陛下とエルフィーナNov. 10th, 2001

キリ番ゲットの彩水菜野さんからのリクエスト、「陛下とエルフィーナ」です。
……最近、ぼかしと雲以外のフィルタを使わなくなった私。今回雲も使ってないけど。フィルタ、使いどころ難しすぎ。
ブラシの種類を変えるという技を最近発見しました(今更)。今回はあんまり使ってないけど、あれいいですね。
一旦普通に塗った上からスクリーンとかオーバーレイのブラシでがすがす塗ると光加減がいい感じになります(場合によっては)。
ちなみにこの絵にはかなり長い前置きが付いてたりします。彩水さんへのメールで即興で書いたものですが↓こちら。


 唐突に、聞きなれた泣き声が城内全てに響き渡ってるのではないかと思えるほどの音量で聞こえてきて、慌てて僕は彼女の姿を探しに部屋から出た。
 と、程なくして廊下の真ん中で泣いている少女の姿を見つける。
「どうしたの、エルフィーナ」
 問うと彼女――エルフィーナは、喉を痙攣させながら、僕を見上げてきた。
 同時に、無言で自分の腕の中にあったものを見せてくる。
 彼女の、お気に入りのうさぎのぬいぐるみだった。確か、四歳の誕生日に、わざわざ忍びで城下に出た父親から買ってもらったものだと聞いている。
 それからもう六年もずっと彼女の親友を務めてきたそのうさぎは、もとは真っ白で、もっとさらさらしていたであろう毛並みはとうに真新しさを失っていて、幾度も抱きしめられ中の綿も痛んできた所為か、手足もぷらりとしていた。
 そして今、その手足の中の一つが……
「……取れちゃったんだ」
 しゃくりあげるエルフィーナからうさぎの右腕を受け取りながら、僕は呟いた。
 もう古くなっていて、どれだけ大切に扱っていたとしても、いつ取れてもおかしくないほどになっていたものだから、仕方がないといえば仕方がないのだが、親友の一大事に彼女がそんな理屈で納得できる訳がない。
 すぐに僕は、彼女の手を引いて侍女の控え室の方へと向かった。

「ララ、いる?」
 ドアをノックしながら、僕は知る限り、一番裁縫が上手い侍女の名を呼んだ。
 彼女の裁縫の腕は折り紙付きだ。彼女には、よく兄に訓練という名の虐待を受けて服を破く僕も度々世話になっている。ぬいぐるみの修繕くらい朝飯前だろう。
 ……が、期待していた返事は返ってこなかった。
 少しばかり、ドアが開いていたので、そっと部屋の中を覗き込む。
 やはり彼女の姿はなかった。
「ふぇ……」
 さっきようやく鳴咽が止まったばかりのエルフィーナの頬が、歪んでいく。
「ああっ、エルフィーナっ! な、泣いちゃ駄目! 泣かない!」
 さっきも散々聞かされたが――というより彼女が来たら三回に一回は確実に聞かされるのだが――、彼女の泣き声は魔術で生み出す超音波よりも遥かに凄まじい破壊力を生み出す。どうということもない事ですぐに泣き止む代わりに、彼女はやっぱりどうということもない事でその精神破壊攻撃を周囲に撒き散らすのだ。
 でも今回ばかりはどうとでもない事という事態ではない。もう一度彼女が泣き出してしまったら、泣き疲れて眠るまでそれは延々と続くだろう。
 そりゃあ、エルフィーナは泣き顔も可愛いけど、そんなにひどく泣いちゃったら明日あたり喉が枯れて声が出なくなってしまうだろう。そこにエルフィーナがいるっていうのに声も聞けないなんて、そんな拷問みたいな真似されちゃあ、僕には耐えられない。
「ララはすぐ戻ってくるから。そうしたら直してもらおう。ね?」
 言い聞かせて、しばらく待ってみる。

 ……が、そのままそこで十分ほど待っても待ち望む救世主は帰ってこない。
「ふぇ……」
「わーっ! エルフィーナっ!」
 慌てふためきながら、僕は何とかして彼女の気を紛らわせるものはないかと辺りを見回した。
 ふと、机の上に広げられたままの裁縫道具が目に入る――。縫いかけなのは昨日破いた僕のシャツだ。何か急ぎの用があったのか、それをそのまま放置した状態で、この部屋の主は消えていた。
「えぐっ……」
 エルフィーナも彼女なりに僕に言われたとおり泣くのを堪えている様子だった。だが彼女の忍耐が途切れるのも時間の問題だろう。
 針はある。糸もある。はさみもある。裁縫という作業の方法は知識としては知っている。
 そして一応僕にも人並みには作業を行える手というものはついている。
 今にも泣き出しそうなエルフィーナ。
 ここから導き出せる僕の行うべき行動は一つだった。
「……うう……針って刺したら痛いんだろーなぁ……」
 僕は果敢にも、机の上の針に、恐る恐る手を伸ばした……


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