えのない封筒もある。ここ数日はさすがに読めなかったから、その間のものだと思う。
 あとは……
 まあいいか、あとで見よう。時間はいくらでもある。
 お兄さんの荷物チェックももうおしまいのようだった。よっこいしょ、といって立ち上がる。……呼び方、おじさんでよかったかもしれない。
 という内心のセリフもお兄さんに聞こえたはずなのだが、何も言わなかったのは聞こえない振りをしたという事なのだろう。反論できないんだ。やーいやーい。
「ほっといて下さい」
 お兄さんの負け。
「さて、ではこの先へとご案内しますね」
 言ったお兄さんの背中に、草が芽を出す瞬間のビデオ・早回しのようにするするっと白い羽根が生えてくる。気がついたら、あたしの背中にも羽根が生えていた。うわびっくり。ブレザーの女子高生に天使の羽なんてマニアが歓びそうなコスプレだわ。
 肩甲骨の後ろの方に力を入れたら、ぱたぱたと羽根は動いてあたしの足は地面から離れた。お兄さんも、ふわりと浮かんできて「初めてとは思えないくらい上手ですよ」と誉めてくれた。ああ、何かその言い回しいやらしくない?
「だから何でそう……最近の女子高生は〜」
 いーじゃない。彼氏の一人も作らずにこーやって空飛んでんだからさ。
 下を見たら、雲へと続く階段が見えた。
 その下に、小さくあたしの家が見えた。
 たぶんもうあそこで泣いてる人はいないと思う。あたしが泣いてないから。

【FIN】


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