くるちぇいど”亜麻色の悪魔と大いなる魔女”
時は今より少し前。ヘタレ主人公が腐れ神官の元から旅立って、ボンボン王子が辺境で仲間を集めだしたばかりの頃のお話でございます。
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レムルス北方に位置する山岳地帯。そのふもとに位置する小さな町の酒場に一人の若者が足を踏み入れた。すすけた旅装に身を包んだ歳若い男だ。
時は宵の口。酒と人いきれでムンムンする店内をフラフラと進み、カウンターのテーブルへすがりつくようにして席につく。
「いらっしゃい」
憔悴した顔の男に、いかつい顔をした店主が声をかけた。
「水割りを…」
琥珀色の酒を満たしたグラスを一息にあおり、大きく息をつく男へ店主が一杯をサービスしつつ問いかけた。
「どうかされましたか?」
「ああ…」
問いに、グラスを持つ男の手が震える。憤然とした様子で首を振ってはグチグチくりかえす。
「ちくしょう。何だってんだ。まだ信じられねぇ」
「?」
「あんたも知ってんだろ?最近になってこの辺りの遺跡を荒らしまくってるヤツの噂をよ」
「ひょっとして、あ」
『亜麻色の悪魔か!!』
店主の言葉を遮り、椅子を蹴倒し立ち上がった幾人かの声が重なった。
最近、この辺りの遺跡を探索するトレジャーハンターの間で急速に広まった噂がある。目的のためには手段を選ばぬ凄腕の噂だ。運悪くもそいつとターゲットがかち合ったがために命を落とした者も多いという。だがその姿を知る者はなく、少女と見紛う美剣士であるとか、ゴリラのごとき大女であるなどといった流言ばかりが膨れ上がっていた。そしていつしか、噂で唯一共通する亜麻色の髪という言葉から人々はそれを”亜麻色の悪魔”と呼ぶようになったのだ。
「あいつは、あいつは…」
「あったぞ!」
一人の叫びに、他の四人が駆け寄ってくる。補修跡だらけの粗末な服にリュック、ツルハシを手にした男たちだ。皆一様に砂にまみれてはいたが、声の主が指差した先を見る顔は輝いていた。
5年がかりで解読した古文書を元に2年、そして見つけた遺跡攻略を始めて半月、ようやく最深部にたどりついたのだ。
一直線に伸びる通路の先には、宝石が散りばめられた幾つかの美術品に囲まれ一振りのレイピアが女神像に抱かれているのが見える。刀身に刻まれた古代文字。風化した遺跡にありながら錆び一つないそれは間違いなく魔法の品だ。
魔法の品。それは多くのトレジャーハンターが夢見る極上の獲物だ。それが一体どれほどの金になるのか。男たちは皮算用にニヤける顔を抑えきれなかった。
「へへへ」
下卑た笑いを五人が浮かべる。
「ひゃっほ〜」
我先にと五人は駆け出した。が、
ガコンッ
「どわっ!あ?あああぁぁぁぁぁ……………」
先頭を走っていた男の足元の床が大きく左に傾き、バランスを崩し着いた左手が壁にズブズブとめり込んでポッカリ開いた穴にその身が吸い込まれた。
「「「「イチッ!!」」」」
驚いて他の四人も止まろうとするが、勢いづいた足は止まらない。
ゴトンッ
「でぇぇぇぇぇぇぇ………………………」
「どおぉぉぉぉぉぉ………………………」
傾いた床を飛び越し、着地した床が崩れて二番目と三番目の男が闇の底へと落ちてゆく。
その脇に着地した二人はたたらを踏んでようやくとどまった。
「ニー、サム…」」
仲間が消えた穴を振り返り、一人が呆然と呟く。
3時間後
「や、やっと」
距離にして50メートル。だがそれは二人にとって50キロにも等しい距離だった。かわし避けたトラップ七つ、解除したトラップにいたっては二十にも上り、二人の神経は限界まで疲弊していた。
残るトラップはただ一つ。
落とし穴の上に石板を組んで床のように見せかけた物だ。穴自体のサイズは40センチと少し、余裕でまたげる距離だ。左右の壁に仕掛けられた槍の射出トラップはすでに外してある。
「シン…」
「ゴウ…」
二人は顔を見合わせ、
「せ〜の」
肩を組みそろって右足を振り上げた。「これで大金持ちだ」そんな確信が二人の胸中をよぎったその時!
スルル…パサッ
吹き抜けの天井から一本のロープが降りてきた。
「よいしょっと」
ついで一人の少女が身軽に着地する。その背で亜麻色の長髪が豊かに波打った。華奢な身体つきに色白い肌、つぶらな瞳。あまりにも場違いな美少女の登場に、右足を上げた格好で二人が固まる。
「み〜っけ♪」
やがて少女は小鳥のような声音で嬉しげに笑うと、女神像の手からレイピアを外して背負い、
「んしょ、んしょ…」
ロープを伝って上方に開いた横穴へと消えてしまった。
「………」
二人の足元を、なぜか木枯らしが吹きぬける。
その腕から力が抜け、シンが固まったまま床を踏み抜いて落とし穴へと落ちていった。
そして残されたゴウは、
「はっ」
我に返り、キョロキョロと左右を見回す。
眼前の女神像に恐る恐る視線を戻し、理不尽な現実にまた呆然。
「し、死ぬかと思ったぜ」
九死に一生。ボロボロになりながらも何とか穴をよじ登ってきた4人がヒイヒイ言いながら姿を現した。「?」と1人を除く三人が硬直したゴウを怪訝に思い、歩み寄る。
「おい?」
一人がその肩を叩いた次の瞬間、
ゴゴゴ…ズシンッ
崩れ落ちた天井の一角の岩塊が、残る美術品をコナゴナに踏み潰した。
シ…ン。いつしか酒場の空気は静まり返っていた。その中心で語る男が口惜しげに声を震わせる。
「…お宝は全滅。本命は盗られちまって…俺は…俺は…」
「マジかよ…」
誰ともない呟きが居合わせた全員の気持ちを代弁していた。
恐るべき亜麻色の悪魔がそんな少女だった?バカな。ありえない。ありえるはずがない。だが、
「魔女…」
ポツリと漏れた呟きが全員に染み渡っていく。魔女。そうに違いない。きっとそいつは恐ろしい魔女なのだ。きっとそうだ。誰かそうだと言ってくれ〜。
赤い髪の魔女。数多くのトレジャーハンターを恐れさせた謎の遺跡荒らし。
その少女の二つ名に、”大いなる魔女”という名が新たに加わるのは、それからすぐのことだった。
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ちょっと未来。ヘタレな主人公&小悪魔なヒロイン。
「ふ〜ん」
ある街のカフェテラス。ソフィアの話に耳を傾けていたウィルは気のない声を上げて口元のカップを傾けた。
「ふ〜んって、それだけ?人がせっかく」
「だってさ」
不満げに頬を膨らませるソフィアにウィルは苦笑し、
「通りすがりに見つけた横穴を探検してたら偶然お宝みつけたなんて、何かさ」
「いいじゃない。運も実力の内よ」
「でもなぁ」
「む〜」
クスクス笑うウィルの前で、ソフィアは益々頬を膨らませつつ席を立った。
「もう行く!ウィル、今度はあの店だからね」
「え〜。まだ行くの?」
足元に置いた幾つもの紙袋を見下ろし、ウィルがげんなりした声を上げる。そんなウィルをしたり顔で見やり、
「あったりまえでしょ。乙女のいたいけなハートを傷つけた罪は重いんだからね」
「はいはい」
両手一杯に紙袋を抱え、ウィルは後悔のため息をついた。
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